一章 再会(8)
◇ ◇ ◇
しばらく街灯のない山道を歩き、やがて暗闇の中に
数十分前、星宮に連絡したオレは徒歩で迎えに来ていた。
ズボンのポケットには合鍵が入っている。もちろん星宮から許可は
というより渡すつもりだったらしい。……これ、
ストーカーの件だが、とくに夜の時間帯に気配を感じるそうだ。
星宮のバイトが終わるのは基本的に午後10時。
帰りは暗い山道を自転車で下るわけだが、時折後ろから自転車のライトで照らされるそうだ。しかも毎回後ろに居るのが同じ人かもしれない……とのこと。
残念ながら顔は確認できず、体格からして三十代くらいの男の人かも……というのが星宮の予想となっている。また、家に入るときも視線を感じるとのこと。こわっ。
コンビニに到着したオレは自動ドアを通り過ぎて店内に入る。相変わらず客は0人だ。
レジに居るのは星宮────ではなく、筋肉ムキムキの
しかし唇は女性のようにプルプルで、
「いらっしゃいぃぃ……んん? 君は……強盗のときの子ね?」
「そ、そうです……っ」
オレに気づいたオッサンがキラリと目を光らせる。ひぃ。
「中々
「夜のスカウトマンかよ。オレは星宮を迎えに来たんです」
「な〜るほど。最近、彩奈ちゃんに
「はい」
「彩奈ちゃんを守ってくれてありがとねぇ」
「偶然みたいなものですけど」
「オーナーとしてお礼を言わせてもらうわ。本当にありがとう」
オーナーかよっ。つまり店長より上じゃん!
「彩奈ちゃんは今、バックヤードに居るわ。もうすぐ出てくるんじゃないかしら」
「わかりました。待ちます」
「君の名前は確か……黒峰リクちゃんねぇ」
「あ、あの……できれば、ちゃん付けはやめてください。こわいので」
「んっふぅ、可愛い名前ね。可愛い顔に似合ってるわ」
そう言いながら愉快げに口元を緩ませるオーナー。……あれ、オレ狙われてね?
「ここで働いてみないぃ?」
「そう言われても……」
「彩奈ちゃんを一人で置いておくのが怖いのよねえ。この間、強盗も入ったし……」
「ここ、狙われやすい場所ですよね」
人里離れている上に、客もあまり来ない。
「そうなのよねぇ。だから私が深夜に入るようにして、これまで強盗を撃退してきたんだけど……ついに彩奈ちゃんが一人のときに狙われちゃったのよぉ」
「魔境かよ。普通に言ってるけど、めっちゃヤベェ話じゃん」
さっきの言い方だと、このオーナーは何度も強盗と戦ってきたことになる。
やはり化け物の類なのか。
「お客さん少ないから、なるべく人員の削減をしたいんだけど……大切な店員の命には代えられないもの。ここで働いてる人はみんな女性だしぃ」
「え、みんな女性?」
「そうよぉ。みんな女性」
…………。
そういえば店長も女性だったな。他の店員は見たことないが女性らしい。
「どうかしら?」
「……そうですね……」
「恋人と一緒に働けるなんて夢のようでしょ?」
「いや恋人じゃないですから」
「恋人でもないのに、強盗やストーカーから守ってあげるのかしらぁ?」
「まあ、はい」
恩人ですし。だが、こちらの事情を知らないオーナーは感動したようだ。
ダンッ! とカウンターを
「素晴らしい! それでこそ日本男児! 眠りし武士の血よ!」
「おーい、もうオネエですらないんですけど」
ガチに厳ついオッサンだった。なんかもう戦場で
オレがオーナーを前に
「あ、黒峰くん。迎えに来てくれたんだね。ありがと」
「……助けに来てくれてありがとう」
「え?」
キョトンと首を
「オーナー、お疲れさまでした」
「お疲れさま彩奈ちゃん。しっかりと彼氏に守ってもらうのよ」
「か、かか、彼氏じゃないですってば!」
ボッと顔を赤くさせた星宮が、メガネが飛びそうな勢いで顔を振った。
……そこまで否定されると
星宮とコンビニから出て駐車場に向かう。当然自転車は一台だ。
「ここはあれだね、黒峰くん。二人乗りしよっか」
「だな。もう歩きたくない」
「さあ乗って」
「えと、星宮が
「まあね。任せて」
「いや……まあいいか」
とくに気にせず後ろに座る。星宮は「んぅ〜!」と声を上げながら自転車を漕ごうとするが、
「……無理じゃないか? やっぱりオレが漕ぐよ」
「大丈夫! これでもあたし、運動神経は良い方だからっ!」
「そうは言ってもな……」
頑張って足を地面につけないよう漕ぐ努力をしているが、自転車はフラフラだ。
怖さのあまり、オレは
しかし、こんな危なっかしい運転で山道を下りたくない。
「悪いけど星宮、自転車で死にたくない」
「……ごめん。あんまり黒峰くんには迷惑をかけたくなかったんだけど……」
「これくらい、迷惑にならないっての」
後ろに星宮を乗せ、オレは楽々と自転車で山道を下っていく。
なんかさ、こういうの良いよなぁ。女の子と一緒に夜の山道を走るのって。
もしこれで星宮が陽乃だったら────。
「いきなりだけど、なにかあった?」
「え?」
それは、確信的な尋ね方だった。
「バイト中もね、黒峰くんのことずっと考えてた」
……え、まさかオレのことが────。
「黒峰くんは、自分が
「どうだろうな」
「そうやってね、自分の気持ちにウソをついてると最後はパンクしちゃうよ。あたしのお父さんもそうだった。全部
「…………」
オレは返事をせず、ハンドル操作しながら前方の暗闇を見続ける。
「辛いときには辛いって、言っていいんだからね。ううん、言ってほしいの」
オレの腹に細い両腕が回される。背中に温かく柔らかい感触が押し付けられた。
優しく包み込むように抱きしめられている──と理解する。
「……わかった。今すぐは無理だろうけど……善処する」
「うん。黒峰くんのペースでいいからね……」
不思議なことに、星宮の言葉はオレの胸の中にスッと入った。
彼女の優しさを背中にも感じたからだろうか。
これまでのオレは陽乃がそばに居てくれるなら何でも良かった。
けど、今は────。
「そうだ、明日二人で遊びに行こっか」
「遊びに?」
「うん! 自分をパーッと解放してね、思いっきり遊ぶの! どうかな?」
「……いいよ。遊びに行くか」
「決まりっ。明日、楽しみだね」
えへへ、と弾むような
きっと今の星宮は
そんなことを思ったせいか、オレはポロッと本音を口にする。
「星宮って……いい女だよな」
「え、えぇえええ!? いきなりなに!?」
「いや、思ったことを言っただけだ。ふざけてるとかじゃなく、な」
これほど他人の心に寄り添ってくれる女子が他に居るのだろうか。
ただ好き好きと言われて迫られるよりも、圧倒的に心が満たされる気がする。
……オレと星宮が話し始めたのは、つい昨日のことだよな。
ずっと前から星宮のことを知っていたような感覚でいた。
それほど濃密な時間を星宮と過ごしているのか。
「も、もうっ! 変なこと言わないでよ! そもそも黒峰くんって────」
「ちょ、ちょっ! 暴れるなって!」
照れ隠しのジタバタか知らないが、後ろに座る星宮が激しく揺れている。や、やべえ!
まさに、夜の地獄サイクリングである。
これからは、あまり下手なことは言わないでおこう……っ。