序章 最高の舞台を用意しよう!(2)

   ◆


 そんな日々を過ごしている僕であるが、日中は他にも貴族としての勉強やら、モブAになりきるための付き合いやらで自由な時間は少ない。

 そんなわけで修行は自然と夜遅く皆が寝静まったあとに行うことになる。当然睡眠時間を削っているわけだが、僕は魔力による超回復と、瞑想を組み合わせた独自の睡眠法により超ショートスリーパー化しているため快適である。

 さて、本日も修行に励む。今日は、いつもの森で基礎トレーニングを軽く行ったあと、特別メニューだ。

 最近近くの廃村に、ならず者が住み着いたらしい。調べたところそれなりの規模の盗賊団がいた。うん、試し斬りにちょうどいい。野盗は見つけたらちょくちょく斬っているけど、盗賊団レベルになると、年に一度の一大イベント、ウキウキである。僕は年中スパーリングパートナー不足だからこういう悪人は大歓迎だ。ああ、もっと治安が悪くなりますように。悪人は私刑、この世界の田舎では割とまかり通っている。裁く人なんて都会にしかいないしね。だから僕が裁いてあげよう、というわけさ。

 そして本日は、最近試している新兵器の記念すべき実戦投入である。その名も、スライムボディースーツ。

 説明しよう、スライムボディースーツとは。

 この世界には魔力がある。その魔力を使って人は体や武器を強化して戦うわけだ。けど魔力を扱うとき、そこにはどうしてもロスが出る。例えば普通の鉄の剣に魔力を100流しても実際に伝わるのは10程度なのだ。実に9割の魔力が無駄になる。魔力を流しやすいミスリルの剣でも100流して50伝われば高級品といわれるぐらい、極めてロスが多いのだ。

 そこで僕はスライムに注目した。スライムはもう見ればわかる通り魔法生物だ。魔力を使って形を変え、動き回っているのだ。そこで調べたところスライムの魔力伝導率は脅威の99%。しかも液体なので自由に形態を変えられる。僕はスライムを狩ってコアをつぶし残ったスライムゼリーの研究を進めた。つぶしたスライムコアは軽く1000を超える。周辺がスライム不足に陥り遠征したほどだ。

 そうして扱いやすく強化しやすいスライムゼリーの調合に成功し、それを全身にまとうことでボディースーツ化に成功したのだ。よろいと違って軽く音も鳴らず快適で、むしろ体の動きを補助してくれる。もちろん防御力も折り紙付きだ。

 現在僕は黒い色素を持つスライムゼリーを使ったブラックのボディースーツを着用している。余計な装飾はなく、体のラインにフィットし、視界と呼吸だけ確保している。某探偵漫画の犯人そのままである。『陰の実力者』として本格的に介入するときには、それに相応ふさわしいデザインを考えてみてもいいかもしれない。


 そんなわけで廃村に到着。深夜だというのにあかりがついており、どうやら商隊の襲撃に成功して宴会をしているようだ。うん、とても運がいい。盗賊とかみんな計画性ないから奪ったらすぐ使ってしまう。襲撃直後ぐらいしかまともな物を持っていない。盗賊のモノは僕のモノ、こうして将来『陰の実力者』になるための資産が増えるのだ。

 僕はテンションマックスでその宴会に突っ込んだ。不意打ちはしない、練習にならないからね。

「ヒャッハー!! てめぇら金目のモノを出せ!!」

 僕は宴会の中心で叫んだ。

「な、なんだぁ、このチビ!」

 10歳だからチビなのは当然だ。

「おらぁ、金出せっつってんだろ!」

 僕をチビ呼ばわりした失礼な男を蹴り飛ばすと、ようやく盗賊たちも武器を手に取った。

「おい、あんまめてっとガキだからって容赦……!」

「おらぁ!」

 御託を並べる男の首を軽く斬り飛ばす。もちろん武器もスライム製、必要なときだけ取り出せる優れものだ。しかもこのスライムソードまだまだ便利機能がある。

 便利機能その一、伸びる。

「おらおらおらおらおらぁぁぁ!」

 僕はスライムソードを伸ばして周囲のモブ盗賊を一掃する。

 ムチのようにしなやかに伸び、しかし斬れ味は剣そのもの。実戦投入は初めてだから不安もあったけど、これなら実用に足りる。

「おらおらおらおらぁぁぁ……あれ?」

 調子に乗って斬りまくっていたらずいぶんと静かに。あれ、あと一人しかいなくね?

「て、てめぇいったい何者だ……?」

「仕方ない、便利機能その二は君で試そう」

「な、何言ってやがる……!?」

「君は少なくともこいつらより強そうだし、ボス的な存在だろう? 君が僕に勝つ可能性は残念ながらないけど、練習相手になれたら2分ぐらい長生きできるから頑張ってくれ」

「な、舐めてんじゃねぇぞガキが! 俺はこれでも王都では……!」

「はいそこ、無駄口たたかずかかってきなさい」

「ふざけんなあぁぁぁ!」

 ボスAは怒りの形相で突っ込んでくる。僕はとろくさいその斬撃を当然……避けない。

 そして、ボスAの剣が僕の胸をぎ、僕は衝撃で地を転がった。

「はは、舐めてるからこうなるんだよ。俺は王都ブシン流の免許皆伝……な、何!?」

「斬れてなーい……ってね」

 僕は何事もなかったかのように立ち上がった。

 防御機能も大満足、ボスA程度の攻撃ならスライムボディースーツで完全無力化できそうだ。

「ブシン流って最近王都で流行はやってるらしいね。見せてほしいな」

「くそが、見せてやるよおらぁ!」

 ボスAの攻撃。

 いや、うん、余裕。一生懸命剣を振るっているけど僕は剣を構える必要すらない。ボディーワークとかステップワークで余裕余裕。

 でもブシン流だっけ、結構好きな剣かもしれない。

 この世界では珍しく、精神論やら古臭い定石やらにとらわれず、理によって戦いを詰めようとする姿勢が見られるのだ。それはボスAのつたない斬撃からでも読み取れる。一瞬速く、半歩前へ、工夫を凝らして戦いを詰める姿勢は共感できる。ただ、その剣を扱うボスAは物足りない。

 僕はボスAの攻撃が途切れたところで間合いを外す。

「お、俺の剣が……なぜ当たらん!」

「うちの親父おやじより弱いしなぁ。さすがに姉さんよりは強いかもだけど、あと1年で抜かれるかな」

「クソガキがあああぁぁ!」

 がむしゃらに振るうボスAの剣をはじき、僕は彼のスネを軽く蹴った。スナップを利かせて、素早く、膝から下の動きで。

 すると。

「ぐ、あ、ぁぁ、何で……?」

 ボスAはその場でうずくまり、スネを押さえる。赤い血がスネを伝って地に染みを作る。

 仕掛けは簡単、僕の爪先には、アイスピックのような鋭い剣が伸びていたからだ。スライムソードの便利機能その二、好きなときに、好きな場所から剣を伸ばせる。その中で僕が特に可能性を感じた使い方が、爪先から出した剣で相手の前に出た足を蹴る戦法だ。足への攻撃は防御するのが難しい。相手の剣を防ぎ、封じつつ、一方的に足を蹴る。地味だが普通に強い。

「これ以上はやる意味ないか」

「ま、待て……!」

「2分もたなかったね」

 僕は爪先の剣でボスAの顎を蹴り上げた。串刺しの刑。

 けいれんするボスAを転がして、僕は戦利品をあさる。

「美術品はさばけないからなー、食品もパス、現金宝石貴金属カモン」

 戦利品は馬車数台分あった。そして複数の商人の死体。

かたきはとったし、荷物も有効活用するから安心して成仏してくれ」

 僕は、まずまずの戦利品をゲットしもくとうした。現金換算で500万ゼニーぐらいかな。1ゼニーでだいたい1円と同じ価値。これが全て『陰の実力者』の活動資金となるのだ。もっと治安が悪くなって盗賊が蔓延はびこる世界になればいいのに。ゲームみたいに道を歩いたらエンカウントするレベルになればいいのだ。

「来世ではもっとがんばって世界中に蔓延ってくれ」

 僕は物言わぬボスAに親指を立てて……その視線の先に、あるものを見つけた。

おり……かな?」

 割と大きくて頑丈そうだ。

「奴隷か。捌けないからパスだけどさ」

 でももしかしたら中にいいものが入っているかもしれないから、僕は念のため檻の覆いをぎ取った。

「これは……予想外」

 中には何というか……腐った肉塊が転がっていた。かろうじて人型はとどめているが、性別も年齢もまるで分からなかった。

 しかし、まだ生きていた。いや、意識もあるのかもしれない。檻をのぞき込む僕に肉塊がピクリと震えたのだ。

 聞いたことがある。〈悪魔き〉と呼ばれ、教会に処刑される化け物のことを。はじめは普通の人間として生まれ、ある日を境に肉体が腐りだす。放っておけばすぐに死ぬが、教会は生きた〈悪魔憑き〉を買い取り、浄化と称して処刑している。悪魔の浄化、病人を虐殺しているだけだが、それに民衆は喝采し平和が守られたと教会をたたえる。まさに中世って感じでテンション上がる。この肉塊も教会に売れば今日の戦利品以上の値がつくだろう。当然、僕には捌けないから無意味だけど。

 さて、楽にしてあげますか。

 僕はスライムソードを檻の隙間から差し込み……あることに気付いた。

 この肉塊、その内に大量の魔力を内包しているのだ。幼い頃から魔力を鍛えた僕を上回るほどの、まさしく化け物じみた魔力。そしてこれは……。

「この波長、魔力暴走なのか……?」

 この肉塊は魔力暴走が原因でこうなっているのではないか。かつて僕も魔力暴走が原因で痛い目を見たことがある。もしあのとき、魔力暴走を抑えられなければ、こうなっていたのではないか。

 そして、魔力が肉体に及ぼす影響。僕はあの日、可能性を感じた。魔力暴走によって、肉体が魔力にみ、より魔力を扱いやすい肉体へと変異させることができるのではないかと。だが意図的に魔力暴走を起こすのはあまりに危険で断念した。

 もし仮に、この肉塊が魔力暴走の産物だとして、この肉塊を使って実験することができたとしたら……僕はリスクなく『陰の実力者』に近づくことができるはずだ。

「この肉、使えるな……」

 僕は肉塊に手を伸ばし、魔力を流し込んだ。

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