01.前奏曲~prelude~『顔の無い死神』

 都市伝説、それは過去から現在、人から人へと伝わる物語。

 西暦2025年──。インターネットの普及により爆発的にその数と認知を増やしている都市伝説でありますが、表には表の、裏には裏の都市伝説が存在しました。

 例えばそれは、宙を舞う《仙人》に武術を教わったという話。

 例えばそれは、歴史に消えた一城いちじよう忍者の末裔が復興を目論んでいるという話。

 例えばそれは、この国は《亡霊》と呼ばれる裏の管理人に支配されているという話。

 例えばそれは、タイムトラベラーの《技術者》が未来の道具を造っているという話。

 例えばそれは、夜になると血を吐く《吸血鬼》が現れるという話。

 例えばそれは、顔の無い《死神》が悪人の命を刈り取っていくという話。

 一聴するとこれらは共通点の無いモノのように思えますが、その実、全ての話が日本の『ナノハ』を発祥・舞台にしているのでした。


 高校教師のスミレは、そんな裏・都市伝説を知る一人です。

 裏社会を知るということは彼女もまたそこに身を置く者であり、未来ある子どもたちを導く傍ら、違法薬物の売買を三十年に亘って行う極悪人でありました。

 長らく裏社会に生きる彼女からすると、ナノハの裏・都市伝説とは眉唾も眉唾。取引相手の男より『顔の無い《死神》』の話を聞かされた際には嘲笑すらいたしました。

 何が死神だくだらない。仮にそんなモノが存在しようと、『優しいお婆ちゃん先生』として警察の眼すら欺く自分を殺せるはずがないのだ……と。

 スミレは自分を過信し、そうして退き際を誤ってしまったのです。


「──おはようセンセイ。ひとつ、教えてもらっても良いかな?」


 それは四月にしては蒸し暑い、人々が寝静まりし丑三つ時のことでした。

 スミレが寝苦しさから目を覚ますと、寝室には黒い外套に身を包む男が一人。

 鼻にかかった特徴的な声はどこか聞き覚えがあった気がしましたが、彼女にはそちらへ気を回す余裕はありません。

 なぜなら眼深にかぶったフードに、そこから覗く白く凹凸のない仮面と、見上げる姿は都市伝説の『顔の無い《死神》』のようであり。

 スミレは自身へと向けられるに気付いては悲鳴を上げ──即座に口を塞がれます。

「駄目だよセンセ。訊きたいのはじゃない」

 まるで子供を寝かしつけるかのように、《死神》は穏やかな声で言いました。

「《亡霊》と呼ばれる者について、何か知っていることは?」

 ──何もありませんでした。

 もともとスミレは《死神》を嘲笑していた身です。同じ都市伝説に属する者など、肩書以外は何ひとつとして知るわけがない。故に、答えを聞くため解放された口からは、保身からくる謝罪と涙ながらの命乞いばかりが漏れました。

「いやよ、やめてやめて! こんなっ……なんで、こんなの嘘よ……ああ、許されない! もし殺すならっ……アナタも地獄に落ちるわ!」

 けれど《死神》は、情に流されてはくれません。ただ一言「残念だよ」と呟けば、指は無情にも拳銃のトリガーへと掛けられます。

 そうしてしばしの沈黙があって。

 目を瞑るスミレの耳に、「たんたん、たたん……」と何か小さな音が届きました。

 それは銃声だったのか、はたまた第三者の足音だったのか。


 ぼうっと薄れゆく意識に事実は分かりませんでしたが、ただ一つ、そんな音が「どこか寂しい音だなぁ」と、スミレは最後に思ったのでした。

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