Prologue ‐すべてをうしなった男‐(2)


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『みんな〜〜! 今日のライブに来てくれて、本当に本当にありがとう〜!』

 ライブスクリーンに映る等身大の夢叶乃亜を前に、ファンは歓声を上げる。

 情熱的な赤い髪を短めのツインテールに結び、プリンセスのような白を基調としたアイドルドレスを身にまとう乃亜がそこにいる。色とりどりの光演出のど真ん中で、スポットライトを導く乃亜はまるで女神だ。それほどのこうごうしさとれんさを兼ね備えている。

 ──ノア友と一緒に夢をかなえる。

 そのスローガンを掲げて活動を開始し、初期は伸び悩んだ彼女だが、いまや大物VTuberへの階段を駆け上がっている。

 事実、夢叶乃亜はこの数ヶ月でYouTubeのチャンネル登録者数を顕著に伸ばしていた。

 その数、三十万人も目前。彼女と同じく歌って踊るアイドル系VTuberの上位層が五十万人前後の登録者数であることを考慮しても、その伸びは上位層に届く勢いである。

 彼女は芸能事務所に所属するプロのパフォーマーではない。夢を叶えるため、アマチュアから必死にVTuber活動に専念し続けた。

 その努力が実り、これから花開こうとしている。

 業はそんな乃亜を誇らしく思い、ライブ中はうんうんと頷いて、乃亜の伝えたいこと、ライブに込めたおもい、そのすべてをみ取っている気になっていた。

 その心境はすっかり後方彼氏づらだ。

「カルゴさん、み、見てください……っ! 乃亜ちゃん、トレンド入りしてますっ」

 たまたまチケットの席が隣同士だったミーナがとして業の腕を引っぱりながら、スマホ画面を見せつけてくる。

 Twitterのトレンドに、夢叶乃亜の名前がランクインしていた。今日のライブは序盤のみYouTubeで無料視聴できるようになっている。それで話題になったようだ。

「あっ……あっ……! チャンネル登録者、さっ、さ、三十万人を超えましたよっ」

 ミーナも限界化しつつあった。まだライブ中だというのに、業の各種SNSアカウントにも連絡が何件も届いた。きっと非公式ファンクラブ加入の問い合わせだ。

 業は、夢のような時間に半ば放心していた。青春を捧げ続けた推し活の日々が、よい、報われようとしている。

『──え〜……ここで実はファンのみんなに一つ、おしらせがありますっ』

 曲と曲の合間、乃亜が会場中に呼びかけた。

『今日はみんなにとっておきの曲をお届けしようと思います! 乃亜の初めてのソロライブが叶った記念に、みんなと作り上げた大事なライブのために、温め続けた曲です』

 会場中が「おおおおおおっ」と沸き立つ。

 熱狂的な会場の雰囲気は、まさに絶頂を迎えようとしていた。

『聴いてください。乃亜の初のオリジナルソング【Ark!】──』

 ワアアアアアアアアア! 狂喜乱舞の中、歌がはじまった。

 それはノアの方舟はこぶねをモチーフにしたオリジナルソングだった。

 夢叶乃亜の名前と掛けたのだろう。その方舟は夢と希望を抱いた人々を乗せ、宇宙に向かって飛び立っていく。その先に楽園があることを信じ、夢叶乃亜がこれからも大きな世界に羽ばたいていく。そんな姿をイメージした神々しい曲だった。

 ごうはその神曲を聴き、魂が宇宙に飛び出て昇華されるような高揚感を味わった。

 大洪水で沈みゆく世界で、ノアの方舟がすべての動物種を救い出すその一場面をほう彿ふつとさせた。その曲はたとえあらゆる苦難が襲ってきても、業の魂──乃亜推しカルゴを救済するというメッセージ性を秘めているように感じた。

「エモい。エモいぃいいいい! 乃亜ちゃぁああんっ! うわぁあああああっ!」

 業は泣いた。ぼうの勢いでみすぼらしくむせび泣いた。

 業の絶叫は熱狂の渦に溶け合い、夏の夜空に消えていく。ステージを舞う乃亜の姿が、業の目には聖戦を制す戦女神のように映った。

 ──ノア友と一緒に夢を叶える。

 夢叶乃亜のスローガンは今宵、伝説的な一幕のもとに達成した。

 一夏の、の達成として。

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