第一章 ドキドキ! 学園生活スタート!(※裏口バレたら即死亡)(7)
* * *
学長に無茶振りをされつつ、初日は終わった。
教室でクラスメイト達に囲まれていたマルカに声をかけて帰宅。ハーフエルフはエルフに嫌われているために迫害されがちだと聞いていたが、マルカは持ち前の明るさでその常識をぶち壊して友達をいっぱい作れた様子。クラスメイトにエルフが居なかったのも良かったか。魔法に携わる者はなんやかんやエルフに好感を持っていて、影響を受けやすいからな。
家に帰ったところで、マルカはささっとメイド服に着替えた。
「そんじゃ、自分は家事しておくっす。晩御飯何食べたいっすか?」
「よろしく。ちょっと作業するから、サンドイッチとか食べやすいものがいいな」
「了解っす! 腕によりをかけずに普段の感じで作るっす!」
「かけないのかよ。まぁいいけど」
マルカも学生なわけだし、家事を担当してくれるだけで十分ありがたい。そんなわけで家の事はマルカに任せて、僕は自分の部屋に入る。マルカにも言ったが、やるべき作業がある。最初の実技の授業が始まる前に隠し杖を作らなければならないのだ。
僕はトランクに詰め込んだ魔法杖作成キットを机の上に広げていく。ナイフに、ノコギリ、彫刻刀、ヤスリと小さなハケ、小皿、素材を潰す乳鉢。天秤と分銅。メイン素材となるゴールドドラゴンの逆鱗に、僕の得意属性である風属性の魔石、白い粘土粉に蒸留水。杖の
机の上をすっかり工房化し、作業を始める。
まずはゴールドドラゴンの逆鱗、そして魔力の抜けきった風属性魔石。この二つを粉末状になるまですり潰す。それぞれヤスリで削って、粉の分量を量る。ヤスリに付いた分も貴重な素材だ、ハケで落として小皿に載せる。素材の比率はとても大事なポイントだ。実家でスケジュールがギリギリになるまで調査した結果、粘土粉百に対して逆鱗が一、魔石が五十の比率で混ぜるのが良い。逆鱗が一枚しかないので、この逆鱗が少なくて済む割合は非常に助かる。削り過ぎた分は小瓶に戻し、コルク栓でしっかり蓋をし引き出しへ仕舞っておく。
分量を正確に量ったら、逆鱗と魔石の粉を乳鉢に入れて更にゴリゴリと潰し、粉末にしていく。ここで粒子が細かい程良い仕上がりになるので頑張って丁寧に潰す。この磨り潰す作業は正直かなりの力仕事で、僕の非力な腕では結構な時間がかかる。マルカに任せてしまいたいところだが、あいつは乳鉢を割ってしまった実績があるので貴重な素材の時には頼らないことにしている。
……ちゃんとした杖職人なら魔導士あがりだから、こういう力仕事も魔法でパパッと片付けられるわけだ。羨ましい話だよまったく。
できあがった粉末素材を、芯材用の白い粘土に混ぜていく。粘土粉に蒸留水を少しずつ注ぎながら混ぜて、ある程度まとまったところで粉末素材を少しずつ練り込んでいく。気の長い作業だ。できるだけ粉末素材が均一に混ざるようにしっかりとこねる。パン生地のように。パスタ生地のように。そう、力仕事だ。今回は少量なのであまり大変ではないが、まともな杖を作るときはそれなりに汗だくになり、汗が粘土に混ざらないよう細心の注意を払うところだ。……ここについてはちゃんとした杖職人でも魔法を使えない大事な工程である。
こうして、杖の芯材が完成した。元々真っ白だった粘土だが、ゴールドドラゴンの鱗と風魔石の色でうっすらと黄緑色になっている。均等な色合いは、素材が均一に混ざっている証拠だ。
あとは形を整えた杖の
杖の外側素材。こいつに穴をあける工程。粘土を詰める直前に開ける方が良いとされていて、本来なら杖職人の得意な魔法でパパッと穴をあけるところ、僕は『彫刻刀で素材に溝を掘り、そこに芯材を挟んでフタをする』という裏技を編み出した。……編み出したといっても、これは魔道具の作り方に近い。魔道具の場合は、魔導基盤に魔石を使ったインクで回路を書き込み、触れられないようにフタをする。それの応用だ。
このオリジナルの作り方により、従来の杖の形に囚われない、あらゆる形の杖を作ることができるのだ。もっとも、この作り方だとよほど精密に作らないと芯材が空気に触れやすくなり劣化が早まるという欠点もある。……一年くらいは大丈夫だけど。
僕はツゲ材をノコギリで切り、ベルトのバックルのような小さな木板を三枚作る。簡単に紙やすりをかけた厚さ三ミリ程度のそれに、今度は彫刻刀でガリガリと溝を掘る。紐状に伸ばした芯材をハメ込む渦巻状の溝だ。板を貫通する穴もあけて、二段、三段と立体的に重ねられるようにしておく。こうやって長さを稼いでいるのは、長い方が魔法をより強化できるためだ。合計で五十センチ程。従来の魔法杖で言えば、杖の真ん中を持つタイプの
彫り終わったところで組み立てだ。細い溝と穴に、切れないよう注意しながら紐状に伸ばした芯材をハメていく。細い溝にぴったりと芯材がハマっていくのは少し気持ちがいい。二段目、三段目。よし。フタを作って、全体を松ヤニで接着。
「あとは芯材が固まる前に魔力経路を通して、固まるのを待てば完成……っと」
芯材に魔力を通すのは、粘土を指でつついてほじくり穴をあける感覚に近い。そして重要な点として、芯材の外に魔力をはみ出させてはいけない。芯材の外に魔力が出て良いのは入口と出口だけ。途中で芯材から魔力がはみ出てしまうと失敗となり、素材が無駄になってしまう。
故に、通常はまっすぐでそこそこ太い穴に芯材を詰め込むわけだが……幸い僕のか細い魔力は、こういう繊細な操作が大得意なのだ。ほじほじ。
無事に一度の挑戦で成功した。(というか一発成功しないと魔力と集中力が持たないからキツイ)……あとは芯材が固まるのを待つだけだ。細い分固まるのも早い。半日もあれば十分だろう。
「リストバンドなりで手首の内側にでも仕込めば完璧だな」
我ながらほれぼれする出来の隠し杖だ。従来の杖職人には決して作ることができない秘密兵器と言えよう。芯材もとても節約できた……その分、劣化も早いだろうけど。
ふぅ、と完成した隠し杖を机に置いて一息つく。
「師匠ー、それ、完成したんすか?」
「うぉっと!? マルカ、居たのか。いつの間に」
部屋にはマルカが居た。その手には、ナプキンが被せられた皿がある。リクエストしていたサンドイッチだ。
「いつのまに、じゃないっすよ。もう夜中っすよー?」
気が付けば外はもう暗くなっていた。部屋にもそっとランプが点けられており、魔力でやさしく光る球が部屋を明るくしている。僕の作業が滞る事の無いようにマルカが点けてくれていたようだ。
「折角師匠の好きなタマゴサンド作ったのに、食べないで作業するんすから。もー」
そう言って口をとがらせるマルカ。
「悪い悪い、没頭してたよ。気が付いたら腹が減ったな……早速食べるか」
「その手でっすか? 粘土松ヤニ味になるっすよ?」
言われて手をみると、僕の手は作業ですっかり汚れていた。
「ほら、自分が食べさせてあげるから口開けてくださいっす。あーん」
「ん、あーん。……うん、美味いな」
って、別に食べさせてもらわなくても、手を綺麗にしてから食べたらいいのでは? まぁいいか。
「ところで何作ってたんすか? それ」
「ん?……あー」
この最新の隠し杖については、色々と極秘が過ぎるのでマルカにも秘密にしておくか。
「秘密だよ。マルカは知らない方が(僕の都合が)良い物だ」
「ま、まさか呪物ってヤツっすか!? 詳しく知るだけで呪われるっていう!? 分かったっす、自分、知らないっす! 聞かないっす! 何も聞かなかったっす!!」
「うん?」
お化けを怖がる子供の様に慌てるマルカ。まぁ、聞かないっていうならそれでいいか。
こうして、僕は腕に仕込む隠し杖を完成させた。これで実技の授業があっても少しは大丈夫、のはずだ。できるだけ使う機会がない方が良いんだけどね……
------------------------------
試し読みは以上です。
続きは2022年10月25日(火)発売
『ハリボテ魔導士と強くて可愛すぎる弟子』でお楽しみください!
※本ページ内の文章は制作中のものです。製品版と一部異なる場合があります。
------------------------------