妹が女騎士学園に入学したらなぜか救国の英雄になりました。ぼくが。3

1章 メイドの谷(6)

6(ユズリハ視点)


 目の前に繰り広げられる光景に、歴戦の女騎士であるユズリハも絶句するしかなかった。

 四方八方から繰り出される攻撃を、スズハの兄が受けきっているのはいい。

 スズハの兄にちぎっては投げちぎっては投げをされた結果、斃された死体(?)の山が積み上がっているのもまあ良し。

 だがしかし──それらが全員、メイド服姿なのはどういうことか。

「なあ……あれって本当にメイドなのか?」

 ユズリハの口を突いた疑問に、横で眺めていたスズハが答える。

「みなさんメイド服を着ていますし、メイドでは?」

「いや……メイドというより、やっぱり暗殺者だのニンジャだのの方が合っているような気がしないか……?」

「知らないんですかユズリハさん? 暗殺者はメイド服を着ないんですよ?」

 もちろん、そんなことはユズリハも知っている。

「しかしナイフの扱いも、身のこなしもメイドのそれではないだろう……?」

「護衛メイドみたいなタイプもいるって聞きますよ?」

「いやそれにしてもやっぱり……」

「それにいずれにせよ、兄さんには遠く及びませんし」

 それは確かにその通りだとユズリハは思った。

 ユズリハの目で観察するに、ここのメイドの戦闘力は恐ろしく高い。

 一対一で正面から戦えば、新米騎士をなんとか倒せる程度だろうか。

 もちろんメイドがそれほど強いだけでも大したものだ。

 けれど観察していれば分かる。このメイドは連係プレーが上手い。

 そして何より、気配を殺すのが上手い。死角に入るのがとても上手い。

 一撃一撃できっちり急所を狙っていて、攻撃の正確性も抜群なのが見て取れる。

「ここのメイドは、人数が増えれば加速度的にヤバくなるタイプだな……」

「ですね。ただでさえ素早い動きで攪乱するうえ、正面のメイド倒そうと集中していると、その隙に別のメイドが背後からグサリです」

「……護衛メイドなら防御力が重要なんじゃないか? どこから見ても、ここのメイドは攻撃力全振りなんだが?」

「攻撃は最大の防御とも言いますし、いいんじゃないですか?」

「そうなのか……?」

 なんとなく釈然としないユズリハだが、それでも分かることが一つ。

「いずれにせよ、ここのメイドは強すぎる。もし十人対十人で戦わせたなら、ワンチャン王都の近衛師団にも勝てるかもしれん」

「ルール無用なら間違いなく勝つでしょうね」

「……でもやっぱり、スズハくんの兄上には通用しないんだな」

「兄さん、全方位の攻撃を受け止めてますからね」

 背中や頭上、あらゆる攻撃を防ぐ兄の様子を見ながら、スズハがボソリと呟いた。

「つまり兄さんは、誰かに背中を護ってもらう必要が無いと──」

「そそそ、そんなことないぞ!?」

 自分のアイデンティティを否定されかねない指摘に、ユズリハが猛烈に慌てていると。

「まあ、そんなことはどうでもいいですが」

「ちっともよくないんだが!?」

「なんであのメイドたち、ずっと兄さん相手に訓練してるんでしょうね?」

「わ、わたしが背中を護るんだ──なんだって?」

 言われてみれば確かに、メイドの戦闘訓練としては長すぎる。

 なにしろもう何時間もやっているのだ。

「ううむ。メイドの戦闘訓練なら、あれほど長時間やる必要は無いし……」

「……ちょっと拙いですね」

「そうかな? スズハくんの兄上のことだから手加減はちゃんとしているだろうし、別にいいんじゃないか?」

「考えてみてくださいユズリハさん。ここのメイド、これだけの腕前ですから自分たちの戦闘力には自信を持っていたはずです」

「だろうな」

「それを、兄さんに『分からせ』られちゃったら──」

「あっ」

「兄さんのやってることって、ある意味でメイドの躾(しつけ)と同じだと思いません? つまり自分がメイドたちのご主人様なんだって、メイド魂(だましい)に熱い拳(こぶし)で刻みまくっているのと同じなわけで……」

「そ、そんなバカな……ははは……」

「ユズリハさん、声が震えてますよ?」

 心当たりがありすぎる。

 アマゾネスの部族長なんて前例を出すまでもなく。

 自分もまた、スズハの兄の強さに魅せられたという自覚しかないユズリハは。

 ただ乾いた笑い声を上げるしかなかった──

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