裏 岸川先生は甘やかしたい 5
空野のクールダウンに付き合いながら、私は彼女に、後半の失速については強い意識を持って克服するしかないと伝えた。
「先生……地区大会が終わったら、また一緒に泳いでくれますか?」
一緒にシャワーを浴びていると、隣のブースにいる空野が声をかけてくる。
「ああ。次は空野にスタートで置いていかれないよう、練習をしておこう。私も久しぶりに本気で泳いで、現役のころの気持ちを思い出すことができた」
「……大学選手権で二位だった人が本気を出したら、今度こそ勝てないです」
「あれから二年もブランクが空いている。それに空野にはまだ伸びしろがある……今日は良い勝負ができても、次は分からない。だが、私も簡単に負けるつもりはない」
私は先にシャワーブースから出て、タオルで髪を拭いたあと、更衣室の床に水滴を落とさないように身体を拭く。
そして、肩紐を外して水着を脱ぐ。着るときは少しきつく感じたが、やはり脱ぐときもきつい。
締め付けが強い競泳水着を着ていても胸が小さくなるということはなく、大学時代もすくすくと育ってしまった。社会人になってもしばらく成長を続けていて、どこまでいくのかと我ながら憂鬱になったが、最近また大きくなっている気がする。運動量が減ったことが理由とはあまり考えたくはないが、運動で減るのなら減らしておきたい。
「…………」
「な、なんだ……そんなにじっと見て。同性とはいえ、あまり見るものではないぞ?」
「先生は、Hカップって聞きましたけど……もっと大きくないですか?」
「そ、そんなことはないと思うが……」
しばらく計測していないのは、大きくなっていると困るからだ。そんなことばかりも言っていられないので、そろそろ下着を買いに行かなければいけないのだが、大きいサイズはオーダーメイドになるので、少し出費が辛いものがある。
「空野もそうだが、背泳ぎならば水の抵抗を受ける機会が少ないのであまり関係はないな。平泳ぎは少しだけハンデになるか」
「……それは仕方がないので、泣き言は言いません。小さくなるように頑張っても、逆に大きくなるような気がして……」
「互いに、水泳をする人間としては悩みの種だな。何か困ったことがあったら私に相談するといい、力になれることがあるかもしれない」
「はい。今のところは、大丈夫です」
空野はそう言いながら、水着を脱いで自分の胸に触れる。押さえても小さくはならないのだが、私も昔はよくそうしていたものだった。
「プールから上がったあと、胸が冷えてしまうからな、温水で温めて……いや、それでは大きくなってしまうのか。しかし健康上のことはもっと大切だからな」
「……海原は、大きい方が好きみたいですね。岸川先生も、杜山先生も、両方すごく大きいですし……ど、どうして笑うんですか」
空野もこの学校の生徒では最も大きいと思うのだが、杜山先生は私よりも大きい。服を着た上から見ただけだが、同じ悩みを抱えている者として、見ただけでも何となくわかってしまう。
「海原が本当にそういう好みだとしたら、空野も『好き』の対象になってしまうのではないか。海原は、あまりそういったことに興味は無さそうだが」
「……そうですか? 年頃の男の子は、そういうことで頭がいっぱいなんじゃ……ち、違います、それで私に興味を持ってるんじゃないかって、思ってるわけじゃなくて……」
「少しくらいはあるのかもしれないが、海原は他の男子よりも純朴だと思う。だから私も、遠慮なく接することができている……胸が触れたりしても、あまり気にしないでくれているのでな」
「……海原のこと、もしかして……男子としては見てないっていうことですか?」
「? 男子以外の何者でもないと思うが……」
私は空野の言っている意図が上手く掴めていなかったようで、彼女は困惑した顔をしている――呆然としている、というべきか。
「ああ……そうか。男の子は、おっぱいが好きなものだからな。私のような女の胸は大して気にならないだろうが、空野は気をつけた方がいいかもしれない。いや、海原なら空野のことも清い目で見るのだろうな」
私がお姉ちゃんとして、海原を可愛い弟のように見ているというのは、空野には言えない。しかし、教師がおっぱいなどと言うのは良くなかっただろうか。
訂正しておこうかと考えていると、空野はふぅ、とため息をついて、着替え用のタオルを被って水着を脱ぎ始める。
「……涼太、我慢できるのかな……」
海原はきっと、家庭の味に飢えているに違いない。我慢しなくてもいいと思うのだが、彼はいつも遠慮をするので、私が少し強引に押し切らないといけない。
そろそろ行動を起こさないと、私のほうも海原が気がかりで仕方がなくなる。私はブラのカップに片方ずつ胸をしまって、後ろ手にホックを止め、全体のおさまりを調整する――やはり少しきついが、まだ何とか生活に支障があるほどではない。
「……んっ……」
空野もブラを着けようとしているが、何か困っている。ホックが上手く止められないようだ。
「お互いに大変だな」
私は空野の後ろに回ると、ホックを代わりに止める。空野は恥ずかしそうにしていたが、小さな声で「ありがとうございます」とお礼を言ってくれた。