プロローグ(2)
「師匠ー、洗濯物届けにきたっすよー」
「ん、マルカか」
自室兼杖工房の部屋でジーラン校の合格通知を見ていると、マルカがメイドの仕事にやってきた。
銀髪赤眼のハーフエルフメイド、マナマルカ。愛称はマルカ。エルフ程ではない少し尖った可愛いお耳に、銀色の髪。忌み子の証とかいう赤い瞳をもった、僕と同い年にしてとても大きな胸を持つ無駄に元気な女の子だ。十歳ごろに孤児だったマルカを保護して色々と面倒を見たり教えたりしているうちに、僕の事を師匠と呼んで慕ってくれるようになった。
マルカは慣れた手つきで僕の着替えをタンスに仕舞う。保護した時は本当にガリガリの子供だったのに、今じゃすっかりメイドが板についているな。……たまに凄いヘマや悪さもするけど。先日のサイクロプス誘致とか。
「ああマルカ。杖の補充分を作ったから持ってくと良いよ」
「あざーっす!……師匠ー、机、少しは片付けた方がいいっすよ? またメイド長に叱られても知らないっすからね」
そう言ってマルカは机の上に置いてあった白い
「杖で思い出したっすけど、師匠って学校にいく歳っすよね? やっぱりオラリオ魔導学園っすか?」
オラリオ魔導学園。国家資格である『魔導士』の資格が取得できる唯一の教育機関だ。もちろん通信制などではなく、王都にある学校に通う必要がある。
「いや、ジーラン校だよ。通信制で、家にいながらにして通えるし」
「え、いいんすか? 魔導学園行かなくても?」
目をぱちくりさせるマルカ。
「いーのいーの。だって僕もう特級魔導士だもん、行く必要ないんだよ」
「そうなんすか! さすが師匠っす! んじゃ、自分次の仕事行ってくるっす!」
「うん、頑張ってね。メイドの仕事も修業だよ」
「うっす!」
適当なことを言ってマルカを見送り、僕はオクトヴァル領の地図を広げ、従妹に家督を譲った後の隠居先によさそうな場所を探す。僕の趣味でもある魔法杖作りの工房を開くのだ。杖作りは本来は引退した魔導士が老後の手慰みにやるような仕事のため、専門の工房というのはない。つまり競合他社が少ないブルーオーシャン。まぁ僕も特級魔導士で引退するんだし、丁度いいでしょ? と思う。
それに、以前作りすぎて置き場が無くなった杖をオクトヴァル家御用達の店でコッソリ偽名で売ってもらったのだが、結構人気があるらしく「何本でも持ち込んでください!」とお世辞抜きで言われた程だ。月に数本作れば結構いい暮らしが送れる見込み。
魔法杖作りについては魔法と違って自信がある。それに、僕には他の杖職人には絶対に真似できないであろう秘匿技術だってあるのだ。普段「杖を手放せないとか……まだまだ子供だな」と鼻で笑うおじい様が、冷や汗をかいて「すまんタクト。この技術は機密とする」と頭を下げてきたほどの特殊な代物。
その発見は本当に偶然だったが、杖の中に極小の魔法陣を仕込むと、その魔法の消費MPが大幅に軽減されるという技術だ。……普通は小さな杖の、さらにその芯材の中にミクロな魔法陣を仕込むなんてしないしできないもんな。魔力が多くて大雑把な魔力操作しかできない上に老眼の引退魔導士なら尚更だ。
僕のMPが少なくて良かった唯一の点と言えるだろうか。もっとも、機密だから僕専用の杖にしか使えないし、軽減したところで消費MPが5を下回る実用的な魔法は少なく、攻撃力のない幻影魔法と音魔法しか使えないのだけど。
「うーん、工房はやはり良質な木材が入った時に分かりやすい伐採所の近くだろうか。それとも魔物素材の手に入れやすい冒険者ギルドの近く? できることなら将来的には魔道具も作りたいし、魔石の入手を考えるとこっちなんだけど……冒険者はガラが悪いし、治安が心配だなぁ……」
と、ノックがある。マルカが戻ってきたのかと思ったが、あいつはノックと同時にドアを開ける癖が未だに抜けないので違うだろう。
「誰?」
「私です坊ちゃま。入ってもよろしいですか?」
「あー、どうぞ」
メイド長だった。メイド長は部屋に散らかった杖の素材や工具、あと加工時に出た木くずやらの塵に顔をしかめつつ「坊ちゃま、大旦那様が至急来るようにとのことです」と用件を言った。……用件それだけなら部屋に入ってくる必要なかったよね? んもう、非効率的だなぁ。
「おじい様が何の用だろ。すぐ行くよ」
至急というからにはすぐさま駆けつけなければ怒鳴られるに違いない。やれやれ、と僕は立ち上がり、仕方なく砦のような(かつては実際に砦だったらしい)実家の執務室へと足を運んだ。
執務室の立派な椅子に堂々と座る風格のある老人、祖父ダストン。加齢により白くなった髪と顎髭、顔に刻まれた皺こそ老人だと告げているが、その屈強な体つきは未だにおじい様が宮廷魔導士筆頭として現役である証明といえる。
執務机を挟んで、僕はおじい様の前に立つ。
「おじい様。急ぎの話とは何でしょうか」
「うむ。タクトよ、貴様の希望を認める代わりに、義務を果たしてもらう必要がある。それは理解しているな?」
おじい様が僕を「貴様」と呼ぶときは大抵怒っているときだ。はて、一体何を怒っているんだろうか?
「希望ってのは、僕の将来の話ですよね。引退後の」
「……そうだ。従妹に家督を譲るために、貴様には中継ぎとして一度は当主になってもらう必要がある、と、儂は貴様にそう言ってあったよな?」
「はぁ。それは理解していますとも」
このリカーロゼ王国の法律で、亡き父レクトが「タクトが次期当主!」と宣言したからそれを確実に守らなければいけない、という奴だ。
「貴様が既に魔導士の称号を得ているため、卒業を待って当主になることが決定していたのだが……」
「ええ、何か問題でも?」
ダンッ! と執務机が殴られる。
「大アリだバカモン! タクトよ。貴様なぜオラリオ魔導学園の入試をすっぽかした!?」
はて。と僕は首をかしげる。
「……おじい様、僕はもう魔導士なので魔導学園に行く必要はないでしょう? だから僕は別の学校を受けておきましたよ、ほら」
そう言って僕は丁度持ち歩いていたジーラン校の合格証書を取り出した。
「いやぁ手紙で課題をこなせば学校に通ったことになるなんて便利な世の中ですね! あとは三年後の卒業と共に成人で当主就任という寸法ですよ」
引き籠って魔法杖を作っていたい僕にはピッタリの学校だ。しかし、おじい様は失望交じりの深い溜息を吐いた。
「……知らなかったのか? ジーラン校はあまりにも進学基準が緩すぎたため認可取り消しとなった。卒業しても、当主にはなれんぞ」
なん……だと……?
「杖作りばかりにうつつを抜かし、貴族として最低限の情報収集すらを怠るからこうなるのだ! バカモンが!」
「お、おお、教えてくれても良かったじゃないですかぁあ! そんな大事な事っ!」
「儂は貴様がオラリオ魔導学園を受けたとばかり思っておったんじゃ! そもそも、貴様が入学を許される学校はオラリオ魔導学園しかないんじゃから!」
「で、でもジーランは僕に合格証書くれましたが!?」
「そんな風にガバガバだから認可が取り消されたんじゃろ!」
ぐぅの音も出ない正論だ。