第一章 英雄夫婦の離縁バッドエンド(4)

   ◇


 経緯を聞き終え、しみじみとホワイトは頷いていた。

「なるほどそんなことが………………………………って、ええと、二人が離婚したい理由はつまり、迷子の子供の助け方で揉めたからということかい……?」

 問いかけるホワイトに、アルマとエリーゼは揃って首肯する。

「はい。あの子供はウェギス国の外務大臣のご息女です。何かあればフェデン国の責任――外交問題になります。最悪の場合、東西対立に発展しかねなかった。だというのに――」

「ええ。ニナは妹のために失くした風船を探していました。傷心の妹を励まそうとして頑張っている子を、放っておける道理はない。それなのに――」

 にらみ合い、同時に言い切る。

「「こっちが邪魔してくるから!」」

 声が重なった。

「「邪魔してない!」」

 また声が重なった。

 生温かい眼差しでそれを見守るホワイトがため息をつく。

「息ぴったりじゃない。やっぱりヨリ戻さない……?」

「「ない!!」」

「あ……そう……」

 怒鳴られ、しゅんと肩を落とすホワイト。

 今しがた夫婦から聞かされた話と似たような内容の事件を、確かについ最近で見聞きした覚えがある。詳細を記した報告書はまだ目を通せていないが、確かこの辺りに……と執務室のデスクに山積みに置かれた未読の報告書を、ホワイトはあさっていく。

 視界の端では「「いちいちハモらせてくるな!」」と夫婦が喧嘩を続けていたが、それを横目にひとまず報告書を探す。やがて、どうにか見つけ出した。

『勇気と慈愛のつがい』の像が立つ噴水広場での騒動に関する報告書。

 ホワイトが報告書に目を通し始める。

「どれどれ。あー……酷いなこれは。『像が半壊、広場の被害も甚大、保護した子供は辛くも安泰』――何かこの報告書、韻踏んでない? それに……おかしいな、誘拐に関しての情報がまったく記されていない……」

 独り言つホワイトは、最後まで読み終えたところで首を捻る。

 保護された子供がウェギス国外務大臣の娘であることは当然のように伏せられ、広場の被害は、水圧の調整を誤った噴水が根こそぎ薙ぎ払った事故として処理されていた。

 こじつけ感半端ねぇなと内心思いつつ、ホワイトは隠匿された事実の背景を慮る。

 軍部もメンツがある手前、外務大臣に申し立てられた警護の不手際は表沙汰にはしないのだろう。愛娘が無事に戻ったおかげか、外務大臣も矛を収めたと見える。

 誘拐騒動が記録されていないのも、恐らくは誘拐犯が『西の英雄』エリーゼであることに軍部も後々気が付いたのだ。事実が露呈することで『平和の象徴』たるストレン夫婦の名声に傷がつくことを避けたかった――……そんな思惑がうかがえる。

(とすれば、やはりフェデン軍部は……彼ら夫婦の『平和の象徴』としての価値を高く買っているのだろう。いや軍部だけじゃない、それはウェギス側も同じかな……)

 ウェギス国の外務大臣がいやに協力的なのは、あちらの介入という線もあり得た。

 と黙考するホワイトだったが……仮に的中していたとしても、東西両国の計略は予期できるはずがなかった不調和のおかげでご破算だろう。

 不調和――そう、今もなお言い争っている英雄夫婦が離婚を決心したことである。

「うん…………ねえちょっとー、まだ喧嘩してるのー!?」

「ハッ。今終わりました。いい歳した大人が目先のことしか考えられない粗忽者とあっては、もう付き合いきれません」

「逃げるのね。これ以上言い負かすのも大人気ないから、いいわ。見逃してあげる。感謝して……ってできないか、他人に寄り添えない未来お守り鬼畜ロボには」

「意味がわからん! というより、人を鬼畜ロボ呼ばわりはやめろ。何なんだ!」

「ユニちゃんのライバルであるガラクタ島の住人だって言ったじゃない」

「そうじゃない!? 僕とそれを同一視することが、訳が分からんという意味だ!」

「人の心がないからロボだというの。その年まで『ファミユニ』を知らずに生きてきたという大罪を背負っておいて。私でも救いようがない。永遠に停止して錆びるがいいわ」

「死ねという遠回しの罵倒か! ロボに寄せて言うな、貴様……!」

「はいはい! わかった、わかったからもう、双方落ち着いて! ね!」

 喧嘩試合に体ごと割り込む審判よろしく二人を引きはがすホワイト。

 あと一歩遅ければ再度舌戦が始まりかねないところだ。いい加減痛感したが、今のこの夫婦の仲を修復するのは容易ではない。つーか手遅れじゃね? とさえホワイトは思う。

 それでも諦めるわけにはいかない。

 東西両国のそれぞれで英雄視される夫婦が離婚すれば『平和の象徴』も失われ、フェデンとウェギスとの国家間における和平が崩壊したと、国内はもちろん周辺諸国にも不穏な憶測を招きかねない。

 東西対立を煽ろうとする反国家勢力にとっては格好のネタだろう。ゆえに、平和維持を推し進めようという東西両国の現政権を鑑みれば、何かしら対策を講じて然るべき。

 そうして気が変わるように仕向けていけば、おのずと夫婦も復縁を――……

「断言しますが、僕は何を言われ何をされようが彼女と離婚させていただく。その上で、東西対立が煽られようと、第二の東西戦争なんて引き起こさせない」

「それだけは私も同意見。彼とは必ず離婚します。それさえ成し遂げれば、私は平和な世の仲への献身を惜しまない。この件で騒ぎ立てる人たちには、そう伝えてください」

「――気が変わる気配なんて微塵もない……ちょちょ、二人とも、帰らないでよぉ!?」

 夫婦を繋ぎとめようと必死に呼び止めるホワイトの声が、悲壮に響くのだった。


   ◇


 そんな英雄夫婦の衝撃的な報告があった翌日のこと。

 フェデン国の中央部に座する最高機関――総帥府に一本の入電があった。

 受話器を握るのは重厚な歴史が皺に刻まれた老兵の掌。猛禽と見紛うような雄々しい眦とは対照的に、好々爺じみた柔和な笑みを湛えた男性が言葉を発した。

「何事かと思いましたぞ。あなたほどの人物{あなたほどの人物=傍点}が直々に動かれるとは」

 男性の名はガルエデン。東国フェデンの国軍総帥であり、国家元首も担う最高権力者だ。

 丁重な物言いで、通話の相手へ厳かに尋ねる。

「よほど火急の要件とお見受けする。……女王陛下」

『話が早くて助かります』

 耳に心地よい儚げな女性の声色。

 その裏で、硬いものが擦れる雑音も混じる。

 ささやかな嚥下の気配。カップとソーサーを手に茶を服しているのだろう。

『単刀直入に申し上げます。国がやばい{国がやばい=傍点}ですわ』

「……女王陛下」

『なんでしょう』

「いささか話をかみ砕きすぎかと」

 がちゃっ、と動揺が伝播したかのごとく露骨に陶器のぶつかる音が鳴った。

 苦笑するガルエデン。すると、仕切り直すように楚々と咳払いが返される。

『こほん。――貴国の要人が命を狙われております』

「それは……確かな情報ですかな?」

『残念ながら。先日、我が国の国境部隊が正体不明の武装集団と交戦しました。無事鎮圧し、生け捕りにできた者から、信頼のおける能力者に記憶を探らせましたの』

「……サイコメトリングですか。いやはや、ウェギス国の超能力開発には本当に驚かされる」

『ええ、我が国が誇る力です。けれど有り余る力の扱いを誤ればどうなるか……東西戦争に傾倒して破滅した先代国家元首を見れば、それは明らかですから。……平和のために、わたくしたちは力を振るわなくてはいけませんわ』

「おっしゃる通りですな」

『失礼……話が逸れましたわね。敵の標的はふたり、かの夫婦です』

「夫婦? まさか」

『そうです。東西を終戦に導いた英雄――アルマとエリーゼ。いまは『東の英雄』と『西の英雄』との通り名が有名ですわね。戦時中も名を馳せ、伝説の夫婦となった彼ら……』

 陛下とガルエデンの脳裏に共通して描かれた『平和の象徴』。

 それを害そう{それを害そう=傍点}と忍び寄る悪意に対して、脅威の度合いを吊り上げる。

『かの夫婦は東西の国民から多くの支持があります。今後の両国の安寧に彼らの存在は不可欠かと、わたくしは考えますわ』

「ふむ……早急に対策を講じなくてはなりませんな」

『はい。今回捕らえた敵はしょせん末端の構成員、本隊はいずれ夫婦の暮らすフェデン国の西方で荒事を起こすはずです。この窮地をともに乗り越えるために、ウェギス国からも可能な限りの援助を致しますわ』

 聞く者を安堵に誘うトーンで陛下は宣言する。

 言葉を吟味するように一拍置き、ガルエデンは尋ねる。

「ご厚情感謝します。ただ、お待ちを。引き出せた情報はそれだけですか、サイコメトリングを使ったのなら、もっと多くの情報を明らかにできたのでは?」

『……敵も対策を施していたのです。こちらが思念を読み取り始めた直後、あらかじめ構成員に仕掛けられていた防衛能力が発動、当人の記憶が消されました。自分がどこの誰かも忘却させる、完全な記憶の抹消ですわ』

「ふぅむ。手練れの能力者をも抱え込む反国家勢力――……予断を許しませんな」

『ええ、何が起こるかがわからないのが今のフェデンとウェギスというもの。ガルエデン閣下もどうかご用心をなさって』

「痛み入ります、女王陛下。…………ところで、ですな」

『なんですの?』

「こちらにも陛下に、早急にご報告したい情報があるのです」

『あら。流石は閣下ですわ。早速対策を講じられたのでしょうか』

「……まさにそのストレン夫婦のことですが――彼ら、離婚したいそうですな」

『は?』

 女王陛下にあるまじき返答が届いた。

 数秒の静寂を挟み、理解が追い付いたのか動揺が露わになる。

『は……え、ちょっ……はァ?』

 狼狽が余裕を奪い、半ギレ気味の陛下。

 ガルエデンは聞かなかったことにして、貫禄ある溜息をつく。

「彼らもまた若人、迷いすれ違うこともありましょう。一年たらずとは早すぎる気がしないでもないが、陛下におかれましては――どうお思いかな?」

『…………せんわ』

「?」

 か細く伝わる声に、ガルエデンは耳を澄ませる。

 直後、脳裏に爆発を幻視した。

『認められるわけが! ありませんわっ!!』

「がっはっは、でしょうな。私もです」

 陛下の絶叫に目を丸めたのち、ガルエデンは呵々と笑う。

「では夫婦のことはこちらでうまくやりましょう」

『……ええ。お願いしますわ。どうか、くれぐれも……』

 興奮で息が上がっているのか、陛下は呼吸を整えていた。

 話もまとまり、通話が切れる――その寸前で。

 ガルエデンが陛下を呼び止めた。

「あぁ。陛下、シェニカ女王陛下。電話越しでまことに不躾ではあるのですが」

『……今度はなんですの』

 一抹の気疲れを残しつつも、調子を持ち直した陛下に。

 好々爺じみた微笑を交えてガルエデンは言葉を紡ぐ。

「本日、十二歳のお誕生日でしょう? おめでとうございます」

『――……お心遣い感謝いたしますわ、ガルエデン総帥。イ~っだ!!』

 彼の声に滲んだ子供をあやすような雰囲気を鋭敏に察知し、反発心を刺激された陛下が電話の向こうで舌を出したのだ。

 その様子を脳裏に思い浮かべて、ガルエデンの頬が緩む。

 陛下の側近が慌てふためく気配を最後に残し――今度こそ通話が途切れた。


   ◇


 フェデン西方には、誰も立ち寄らなくなった市街地の残骸が点在する。

 各所で復興の進められるフェデン国の中でも、そこはまるで時の流れに置き去りにされたようだった。間違ってでも人が迷い込まないように金網で厳重に囲まれた――立入禁止の危険区域。

 いわば、東西戦争で刻まれた消えない爪痕である。

 ここ『ミストリの街』もそのひとつ。

 戦時中にウェギス国の超能力者が生成した毒霧が、今なお霧散せず残留している。大人の背丈より分厚く地面を這う赤紫の霧は、あらゆる生命の息の根を止める。

 ここは死に満ちた空間だ。生者は決して訪れない。

 ……はずだった。

 月夜にシルエットを落とす教会、その屋上で二つの人影が佇んでいる。

 教会だけではない。毒霧の届かない建造物の屋根で、小規模な集団がいくつか身を寄せていた。総勢六七名、そのほとんどが銃火器で武装している。

 物々しい雰囲気を醸し出す一方で、彼らは一言も発せずに号令を待つ。

 教会に立つ人影の片割れが、屋上の縁に歩み寄り、集団へと声を張り上げた。

「ここまでよく付いてきてくれたわね、ウェギス国を真に想う同志たち!」

「――――ルミ隊長……」

 赤みがかった長髪を夜風になびかせ、妙齢の女性が月明りに相貌を暴かれる。

 彼方まで響き渡る大音声でルミは続けた。

「私たちの望みが叶う時は近いわ。『平和の象徴』であるストレン夫婦を殺し、忌まわしき平和を終わらせる。胸にある想いを、今一度思い返しなさい!」

「……」

「私たち《灰の部隊{灰の部隊=グレイズ}》は本物の結束を持つ。なぜか。崇高な理念を共有しているからよ。フェデンとの融和の道を歩むウェギスなんて、願い下げでしょう?」

 得意げに口端を持ち上げる。

 集団から雄々しい砲声が返るのをルミは期待したが、彼らは代わりに精悍な顔つきで応えてくれた。

 ただの烏合の衆ではない。集団を構成する人員の多くは、東西戦争の帰還兵だ。

 練度の高さを感じざるを得ない。望む反応はなかったものの、ルミは満足気に頷いた。

 彼らのウェギスに対する愛国心は本物である。かつて敵対していたフェデンとの慣れ合いが、ウェギスの誇りに泥を塗る行為だと本気で信じているのだ。

(――可哀想にね、ふふ……その熱意、私に利用されているだけとも知らずに)

 あくどい笑みが、ルミの口元に浮かんだ。

 が、それも一瞬のこと。彼らの士気を煽るために大声を張る。

「ウェギスを脱してフェデンに忍び込む道程で、志半ばに倒れた同胞たちもいるわ! 彼らの無念を晴らせるのは私たちだけよ。幸いにもここは人気のない絶好の隠れ家、しばらく準備を整えたら、いよいよ暗殺の決行を――」

 と、そのとき、ルミは気づく。

 集団の先頭に立つ一人が指先までピンと伸ばして挙手していた。

「何かしら。そこのあなた!」

「はい。お言葉を遮ってしまい、大変失礼ではありますが、隊長殿。自分はこの街に訪れたとき、遠目に巡回する兵士を見ました。近隣に駐在所があり、一帯を見回りしているのかもしれません。念のため、声は抑えたほうがよろしいかと」

「…………」

 的確な忠言をされ、少しばかり思案の間を置き、ルミが返答した。

「……わ、わかったわ。教えてくれてありがとう……」

 過剰なほどの小声である。

 同志たちは『素直だなあ』と心の声を同じくした。

「……戦いに備えて十分な休息を取りなさい。武器の手入れも欠かさずにね……」

 同志たちの大半が、囁きを聞き取るのに難儀して、前傾姿勢で片耳を差し出している。

 そんな仲間の苦心など露知れず、やり遂げた表情のルミは鼻を鳴らした。

 しばし時を置き、どうやら話が終わっていたらしいと遅まきに気付いた面々が、次々にルミから視線を外していく。

 そこでようやく彼女の背後で控えていた、もうひとつの人影が口を開いた。

「堂に入る猫かぶりであるな。ルミ殿。すっかり彼らも信頼を置いている」

「……マロゥ。不用意な発言は慎んで。聞かれたら厄介よ……」

「いつまで小声なのだ。ルミ殿」

 身近には二人しかいないというのに。呆れ声を送る。

 そうしてマロゥと呼ばれた女性が、暗闇から歩み出て大柄の体躯を露わにした。

 彼女の屈強な逞しさは、筋骨隆々な男性と横並びになっても見劣りしないだろう。

 ルミの頭三つ分ほど上背があり、角ばった肉体とは対照的に柔らかな猫っ毛が際立って女性的だ。面立ちが美形なぶん、眼力の鋭さと不愛想ぶりに拍車がかかってはいるが。

 マロゥにひと睨みされれば、どれほど腕っぷしに自信がある輩も萎縮するに違いない。

 頼もしい実践担当の相棒を、参謀を自称するルミが一瞥した。

「そ、そうね。今は普通に話せばいいわね。わかってたわよ……!」

「うむ。して、ルミ殿は相変わらずだな」

「どういう意味? 人を褒める口ぶりじゃないわよね、それ」

「己に素直だと、いたく感心しているのだ。己の欲に……な」

 ルミの太腿ほどの太さがある腕を組み、マロゥが瞳を眇める。

「何だったか、部下を誑かしておいて、真の目的は――」

「稼ぎよ! こちとら世の中平和なおかげで、阿漕な仕事でラクして稼ぎづらくなったのよ。わかるでしょう? 終戦以降から国内の治安は向上、安全な仕事に手堅い給与、今後はもっと磨きがかかるでしょうね、この秩序にも!」

 憤懣やるかたないと、真に迫る表情のルミが拳を固める。

「死んだって生真面目に生きてたまるもんですか。私は私の生活のために戦うわ。ストレン夫婦を暗殺した暁には、東西両国の安寧は崩れ去る。悪事のしやすい私の時代よ!」

「……おかしな方向に真面目ではあると思うがな……」

「ちょっと、聞こえているんだからね!? あなた素で声が大きいんだから、ちょっと静かにしなさい!」

「いまはルミ殿のほうがやかましいのだ」

 マロゥは肩をすくめる。

 そんな彼女に、ルミがじっとりと半眼を注いだ。

「……そういえば、あなたこそ、変な目的を掲げていたわよね」

「ん? ルミ殿から興味を示すとは珍しい」

「別に大した興味はないわよ。聞いてもまた忘れるでしょうし。でも、私が喋るばっかりで損した気分になったわ。あなたからも話を聞いて帳尻を合わせたいの」

「ケチも度が過ぎているな……やれやれ」

 ルミが独自の損得勘定を発揮し、マロゥは深々とため息をつく。

 それから、もったいぶるわけでもなく、淡々と言葉を紡いだ。

「吾輩は東西の持つ技術力を危険視している。第二の東西戦争を始めさせ、共倒れさせることで、フェデン国軍の人間改造技術とウェギス国の超能力開発技術を葬りたい」

「……どういうこと?」

「? いま話した通りであるが」

「技術を危険視? そんなこと考えて何の得があるの?」

「――より大きな闘争を防ぐことができる。東西の技術によって個人が途方もない力を持つようになった。それは良くないことだ」

「なんでよ?」

「世界が耐えられない。超人が好き勝手に生きてしまえば争いの絶えない世になる。他愛ない路上の喧嘩が、殴り合いに留まらず、この『ミストリの街』のような生命の栄えない死地を生み出す結果になりかねない。東西の技術がそれを可能にしてしまった」

「…………」

「それに気が付いた瞬間から、吾輩を突き動かすのは使命感だ。技術の氾濫を食い止めなくてはならないと。だから――」

「……国ごと消し去るって、そういうわけね。マロゥ、あなた、頭がおかしいわ」

「ルミ殿にだけは言われたくないのである」

 憎まれ口を叩き合い、どちらともなく一笑する。

 それから、ふとルミは気が付いた。

「ちゃんとお話をして思ったんだけど、あなたの思い描いていた『好き勝手に生きる個人』って、私も同類なんじゃないかしら。仇の範疇じゃないの?」

「で、あるか」

「マロゥに勝つ自信ないわよ、私。いざとなったら見逃してよね」

「心を入れ替えて慎ましく暮らせば問題はないだろうに。とはいえ、ルミ殿の能力を持ってすれば、吾輩も苦戦を強いられるであろうな」

「……そこはどんなときでも味方でいるって言いなさいよ。付き合い長いんだから」

「ふふ。では吾輩、仕事を終えたらルミ殿が真人間に戻れるよう協力するのである」

「ちょっと。そういう話じゃなかったわよね。嫌よ、私は阿漕な生活でラクしたいの!」

 徹底して己を曲げないルミを見下ろし、マロゥは苦笑を落とす。

 意見の合わない二人であるが、近く迫る戦乱への期待だけは、ともに共有していた。

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