第二の噺/件の騙り(4)
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「おっ?」
「えっ?」
「アラ?」
「あら?」
「はて?」
「んっ?」
団長、羽金、愛子、矢嶋の姐御、久世夫婦の姿は一度消え、裏の小規模なテントの観客席へと飛ばされた。彼らは全員、革張りの椅子に座らせられている。だが、正確には、矢嶋の姐御については──巨大なぬいぐるみに抱えさせるという──配慮がなされていた。
ぬいぐるみは大道具の倉庫から、勝手に移動させたものである。
他には、団長の手の中のナイフも奪ってあった。
摩訶不思議なできごとに、全員が顔を見あわせようとして───できなかった。
互いの顔は、まったく見えない。テントの中は、まっくら闇だ。
みながみな、とてもとまどう。だが、不意に、カッとまぶしく灯りがついた。
白く、照らされた舞台のうえで、空中ブランコがぎぃっと鳴る。
『魍魎探偵』は騙らぬ。
ただ、語るばかりだ。
「さて、まずは『誰』のほうからまいりましょうか。こちらはカンタンな謎でございます」
「べべんべん」
銀のブランコに腰かけて、皆崎はツイッと座席を漕いだ。その前で、ユミが空三味線を爪弾く。まるで、こういう出し物があるというかのように、皆崎は堂々と声をひびかせた。
「羽金青年は、常にナイフ・ジャグリングをしている。公演直前、なんなら公演中も離すとは思えません! ならば、犯人は羽金青年、いやいや」
「べべん、べんっ!」
「その手から、一本のナイフが完全に離れたことがあったはずですぜ!」
「えっ……そんなことは……でも……あっ、ああっ!」
カッと、羽金青年は目を見開いた。ガクンッと首を動かして、彼は愛子に視線を向ける。ツンッと愛子は鼻先を宙に向けた。だが、そこには冷や汗が玉となって光りはじめている。
ツツイのツイッとブランコを揺らして、皆崎は続けた。
「そう、ナイフ投げの事故のときです。軟体の少女の足にナイフが刺さり、引き抜くために緊急手術が行われた……問題はその後。無事にとり除かれたナイフの行方はご存じで?」
「べんべん」
「し、知りません。愛ちゃんにはもうしわけないばっかりで、僕は回収しませんでした! そうか、手術後、お医者様から、愛ちゃんが受けとっていたのか!」
「ナイフの回収が偶然か、ワザとかはわかりませんがね。どっちにしろ、軟体の少女の手元には他人のナイフが残った……それを使って『死なない件』を突き刺して、短気な団長を刺激すれば、ナイフ投げの達人は哀れオダブツ。真相はウヤムヤ。彼女は難を逃れられ、『死なない件』はいなくなる。めでたし、めでたしってなものです」
「べべん、べんっ、べべん」
きれいに、ユミがポーズを決める。だが、誰もそちらは見ていなかった。
全員が愛子に追及の眼差しを向ける。まだまだ、愛子はツンッと上を向き続けていた。だが、その鼻の頭には大量の汗が浮かんでいる。ふるふる揺れる雫がついに崩れたときだ。
悲痛な声で、団長が訴えた。
「嘘だよね、愛ちゃん……私らの大事な大事な子を」
「それがイヤだったんだよ、このウスラトンカチ!」
急に、吠え声がひびいた。あまりの声量にびっくりして、皆崎はブランコから落ちる。
きゃあっと、ユミも見えない尾をたてた。ふーっふーっと、愛子は荒い息を吐く。
いつもの高慢な華麗さを投げ捨てて、彼女はドスをきかせて叫んだ。
「あの『死なない件』を馬鹿みてぇに愛でてるうちはまだよかったさ! テメェの金はアタシの金でもあるからよぉ! でも、『私たちの子だね』、『大事な子だね』、『愛しい子だね』って、あああああああああああああああああああっ、うぜぇ! うぜぇっ、うぜぇんだよ! 久世の奥さんと喋るたび、こっちは赤ん坊が欲しくなるばっかりなのによう!」
「な、なんだって、私らの赤ちゃんを考えてくれてたのかい、愛ちゃん!」
ぽーんっと、団長は跳びあがった。
その様を見つめて、愛子はぱちぱちとまばたきをした。うんと考えて、彼女は最適な判断をくだしたらしい。両手を口元に当てると、愛子はぶりっ子仕草で体を左右に揺らした。
「そうなの……アタシ、団長との赤ちゃんが欲しかったの! だから、こんな恐ろしいことをしちゃったのね……本当に、件には悪いことをしたと思ってるのよ! 心から、反省もしているわ……ごめんなさい。でも、許してなんてくれないわよね!」
「なにを言うんだい、マイスイートシュガー! 許すよ! 許すとも!」
座席のうえに跪いて、団長は胸元に手を押し当てた。
自分の肩を掻き抱いて、愛子はくねくねと腰を振る。
「アアッ、ダーリン! なんて優しいの!」
「それより、こんなおじさんの赤ちゃんなんていいのかい?」
「馬鹿言わないで! 団長はアタシのステキなキャンディちゃんよ!」
愛子は走りだした。観客席の背中を、彼女は痛みをこらえて器用に駆ける。だが、さすがに無理があったのか、勢いよく転びかけた。その細い体を団長の豊かな胸が受け止める。
ひしっと、ふたりは熱く抱きあった。えーっと、羽金青年は不満げの声をあげる。
それにもめげることなく、恋人たちの抱擁は続いた。
これがフランス映画なら〜fin〜と表示されたことだろう。
「ところがどっこい、幕は降りません!」
「……べっ、べべん、べべんのべんっ!」
ブランコにもどり、皆崎は声をあげた。それに、まだ痺れていたユミが、なんとか音を添える。もう一度、皆崎はブランコを漕ぎだした。きこきこと揺らしながら、彼は告げる。
「この答えは、事件のドまんなかですが、同時に端でもある。『見えない共犯』とでもいうべき存在が、実は別にいるのでございます」
「べんべんっ、べん」
「その人らは『魍魎探偵』に手紙をだし、テントの中に客以外の自在に動く部外者を入れた。そうして探偵が始末をしてはくれないかとの期待も胸に、念のため、件が偽物ではないかとの確認をしながらも……侵入者がいると団長を呼び寄せて、『死なない件』から見張りを外した……」
「べべんっ」
「さらにさらに、普段から軟体の少女の相談に乗り、赤子が欲しい──『死なない件』が邪魔だ──見張りさえいなければ──とのきもちを煽っておいた」
「べん、べん」
「ま、まさか」
その声は、誰のものだったのか。団長か、愛子か、羽金か、矢嶋か。
誰でもいい。皆のものかもしれない。それに応えるかのごとく、皆崎は続ける。
「そう、『久世夫妻』……おふた方が仕込み人でございます」
「べんっ!」
皆崎は言いきる。
ユミは腕を伸ばして、ポーズを決めた。
久世の旦那はのったりと立ちあがった。
彼の手をとって、茉莉奈も腰をあげる。そうして、彼女は皆崎を見つめた。
まるで女帝がごとく。
彼を計るかのように。