屑(1)
「また新しい彼女?」
高校の昼休み。スマホを片手にカツサンドを齧りながら適当にメッセージを打っていると、中学時代からの腐れ縁の
「ちげーよ。智也は知ってんだろ」
「
「そうそう。あくまでもお友達ってやつだ」
「ヤることヤってても?」
「お友達」
ニヤリとわざとらしく笑ってやれば、智也が苦笑を浮かべる。
「普通はそれを彼女って言うんじゃない?」
「普通なんて知るかよ。俺は俺だ」
普通がどうだの、道徳に反してるだの、なんてのは弱者が強者を縛るための鎖に過ぎない。どうして俺がそんな雑魚の言い分を聞かなきゃいけないのか。雑魚は雑魚らしくお手て繋いで仲良くみんなでゴールを目指せばいい。俺はそんなのゴメンだが。
「あれ? そういえば、前の子はどうしたの? もう別れた?」
「前の、子? 誰の話だ……? 智也が知ってる相手っていうと──」
「はぁ……。霞、そのうち刺されるよ?」
「そんなヘマしねぇよ」
「どうだか」
呆れたような溜息交じりの忠告を右から左へと聞き流す。
どうせ女の方だって俺以外の男ともヤってんだろうから、俺だけが縛られてやる義理なんてどこにもない。
「あ。まさかとは思うけど、相手の子、彼氏いないだろうね?」
「さあ? 知らね」
「ちょっとは気にしなよ……。また相手の男が寝取られた〜って怒鳴り込んで来たらどうするのさ?」
「はんっ、返り討ちにしてやるよ」
弱気な心配を鼻で笑ってやると、智也は頭痛をこらえるように頭を振っていた。
「まあ、いいけど。今度は僕を巻き込まないでよ?」
「それは喧嘩を吹っ掛けてくるヤツに言え」
「殺気立った人に僕は無関係ですって言っても通じないんだよなー」
智也が遠い目をしてそんなことを呟く。そういえば少し前に絡まれたことがあったな。確かあの時も智也は一緒にいて巻き込まれていた。
「あの時だってどうにかなったろ?」
「いや、五人に囲まれたら一も二もなく逃げるべきだったよ」
「たかが五人じゃねぇか。それもつるんでなきゃ何もできねぇ雑魚ばっか。喧嘩は数じゃねぇ。三人も間を空けずに倒せば何人いようとビビるし、その隙に半分は倒せる。それにあの時は智也もいたしな」
「普通は複数の相手に絡まれる時点でダメなんだよ!」
「なら智也だけでも逃げればよかったじゃねぇか。お前なら一人二人倒して、その隙に逃げられただろ?」
「霞を見捨てるわけにもいかないじゃないか」
「あー……、はいはい悪かったって。今度は気を付けるよ」
真顔でそんな台詞を言ってのける智也から視線を外す。相変わらず変なところで妙にいい奴だ。
「そういや、智也は彼女つくんねぇの? そろそろ夏休みだぜ? 彼女もいないんじゃつまんねぇだろ?」
「う〜ん……。僕はいいかなぁ。受験勉強もあるし」
「はあ? 受験なんて普通に授業聞いて参考書読んどきゃどうとでもなるだろ」
「霞。それでなんとかなるのはお前だけだ。テスト勉強もしたことないのに常に学年一位の霞の基準で考えるな」
諭すように俺の肩に手を置く智也だが、こいつも学年上位の成績を保持していたはずだ。
「智也だって別に成績悪くはないだろ」
「僕は勉強した上でこれなんだよ」
「ふーん。そういうもんか」
「そういうもんだ」
俺は自分が外れている側だという自覚があるし、なにより智也が言うのならそういうものなんだろう。
とはいえ、だ。智也は俺と違って恋愛事に奥手だ。高校三年になっても未だに彼女の一人もいない。このまま放っておいたらずっと彼女ができないのは目に見えている。
──よし。俺が紹介してやろう。
受験勉強をしなくちゃならない智也には彼女を探す時間がないっていうなら、俺が代わりに探して紹介してやればいい。幸い、女のあてならそれなりにある。それに彼女の一人でもいた方が丁度いい息抜きにもなるはずだ。受験はストレスが溜まるって言うしな。
「智也。お前、どんな女が好みなんだ?」
「いやだから僕は」
「別にいいだろ? 好みを話すぐらい。ちょっとした興味ってやつだよ。智也は全然浮いた話聞かねぇしな」
「うーん……。あ、好きになった子がタイプ、とか?」
「なんだそりゃ、答えになってねぇぞ」
模範解答みたいな答え方しやがって。
「そう言われてもなー。事実だし」
「もっとこう、あるだろ? 顔の好みとか、性格がどうとか」
「うーん、そういうのはあんまり」
「じゃあ例えばあいつとかは? あの、左から三番目のやつ」
適当に選んだのは名前も覚えていない女子。見た目はまあまあ。性格は知らん。
「えぇっと、どう、だろうね?」
に、煮え切らねぇ。
しょうがない。俺の方で考えてやるか。
智也は奥手で、自己主張をあまりせず、積極的に動くことも稀と、あまりモテるタイプじゃない。
よく言えば順応性が高く、悪く言えば主体性に欠けている。
いきなり喧嘩に巻き込まれても平然と行動できるが、反面、自分から現状を変えようとはしない。
だから女を引っ張っていくタイプじゃないだろう。どっちかと言えば、引っ張ってもらわないとダメなタイプだ。
つまり大抵のことは自分で決めて自分でできるけど精神的に支えが欲しいとか、そういう……。あ。ダメだこれ。そういう女の知り合いいねぇわ。まあ俺の好みのタイプじゃないからしょうがないっちゃしょうがないが。というかそんな女、そうそういるもんじゃねぇだろ。
やばいな。智也一生童貞説が補強されてしまった。
「あいつは?」
「
「あっちは?」
「
「こっちならどうだ?」
「誰だろ? 見たことないし他学年かな? ……ああ、確か吹奏楽部の人だ。文化祭で演奏してたのを見た気がする。えーっと、名前は確か」
「あのなぁ。知ってるかどうかとかどうでもいいんだよ。顔が好みかどうか聞いてんだ」
机の上を這っていた蜘蛛がなんとなく目障りで払いのける。飛んで行った蜘蛛を視線だけで追った。
ふと、一人の女と目が合う。そいつはちょっとだけ驚いたような顔をしてから微笑んだ。
ぶっちゃけよくある反応だ。
ただ一つ違っていたのはそこに媚びるような色が感じられなかったこと。
そうだ。こいつなんてどうだろう?
「智也。あいつはどうだ?」
「あいつって、
そういえばそんな名前だったか。
同じクラスでも接点がないからあんまり印象にないが、意外と人気があるらしい。いつだったか男連中が噂していたのを知っている。
百目鬼
友達がいないわけではないようだが、どちらかと言えば教室の隅で黙々と本を読んでいるタイプ。品があるのになんとなくエロいとか言われていたが、俺からすればただ単に陰気臭いだけだ。色気が欲しけりゃ年上の、それこそ大学生とかを相手にした方がよっぽどいい。
「彼女はやめておいた方がいいと思う」
「は」
驚いた。何に驚いたって、智也が強い口調で明確に拒絶したことに。
智也が他人との間に一枚、智也のことをよく知らなければ気付けないほど薄く、だが確かに存在する壁を作るのはしょっちゅうだ。だけど明確に拒絶することは滅多にない。もしかしたら初めてかもしれない。ほんの少し、雲母に興味が湧いた。
「ああ、いや、ほら。百目鬼さん、人気あるみたいだし。僕なんかじゃとても、ね。他の百目鬼さん狙いの男子に嫉妬とかされても面倒だから」
「はっ、そんなこと気にしてんのかよ。そんなんじゃ一生彼女できねぇぞ」
「そうかな〜」
「そうだよ」
取り繕ったような言い訳だった。
ま、そういうこともあるだろう。智也だって別に聖人君子ってわけじゃない。苦手なやつの一人や二人いる。
ああ、そういや思い出した。
いつだったか、雲母は独り言を呟いていた。それがなんだか薄気味悪かったんだ。もしかしたら智也も似たような場面に遭遇したことがあるのかもしれない。
スマホが震える。
「ちっ、こっちもダメか」
「どうしたの?」
「どうも今日はみんな予定があるらしくて誰も捕まんなかったってだけだ。智也は?」
「あー、ごめん。今日はちょっと」
「いいっていいって。あー晩飯用意すんの面倒くせぇな」
「今日も?」
「まーな」
昔からの付き合いである智也は知っている話だが、父さんと母さんの夫婦関係は破綻している。父さんはよそに女を作ってるし、母さんもまたよそに男を作っている。だから俺は基本的に家では一人だ。
よく勘違いされるが、それ自体はどうとも思っていない。まあこんなもんだろうってのが正直なところだ。俺が迷惑を被るわけでもなし、好きにしてくれ。悩んだことすらない。
むしろ俺がどこで何をしようと、いちいち口出しされないってのは都合がいい。たとえそれが単に俺に興味がないだけだとしても、それはお互い様だ。
そんなことより持て余した時間をどう潰すかの方がよほど深刻な悩みだった。
バイト? 父さんが資産家なだけあって金には困ってない。わざわざ非効率な方法で使い道のない金を用意してどうするんだ。こんなことを言うと甘えだとか謎の因縁をつけてくるやつもいるが、使えるものを使って何が悪いって言うんだろうか。理解できん。
部活をするってのも考えたが、どうせどいつもこいつも俺についてこられない。俺が切り捨てるんじゃない。やつら自身がそう言うのだ。ならまあ、仕方ないだろう。かといってわざわざ俺が手を抜いてまで合わせてやる義理もない。というかそれじゃすぐに飽きる。実際飽きて辞めた。
結局色々試してみて最終的に辿り着いたのが、暇つぶしに女遊びをすることだっていうんだから血は争えない。
ただまあ、困ったことに正直これにも飽きてきた。
なんせ女に苦労しないのだ。
客観的に見て、俺は両親譲りの優れた容姿と高い能力を持っている。二股や浮気を繰り返し、スリルを楽しむような真似もしたが、この手の刺激は飽きるのも早い。
退屈に殺されそうだ。
──なんか面白いことねぇかなぁ。