第2話(前半) 宇佐見光莉は新聞部……?
「——で、どういうこと? なんで追いかけられて千影のフリをしてたの?」
「ひーちゃん、怒らないから話して? ……話さないと怒るけど」
放課後、洋風ダイニング・カノン。
光莉は対面に座る咲人と千影に問い詰められ、てへへへと苦笑いを浮かべていた。
どちらかと言えば冷静な咲人に対し、千影は時間が経つごとにボルテージが上がってきているようで、なかなか言い出さない光莉にいよいよ痺れを切らした。
「また私のフリをするなんてっ! 咲人くんのときに反省したんじゃなかったの⁉」
光莉は「うっ」と呻き、すっかり叱られた子供のようにしゅんとなった。
「そ、それはですねー……ごめんなさい……」
千影が怒る気持ちもわかるが、咲人としては千影への謝罪より理由が聞きたい。トラブルに巻き込まれているならなおさらで、困っているならなんとかしたいのだ。
「千影、冷静に、冷静に……。そんなに責めるような訊き方をしたら、光莉だって本当のことを言えないんじゃないかな?」
なだめるように言うと、光莉は助け舟を出してくれたと思ったのか、キラキラと目を輝かせて咲人を見た。
「甘やかしてはダメです! だいたい、咲人くんはひーちゃんに甘いと思います!」
「いや、千影に対しても甘いと思うよ? 俺も反省してるけど」
「ま、まあ、たしかに咲人くんは甘やかすのが上手ですからねー……」
千影がデレたのも束の間、
「って、誤魔化さないでくださいぃぃーーーっ!」
と、ボルテージが急上昇した。怒りたいのかデレたいのかどっちなのだろう。
「でも、ほら、もうちょっと優しく訊くほうがいいんじゃないかなと思って……」
「それだとひーちゃんのためになりません! もっと厳しくしないと!」
「そ、そっか……まあ、そう言うなら千影に任せるよ……」
咲人と千影がやり取りするのをじっと見ていた光莉は、急にニコっと笑った。
「なんだか子育ての方針で揉める夫婦みたいだね?」
「ちょっとひーちゃん! 怒ってるんだから茶化さないで! ——ねえ、パパ?」
「そうだぞ光莉……ん? ——千影、今、パパって言わなかった……?」
呆れながら千影を見るが、むっとしたまま光莉を睨んでいる。
「とりあえず……光莉、ちょくちょく千影の変なスイッチを押すのはやめなさい……」
多少複雑な気分にはなったが、とりあえず話を先に進めたい。
「それで、光莉はどうして千影のフリをして逃げてたの? あと、あの子は?」
光莉は困ったように眉根を寄せた。
「うちを追いかけてた子、東野和香奈ちゃんっていってクラスメイトなんだけど、四月に和香奈ちゃんから新聞部に入らないかって声をかけられて……」
「まさか、オッケーしちゃったの?」
咲人が先回りして訊くと、光莉は困ったように「うん」と頷いた。
「新聞部がギリギリの人数だし、一年は和香奈ちゃん一人だけっていうのもあって……。それならべつにうちじゃなくてもいいじゃんって言ったんだけど、どうしてもうちにお願いって感じで、断りきれなくて……」
「しぶしぶって感じ?」
光莉はまた小さく頷いた。
「とりあえず名前だけでもって感じで……うち、そんなに暇そうに見えるかな?」
「「うん」」
「二人してひどっ……⁉ いっぱい頭を使ってるし、暇じゃないもん!」
暇そうにしている人が「今考え事をしていて忙しい」と言い訳している感じにも聞こえるが、彼女の場合はそうではない。
光莉は、いわゆる天才なのだ。
物理化学、生物や人間工学、心理学といった様々な分野の学問をほぼ独学で学び、中学までに様々な分野で功績を残してきた。
暇そうに見えて、彼女の思考は常に目まぐるしく動き続けているのだろう。
ただ、そんな天才も案外押しに弱い。あの和香奈という少女のことだ。どうしてもと勢いで頼み続け、光莉もいよいよ断りきれなかったのだろう。
(数合わせだけのつもりだったのかな? それともほかに理由があるのか……?)
咲人は、和香奈が光莉を欲する理由がどうしても気になった。
「なんで今さらなんだろ? 今になって、急に光莉が必要になった理由は?」
「うーん……事情はよくわからないけど、最近和香奈ちゃんがしつこくて……」
「新聞部の事情は? 訊いてないの?」
「訊いたけど、部員なんだからお願い、だとか、今は光莉が必要なの、だとか……」
光莉を欲する理由もそうだが、「今は」というのがどうしても引っかかる。しばらく学校に来ていなかった光莉を、無理やり部活に引っ張り出す理由はなんだ。
きちんと事情を説明すれば、光莉だって考えないわけでもないと思うが——
「追いかけ回されているのはいつから?」
「今月に入ってからずっとかな? 言わなくてごめんね……」
すると、しばらく黙ったまま聞いていた千影が口を開いた。
「たぶんですが、今月、前期の部活動監査があるからです。幽霊部員がいると監査でマイナスが付く可能性があるので」
「マイナス? 監査って、なんだそれ?」
「有栖山学院には体育系、文化系、合わせて二十四の部活動と、十二の同好会があります。それぞれに公平に部活動予算を配分するために、年に二回監査を行うんですよ。その前期の監査が七月中に行われ、その活動報告を監査委員会がするんです——」
——して。
千影の話はそこから約十年前まで遡った。
前提として、有栖山学院の部活動の活動費の配分は生徒会執行部に権利が委ねられており、部活動顧問会の承認を得て、各部に活動費が配分される仕組みになっている。
今まで不正会計等はなかったものの、十年前、活動費の引っ張り合いで部活同士の揉め事が起きたそうだ。
その際、生徒会執行部と部活動顧問会があいだを取り持ち、長い長い話し合いの末、生徒会執行部が各部を回って公平に監査することになった。活動報告を第三者に任せることで、客観的事実をもとに、公平性を保つという妥協案である。
ところが、今度は監査に回せる人員がない。
限られた期間の中で正しく監査するには、生徒会執行部だけでは人数不足だった。
そこで発足したのが「部活動監査委員会」だった。
部活動監査委員会は、生徒会執行部から独立した組織で、生徒指導部(教師)を錦の御旗に掲げた者たちの集まり。つまり、なにかあれば「文句があるなら先生を呼ぶぞ!」という脅し文句を使って、公正かつ冷徹な判断を強制的に下すことができるという。
そんな血も涙もない鬼のような監査人たちは、一部の生徒たちからは「生徒指導部の犬」と呼ばれているそうな——
「——へぇ、さすが詳しいな〜」
と、咲人は感心しながら訊いていたのだが、千影は気まずそうに頭の上に両手を持っていって、犬耳の代わりにした。
「ワンワン……なんちゃって〜……あははは……」
苦笑する千影を見て、咲人は思わず「おおう」と呻いた。
「……もしかして、ワンワンなの?」
「はい……ワンワンになっちゃいました……」
そういえば数学の橘冬子は生徒指導担当でもある。
(だから橘先生に呼ばれたのか……)
彼女に頼まれ、千影は生徒指導部の犬になったというわけだ。
「今回も断れなかったの?」
「いえ、頼んできたのは橘先生のほうですが、今回はどちらかというと前向きです」
「……と言うと?」
「私は前回の一件で不甲斐なさを感じたので、リベンジをしたいなと思ったんです。今度こそ咲人くんやひーちゃんに頼らずに、任されたお仕事を頑張ってみようと!」
なるほど——千影はまだ六月の『あじさい祭り』のことを気にしていたらしい。
あのとき咲人は光莉を連れていき、なんとか行事を成功させられたが、自分一人でなんとかできなかったことを悔いていたようだ。なんだか真面目な千影らしい。
咲人は微笑を浮かべた。
「千影がそうしたいのなら俺は応援するよ。頑張ってね?」
「ワン!」
「あ、うん……リアルに犬にならなくていいよ、ほんと……」
たぶん千影に尻尾があったらブンブン振っているんだろうなと思いながら、そこで咲人と光莉は同時にはっとした。
「千影、念のために訊いてみるんだけどさ……」
問う前に千影がきまりの悪そうな顔をした。
「……気づいちゃいました? そうなんです、私が監査するのはひーちゃんの所属する新聞部なんです……クゥーン……」
「ニャンだってーっ⁉」
「光莉までニャンニャンしなくていいから……」
咲人は獣人化が始まった双子姉妹にほとほと呆れつつ、どうりで、と思った。
(これが偶然なわけないよな……)
千影がこれから監査するのは、光莉が所属している新聞部——。
双子姉妹を無理やり引き合わせようとしている人物の顔を思い浮かべて、咲人はやれやれと眉根を寄せた。
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「双子まとめて『カノジョ』にしない?」
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次回更新は 1月26日(金)!
咲人が橘先生に聞いた事情、それは意外なものだった。
そんなことを思いながら、千影と校庭でお弁当デート!?
物憂げな咲人に勘違いしちゃって、千影。大暴走!?