コンビニ強盗から助けた地味店員が、同じクラスのうぶで可愛いギャルだった 2

一章 再会(1)

 電車に乗っているオレは、走行音を耳にしながら窓から移り変わる景色を目にする。

 数時間前まではビルや住宅街が全てだったが、今は昼の陽光に照らされる緑豊かな田んぼや畑がどこまでも広がっていた。田園地帯だ。遠くには山が重なって見える。

 タイムスリップしたかのと錯覚するほど、窓からの景色が激変していた。

「…………」

 椅子を通じて電車の振動を感じ取る。不思議な気分だ。今、自分がここにいる実感を得ている。明確に世界を感じていると言えばいいのだろうか。

 今まで電車の揺れや流れる景色を意識したことがなかった。漠然と日々を過ごし、陽(はる)乃(の)だけを見ていた。しかし今は確かな充足感に満ちている。

 ……ただ、目の前の存在に対しては鈍感になりたかった。

「はぁ……どこかの誰かさんが電車を間違えなければ、今頃着いてたのにねー」

「許せないな。そのどこかの誰かさんは反省するべきだと思う」

「アンタのことでしょうがッ! このバカリク!」

「…………ごめんなさい」

 怒鳴られたので深々と頭を下げる。本気で反省しているので許してほしい。

「どうしてあそこで違う電車に乗るかなー。普通さ、アタシに確認取るでしょ。雰囲気に任せて乗らないでしょ。てか、時刻表見てないでしょ」

 正面に座るカナが、グチグチと止まらない文句を垂れ流す。

 この数時間、ずっと責められていた。オレが悪いのは理解しているが、正直辛い。

「この男を一瞬でもカッコいいと思ってしまった自分が腹立たしい……。あんなキリッとした顔で逆方向の電車に乗るなんて……!」

「オレらしいと言えば、オレらしいだろ?」

「知るかバカ」

 カナは全力でため息をつき、窓からの景色をしばし眺める。

 田舎らしい景色で落ち着いたのか、鋭くなっていた目つきを柔らかくさせた。

「ま、ここに来たことだけは褒めてあげる」

「どうも」

「一つ聞いていい? 荷物は?」

「荷物?」

「リク、手ぶらじゃん。向こうでしばらく泊まる予定だけど……」

「なんだと――――」

 それは聞いていない、と思いながらカナが旅行用のバッグを手にしていたことには違和感を持っていた。もうダメダメだな……。

 自分でも呆れていると、カナが「仕方ない」と言いながら首を横に振った。

「何とかなるでしょ。今さら愚痴ったところで何も解決しないし」

「何時間もオレを責めていた人の言葉とは思えないな」

「アタシは過去ではなく、現在を生きる女。愚痴っていた過去なんて忘れた」

 口笛でも吹きそうな飄々とした態度でカナは言ってのけた。ある意味大物である。

 この自分中心な振る舞い、まさにオレがイメージするギャルと不良が合体した姿だ。

「彩奈(あやな)には連絡したの? 行くって」

「してない。したら避けられそうな予感がしてさ」

「……そ」

 オレの予感に納得したようで、カナは短く返事をしてから頷いた。

「もう一つ、聞いていい?」

 ついさきほどの軽い口調ではない。こちらの様子を窺う慎重な尋ね方だった。

 思わず身構え、「何?」と短く返す。

「彩奈とリクに……何があったの」

「やっぱりそれか……」

「ごめん。気になっててさ……あ、その、無理にとは言わない。でも、何か協力できるかもしれないじゃん? アタシで力になれるなら何でもするからさ」

 何でもする――その言葉にウソはない気がした。

 こちらを見据えるカナの真剣な瞳、そこに宿るのは純粋に他者を想う心だった。

「どうして……そこまで?」

「リクと彩奈のため」

「即答か……」

「臭い考えだろうけど、アタシは身近な人が不幸になるのは許せないの。仲の良い友達なら尚更。何より、ただ事じゃない。リクと彩奈の間にある問題は……きっとアタシには想像できない過酷な何かだと思ってる。ほんのちょっとでもいいから力になりたい」

 自分の考えを押し付けるのではなく、むしろ切実な願い。

 表情を固くさせているカナは、その真剣さを訴えるようにオレの目を見つめてくる。

 これは本気だ。疑う余地がないほどに。

 オレは星宮との関係を陽乃以外の誰かに話す気はなかった。

 その考えを崩された瞬間だった。カナに知ってほしいという気持ちが芽生えている。

「わかった。言うよ」

 姿勢を正したカナは、体を前に傾けてオレの話に意識を向ける。

 ――――ッ。

 話そうとするだけで心が激しく揺さぶられ、両目に熱が集中し始めた。

 翻弄される感情に耐えるべく奥歯を噛みしめた後、深呼吸を繰り返す。

 一瞬でも気を緩めれば泣いていた。

「待ってリク。そんなに辛いなら――」

「……いや、話すよ。カナが本気で心配してくれているのは伝わった。だから……知ってほしい」

 激しく揺れていた振り子が落ち着きを見せるように、オレの感情も正常に戻り始める。

 星宮との関係を陽乃に説明したときは、オレは感情をむき出しにし、獣のように取り乱していた。でも今回は……自分の心を見つめながら冷静に話せそうだった。


   ◇ ◇ ◇


「――――というわけで、今に至ります」

 詰まることなく最後まで説明することができた。

 自分の胸に手を当て、心臓が平常運転であることを確認する。

 ……大丈夫、取り乱していない。星宮と会う前からメンタルをやられていたら話にならないからな。これくらいは乗り越えるべきだ。

 この先、予想もできないことが起きない限りは星宮と正面から向き合えるだろう。

「……スッ……んっ……ん」

「え――――」

 嗚咽をこらえるような声が聞こえ、顔を上げる。カナは自分のつま先を睨みながら、悔しそうに唇を噛んでいた。その膝に乗せられた両手はギュッと固く握られている。

「そんなの、ダメでしょ……ん、んっ……! ダメだって、そんな酷い話……!」

「カナ……」

 怒り悔しさ悲しみ……あらゆる感情がカナの中で渦巻いている。

 震えた声から、やるせない気持ちが伝わってきた。

 カナの両目に溜まっていた光が、次第にぽろぽろとこぼれ始める。

「ほら、ハンカチ」

「な、泣いてねえし!」

 オレのハンカチを受け取ることなく、カナは手で乱暴に拭う。

 拭う行為が堰を切るきっかけになったのか、どんどん涙があふれてきた。

「ちょ……っ……ごめっ……トイレ行く――――」

 すかさず立ち上がり席から離れるカナ。急ぎ足で隣の車両に姿を消した。

 一人残されたオレは、窓の外を見ながらボソッ呟く。

「この電車にトイレはないんだけどな」

 カナは泣く姿を見られたくないらしい。見た目通り負けん気が強いのだろう。

 そして、とても心優しい少女なのだ。

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