第三話(1)

 ①下着姿の女子と遭遇した

 ②場所はウチのバスルームだった

 ③その女子は俺と同じクラスで隣の席の、超かわいいギャルだった

 ④そのギャルが俺の義理の妹になった


 そこに加えて、


 ⑤その女子は、俺がどハマりしていた憧れの神絵師だった


 やべえ。

 急展開についていけん。

 また頭がオーバーヒート気味。

「なんで知ってるの?」

 押し倒されたまま一ノ瀬涼風が問うてくる。

「え、あ。いや。知ってたんで。たまたま。イラストを」

「わたしのイラスト、そんなに有名じゃないはずだけど」

「いや何言ってんすか! Twitterのフォロワーが何千人もいるでしょ⁉ そんだけいたら俺のとこにもイラスト流れてきますから! ていうかそれ以前に――」

 変なスイッチが入ってしまった。

 立て続けにカロリーの高いシチュエーションが襲いかかってきてからの、とどめの一撃である。クラスメイトのトップギャル様が義理の妹になって、おまけに今いちばんアツい神絵師だとわかったんだ。スイッチが入るのは仕方ないと思う。

「モチーフがへんてこで、なんかいろんなものを詰め込んでて、それでいてバランスが取れていて――色彩感覚は抜群のひとことで、むずかしい構図もさらっと描いてて――判子絵だって批判するバカはいるし、ファンサービスが少ないとかもっと二次創作やれとかバカなこと言ってるバカもいるけど、そんなバカどもは放っておいて結論を言うけど、俺にとって【心ぴょんぴょん】さんは神! 俺にとっての救世主! 群雄割拠のネットイラスト界に現れた超新星なんです!」

「……そんなに?」

「そんなにです!」

「そっか。ありがと」

 微笑んでくれた。

 ああもう!

 可愛いなあ!

 お姉さんっぽくもあり、妹っぽくもあり、色っぽくもあり、天衣無縫っぽくもあり。

 なんかもういろんな要素を含んだ微笑であり、一ノ瀬涼風はおおむねこの微笑ひとつで、なんでもかんでもいい感じに持っていってしまうのだ。

 まさにチート。異世界転生でもすればよかったのに。

 しかもこの人、マジであの【心ぴょんぴょん】さんなの?

 ちょっと豪快すぎないか、この宝くじの当たりくじ。

 俺にとってはガチで二千億円ぐらいの価値があるんだが? いやいや、お金になんて代えられない、もっとはるかにそれ以上の――

「ところでさ」

 身もだえしている俺に、一ノ瀬涼風は遠慮がちに言った。

 顔をちょっと紅くして、ほっぺを指でかきながら、

「この体勢だけど。まだ、つづく?」

 はっ、とそこで俺は気づく。

 この体勢とは。

 俺のしくじりコンボにより、食事中の一ノ瀬涼風を押し倒し、ダイニングルームの床に組み敷いている状態に他ならなかった。

 見方によっては、いや大多数の人が見たら。事案な案件に見えることだろう。


「――すいませんでしたあああああああああああああああああっ!」


 即座に俺はマウントポジションから離脱し、ためらいなく土下座を決めた。

 一日で二回の土下座――人生は宝くじだけど、こういうハズレくじもそれなりに混ざっているものらしい。



「……というわけで。心ぴょんぴょんさんはマジで俺の神なんです」

 しばしの後。

 謝罪が受け入れられて中華丼の残りを食べ、あと片付けをして(もちろん俺が)、ようやく一息ついたリビングで。

 俺と一ノ瀬涼風はコーヒーなんぞをすすりながら(もちろん俺が淹れた)、少し休憩を入れている。

 ちなみにソファーに座る位置はだいぶ離してある。距離が近いと間違いが起きやすいことは学習したので、当然の対応だと思うけど。一ノ瀬涼風は不服そうにくちびるを尖らせたりなんかしていた。

 とはいえこればかりは受け入れてもらうしかないだろう……いやていうか不服なの? 何度も言うけど間合いが近すぎん?

「そっか。そうなんだ」

 クッキーをかじりながら、一ノ瀬涼風はふんふんと頷いている。

「じゃあホントにすごい偶然なんだね、これって」

「すごいなんてもんじゃないすよ……」

 コーヒーカップを片手に、俺はいまだに呆然としている。

「冷静に考えておかしくないすか? おんなじ学校に行ってておんなじクラスで隣の席の人が、今日から家族で義理の妹で、しかも俺が憧れてた神絵師だとか……いまだに自分で何を言ってるのかわかんないです」

「でも現実だよ」

「そうなんすよねえ……」

 ちなみに父も侑子さんも、あれきり音沙汰がない。

 それも当然、今ごろは飛行機の中でディナータイムでも楽しんでいることだろうから。とりあえずは現状のまま乗り切るしかないところだ。

 ていうか信じられるか?

 これ、まだ同居の初日だぞ? どんだけイベント起きるんだ……俺、もう頭がパンクしちゃったよ。まともに思考が働かん。とりあえず一眠りして、リセットして、話はそれからだと思うな。

 聞きたいことも、やらなきゃいけないことも、たくさんあるけどギブアップ。もう無理っす。さすがにもう……ゴールして、いいよね?

「というわけで、そろそろ寝ようと思うんですが」

「うん。そうだね。もう夜もおそいもんね」

「タオルとか歯ブラシとか、そういうのはいちおうお客さん用のがあるので。好きに使ってください」

「うん。そうする」

「何か他に必要なものは?」

「うーん……なんにも考えずに来ちゃったから、なんにもないと言えばなんにもないんだけど。でも着替えだけは持ってきてるから、まあ大丈夫かな」

 あっけらかーんとしたものだ。

 いやもう強キャラすぎる。物怖じしないにもほどがある。

 度胸よすぎというか……やっぱギャル様なんだよなあ、ある意味でこういうの。

「まあとにかく。俺は軽くシャワーだけ浴びるんで。あとはうまいこと好きにやってください。物置部屋はギリ、布団が敷けるぐらいにはなってるんで」

「んー。そだねえ」

「……何かご不満が?」

「んーとさ」

 こてん、と小首をかしげながら彼女は言う。

「いっしょの部屋で寝る話だけど」

「……そのネタまだ続いとるんかーい!」

 思わず声に出してツッコんでしまった。

「いやいや。ないっすから。いっしょの部屋で寝るとか。マジで」

「ないかな?」

「ないです!」

「でもキミはお兄ちゃんだし」

「お兄ちゃんだから、ってのは何の免罪符にもならんでしょ!」

「ううーん……」

 困ったような顔をする一ノ瀬涼風。

「いやいや。あります? そんな困ること」

「うん。ある」

「それはどんな?」

「んーとね」

 少し照れた風に。

 彼女はこう言った。

「わたし、添い寝してもらった方がよく寝れる」

「……なんじゃいその理由⁉」

 またツッコんでしまった。

「いっしょの部屋で寝るだけじゃなくて添い寝とか! そんなんダメに決まっとるわ! 提案されること自体が意味不明なレベルですが⁉」

「同じふとんに入らなくても、いいんだよ? でも枕元でお話はしてほしいかも?」

「子供か! 発想が完全にお子様のそれ!」

「でも同じ部屋で寝るのは絶対ね。ひとりだと怖いし」

「やっぱ理由が子供! あんた歳いくつですか⁉」

 俺は力の限りにツッコんだ。

 一ノ瀬涼風はちょっとジト目をする。

「そんなに否定するんだ」

「そりゃするでしょ! 言ってること無茶苦茶なんだから!」

「もしかしてキミ、えっちなこと考えてる?」

「へっ⁉」

「いっしょの部屋で寝るだけでそんなにあわててるってことは。お兄ちゃん、えっちなこと考えてるの? わたしたち兄妹なのに、そういうことしたいんだ?」

 ぶんぶんぶん。

 俺は首を激しく振った。

 心情では縦に。

 ただし現実では横に。

 いやいや。無理があるでしょ。

 兄妹っていっても書類上の立場であって、実際はただの他人なわけで。

 ひとりのオトコと、ひとりのオンナなわけで。

 まあ口に出しては言わんけどな! なんかそういう空気じゃない気がするし!

「じゃ、いいかな」

 ジト目をやめて微笑む一ノ瀬涼風。

「えっちなことがないなら、なんの問題もない。だよね?」

「えええ……いや、そうはいってもですね……」

「迷うってことは、えっちなこと考えてるんだ?」

「イイエ。ソンナマサカ」

 またジト目をされて、棒読みで答える俺。

「お兄ちゃんは、わたしのお兄ちゃんだよね?」

「ソノトオリデアリマス」

「へんなこと、しない?」

「モチロンデゴザイマス」

「しないなら、そもそも何も問題ないよね?」

「イエス。ザッツライト」

「うん。じゃ、いいよね」

 目を細める一ノ瀬涼風なのだった。

 その表情は反則的に可愛くて――本当に有無を言わせぬぐらい魅力的で、うっかり見入ってしまって。そして俺はついに、反論の機会を失ってしまったのだった。

 いやいや。

 でもいいのかこれ?

 知らんぞもうどうなっても。俺、割とまじめに反対しましたからね? 常識的な判断をちゃんとした結果がこれですからね?

 ……とはいえ。

 よく考えると、別に損はしてないか。

 むしろ得してる?

 クラスメイトで隣の席のトップギャルが、親の再婚で義理の妹になって、いきなり同居することになった上、彼女の正体は俺が憧れていた神絵師で、しかもその子はひとりで寝るのが怖いタイプで、添い寝してもらうのが好きな子だった。

 ……我ながら馬鹿げてる。誰が信じるんだ、こんなシチュエーション。

 でも現実だ。

 そして手放しで喜んでもいられない現実だ。

 一ノ瀬涼風と一晩、同じ部屋で過ごす……だと?

 なおかつ、えっちなことを考えるな、だと……?

 無理があるだろいくらなんでも。

 つーかむしろ拷問では?

 新手のストレステストですかね? 俺、なんかに試されてる?

「んー、でもそっか」

 内心で頭を抱えている俺を尻目に、一ノ瀬涼風がふと思いついたように、

「キミには何の得もないのかな、これって」

「……と、言いますと?」

「だって、これってわたしのやってほしいことをやってもらってるだけで。キミがやってもらいたいことをやってるわけじゃないでしょ?」

「まあ……そう言われればそうだけど」

「じゃあキミは何も得してない。平等じゃない」

 自分と、俺と。

 交互に指を差す一ノ瀬涼風。

 ……いや、あるけどな得!

 一ノ瀬涼風と同じ部屋で一晩過ごす!

 これが役得じゃないって言ったら刺されるけどな! 友人ABが聞いたら人生と引き替えにでも俺を抹殺してくると思うわ!

「料理もお片付けも、キミがやってるよね?」

「まあ、はい。そうっすけど」

「じゃあ、これはちゃんとした取引。わたしになにかしてもらいたいこと、ある?」

 小首をかしげる一ノ瀬涼風。

 その仕草が反則的に可愛くて以下略。

 でもって気づいたんだけど。彼女ってちょっとあどけないんだよな。なんというか少女的な無垢さを持ってるというか。

 それでいてギャルらしく押しは強い。見た目もゴリッゴリのギャルで、胸も大きいというギャップの持ち主という。

 ピュアさと色っぽさのハイブリッド……なんてズルいコンビネーションなんだ。

 俺の一ノ瀬涼風に対する評価がまた上がった。上がったところで今は素直に喜べんのだけど。

「いや。別に。何もないっす」

 とりあえず俺は首を振った。

 今度は心から横に。何度も言うがとっくにオーバーキルなのだ。これ以上を望んだところで脳みそがついていけない。

「じゃあさ」

 なのに、だ。

 彼女は少し考えてから、こんなことをささやいたのだ。

 俺が脳裏の片隅にも思いつかなかった――でも俺という個人にとって、悪魔的な発想といえるアイデアを。


「こうしようよ。わたしの言うことを聞いてくれたら、なんでも一枚、っていうのはどう?」

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