第1章 2006年、春へ その5

     ◇


「はい、それじゃルームシェアを始める記念ってことで……」

 ナナコがコーラの入ったコップを高々と掲げ、

「カンパーイ!」

「かんぱーい」

「乾杯っ」

「おうっ」

 他の3人もそれにならってコップを掲げた。

 ガイダンスが終わった後、せっかくなので飲み会をしようということになったのだった。

「大学生の乾杯って、酒解禁とかじゃねーの?」

 つらゆきがサイダーの入ったコップを揺らしながら、ナナコの方を見る。

「未成年が何言ってんの、少なくともこの家ではみんな二十歳はたちになるまでお酒ダメだからね!」

「ミクシィで炎上とかになったらこわかもんねー」

 ナナコとシノアキが顔を見合わせてうなずき合っている。こんな見た目なのに、ナナコが意外にしっかりしてる。いい子なんだよな。

真面目まじめだねぇ、ま、俺はどうせ飲めないからどっちでもいいんだけど」

 さして気にもしないように貫之がサイダーをあおって、

きよう、おまえなんかマジな顔してるな?」

「あ、いや」

 そんなに深刻そうに見えたかな。

「今日のガイダンス、厳しい話だったなって」

 浮かれていたところからの落差もあったし、先生のパフォーマンスも衝撃的だったけど、しっかりと心に刻まれる内容だった。

 きっと貫之だって、他のみんなだって、少しはショックを受けたに違いないはずだ。

「まあ、確かにいきなりカマしてきたなーとは思ったけどさ」

 貫之は柿の種をボリボリかみ砕きながら、

「お前はこれから4年も大学生活があるんだし、まずはお気楽に大学生やってみるのもいいんじゃね? せっかく社会に出る猶予もらったんだしさ」

「それもそうかな……?」

 そうだよな。前に入った私大でも最初の2年は遊びほうけていたし、芸大にしたって、そこまで大きくは変わらないはずだ。

「ありがと、ちょっと気が楽になったよ」

「そっか、なら良かった。じゃ、改めて聞くけど」

「え?」

 貫之は僕の耳元に口を寄せると。

「お前、どっちに行こうとしてんだ?」

「どっちって?」

「シノアキとナナコ、どっちに行くつもりだって聞いてんだよ」

 いきなり、とんでもないことを言いはじめた。

「はあっ!?」

「まー、今朝のアレからすりゃシノアキだろうけど、お前が言ってたとおり誤解ってんなら、好みはナナコだっていうのもありえるからな。その辺、ハッキリしとこうと思って」

「………………」

 前に座る2人を見る。

「シノアキさー、アレなによ。好きな監督って質問でおう監督はないでしょマジで」

「監督にはあんま興味ないけん、よう知らんのよねー。ナナコは詳しいの?」

「う……い、いや、あたしも全然知らないんだけど……ね」

 女子二人は仲よさそうに笑いながら話をしている。

 改めて見ると、2人ともかなりかわいい。今のところ、性格も別にヤバいようには見えない。

(あ、そっか。そういうことだよな、そりゃ)

 前の大学では恋愛とは縁も遠かった。その後もずっと彼女なんかできそうになかったし、ちゆうから考えるのもめていた。たとえ目の前にかわいい子がいても、自分と関係するなんて現実味がなかった。

「どしたの、二人して黙ってこっち見て」

「な、なんでもない」

 慌ててをそらした。

「で、どっちが好きなんだ、お前的には?」

「今日会ったばかりで、答えようもないよ」

 ……とはいえ。

 さすがについさっき自己紹介しあったばかりの相手が、好みかどうかと言われても、正直困る。それに、本当は28のおっさんと18の女の子なのだ。

「なんだそっか、もう決まってると思ってた」

 いっそ不思議なくらい、つらゆきはあっさりと引き下がった。

「そういう貫之はどっちなんだよ」

「俺? いや、別にどっちも」

 お返しに聞いてみても、拍子抜けとしか言いようのない素っ気ない返事が来ただけだった。

「僕と同じ理由で?」

「んー、まあ、あいつらのことよく知らねえからってのもあるけど、そもそもあんま興味ないのよ、恋愛」

「え?」

 大学1回生でそれってのは、さすがに枯れすぎじゃないか?

「それ、どうして」

 聞こうとした僕の言葉を遮るように、

「ま、これで俺は特に気を遣わなくていいってわかったんで安心したよ」

 つらゆきは目的を達成したためか、目の前の袋菓子を無造作に開けてバリバリとほおりはじめた。

(何かあったのかな、まあ貫之もイケメンだし)

 聞かれたくないのかもしれない。そっとしておこう。

「あ──っ、貫之くんわたしの柿ピーなん食べようとね!」

「え、これシノアキのだったのか? そんなのだれが決めたんだよ!」

「あんたね、小袋を一人一個ずつ配ってるんだから、常識でわかるでしょそんなの! きようもわかってたでしょ?」

「え? あ、うん、そうかなとは思ってた」

「恭也おめー、何裏切ってんだよ! そこは男同士味方しろよ!」

 異性を意識しても、ぜんぜんしっとりしない。ものの1分足らずで、このけんそう。自分も巻き込まれつつ、僕はちょっとした感慨にひたっていた。

 ああ、大学生っていいなあ……と。


     ◇


 シェアハウスでの生活はこうして始まった。

 まずは全員の希望を取りつつ、掃除やすいの当番を決めていった……までは別に問題なかったのだけど。

「あーっ!!」

 暮らしはじめてから3日目。

 最初のトラブルの火の手は、シノアキから上がった。

「どうしたのシノアキ、大きな声あげて」

 見ると、シノアキは炊事場に置かれた『シノアキ用』と書いてある段ボール箱の前に座り込み、目を潤ませていた。

「わ、わたしの『うまかとよ』が……食われとる……」

「なにその『うまかとよ』って」

 僕の質問に、後ろからうれしそうな声が聞こえた。

「それはな、北部きゆうしゆうでしか売られていないことで有名な、超旨いトンコツ味のインスタントラーメンでな……げふうっ」

 顔もやたらと満足げ。なんでそんななのかは、すぐに判明した。

つらゆきくん、わたしの『うまかとよ』勝手に食べたろ!」

「なんも食うもんなくてな。その代わりに『好きやもん』置いておいただろ?」

「あれはしょうゆ味やけん、全然違うとよ!」

「いいじゃねえか! あれもバルス食品の傑作だぞ!」

「よくない! 九州人にとって『うまかとよ』がどれだけ大切か、貫之くんにはわかっとらんとよ!」

 どうも、実家から持ってきたシノアキのメシを貫之が勝手に食べたらしい。それがこだわりの一品だったと。

「返して!」

「無理だっての!」

 押し問答を続けても、一向に解決しそうな気配がしない。そりゃ、口から出すわけにもいかないし、このあたりには売ってないっていうなら……。

「あのさ、2人とも」

 やむなく口を挟もうとした瞬間、リビングとを隔てている引き戸がガラガラと開かれた。

「話は聞かせてもらったわよ!」

 風呂に入っていたナナコだった。

 仁王立ちのまま、上がってきて早々に貫之にキレる。

「あやまりなさいよ、貫之! 勝手に人のご飯食べるなんて、共同生活でやっちゃいけないことでしょ! 犯罪よ!」

「あ……うわ……」

 でも僕たちは、それどころじゃない。それより、ナナコの格好の方が気になって仕方なかった。

 慌てて出てきたのか、ナナコの上半身は、ブラだけだったのだ。

(で……でっか)

 こっちの方がよっぽど犯罪じみているという胸の大きさに、僕は声も出なかった。

 そこらのグラビアアイドルを鼻で笑えるレベルのスタイルの良さ。しかも、よほど着やせするのか想像もしていなかったぐらいのビッグサイズに。

「いや、ナナコその……怒るのはいいんだが、ちょっと自分の胸、見てみ?」

 同じく放心していた貫之が、我に返って言う。

「ハァ? 胸がどーしたっていうの……」

 ナナコはなおも怒りをあらわにしていたが、

「えっ……あ、れ……?」

 やっと気づいたのか、上半身がそれと分かるぐらいに真っ赤になって、

「ヒャァァァァァッッ!!!!!」

 途端、駆けだして行ってしまった。

「なんっ、なんで、シャツ着たはずなのにぃぃぃ見られたぁぁぁ死にたいぃぃぃ!」

 すぐに、脱衣場から悲痛な声が聞こえてくる。そのTシャツというのは、脱衣所の入口に落ちてるアレだろうか。

「……ま、そういうわけで『好きやもん』もうめえぞ?」

「解決になっとらんよ! 今度食べたら一個千円もらうけんね!」


 こうして事件は微妙に未解決のまま、『人の買ってきたメシを無断で食べない』『どうしても守りたいものにはマジックで名前を書く』などのルールが改めて制定されたのだった。

 

 

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