一章 再会(9)
◇ ◇ ◇
午後1時。オレは星宮の家の近くにある公園に居た。
昨晩約束した通り、今日は星宮とオレの二人で遊ぶ予定だ。絶賛待ち合わせ中。
同じ家に居るのだから一緒に出ればいいと思うのだが、そこは星宮のこだわりで『雰囲気が大事!』ということでオレが先に家を出て待ち合わせをしている。……デートかな? オレがボーッとベンチに座って公園の出入り口を眺めていると、星宮がやって来た。
「おまたせー。待った?」
「ボチボチかな」
「もう、そこはオレも今来たところだって言うべきじゃん」
そんなこと言われても困る。オレたち、同じ家に居たわけだし。
そう口には出さず、星宮の格好を眺めてしまう。
髪型は茶色のストレートヘア。顔には薄めの自然な化粧がされている。
服装は両肩を露出させた白ブラウスとミニスカート……ちょっと肌の色が目立つな。
星宮は
つまり、そんな可愛らしい格好をしたら魅力が限界突破するぞ。
しかし学校に居るときの星宮と比べると、ギャル加減と言えばいいのか……派手さが抑えられているように感じられた。
……あー、もしかして……オレか。多分オレに合わせている。
オレはオシャレに興味がないので普通に出歩く用の服しか持っていない。
おそらく星宮は、そんなオレと温度差を生まないためのオシャレをしてきたのだろう。
気遣い上手かっ。内も外も完璧だ…………!
「ん、どうしたの黒峰くん?」
「いや……さすがに可愛いなと思って」
「うぇ!? あ、えと………ども……」
頰を赤くさせてどもる星宮。恥ずかしそうに頰を
どうやら異性から褒められることに慣れていないらしい。
一見、色んな男とデートしてそうなのにな。
「黒峰くんさ……。ふ、普通に言うじゃん……言い慣れてるの?」
「そうだなぁ、
「そ、そうなんだ……」
まあ陽乃は『こんな可愛い幼馴染が居て
「それじゃあ行こっか」
「待つんだ星宮」
「え、なに?」
公園から出て歩道に踏み出した星宮を呼び止める。なんて
「車道に寄るんじゃない。もっと端っこに寄るんだ」
「えーと……十分歩道スペースは確保されてるし……大丈夫じゃない?」
「人生を
「えっ!」
「車はどこから突っ込んでくるかわからない。常に周囲を警戒するんだ」
「そ、そうだね……。うん、そうだねっ」
星宮は顔を引きつらせるがコクコクと
そしてオレたちは縦一列に並び、歩道の端に寄って黙々と歩くのだった。
◇ ◇ ◇
まずオレたちは映画館に来た。割り当てられた席に着いて上映時間まで待つことになる。
時間潰しするため、隣席の星宮に話しかけることにした。
「今から
「うん。
「へえ、あの森本さんがオススメしていたのか。期待できそうだな」
「でしょ? あたしも楽しみにしてたんだー」
「……ところで森本さんって誰?」
「同じクラスの──って、もう黒峰くんっ。クラスメイトの名前覚えてないとか
確かに酷い。あれ? 今思うとオレ……陽乃と星宮以外のクラスメイトの名字を思い出せないぞ。とことん陽乃にしか興味がなかったせいだな。
我ながらよく星宮だけは覚えていたものだ。
「……同級生と恋愛映画を観る、か」
「黒峰くん?」
「これさ、デートじゃないか?」
「えっ!? い、いきなりなにを言うのかなぁ!?」
「どう考えてもデートだろ。二人で休日に出掛けて恋愛映画を観る……誰がどう聞いてもデートになるぞ」
「あ、あたしそんなつもりないから! 普通に黒峰くんと遊びたいだけだから!」
「……わかったから落ち着けって。ほら、飲み物」
オレは座席の肘掛け部分に設置されているドリンクホルダーから飲み物を手に取り、星宮に渡す。顔を真っ赤にしていた星宮は飲み物を受け取るとストローを口にしてズズズーッと思いっきり飲み始めた。
「──あ、それ……オレのやつだった」
「んぐんっ!? けほけほっ! ……く、黒峰くん!?」
「ごめんごめん。映画館に来るとたまに起こるアクシデントだよな」
陽乃もよく間違えてオレの分を飲んでいた。
「ど、どうしよ。間接キスになっちゃった……。あたし、初めてだったのに……!」
「初めてって……たかが間接キスじゃん」
「たかが、じゃないから! ちゃんと責任取ってよね!」
「……どう責任取ったらいいんだよ…………」
ふん、と顔を背けてしまった星宮に、オレは困惑を隠しきれなかった。
◇ ◇ ◇
「「…………」」
映画を観終わった後、オレと星宮はうつむきながら街中を歩いていた。
それも星宮は若干距離を置くように、オレの三歩くらい前を歩いている。
いや間接キスのくだりが原因じゃない。問題は映画の内容にあった。
そう、官能的なシーンがあったのだ。
エロを売りにした映画ではないので軽い表現ではあったが……。
異性の同級生と一緒に観るのは気まずくなる。
「おーい、星宮」
「…………えっち」
「なんでだよ」
星宮が振り返らずして非難してくる。理不尽極まりない……!
この空気で一日過ごすのは拷問に等しい。
待て、一日だけじゃないぞ。
期間を定めていないが、今後もオレは星宮の家で暮らすのだ。
なんとか空気を変えたいところ……。
そう考え、陽乃とどうやって休日を過ごしていたのかを思い出す。
「星宮、ゲーセンに行かないか? 楽しいぞ」
「…………」
「それともギャルはゲーセンに行かないのか?」
「……普通に行くけど。黒峰くん、やっぱギャルに変な偏見を持ってる」
「それは否定しない」
ていうか星宮がギャルなのか怪しく思っている。
◇ ◇ ◇
ずっと頰を染めている星宮を連れて近くの大型ゲームセンターにやってくる。
ここに来るのは久しぶりだ。中に踏み込むと音の威力を感じた。
あらゆるゲーム機から発せられるBGMが合わさって鼓膜を激しく揺らす。
オレたち以外にも多くの中高生が楽しそうに遊んでおり、このゲーセンは若者から人気があるのが一目でわかった。もちろん大人もいるが……。
あ、チラチラと星宮を見ている男がいる。
「黒峰くん、なにかしたいゲームある?」
「そうだな。オレは────」
「あ、待って! まずはエアホッケーしようよ!」
「……おう」
聞いておいてなにそれー。でも賛成だ。ぶっちゃけ何でもいい。
とりあえず星宮に機嫌を直してもらうのが先決。
オレたちはエアホッケーを求めて店内を歩き、台を見つけて位置につく。
用意されていた手に持つ道具(あとで知るが、マレットというらしい)を握り、百円玉を投入口に入れるとコロンと円盤が取り出し口から排出された。ゲーム開始だ。
「じゃあ行くぞ星宮」
「うん! いつでもこい!」
なんかやけにノリノリだな。まるで水を得た魚のよう……。
ま、最初は様子見ということで優しめに行くか。可能であれば接戦を演じてオレが負ける。そうすれば星宮の機嫌も直るだろう。つまり接待エアホッケーだ。
オレはマレットで円盤を打ち込む。円盤は
「……え?」
「一つ言い忘れていたことがあったの」
「……なに?」
「あたし、近所の子供たちから、エアホッケーの女王様と呼ばれてるんだよねっ!」
「す、すごいのかわからーん! てかホントにギャルかよっ!」
結局、オレは逆転することなく10─1という
逆に接待してほしかった。まじで強い。ありゃあ女王様やでぇ。
マレットを自在に操り、円盤を何度も打ち込む姿は、なんかもうプロの人に見えた。
ただ、まあ……なんだ。星宮の、楽しそうな笑顔が印象的だった。
◇ ◇ ◇
エアホッケー終了後、オレと星宮は休憩エリアのベンチで休むことにした。
「いやー、少し汗かいたねー」
飲み物を買いに行っていた星宮が帰ってきた。随分と爽やかな声をしている。
「ほい、飲み物」
「ありがとう────っ!」
差し出された紙パックのいちごジュースを受け取ろうと顔を上げ、気づく。
星宮の服が──汗で透けている!
ブラジャーの輪郭が、くっきりと白ブラウスに浮き出ていた──!
「ん、どうしたの黒峰くん?」
「ほ、星宮……どんだけ汗かいてんだよ! 下、透けてるぞ!」
「え……わ、わぁあああ!」
星宮は自分の体を抱きしめると悲鳴を発しながらしゃがみ込む。
今までちゃんと見ていなかったが凄まじい汗の量だ。
前髪は額にベッタリ、汗を吸い込んだブラウスは肉体の凹凸を浮き彫りにするように貼り付いている。これはヤバい。この姿でゲーセン内をうろつくのは恥ずかしいだろう。
オレは周囲を見回し、避難できる場所を探す。
「星宮、あそこにプリクラがあるぞ」
「だからなに!? え、今のあたしを撮るってわけ!? サイテー!」
「違うっての。プリクラなら密室みたいなもんだし、人目につかないだろ? 汗が乾くまで避難しよう」
「そ、そういうことね……。もう、先に言ってよ」
「……オレが悪いの?」
複雑な気持ちを抱えながら二人でプリクラに移動する。
運良く誰にも見られることはなかった。
というよりプリクラコーナーは人気がないらしい。人が居ない。
カーテンを押しのけ、中に入る。思ったより狭い。
なるべく広そうな
まあ二人用ならこんなものか。
「…………」
ススッと、無言で隅っこに移動する星宮。
「どうした?」
「汗……くさいでしょ?」
「全然。むしろ女の子らしい匂いがする」
「へ、変態!」
どうやらフォローの仕方を間違えたようだ。
良くも悪くも
「「…………」」
なんとも言えない微妙な沈黙が漂う。外から聞こえるゲーセンのBGMがこの場の全てだった。オレと星宮は背中を向け合い、お互いに
密室に近い状況であることがより緊張感を高めていた。
…………あれ、オレまで入る必要なくね?
オレは外で待ってたらいいじゃん。流れで一緒に入ってしまった。
「外に出てるよ」
「どうして?」
「どうしてって……」
「なんか……寂しいじゃん、そういうの。一緒に……居てよ」
この場に留まるオレ。どうすればいいんですか?
ぶっちゃけ逃げたい。しかし星宮の汗で
オレが幼馴染と話す時に何も考えないように、星宮と話す時もウダウダと考える必要はないのだろう。一緒に居て沈黙が漂うなら、それが自然な雰囲気なんだ。
「なあ星宮」
「なに?」
オレたちは背中を向け合った状態で話す。顔は見えないが、これでいい。
「今日のことだけど、ありがとな」
「…………」
「スッキリしたよ」
ただ、ゆっくりと丁寧に本音を吐き出す。頭の中のモヤが晴れたような感覚だ。
「あたしの方こそ……ありがとね。すごく楽しかったよ。いつもの友達とは、こんなに羽目を外せないから……」
星宮の声を背中越しに聞き、オレはどこか満足感を得ていた。
その満足感は、今まで得られなかったものだ。
「…………」
陽乃にさえ抱いたことがない感情。
それが何なのか、今のオレにはわからなかった。
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