【#2】神絵師を落とす方法(2)

 インターネット上で動画投稿や生放送を行う人間は、配信者やストリーマーなどと呼ばれている。そして、大きくカテゴライズするならば、VTuberもそれらに含まれる。

 では、そもそもVTuberとは何か?

 ざっくり言えば、固有のキャラクターを用いて動画投稿や生放送活動──配信活動を行う存在である。正式名称は『Virtualバーチヤル NowTuberナウチユーバー』世界で一番有名な動画共有プラットフォームである『NowTubeナウチユーブ』によって爆発的に存在が認知されたこともあり、現在は各メディアも、この呼称を使うようになっている。

 そんなVTuberが生身の配信者と決定的に異なるのは、自身そのものでなく、自身の分身としてのキャラクターを用いている点だろう。ウェブカメラやスマートフォン端末のカメラによって自らの動きをキャプチャし、現実での表情変化や全身の動きをワイプ代わりに映っている2D、ないしは3Dのキャラクターに直接反映させる。

 そうすることでキャラクターという『ガワ』に、配信する人間の人間性──『魂』とも呼ぶべきものが宿り、ロールプレイ的な要素とメタフィクション的な要素がそれぞれ介在する、一風変わったホットでエキサイティングなコンテンツになるわけだ。

 そして。ガワを描くのは特別なことが無い限り、イラストレーターの手によって行われる──ママ呼ばわりされたのは、生みの親的な意味合いからだろう。自らのデザインを行ったイラストレーターのことを、多くのVTuberはそういう風に呼んでいる。

 なんとも聞き慣れない呼び方だと思うかもしれないが、そういうもんなのだ。


「先走っちゃってから言うのもなんだけど……VTuberとか、ママがなんなのかってのは知ってる? 私もちゃんと調べてるから、説明はできるけど」

「イラストレーターとして業界に身を置いている以上、その辺の知識は履修済みだ」

 ならよかったと、海ヶ瀬はほっと胸をなで下ろす仕草を見せた。

「……突然こんなこと頼まれて、驚いてるよね?」

「ああ。ただ、今考えてるのはもっと、別のことだけどな」

 起き抜けにDMを見た瞬間こそ衝撃を受けたが、今は驚きよりも、今後の身の振り方の方が俺の頭を悩ませていた。仕事を請けるべきか、断るべきか。

 俺に与えられているのは、シンプルな二択だ。

「ここに来てくれたってことは、考える余地はあるってことだよね。だったら──はい」

 その後、勝手に状況を好意的に捉えていた海ヶ瀬はごそごそと、ベンチの横に置いていた自らの黒いキャンパスリュックを漁っていた。

 中から厚めの茶封筒を取り出してきて、そのままこっちに手渡してくる。

「検めてくれない?」聞いた俺は封筒の中に手を突っ込んで、ホチキス止めされているB4用紙の束と共に、どこかで触ったことのある手触りの『それ』を一息に取り出した。

 札束だった。

「くふぁっ」「どうかした?」「ど、どうかするだろがい!」

 驚きすぎて、喉から言葉にならない変な音が漏れ出てしまう。

 百万円だ。年齢のせいでクレジットカードを持てなかったりするぶん、俺は他のイラストレーターよりも現金を扱うことが多い。よって、言われなくても金額に確信が持てる。

「お、お前、これ、どうやって?」

「それはほら。最近はいくらでも、まとまったお金が貯められる世の中じゃん? そういう感じで──ちょっと待って。なんだか亜鳥くん、勘違いしてない?」

 俺は一度眉間を揉んでから、なるたけ優しい言葉を選んで告げる。

「……自分のことは大切にしろよ。もしも何か事情があってやってるんだとしたら、話聞くぞ? それとも、俺の知り合いの弁護士とか、その辺の大人に相談したりしてみるか?」

 あくまで親切心から、そう言ってやる。

「なっ」だが、聞いた海ヶ瀬の顔は、ほんのりと紅潮していた。わなわなと、心外だ、暴言だ、早く取り消して! そんなことを言いたげでもある。

「し、してないから! いったいどんな想像してるのさ!?」

「たまにTmitterのTLタイムラインに流れてくる、パパ活女子漫画の導入みたいなことだが」

「ああ、やっぱり亜鳥くんはアトリエ先生だ……なんでもかんでもそういう方向に持っていかないでよっ」

「じゃあなんだよこの金は。どう考えたって、普通の高校生がポンと出せるもんじゃないだろうが! 俺がイラストレーターでこの額稼ぐまで、どれだけ頑張ったことか……」

 勢い余って、嫉妬混じりの恨み言まで飛び出してしまう。一年じゃ利かないだろうな。

「……そんなこと言われても。だって私の家、じゃないから」

 頬を膨らませる海ヶ瀬。あろうことか、続けてそんなことをほざきやがった。

「普通がどうこうって……海ヶ瀬果澪の家のことを、他人の俺が知ってるわけないだろ?」

 我ながら、清々しいほどの正論カウンターパンチが決まった……海ヶ瀬の顔を見なくてもわかる。きっともごもごと、反論できずに悔しがっているだろう。

 ただ。海ヶ瀬の返答でなんとなく、この百万円がどこから来たのかの背景は推察できた。

「……実家が名家かなんかで金持ちで、だから、その辺の高校生とは比べものにならないくらいの小遣いが回ってくる。色々はしょると、だいたいそんな感じになるのか?」

 こいつの実家事情に興味はないが、相当裕福なんだろうな、ということは充分に理解できた。

「……そうだよ。だから、これで私からの仕事を請けてくれないかなって、そういうこと」

 言われてずいと、どっちつかずになっていた茶封筒を押し付けられる。

 にしても、百万そのまま学校に持ってくるか? まるで宿題提出するみたいなノリでサラッと出してきやがって……もっと厳重に管理しろよ、親の金なんだろ?

 とにかく。ズレている、というよりも、なり振り構わない、みたいなものを今の海ヶ瀬からは感じられた。どんだけ俺に仕事してほしいんだろう。俺が神絵師だからか?

 ……うん、納得の理由だな。

「そもそも金を払うつもりはあるんだな」

「もちろん。こっちがお仕事をお願いする立場だから、当然、対価は払うよ。それでなくても、アトリエ先生はプロで、神絵師って呼ばれてるくらいの人なんだから」

 またお前、そんなこと言って……ははっ。あっさりと顔を綻ばせてしまう俺。ちょろっ。

「私が単にお願いするだけじゃ、アトリエ先生は断ると思う。どうせ冗談か、遊び半分なんだろうって──だから私は、交渉条件になりそうなものをいくつか用意してきたの」

 ……話の流れで言うと一つ目が金ということになるが、その判断は正しかった。

 今のアトリエは絶対に、無償で仕事はやらないと決めている。

 なぜか? それは単に稼ぎたいという気持ちだけではなく、アトリエのように業界で知名度のある人間がそういったことをすると、他の人間の創作物も軽んじられ、安く買い叩かれる可能性も出てくるから。事実、昔の俺も、そういう経験があった。

『イラストくらいちゃちゃっと、タダで描いてよ(笑)』そんな思い出すも腹立たしい言葉を一人や二人じゃなく、もっと多くの人間から言われたことがある。

 よって、些細な仕事でもきちんと報酬は貰うべき、というのが俺の考え。もちろん他のイラストレーターにこの考えを押し付けはしないが、ただでさえやりがい搾取されがちなクリエイターという存在なら、ちゃんと貰うもんは貰った方が良い、とは思っている。

 ……ただ、今回に限って言えば、身から出た錆というか俺が悪いので、タダ働きでもしょうがないとは思っていたけど。本人が払いたいと言うなら、その方が助かる。

「お金もそうだけど……『それ』も大切だと思うよ」

 知らない間に床に落ちていた紙束を指差された。

 封筒に大金を納めてから紙束を拾って、それをぱらぱらとめくっていく。

「『私のためのVTuber制作案 〜現時点での概要〜』……驚いたな。まさか、もう企画書作ってたのか? まだ俺が仕事を請けるかどうかも、定かじゃないってのに?」

「うん。だって、自分の関わる仕事が信頼できるものか、展望が見えるものか──アトリエ先生が実際に仕事を請けるかどうか決める時も、きっと考えてるよね? だったら、私もちゃんとしないと」

「それは違いない、が……」

 記載されている内容に目を通していく。

 とはいえ、この場で何もかもを理解するのは難しい。よって、企画そのものにしっかりとした軸と、明確な目標があるのか、その点をメインに確認していく。

 ……目標チャンネル登録者数、十万人。

 ついでに、上の方に書かれている名前が目に入る。

 雫凪ミオ。職業、高校生兼バーチャル灯台管理人。

 海ヶ瀬が魂を務めるVTuberが、彼女というわけか。

「やりたいって気持ちだけじゃなくて、ここまで綿密に考えてたんだな」

「うん。企画書と、ちゃんとした報酬。これならどう? やる気になってくれた?」

 ……うんうん唸ることしかできなかった。

 感心した、というのもあったがそれよりも、返事を決めかねていたから。

「ふむふむ。どうやらまだ、お悩み中みたいだね。なんなら渋ってる?」

「いや、そういうわけじゃないんだが……」

 ここに来るまでの俺をフラットとして置くならば、間違いなく、今の俺は打診に対して前向きになっている。海ヶ瀬の仕事の頼み方にまったく問題は無かったし、普段の仕事先とはメールでのやり取りが主なので、こうして直接熱意を伝えられている状況は、俺の心をそれなりに動かしてくるものだった。

 だからこそ、一旦持ち帰りたかった。

 一人で考えるだけじゃ得られない視点を第三者からアドバイスしてもらえればなと、どうしても、そう思ってしまって……もっと言えば、俺がこの仕事を請けることにした場合、の協力が必要不可欠じゃないかとすら、思い始めてしまって……。

「私をモデルにして、良いイラスト描けた?」

 悩み続けていると、海ヶ瀬から脈絡無くそんな質問が飛んできた。

「ああ、それは間違いない。描いた俺は大満足だったし、Tmitterでの反響もすごかったし」

「完璧に? 百点満点中、百点?」

 百点──そう言われると、答えに困る。確かに素晴らしいクオリティに仕上がったものの、今よりももっと、というところを考え出すと難しい。

「それは……衣装とか身体の部位のディテールは、俺の想像の産物だからな。その辺加味すると、完璧とまでは言えないかもしれない。けどまあ、満足度としては充分だ」

 あくまで辛口採点するならば、そうなるという話。だいたい、んなこと言い出したら、サキュバスなんてこの世界に存在しない。そもそも百点なんて存在しないのかも──いや、わからないぞ? サキュバスはいるが、俺の目の前にはいないだけかもしれない。来るなら来い。お願いします、早く来てください、コーヒーくらい出しますから。

「帰ったら、サキュバスの召喚の仕方でも検索してみるか……」

「……それじゃあ、さ……完璧に、してみない?」

 海ヶ瀬はベンチから立ち上がり、頭の中がサキュバス一色に染まっていた俺の前に移動してきた。

「なんだ、急にどうし…………は?」

 思考が停止する。

 海ヶ瀬は、制服を脱ぎ始めていた。ブレザーのボタンを外し、ワイシャツをするすると地面に落下させ、終いには、スカートにまで手を伸ばして──。

「お、おいおいおい! ま、まさか、そういう趣味なのか!? 露出癖がお有りで!?」

 海ヶ瀬に対して俺の中で欠片ほど残っていたモラルとか申し訳なさとかから、無意識に目線を外してしまって、でも、見ろと俺の中のDNAとか生物的本能とかが叫んでいたのか、再び海ヶ瀬を直視してしまって──。

 次の瞬間、海ヶ瀬は水着姿になっていた。

 水着。

 というより、布面積的に考えたらあれは、マイクロビキニと形容する方が正しい。

 俺が描いたのと、ほぼほぼ同じ形状だ。もしネットショッピングしてる時に見かけたなら間違いなく資料として買っていただろうというレベルで、俺のイメージにぴったりの水着。普通のアパレルサイトにはこんな布面積の少ないえちえちな水着は売ってない気がするが、どこで買ったんだろう……いやはや、疑問は尽きない。

 そしてそんなことはすべて、どうでもいい。

 海ヶ瀬果澪の肉体を眺める、という行動に、無条件で俺の意識が傾いてしまう。

 ……スレンダーな体型なのに、部分部分の膨らみからは柔らかさを感じる。神様がオーダーメイドした造形だと言われても受け入れてしまいそうなくらい、完成した肉体。

 感想は、ただ一つ。

 なんかもうこれ、裸よりエロくない?

「その……最近、コスプレの勉強もちょろっとしてるんだけどね。ぴったりのがあったからネットでポチったの」

 はあ、そうですか……俺は沈黙しつつ、目線は逸らさない。

「羽根とか翼とか、タトゥーとかは用意できなかったけど、これなら……どうかな?」

 どうもこうもなかった。

 なんだ、この状況。

 どうして俺は海ヶ瀬果澪の、きわどい水着姿を見せ付けられてる?

 水泳の授業どころか、プールすらない比奈高において、なぜ? 両目がそっくりそのままマグネットにでも置き換えられたかのように海ヶ瀬の方に視線が吸い寄せられるのはなぜ? 二次元にしか興味無いって言ってたくせに、これはどういう了見だよ俺。

 いや待て、俺はそんなこと一言も言ってないし、二次元と三次元にはそれぞれの良さがあることくらい、誰だって……とにかく、なんなんだ、これは!

「……今みたいに。もしもこれからモデルが必要なことがあれば、いつだって私がやってあげる。それが、三つ目の交渉条件」

「……」

「どんな衣装でも、なんなら生まれたままの姿でも……亜鳥くんが、そう言うなら」

「……」

「あのイラストのポーズって、どんな感じだっけ……さ、流石に恥ずかしいね」

 頼んでもいないのに、体操座りをしてみせる海ヶ瀬。そして、細かい動作の度に身体は筋肉と連動して、存在としての美しさの中から扇情的なものを思わせてくる。完全に見知らぬ他人じゃなく、学校というコミュニティを共にする存在だからこそ感じるセンシティブが、脳裏を支配していく。控えめに言って最高だった。冗談抜きで鼻血出そうだった。

 以上。

 目の前で展開された非日常を見終えた俺はぱちぱちと何回か瞬きをして、息をつき、ポケットの中に忍ばせていた目薬の蓋を開け閉めする。余韻に浸り、堪能する。

 そうこうしているうちに段々と、のぼせ気味の俺の頭の中は冷静になっていった。

 ……間違いなく、羞恥心はあるはず。当たり前だ。同じクラスの男子にこんなん見せつけて恥ずかしくない奴、どうかしている。

 なのに、今の海ヶ瀬からは身体のラインを隠そうとしたりする素振りは見えない。

 精一杯、俺の視界に映り続けようとしている。

 金にしろ、企画書にしろ、マイクロビキニにしろ、これこそが海ヶ瀬なりの誠意、というやつなんだろうか? 勝手にモデルにして描いたのは、俺なのに。過失があるのだって、俺なのに。

「……私には、これくらいしか思いつかなかったの。どうすればアトリエ先生が仕事を請けてくれるか。それでいて、できるだけ私が納得できる選択肢は、なんなのか……」

 その結果がこれ、らしい。俺がどういう人間だと思われてるかはっきりわかると共に、海ヶ瀬果澪のぶっ飛び方も同時に理解できる。ここまでして断られたらどうすんだよ。

「ママに……なってくれないかな?」

「ママ、なあ……」

 到底諦めそうに見えないのが、嬉しいやら悲しいやらだった。断られて、じゃあ他の奴で、って柔軟な方針転換できる人間なら、こんな力技は取らないだろう。

 とにかく。なおのこと、適当な返事はできないよな……。

「……六十五点ってところだな」

「低っ」今の自分に対して言われたんだと理解した海ヶ瀬は、ショックを受けた様子。

「当然だろ。言っとくが、その手のコスプレは本人の素材もさることながら、元のイラストに対しての再現性の高さが大事になってくるんだ、なのに……」

 語りながらも俺は、再度じろりと海ヶ瀬果澪の頭から爪先までを見やった。

「なのに、サキュバスのくせに羽根も尻尾も生えてないだと? いん……紋章代わりのタトゥーも無いだって? ダメだダメだ、無いなら生やせ、彫れないならシールを貼れ。海ヶ瀬よ。その程度のクオリティで俺をノックアウトしようだなんて、百年早いぞ!」

「で、でも、他の人を参考にした時だって、コスプレとかはさせてなかったんでしょ?」

「そうだ。だが、残念だったな。お前の場合、既に『サキュバスである』という前提条件が課されている。よって、ただのマイクロビキニ姿の海ヶ瀬果澪を見せられても高得点には至らない。なぜなら、今のお前は断じてサキュバスじゃないから──ただ屋上でマイクロビキニを着てるだけの、エロくてヤバい奴だからだ!」

「そのヤバい奴相手に演説してる亜鳥くんも大概だと思うんだけどっ」

 指摘の通り、それはそう。だがこっちはコミケみたいなイベントで、レイヤーのハイレベルな衣装を見てるんだ。第一線を走るクリエイターとして、クオリティで嘘はつけない。

「だから……ほら」

 脱ぎ捨てられたワイシャツやらスカートやらを拾ってから海ヶ瀬に放り投げて、それからくるりと後ろを向いてやる。散々凝視してなんだが、いくら俺でもこれ以上は目に毒だ。

「……え。もう、いいの? 準備したのに、描かないの?」

「一度投稿したイラストを描き直すってのは基本やってない……それに、せっかく貰ったデッサンモデルの権利なら、今じゃなく今後の然るべきタイミングでお願いしていきたい」

 だいたい、こんなところ他の奴に見られたら俺の立場が危うい。

 何より、海ヶ瀬だって変なこと言われるかもしれない。

 だから──もういい。風邪引くから、着替えろよ。

 背中でそう語ると、ごそごそと布の擦れる音が耳に聞こえてきた。ブレザーを着直しているんだろう。もしかすると、わかりやすい答えをくれなかったことで、不服そうな表情すら浮かべているかもしれない。

 でも、それは海ヶ瀬の勘違いだ。

「……待って?」

 そのことに、ようやく気づいたらしい。一拍置いてから、海ヶ瀬が再び口を開く。

「今はやらないって、言ったよね」「ああ」

「でも、お願いするって……」「言ったな」

「それって、つまり……ママになってくれるって、こと?」

 答えに辿り着いたことで、最後の方の海ヶ瀬の声は、少しだけ震えていた。

 そんなに喜んでくれるなら、OK出した甲斐があったのかもしれない。

「──ああ。キャラデザ、やってやるよ。俺がお前の、ママになってやる」

 本人を見ずに、けれども俺は、確かにそう言った。

 ……断れる立場でもないしな。俺が嫌じゃないならこれが、ベストな答えだ。

「さて。そうと決まったら、早速キャラの細かい設定やら、なにやっ──」

 早速これからのことを話そうとした、その時だった。

 全身に、ふにと柔らかな感覚を押し付けられる。

「ありがとう。うん、すごく嬉しい。今まで生きてきた中で、一番嬉しいかも!」

 気づいた時には抱き締められていた。えーと、なんですか、この形容しがたい多幸感は。ディスイズユーフォリア。なるほど、ここが地上の楽園だったのか……じゃない。

「お──大げさだ、そんなわけあるか、お前の人生はもっと素晴らしいものだっ」

「ほんとにありがとう、亜鳥くん。それと、これからよろしくね」

「耳元で囁くな、ASMRじゃあるまいし、力抜けるわ!」

 なんなのこいつ。人に変態とか言ってたけど、一番の変態は自分じゃねえの? 奇しくもサキュバスにしたの、大正解だったじゃんか。

「……なんか、思ったよりも慌ててないね。こういうスキンシップには慣れてるの?」

 慣れてる──引っ付かれるのには人よりはそこそこ慣れているのかもしれないし、姉と妹がいるからか、女子に対して特別緊張するということは、今までの人生で皆無だった。

 だが、直接に身体を押し付けられるというのはいくら俺でも流石に緊張するというか、気恥ずかしさが肉体的な意味でも精神的な意味でもせり上がってきて……。

「……これ以上俺に近づいたら、とんでもないことをするぞ、良いのか?」

「とんでもないことって、どういうこと?」

「油性マジックで、お前の下腹部にハートのタトゥーを刻んでやる。コスプレのクオリティ上げてやるためにな! ……どうだ、参ったか。そして恐れおののけ、戦慄しろ。そして、それが嫌なら今すぐ俺から離れろっ」

「……亜鳥くんがしたいなら、私は別に良いけど」

「なんでこれが脅しにならねえんだよ!」


 人と人との縁は、どこでどう繋がるかわかったもんじゃない。

 海ヶ瀬果澪との出会いもまた、俺にその事実を深く刻み込む、そんな出会いだった。

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