第一章(4)
***
当時のことを思い出していた俺は、改めてリーズに目を向ける。
ふむ……最初に教えた時に比べ、魔力の流れがかなり滑らかになった。
まだ意識はしなければいけないだろうが、そう遠くないうちに、無意識にでも魔力の流れを維持できるはずだ。
そして現在、リーズには基礎的な突きの方法などを伝えた結果、先ほどのようにゴブリン程度であれば、問題なく相手ができるようになっていた。
とはいえ、まだ近接戦の緊張感には慣れていないようで、必要以上に体力を消耗している。まあ、こちらも慣れれば解決するだろう。
「刀真の方も順調?」
「ああ」
リーズが修行をしているように、当然俺も修行として、リーズから学んだ魔力運用法を使い、魔物を討伐していた。
本当はリーズの魔力運用法で魔法を使い、魔物を倒した方がよいのだろうが、元々【天魔体】のせいで魔法の威力が普通より強いため、リーズの魔力運用法を使って魔法を行使すると、悲惨なことになるのは目に見えていた。
俺はまず、普通に魔法が使えるようにするのが先だな。
よって、俺はリーズの魔力運用法を使って魔力を吸収しつつ、近接戦をすると言う、歪な状態を維持していた。
もちろん、普段の魔力運用法からリーズの魔力運用法に切り替えているため、身体能力への補正はない。
だが、身体強化がなくとも戦えるよう、鍛えるのにはうってつけだった。
今までも身体強化抜きでの修行はしてきたが、その際は魔力を持て余していたからな。
それがリーズの魔力運用法のおかげで、魔力を別のことに使いつつ、修行することができるわけだ。
そんなこんなで旅を続けていると、遠くに城壁らしきものが見えてくる。
「見えてきたわ!」
「おお……!」
「あれが王都――――グランボルトよ!」
このように、魔物を見つけるたびに実戦を通した修行をつづけていた俺たちは、ついに王都に到着するのだった。
***
――――アールスト王国の王都・グランボルトには、墓地がいくつか存在した。
国民が眠る共同墓地に、歴代の王族が眠る墓場。
そして――――英雄が眠る墓場。
当然、王家の墓を始め、墓荒らしが現れないよう、兵士たちが常に見張りをしていた。
そんなある日の夜。
英雄の眠る墓場にて、一人の不穏な人影があった。
「キヒッ……キヒヒ……」
その人影は、墓場の中でもひと際巨大な墓石の前で不気味に笑う。
この英雄が眠る墓は、昼間は観光地として栄えているが、夜に人が墓地に入ることはできないはずだった。
だが、見張りであるはずの兵士たちは、何らかの方法で深い眠りに落とされており、まったく起きる気配がなかった。
そんな中、不穏な人影は目の前の墓を見上げた。
「コイツを除いて、この地の死体はあらかた手に入れた……後はコイツさえ手に入れれば……!」
人影はその墓地の前に跪き、地面に手を付ける。
「『哀れな躯、自由な躯。死の呪縛から逃れようとも、我が手中は躯に届く――――!』」
独特な詠唱と共に、人影は魔力を地面に流し始めた。
そして――――。
「『死霊顕現』――――さあ、来いッ!」
人影が完全に魔力を地面に流しきった瞬間、その人影を中心に、紫色の魔法陣が出現した。
その魔法陣は目の前の巨大な墓に向かうと、そのまま溶けるように染み込んでいく。
次の瞬間、大きな地響きと共に、墓の前の地面が割けると、中から紫色の光があふれ出し、一条の光の柱が立った。
するとその光の中から這い出るように、鎧を身に纏った、亡霊の騎士が姿を現した。
その亡者の体には、死の穢れが色濃く漂い、全身に黒い煙となって纏わりついていた。
その姿は、見る者に深い嫌悪感を与えるだろう。
しかし、この状況を生み出した当の本人である人影は、現れた亡霊騎士に嫌悪感を抱くどころか、その赤い瞳を爛々と輝かせ、歓迎するように両腕を広げた。
「おお、コイツが……!」
亡霊騎士は完全に顕現すると、静かに人影の前に佇む。
そんな亡霊騎士の体からは、紫色の魔力の糸が無数に伸びており、それらは人影と繋がっていた。
その様子を見て、人影は満足そうに頷くと、そっと手を伸ばした。
「ついに……ついに手に入れたぞ……! コイツさえいれば――――」
『――――』
そして、人影の手が亡霊騎士に触れそうになった瞬間、亡霊騎士と人影を繋いでいた魔力の糸が、一気に引きちぎれた。
「なっ!?」
突然の事態に驚いた人影が手を引っ込めると、次の瞬間、亡霊騎士は剣を一閃する。
奇跡的に回避に成功した人影は、焦りの声を上げた。
「ば、馬鹿な!? 支配が無効化されただと!?」
驚く人影に対し、亡霊騎士は凄まじい勢いで迫ると、手にした剣を振るう。
「クソがッ!」
人影は悪態を吐きつつ手を突き出すと、紫色の魔法陣を出現させた。
「『餓亡(がぼう)』!」
『――――』
詠唱破棄で魔法を発動させた次の瞬間、その魔法陣から無数の死体が飛び出す。
それらの死体はすべて、魔物の死体だった。
しかも、その死体の中にはS級を含む強力な死体もあったが、それらには知性は一切存在せず、ただ目の前の存在を喰らいつくすという本能のみが残されていた。
だが、そんな襲い掛かる魔物の死体に対し、亡霊騎士は一切動揺も見せず、凄まじい剣の腕で斬り捨てる。
そして、再び人影へと襲い掛かった。
「――――『亡壁(ぼうへき)』!」
『!?』
襲い来る亡霊騎士に対し、人影は新たな魔法を詠唱破棄して発動させた。
すると、再度紫色の魔法陣が出現するや否や、今度は無数の人間の死体がその場に現れる。
現れた人間たちの死体は、人影を護るように亡霊騎士との間に立ちふさがった。
とはいえ、この程度の人間の死体では、S級の魔物の死体でさえ軽く屠る亡霊騎士を止めることはできない。
故に、人影は必死に逃げながら、次の一手を考えていたのだが……。
「あ?」
なんと、先ほどは迫る魔物の死体を容赦なく斬り捨てた亡霊騎士だったが、目の前に現れた人間の死体には、剣を振るわなかった。。
それどころか、攻撃することを避けるように、人間たちの死体から距離を置く。
「……まあいい。とにかく今は、退くか」
その様子に驚く人影だったが、これはチャンスと言わんばかりに亡霊騎士から逃げ出した。
「な、何だ!?」
「おい、起きろ! 何が起きている!?」
「あれは……アンデッドだと!?」
すると、墓地での騒ぎが王都にも伝わり、追加の兵士がやって来た。
その兵士たちは墓地に現れた亡霊騎士を始めとする人間の死体……アンデッドに目を見開く。
「おい、急いで応援を呼べ!」
「騎士のアンデッドだ! アイツが元凶か!?」
「あの騎士から狙え!」
「逃がすな!」
そんな中、人影を逃がした亡霊騎士は、迫りくるアールスト王国の兵士に対し、捕まる前に、闇夜に溶けるように消えていく。
「クソッ、逃げられた!」
「一体、何が起きたんだ……?」
「とにかく、今は目の前のアンデッド共を倒すぞ!」
墓地に溢れかえるアンデッドの対処に当たる兵士たち。
アールスト王国に、不穏な影が迫っていること、まだ刀真たちは知らなかった。