第二の噺/件の騙り(5)
***
「動機は」
「はい」
「動機は、わかるのですか?」
「わかりますとも」
きぃっと、皆崎はブランコを揺らした。公園で遊ぶ子供のように、彼はそれを強く漕ぐ。耳障りな音が鳴った。あわせて、影も揺れ動く。ぐんっと、ブランコはほぼ逆さになった。
そして、またもどる。
きぃいっ、きいいっ。
「こちらは『なぜ』にかかってきます。なぜ、『死なない件』は殺されたのか。なぜ、『死ねない件』より、手紙が届いたのか」
「べんっべん」
「それにはまず、件という妖怪についてを解く必要がございます」
ブランコは漕がずとも揺れ続ける。それだけの勢いがついたのを確認し、皆崎はくるりとキセルをとりだした。ガチンと食んで、ひと吸い、ひと吹き、口を開く。
「そもそも、『件とはなにか』?」
「べべんべん」
「大きな特徴はふたつあげられます。ひとつめは『人と牛の一体になった姿』、ふたつめは『予言をして数日のうちに死ぬこと』。注目すべきはふたつめだ。妖怪とはいえ、件も生き物。生物はおしなべて、自らに有利となる方向へと進化する。ならば、『予言をして数日のうちに死ぬ』生態は、どう、件にとって有利なのか?」
「べべんべんべべん」
「それは、件という種……予言をせずにはいられない種の保全のためだ」
「べんべん」
ぴくりと茉莉奈は眉を動かした。ふぅっと皆崎は虚空に煙を吐きだす。だが、ブランコの動きでその中につっこんでしまい、ひどく咽せた。咳をくりかえしたあと、彼は続ける。
「ゴホッ、考えてもみてください。もしも、件が死なず、たくさん生まれ、次々と予言をすれば、人の世であろうが、妖怪の世であろうが、やい、コイツは生かしておけぬと根絶やしにされてしまう。だから、件は奇妙な生態システムを作りあげたんですよ。一体が予言をして、数日のうちに死に、それを待って次の個体が生まれる。件があちこちで観測されないのはこのためだ」
「べっ、べんべん」
「つまり、前の件が死ななければ、次の件は『生まれることも、死ぬこともできない』」
「べんべん……うん? ってことは、皆崎のトヲルよう! もしかして」
「そう」
ぎいっ、ぎぎいっ。もう一度、皆崎は、ブランコを大きく漕いだ。そして、飛び降りる。
トンっと彼は舞台に着地した。くるりと回したキセルの先で、皆崎は茉莉奈を指し示す。
その膨れた、『本当はもうじきにでてくるはず』の子が入った胎を。
「『死ねない件』はその中だ」
彼は告げる。茉莉奈は応えない。ただ、無言で立ち続ける。
彼女に向けて、皆崎は真実を続けた。
「件の多くは牝牛の胎から生まれる。だが、今まで確認された出産例が多くはないことと、人面牛であることから、人間の胎から生まれてもおかしくはないとの推測が成り立つ……手紙の主は前の件──『死なない件』を殺すことで、己の生まれない子供を誕生させたかった、あなたさんである。これが答えでございます」
なぜ、『死なない件』は殺されたのか。
次の件が『死ねない』からだ。
なぜ、『死ねない件』より、手紙が届いたのか。
このままでは、生まれることができないからだ。
そう、皆崎は語りきる。
茉莉奈は、少し笑った。
「それでは……答えてみてください。サァカスの『死なない件』はなんで、件のくせに死ななかったのかしら?」
「言ったでしょう? アレは件としては半端ものだ。なにせ、予言の的中率が三分の一……生存していても、種族根絶の原因となるような存在ではない。だから、アレは件でありながら、種族の定めを逃れちまったんですよ」
「なるほど」
大きく、茉莉奈はうなずいた。
これにて、『魍魎探偵』の謎解きは終わりだ。
拍手喝采! 万雷の歓声がひびく! とはいかなかったが、彼女は小さく拍手をした。
そうして、茉莉奈は腕をだらりとさげる。
「すべて大当たり。私は件の母。胎の中の子が件だと、私にはなぜかわかりました。けれども、まるで生まれない……その原因を探るうちに、ここの『死なない件』にたどり着いたのです。そう、うちの子は、こんな、こんな……」
パシッと、茉莉奈はナイフの柄をつかんだ。それは、今もなお、羽金青年の回しているモノである。もしかして、彼女には胎の中の件の声が聞こえるのかもしれなかった。その指示に従って、茉莉奈は回るナイフの中から、最適なタイミングで一本をひき抜いたのだ。
驚きに、羽金青年は目を丸くする。茉莉奈はその刃先を団長に向けた。
「こんな金の亡者どもが、『死なない件』を保護したせいで、うちの子は死ぬどころか、生まれることすらできやしない!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ、お助けえええええええええええええっ!」
団長は叫ぶ。だが、彼はきっちりと愛子を背中にかばった。どうやらそこに真の愛はあるらしい。だが、茉莉奈は情を見せない。彼女は容赦なく団長へ凶刃を突き刺そうとする。
その様子を見て、皆崎はふうっと息を吐いた。山高帽を押さえて、彼はささやく。
「やれやれ、実際に件を殺したものは反省している。その謝罪の言葉に、騙りはなかった。ならば、今宵は必要ないかと思えば……そうもいかないか」
「べべんべん」
「では、サァカスでの、今宵の『騙り』はふたつ」
「べべんべん」
「操られ、『件を殺したもの』のついた嘘。そして、久世の旦那の、『客かと思ったと団長を呼び寄せた』ときについた嘘」
「べべんべんべん」
すっと、皆崎は手をだした。くるりと、彼はキセルを回す。それはすうっとなめらかに、あるべきカタチに戻るように溶けた。歪み、曲がり、キセルは奇妙な銀色の時計へ変わる。
低い声で、皆崎は語った。
「人と妖怪の揉めるとき、そこには『騙り』がある。さて、此度の『騙り』はいかほどか」
歌うような声にあわせて、ふわりと黒いネジが現れた。それはガチャンと時計の背中の穴へとハマる。カクンッと二回、ネジは回された。そのまま、ふわりと時計は宙に浮かぶ。
くいっと、皆崎は口の端をあげた。
「二分。なれば」
「おうともさ!」
皆崎の求めに、ユミは応じた。彼女は胸を張る。
皆々様がた、ご笑覧あれ、とユミは床を蹴った。
ひとつ回ると、狐耳が生える。ふたつ回ると、ふさふさの尻尾が生える。みっつ回れば、その姿は細く美しい刀に変わった。それは、皆崎の手に落ちる。瞬間、彼の姿も変わった。
黒の着物に女ものの紅い打掛を羽織り、皆崎は銀の刃をかまえる。
『魍魎探偵』は宣言した。
「これより、今宵は『語り』の時間で」
***
とんっと、皆崎は舞台を蹴る。
此度、件に直接手をかけたものについては罪が暴かれ、本人も反省を見せた。
なにより、どろりとした欲や執念が晴れていたため、切る必要はないだろう。
だから、彼は客席のうえへ舞いあがった。怪力の旦那が、茉莉奈を後ろに逃がす。威嚇のように、旦那は両腕を振りあげた。その真後ろへ、皆崎はひらりと着地する。
「語ってひとつ。奥方の犯罪に手を貸してはならぬ」
ふわりとひと薙ぎ。皆崎は旦那を切る。血はでなかった。
だが、ぐるりと白目を剥いて、彼は倒れる。踊るように、皆崎は動いた。
「語って最後」
その視線の先には茉莉奈がいる。一連の狂騒を前に、彼女は激しく首を横に振った。
膨れた胎を、母の優しさで撫でで、彼女はかばう。必死になって、茉莉奈は叫んだ。
「嫌、嫌よ」
「子のためとはいえ、他者を殺すように企ててはならぬ」
「私はこの子を生みたいの!」
皆崎が迫る。茉莉奈は逃げ回る。
母として子を生かすためだけに。
未だ生まれぬ、件のために。
その首を、皆崎はぱくりと裂いた。糸が切れたかのように、茉莉奈は倒れ伏す。
冷徹に、冷淡に、『魍魎探偵』はささやいた。
「これにて、今宵の語りは仕舞」
スッと、彼はまっすぐに刀を下ろす。カチッと、銀の時計が動く。
ちょうど二分が経過した。どろんっとユミと皆崎の姿は元に戻る。
皆崎の目が紅くなり、少し染まって、いつもの色へともどる。ユミは歌った。
「べべん、べんべんべん」
お後がよろしいようで。
***
此度の『騙り』は件にまつわるもの。
皆崎が切ったのは、ソレの生まれないことへの、茉莉奈たちの怒りと憎悪だった。
体自体は切っていない。
だから、胎の子にも、茉莉奈が心配したような異常などなかった。
ただ、人が変わったかのごとく穏便に、彼女はサァカスを後にすることに決めた。
団長は愛子への真のLOVEに目覚めている。『死なない件』のことは残念だが、子にまつわる事情があったのならばしかたがないと、団長は久世夫婦を温かく見送った。元気でねと、愛子と矢嶋は泣いた。羽金は路銀の足しにとナイフを一本くれさえした。売ればいくらかにはなるだろうからと。
そうして、茉莉奈は今ここにいる。
彼女は小さな個人病院に身を寄せていた。茉莉奈の息は荒い。その手を、旦那が涙ぐみながらしっかりと握っていた。そばには、事情を知る、皆崎の用意した妖怪専門の産婆が控えている。茉莉奈は痛みに耐え、しっかりと習った呼吸をくりかえした。
もうすぐ、茉莉奈の切望した子が生まれる。
興奮でぴょんぴょんするユミを、皆崎は手で押さえた。
目の前の光景をじっと見つめ、彼は重い声でたずねる。
「本当によいのですか?」
「なにが、ですか?」
「その子は件だ。生まれても、予言をして、数日で死ぬのですよ」
悲しそうに、皆崎は問う。だが、ふわりと、茉莉奈はほほ笑んだ。
力強く、彼女は言いきった。
「いいの、です。生まれることは、やがて死ぬことに他ならない」
生まれなければ、死ぬこともできないのですから。
なるほどと、皆崎はうなずいた。ならば、もう言うべきことはなにもない。これにて、此度の依頼は完全に仕舞いだ。ユミの手を引いて、彼は歩きだした。
『魍魎探偵』の出番は終わり。
これにて、オサラバさらば。
それに貴重な親子の時間にでしゃばらないほうがいいだろう。そう、皆崎は考えたのだ。
残りたそうにしていたものの、ユミはしかたなく後をついてくる。リノリウムの緑色の廊下を歩いて、ふたりは病院の外へでた。ザクザクと、皆崎とユミは落ち葉を踏む。
やがて、泣き声が追いかけてきた。
だが、それは人間の子供のものと、牛の声が混ざっている。
山高帽を胸に押し当てて、皆崎は小さくつぶやく。
「おめでとう」
そして件は生まれた。
生きて、死ぬために。
とまどったように、ユミは皆崎を見あげた。首をかしげて、彼女はたずねる。
「皆崎のトヲルよう、これはめでたいことなのかい?」
「ええ、めでたいことですよ、ユミさん」
迷いなく、皆崎は応えた。
茉莉奈の笑顔を思いだしながら、彼は噛みしめるように言葉を続ける。
「とても、めでたいことです」
「なら、今日は祝いだな」
「ええ、そうしましょうか」
「俺様は蜜柑が食べたいぜ」
「ユミさん、希望がささやかですね」
遠くへと、皆崎たちは歩きだす。
今宵も、『魍魎探偵』は騙らない。