第1巻

プロローグ

 休日の昼過ぎ、駅前のゲームセンターで交際記念プリクラを撮ることになった。


咲人さくとくんはどの機種がいいですか?」

「ん〜……正直こういうのはよくわからないな」

「では、私も不慣れですがここは任せてください」


 そう言って、咲人くんこと高屋敷咲人たかやしきさくとの右腕に遠慮がちに触れたのは宇佐見千影うさみちかげ

 肌は粉雪のように白く、薄桃色の唇は果実のように瑞々しい。


 左の横髪をリボンで結わえていて、その下にある白くて小さな耳が可愛いのだが、

あまりそちら側を見せてくれないのは横顔を見られるのが恥ずかしいからだろうか。

 いつも咲人の右側に立って、前髪のあいだから、くりっとした大きな目を覗かせている。


 そんな清楚で品のある美しさもさることながら、スタイルも抜群で、周りの女子と比べても発育が良く、どこか大人っぽい色気が漂っている。

 そのアンバランスなところに緊張感があって、咲人はいつもドキドキさせられる。


 まさかこんな素敵な子と付き合う日が来ようとは、夢にも思っていなかった。


「……? なんですか?」

「ああ、いや……いまだに信じられなくて」

「ふふっ、私もです」


 普段学校では凛とした表情や態度で人を寄せ付けない千影なのだが、

今は頬を紅潮させ、柔らかな微笑を咲人に向けている。


「こうしていると、とても幸せな気分です」

「いや、そういうことじゃなくて——わっ……!?」

「なになにー? なんの話をしてたのかな?」


 そう言って、咲人の左腕に抱きついてきたのは宇佐見光莉うさみひかりだ。


「い、いまだに信じられないって話をしてたんだ……」

「……? こうして付き合っていることかな?」


 と、光莉は無邪気な笑顔を向けてくる。


 このはつらつとした明るさや、好きを全身でアピールする態度は、彼女の純真な心からくるもの。

 飼い主に甘える子犬のようにスキンシップを求めてくるので、あまり甘やかさないようにと咲人は自制している。

 そんなあどけなさのある彼女も、千影と同じくスタイル抜群だ。

本人は無自覚に身体をこすりつけたり、押し当てたりするので、これはこれで困る。


 油断も隙もなく、咲人はやはりドキドキさせられっぱなしなのだ。


 まさかこんな素敵な子と『も』付き合う日が来ようとは——。


(でも……夢じゃあないんだよなぁ……)


 絵に描いたような美少女二人に腕をとられ、見たまま、両手に花のこの状態。


 すなわち、高屋敷咲人に人生初の彼女ができた——二人も。


 なるほど、最高ではないか——と思う前に、知り合いに見られてないかと、咲人はきょろきょろと落ち着かなくなる。


 彼女ができて正直嬉しいし、素直に浮かれたいし、テンションだって上げたいのだが、さすがに彼女が二人いるとなると、やはり周囲のことが気になってしまうのだ。


 本当にこれで良いのだろうか。


 二人の女の子と同時に付き合っているこの状態は——


「ちょっとひーちゃん……急に咲人くんに抱きついちゃダメって言ってるでしょ?」

「ふふん、油断大敵。——咲人くん、ちーちゃんばっかり構ったら寂しいなぁ」


 そう言いながら、光莉は笑顔で咲人の左腕にムギュッと抱きつく。


「あの、光莉、くっつきすぎだから……」

「そうだよひーちゃん。咲人くんが困ってるよ?」


 千影は光莉を窘めながらも、咲人の右腕に抱きつく力を強める。


「そうそう、向こうに面白そうなのがあるよ。あの機種にしない?」

「あ、今流行ってるやつ? いいかも。——咲人くん、あれにしますか?」

「う、うん……」


 光莉が選んだ機種は、四コマ漫画のように縦に四枚のカットが並ぶ『フォトグレイ』というもの。

顔面を盛ったりする、いわゆる『四百円整形』の機能はない。


 しかし、そのシンプルさや素朴さが絶妙に良いらしく、かえってオシャレ感を出せるから人気なのだと、咲人は『彼女たち』から説明を受けた。


 最初の一コマ目。咲人は中心で、その両側を挟むようにして光莉と千影が立ち、彼の腕をムギュッと固めている姿が正面のディスプレイに映し出されている。


 彼女たちはまったく同じ顔なのだが、それはこの機械の特殊効果などではない。


 双子の美少女姉妹だから当然といえば当然のことだ。


 ただ、双子とはいえ性質の異なる二人は、やはり異なった表情を浮かべていた。姉の光莉はいつものニコニコ顔で、妹の千影は緊張気味なのか頬を朱に染めたままだ。


 十五分差で産まれたこの二人の性格を分け隔てたのは、その後の環境といったところだろうか。

実際、話し方も違ければ考え方も違うし、それぞれの持っている魅力も違う。


 ただ、今この場で考えていることは恐ろしいほどに一致している。

 それは『咲人くん大好き』だった。


「咲人くん、ひーちゃんにちょっと寄りすぎな気がします」


 さっきよりもむっとした表情の千影が、咲人の右腕をムギュギュッと引っ張った。


「いや、光莉が引っ張るからで……」

「もっと私のほうに寄ってください。遠慮なく、ここぞとばかりに」

「わ、わかった……」


 しぶしぶ、ここぞとばかりに咲人が寄ろうとすると、今度は逆の左腕がムギュギュギュッと引っ張られた。


「咲人くん、ちーちゃんに寄りすぎだよ? もっとこっちに来てほしいな」


 千影と対照的に光莉の表情は明るく、咲人をからかうような悪戯っぽさがある。


「いやいや、今がちょうど中心くらいじゃないか……?」

「ううん、もっとうちのほうに寄ってほしいなぁ。えっと……これみよがしに?」

「わ、わかった……」


 これまたしぶしぶ、これみよがしに咲人が寄ろうとすると、今度は千影が許さない。


「ちょっとひーちゃん……咲人くんの独り占めはダメって決めたよね?」

「ちーちゃんも人のことは言えないんじゃないかな?」


 眉根を寄せる千影に対し、光莉は余裕と言わんばかりの笑顔で構えた。その背景には、龍と虎——ではなく、ハリネズミとオコジョが浮かび上がる。


 双子がそんなやりとりをしている中、咲人は顔を真っ赤にしていた。


 意識をどこに向けたらいいのかわからずに狼狽える。

というのも、この個室、フォトグレイの撮影機に入る前から、ずっとムギュギュギュギュなのだ。

 しかもムギュの勢いがどんどん増している。


 自分を取り合って、今まさに姉妹喧嘩の火蓋が切って落とされようとしている。

 これは由々しき事態だ。

 二人の彼氏としてなんとかしなければならない。

 わかっている。


 それなのに柔らかい。


 状況をグラフに当てはめると、双子姉妹の「言い争い(秒)」と「胸の柔らかさ(ニュートン)」は比例し、原点ゼロから右肩に向かって果てしなく直線が伸びていく。


 そこで咲人は考えた。

 こいつぁマズい、理性がぶっ飛ぶ、と。

 そうして、咲人の本能がちょっぴり顔を出しそうになったとき、いよいよ意識がこの場を離れた——



 ——して。

 見たところ咲人はどこにでもいる人畜無害な高校生。いわば「モブ」である。


 私立有栖山学院高等学校を受験し、無事に入学を果たしたのは今年の四月。

そこから一ヶ月半余りが過ぎたあたりまでは、咲人は取り立てて脚光を浴びないモブ野郎として、友人もなく、教室の備品の一つのように、すっかり教室の風景に溶け込んでいた。


 しかし、それは『出る杭は打たれる』を自戒にしている咲人の望むところだった。

 よって、クラスメイトたちから「珍しい苗字だなー」くらいに思われているのみで、咲人は順風満帆なモブライフを満喫していたのである。



 ——ところが。



 なんの因果か、この美少女双子姉妹といっぺんに付き合うことになったのである——


 ——咲人の意識が戻ってきた。

 いまだに言い合いをしている二人を見て、咲人はとある使命感にかられた。


 今ここで為すべきことは、過去を悔やむことではない。この撮影機内で起こっている問題を、どのように解決するかということ。


 この姉妹喧嘩を止め、なおかつ自分の立ち位置を確立するには——


「——わかった。じゃあこうしよう」


 まず、咲人は腕を双子のあいだから引き抜き、その柔らかさの拘束から逃れた。


 これによって、より冷静な状況判断が可能になる。多少名残惜しいところもあるが、ここは致し方ないと咲人は自分に言い聞かせた。


 次に、空になった双子の腕と腕を絡め、姉妹同士で腕を組ませる。こうすることで、たった今まで喧嘩していた二人を、まるで仲良しな双子姉妹風に見せることに成功。


 さらに、咲人は彼女たちの後ろに立った。そうして二人の顔のあいだから、見えるか見えないかぐらいのギリギリのラインで顔を出す。


 すると、なんということだろうか。


 咲人は、仲良し双子姉妹に連れ添ってやってきたという「ついで感」を演出することに成功したのである。


 これにて万事解決。咲人は安堵のため息を吐いて、満足そうに微笑を浮かべた。


「ほら、これでいいだろ? はい、二人ともー、レンズのほうを向いてー……」


 あとは自動的にカメラのシャッターが下りるのを待つだけ——



「「これは違ぁあああーーーーーーーーーう!」」



 ——これは違うらしい。

 とりあえず、カメラのシャッターは「これは『違ぁ』」のタイミングで下りた。


 撮り直しかと思いきや、これはこれで面白いということになって、『付き合い始めた記念写真』の記念すべき一コマ目に採用された。

 残りはというと——


『咲人、光莉と顔が急接近』

『咲人、千影をお姫様抱っこ』

『けっきょく三人でイチャイチャ』


 ——の三枚となった。

 できあがったフォトグレイを見て咲人は頭を抱えた。

 まかり間違ってこんなものが流出したらどうなってしまうのだろうか。


(本当に彼女が二人もいていいのか……? マズいから秘密にするんだけど……)


 咲人は双子姉妹をそっと見た。


「上出来だね! 喜怒哀楽っていうより『怒嬉ラブキュン』って感じかな」

「うーん……ひーちゃんのほうが可愛いかも……いいなぁ、もっかい撮りたい……」

「ちーちゃんのもすごく羨ましいなぁ。やっぱりお姫様抱っこは理想だよ——」


 と、お互いに羨ましがる双子姉妹を見て、咲人は微笑を浮かべた。


(……ま、いっか)


 本来ならば正々堂々と。

 しかし、人には言えない秘密を抱えるのも、案外楽しいのかもしれない。


 ——して。

 咲人、光莉、千影——この三人は付き合うことになったのだが、こうなった理由をつまびらかにするには、咲人がこの双子姉妹と関わるようになる少し前に遡る必要がある。

 それは新緑の季節。

 桜が散り、青葉萌ゆる日の午後。

 中間テストの結果が廊下に張り出されたときのことだった——


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次回更新は 10月13日(金)!


咲人と双子たちは、どうやって出会ったのか!?

まずは千影との出会いに迫る!

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