騎士との試合

「……ではただ今から、ヒューゴ=グレンヴィル様と騎士ケネス=ロジャーズとの試合を執り行う。両者、前へ」

「はい」

「はっ!」

 騎士団長の言葉を合図に、僕達は剣を携えて一歩前に出る。

 なお、この試合においては、真剣で行う。

 これは、過去六度の人生でも全てそうだったので驚いたりはしないけど……剣も握ったことがない(と思っている)僕に、現役の騎士との真剣勝負をさせる時点で、僕の命などなんとも思っていないことの証明だ。

 しかも。

「いけー! ケネス、やってしまえ!」

「ホホ……ロジャーズ卿、決して手加減のなどせぬように……」

 興奮した様子で応援するルイスと、扇で口元を隠しながらそのような指示を出す義母。

 ……なんで僕は、今までこんな連中に認めてもらいたくて、必死で取り繕って媚を売っていたのだろう。

「では……構え!」

 鞘から剣を抜き、正中に構えて互いに切っ先を相手の眉間に向ける。

 そして。

「始めっ!」

「へへ……坊ちゃん、悪く思わないでくださいよ」

 口の端を持ち上げ、目の前のケネスがそう告げる。

 悪く思わないで、か……本当だよ、ケネス。

 僕は今、最高に機嫌が悪い。

 だから僕に殺されても、悪く思うな。

 ――ダンッ!

 剣の柄を両手で握りしめ、僕は地面を蹴って一気に詰め寄る。

「おおー、意外と速いな」

 僕の動きを見て感心しているケネスだが、その口調にはまだ余裕が感じられる。

 おそらく、僕の攻撃なんて大したことなく、簡単にあしらえるとでも思っているんだろう。

 だが?

「っ⁉ クウッ⁉」

 僕は突然身体を地面すれすれまで低く屈み、ケネスの脛へと斬りつけた。

 相変わらず足元の防御が疎かだな。

 だけど……はは、僕の剣だけ、刃を落として斬れなくしてあるし。

 剣も握ったことのないような、たかが十四歳に対してここまでするなんて、本当に異常だな。

 まあ、関係ないけど。

「コノッ!」

 脛を斬られたことで頭に血が昇ったケネスは、怒りで顔を真っ赤にしながら、翻って剣を斜めに振り下ろす。

 そのおかげで、肩口がガラ空きだよ。

 ――ずぐり。

「っ⁉ グアアアアアアアア……ッ」

 一切躊躇することなく、僕はケネスの左肩を剣で抉った。

「うわああああああああああッッッ⁉」

「キャアアアアアアアアアアッッッ⁉」

 ルイスとアンナが、ケネスから流れる血を見て悲鳴を上げる。

 だったら、最初から見なきゃいいのに。

「っ! ヒューゴ! 大切な侯爵家の家臣にそのような真似、許しませんよっ!」

 目を吊り上げ、義母は怒りに震えながら立ち上がる。

 これはれっきとしただというのに。

「……騎士団長」

 血を浴びながら、僕は騎士団長に勝ち名乗りを告げるよう、声をかけた。

「そ、それまで! しょ、勝者、ヒューゴ様! お、お前達何をしている! 早くケネスを治癒師の元へ連れて行けえええええ!」

「「「「「は、はいっ!」」」」」

 あまりの事態に呆けてしまっていた他の騎士達が、大慌てでケネスを担いで治療に向かった。

 まあ、肩の筋の部分を思いきり突き刺したんだ。ひょっとしたら治癒師が治療しても、ケネスは騎士としてもう終わりかもしれない。

 それよりも。

「父上、この勝利をグレンヴィル侯爵家に捧げます」

 表情を変えず、僕は膝をついて首を垂れた。

「貴様にこのような才能があったとはな。見誤ったわ」

 さて……の人生と同様、ケネスを倒したならこのまま暗殺者として僕を育てるんだろうけど……。

「……我が侯爵家の騎士を見事倒したのだ。その褒美を与えねばなるまいな」

「っ⁉ か、閣下! 褒美などとそのようなこと……っ⁉ い、いえ……何でもありません……」

 父の言葉が意外だったのか義母が声を荒げるが、ギロリ、と睨まれ、押し黙った。

「一応聞くが、どのような褒美を求める?」

 そんなの、アイツから既に聞いてるだろうに。妙に芝居がかったことをする。

「……でしたら、たった一つの望みを」

「言ってみろ」

 前の人生までの僕なら、間違いなく家族として認めてほしいと願うだろう。

 だが……そんな願いは、もう僕の中にはない。

「はい……この、僕を、是非とも他の有力貴族との関係構築に役立てていただけますでしょうか」

「っ! あなたごときが図に乗るんじゃありませんっ!」

 面白い。所詮は男爵令嬢でしかなかったオマエが、それを言うのか。

「ほう……それはつまり、他の貴族に貴様を身売りしろ、と?」

「はい、そう取っていただいて構いません。そして、無事身受けされた先で全てを手に入れたあかつきには……」

「そうか……それほどの覚悟があるのであれば、これ以上は何も言うまい」

 そう言うと、父は口の端を持ち上げた。

 だけど、そうやって態度に出てしまうとは、脇が甘い侯爵だな。

 まあ、父からすれば上手くいけば儲けもの。失敗したとしても厄介者を処分できるんだから、どう転んでも損はない、というところか。

「よかろう。この私が、貴様に相応しい相手を探しておこう。それまで離れの屋敷で研鑽しておくように」

「お聞き届けいただき、感謝いたします」

 満足げに頷いた父は、未だに怒りの収まる様子のない義母や青ざめた表情のルイス、アンナを連れ、屋敷へと戻って行った。

「あはは……!」

 上手くいった。

 これで父はウッドストック大公に話を持ちかけるだろうし、僕が大公家に入るまで、あの義母を含め僕に手出しすることはないだろう。

 そんなことをしてしまえば、大公家への身売りが破綻してしまうから。

 僕は立ち上がって剣を鞘に納めると、忌々しげに睨む騎士達を無視して離れの屋敷へと戻った。

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