復讐の第一歩
「お初にお目にかかります。グレンヴィル侯爵家の長男、ヒューゴと申します」
「ふむ……君が……」
ケネスとの試合から一週間後。
父が僕の身売りの話を持ちかけたことで、ウッドストック大公は早速この侯爵家にやって来た。
はは、どれだけ生贄を欲しがっているんだよ。
でもまあ……なんの条件もなく侯爵家の子息が大公家に身売りすると持ちかけたんだ。よからぬ噂だらけで貰い手のない孫娘を抱える大公としては、飛びつくのは当然か。
「大公閣下、いかがでしょうか」
「うむ……その所作や立ち振る舞い、さすがはグレンヴィル卿のご子息といったところかの」
そう言うと、大公は満足げに頷いた。
どうやら、僕はお眼鏡にかなったようだ。
「では、いつ頃私の孫娘に会ってもらうとするかの……?」
「ヒューゴ、どうだ?」
二人が僕を見るが……はは、二人共、今すぐにでもその孫娘と面会しろと言わんばかりだな。
「僕は、いつでも……ですが、できればすぐにでもお会いしたいと思っております」
「ほう、そうかそうか! なら、一週間後にでも来るがよい!」
「分かりました。ヒューゴには、そのようにさせます」
話もまとまり、父と僕は大公を玄関まで見送る。
「ああ、それと孫娘はこの皇都ではなく大公領におるから、王都の屋敷にあるゲートを使って、私と一緒に行こうぞ」
「かしこまりました」
高額であるために貴族でもめったに使うことができない転移魔法陣のゲートを、まさか大公専用として設置しているなんて……さすがはウッドストック大公というべきか……。
「うむうむ……今日は実に有意義じゃったわい!」
満面の笑みを浮かべながら大公は馬車に乗り込み、自分の屋敷へと帰って行った。
「……ヒューゴ、分かっているな」
「もちろんです。この僕にお任せください」
「うむ。では、もう行って構わん」
「はい、失礼します」
恭しく一礼をし、僕は離れの屋敷へと戻ると。
「さて……いよいよ一週間後、か……」
椅子に腰かけながら、僕は独り言ちる。
一週間後、僕はウッドストック大公の孫娘と対面することが正式に決まった。
だけど……大公の孫娘についての情報が、あの噂以上のものを知らない。
過去六度の人生の中でも、大公の孫娘について容姿はおろか名前すら誰も知らないのだ。
ひょっとしたら父は知っているかもしれないが、それを聞ける仲ではない……というか、そんな関係であるならば、そもそも復讐しようだなんて考えたりはしない。
「本当に……どんな御方なのだろうか……」
有り体に言ってしまえば、僕は大公の孫娘を復讐のために利用するのだ。
だから、孫娘がどんな女性であっても、そんなことは一切気にも留めない。
たとえ噂どおり、人の皮を被った〝怪物〟であろうとも。
「……そうだ。僕はあの六度の人生を経て、家族を……侯爵家を見限って、復讐すると誓ったんだ。そのために大公の孫娘を利用しようが、その結果、彼女がどうなろうが、僕の知ったことか」
そう言い聞かせ、僕はかぶりを振った。
まるで、自分の中にある罪悪感や迷いを振り払うかのように。
「……少し、外の空気でも吸うか」
僕は部屋を出て、庭園へと向かう。
父や義母、弟妹が暮らす本邸と比べればちっぽけな庭でしかないけど、それでも、僕にとっては十四年……いや、これまでの全てを合わせると七十八年の人生で唯一心を癒してくれた場所だ。
「はは……この庭も、正式にウッドストック大公家に入ることになれば、永遠にお別れだな」
庭園に咲く花を眺めながら、僕は一人、感慨にふけった。
◇
「ヒューゴ様、おはようございます!」
あれから一週間が過ぎ、いよいよウッドストック大公の孫娘と面会をする日。
エレンが朝早く……いや、夜明け前から部屋に起こしにやって来た。
「……エレン、まだ外は暗いんだけど」
「何を言ってるんですか! 今日は未来の奥方様と初めてお逢いするんですよ! 入念に準備をしないと!」
エレン曰く、どうやらそういうことらしい。
「入浴の支度は整えてありますので、まずはお風呂に入ってくださいませ!」
「あ、ああ、うん……」
エレンに引きずられるようにバスルームへと向かい、風呂に浸かる。
だけど……さすがに花びらまで浮かべるのはやり過ぎじゃないだろうか……。
「ヒューゴ様、お湯を足しましょうか?」
「いや、いい……」
尋ねるエレンに、僕は素っ気なく答えた。
そんなことより、恥ずかしいからここから出て行ってほしいんだけどなあ……。
「それにしても、騎士団長ともあろう御方が賊に後れを取るとは思いませんでした。万が一あの庭園にヒューゴ様がいらっしゃったらと思うと、ゾッとします……」
そう言って、エレンが怖がる仕草をした。
はは……全部分かっているくせに、こんな小芝居なんかして。
例の騎士団長の一件については、結局のところ侯爵邸に侵入した賊の仕業ということで処理された。
おそらく事情……というより騎士団長に加担した一部の騎士が、今にも襲い掛かってきそうな勢いで僕を睨みつけていたな。
とはいえ、裏では今回の事態を重く見たらしい父が、騎士団に対してかなり釘を刺したようなので、あれ以来平和そのものだったけど。
何故そんなことを知っているかといえば、このエレンが『もうこんなことは起こりませんから、ご安心ください』と、嬉しそうに僕に語ったからだ。
つまりは、そういうことなのだろう。
「では、次はこちらに……」
「……身体を拭いたり簡単な着替えは僕一人でするから、エレンは出て行ってくれないか?」
「そうですか? 別に恥ずかしがる必要は……はい、失礼いたします」
何か言いたそうだったが、僕の無言の圧力に屈したエレンはそそくさと退室した。
まあ、当日になって変な揉め事を起こすわけにはいかないと判断したんだろう。
僕は素早く濡れた身体を拭き、下着とシャツ、パンツを着て部屋を出る。
「では、どうぞこちらへ」
鏡の前に座らせられ、僕はまるで妹の持っている人形のように次々と着せ替えらえた。
だけど……はは、いつもはみすぼらしい服装ばかりなのに、今日は王都でも有名なデザイナーのものなんだな。
今さらこんな着飾ったところで、意味なんてないのに。
そして、約三時間にも及ぶ衣装合わせも終わると。
「……ちょっと部屋に忘れ物をしたから、取ってくるよ」
「? 忘れ物、ですか……?」
不思議そうに首を傾げるエレン。
この家では何も持たない僕が、忘れ物だなんて言ったから気になったんだろう。
僕は考え込むエレンを置き去りにして部屋に戻り、机の引き出しを開ける。
「…………………………」
亡くなった母上から唯一遺された、不思議な意匠が施された髪飾り。
はは……家族なんていらないって、そう決意したのに……。
僕は苦笑しながら髪飾りを手に取ると、ポケットの中に忍ばせ、エレンのところへと戻った。
「では、お館様のところへとまいりましょう」
エレンに先導され、僕は本邸へと向かう。
途中、モリーが清々したような表情を浮かべていたのが印象的だった。
まあ、噂どおりだとすれば、ウッドストック大公家に行くということは死を意味するようなものだからな。
もちろん、そんな覚悟はこの七度目の人生を始めた時に、既に済ませてある。
今日は……僕が復讐への第一歩を踏み出した、記念すべき日だ。
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試し読みは以上です。
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『僕は七度目の人生で、怪物姫を手に入れた』
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※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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