コンビニ強盗から助けた地味店員が、同じクラスのうぶで可愛いギャルだった

一章 再会(7)

    ◇ ◇ ◇


 クレープを食べ終えた後、駅に向かう。電車通いの星宮を見送るためだ。

「じゃあな星宮。クレープおごってくれてありがとう」

「う、うん」

 改札の前まで来た星宮は、どこかスッキリとしない表情をしていた。

 まるで何かの目標を達成できなかったような……釈然としていない感じだ。

 少し気になるがオレは帰ることにする。星宮に背中を向け、家に向かって歩き始めた。

 …………家に帰る、か。

 今日から一人きりの人生。あの広い家で一人で過ごす。

 もうオレには陽乃がいない。これからずっと一人だ。

 オレは陽乃の存在を頼りにして生きてきた。

 じゃあこれから、なにを頼りにして生きればいいんだろうな?


「────黒峰くん!」


 星宮の大きな声が、駅のけんそうを貫いてオレの耳に届いた。

 思わず足を止めて振り返る。

 すると星宮がオレの下に駆け寄って、一度深呼吸し──衝撃的なことを言ってきた。

「え、えとさ……今日から、あたしの家に……泊まる?」

 …………はい?

 控えめな言い方ではあったが、それでも突然の提案に目を丸くしてしまう。

「急になんだよ。まさか付き合ってるフリの延長か?」

「ち、違う……」

「オレに気を遣ってるのか? オレ、自殺しようとしてたもんな」

「それも違う、かな。心配はしているけど……」

「じゃあ、なんだよ」

 歯切れの悪い星宮に、少し強めに聞いてみた。

「ス、ストーカー……」

「え?」

「最近ね、誰かにつきまとわれてるみたいなの、あたし……。ベランダに干していた下着が無くなったり、バイト帰りに誰かに後をつけられている気がして…………」

「ストーカー、ね」

「あっ、あたしみたいな女にストーカーがいるわけないって思ったでしょ! あたしもそう思うけど、ちょっと怖くて……」

「いやストーカーを疑ったわけじゃないが……」

 むしろ普通に信じられるし、必然にも思える。星宮はそれだけ容姿が優れている。

「気のせいかもしれないんだけどね。下着が無くなったのは一枚だけだから、風に飛ばされたことも考えられるし……。後をつけられているのもあたしの勘違いかなーって……」

「勘違いだったとしても、嫌な感じがするなら警戒しておいた方がいいだろ」

 何かが起きてからでは遅い。それに人の勘とはバカにできないものがある。

「警察にも相談したんだけど、証拠がないと動くことはできないって言われちゃった」

「……だろうな」

 警察も暇じゃない。多少のパトロールなどはしてくれるかもしれないが、証拠がないと動くことはできないだろう。

「男の子の黒峰くんが一緒に居てくれると安心できそうで…………」

 申し訳なさそうにする星宮は、どんどん声を小さくさせていく。

 オレに断られても、きっと星宮は『そうだよね……』と大人しく引き下がるに違いない。

 この話、どうしようか──と考えるまでもないか。

「いいよ」

「…………黒峰くん?」

「今日から星宮の家に泊まらせてもらう。命の恩人の頼みは断れないからな」

「あ、ありがと……。でもね、頼んでおいてなんだけど、もし本当にストーカーがいたら……危ないよ?」

「ということは一人でいる星宮はもっと危ないってことじゃないか」

「そうだけども……」

「大丈夫だ。こう見えても俺は強い」

「え、そうなの?」

「ああ。今まで隠していたけど中学の頃は空手大会に出場して圧倒的な実力で優勝したことがあったらいいのになぁ」

「ただの願望じゃん! え、本当に大丈夫!?」

「任せろ。この命に代えても星宮は守る」

「だからそこまでは望んでないんだけど……。でも、その、ありがと」


    ◇ ◇ ◇


「また来ちゃったな……」

 星宮が住む木造アパートに再び訪れたオレは、そのボロさを再確認する。警備の人どころか防犯カメラもない。これはストーカーに対して不安を感じるのも無理はないか。

「……行くか」

 オレは昨晩のようにびた階段を上がり、星宮の部屋の前にまで足を運ぶ。

 やけに背中のリュックが重く感じた。一度家に帰って泊まりの準備をし、電車で来たのだ。

 オレは若干緊張しながらもインターホンをグッと押し込む。

「はーい」

「オレだ。黒峰」

「今行くね─」

 明るい声だなー。今から男子を招き入れる女子のノリとは思えない。

 これがギャルとでも言うのか。もしくは完全にオレを信頼してくれたのか……。

 ゆっくりとドアが開かれ、いかにも部屋着っぽい緩い感じの服を着た星宮が姿を見せた。

 しかもギャルモードを解除して地味子モード(もっさり髪のメガネちゃん)に戻っている。ちょっとした二重人格に感じられた。

「来てくれてありがと、黒峰くん。入って」

 星宮に案内され、家に入る。掃除の行き届いたれいなキッチンスペースを通り過ぎ、生活空間となる部屋に踏み込むと────。

「お、リクくんいらっしゃーい」

「…………」

 門戸千春──もんもんがいた。

 ミニテーブルのそばでくつろぎ、何やら缶ビールを片手にしている。

 その顔も声音も無駄に楽しそうだった。

「え、私が居たらまずかった? そう簡単に彩奈ちゃんとアレできると思うなよー!」

「なあ星宮。この人、家から蹴り飛ばしていい?」

「だ、ダメだよ。えーと、千春さんが居ること、言っておいた方がよかった?」

「多分言ってくれていたら来なかったと思う」

「そんなに千春さんが苦手なんだね……」

 苦手というか天敵だ。つーか、ドン引き。

「彩奈ちゃんから事情聞いたよ。家出少年くんがギャルを守るんでしょ?」

「まあ、そんな感じになるんですかね」

 星宮から話を聞いたらしい。しかし、もんもんはオレのことを家出少年と思っている。

 どうやら星宮は話を合わせてくれたようだ。

「あ、そろそろバイトの時間だ」

 そう言うと星宮は洗面所に小走りで向かった。

 うぇー、まじか。もんもんと二人きりになっちゃった。

 この人と居ると、オレが翻弄される立場になるから苦手なんだよなぁ。

「リクくん。もしかして私が苦手だね?」

「もしかしなくても苦手ですよ」

「そうかそうか。なら友好のあかしとして、これをあげよう。仲良くしようじゃないかっ」

 もんもんはニヤッと笑い、脇に置いていたカバンから一冊の本を取り出した。

 オレは自然な流れで差し出された本を受け取る。表紙に目を落とし──後悔した。

「なんすかこれ」

「へへ、お礼は結構だよ。有効に活用してくれたまえ」

「活用ってこれ……エロ本じゃないすか。しかもギャルがヒロインのやつ」

 みだらな格好をする茶髪ギャルに『いけない遊び……する?』と吹き出しがついている。

 もう最低だった。友好の証どころか、世界大戦をおっ始めるレベル。

 しかもギャルモードの星宮に似ているしっ。

「じゃあ行ってくるねー」

 部屋に顔を出す星宮。とっにオレはエロ本を服の中に隠した。

「ん? どうしたの黒峰くん?」

「なんでもない。それよりもバイトに行くときだけ地味子になるんだな」

「地味子って……。やっぱ仕事のときは大人しい格好の方がいいかなーって。派手な格好を嫌うお客さんもいるから……。それじゃ、行ってくるね」

 星宮は朗らかな笑みを浮かべると、一度オレたちに軽く手を振ってから去って行った。

「彩奈ちゃんは良い子だよね〜」

「そうですね」

「やっぱりアレしちゃう?」

「帰れ」

 念のために言っておこう。オレは目上の人には敬意を払って接する。

 こんな雑な発言をするのは相手がもんもんだからだ。

 今回で二回目の対面となるが、もうオレの中で彼女の立ち位置は定まっている。

「リクくん。真面目な話だけどさ、彩奈ちゃんに悲しい思いをさせないでね」

「……門戸さん?」

 今までのような軽いノリではない。門戸さんは至って真剣な瞳をしていた。

「君も色々大変だろうけど、彩奈ちゃんも大変な思いをしているんだよ」

「みたいですね。アルバイトにストーカーに……」

「そういうことじゃないよ」

「え?」

 言っている意味が分からなかった。他に何があるんだ?

「んじゃま、私も帰りますかねー。あ、それと……彩奈ちゃんが居ないからって、下着をあさったらダメだかんねー」

「しないですって」

 結局、もんもんは最後までもんもんだった。

 家に帰るもんもんを見送ったオレは玄関のドアを閉め、ため息をつきながら部屋に戻る。

「……さて、どうしよう。そしてオレの手にあるエロ本どうしよう!」

 ベランダからエロ本をぶん投げることも考えたが、捨てちゃうのはもったいない。

 一応……一応、保管しておくか。ひとまず星宮のベッドの下に隠しておく。

「──ん」

 エロ本を隠し終えた後、スマホにとある人物から電話がかかってきた。

「……陽乃」

 一体何の用事だろう。オレと陽乃には決定的な溝が生まれたと思っていたのだが……。

 モジモジしても仕方ないので応対する。

「…………陽乃?」

「ぐすっ……んっ……リクちゃん……?」

 陽乃は泣いていた。やけに声がかすれている。

「どうした?」

「ご、ごめんね……リクちゃん。今日のこと……」

「あー……」

「なんであんなムキになったのか、自分でもよくわからなくて……。こ、このまま……リクちゃんと離れ離れになるなんて、イヤだよ…………ぐすっ……」

「…………」

「……仲直り、できないかな?」

「それは……」

 迷わずに断るべきだと、僅かに残された理性がそう告げる。だが感情としては……。

「リクちゃん……?」

「陽乃が、そう言うなら……」

「ほんと? じゃあおさなじみとして、これからも一緒……だよね?」

「うん」

 今朝の段階では陽乃から離れることを望んでいた。……はは、一日もてばこのありさまだ。

 一緒に居てほしいと泣きながら言われたら断れるわけがない。

「……彩奈ちゃんとは、付き合ってるけど何もないんだよね?」

「あー……そもそも付き合ってないんだ。星宮に告白すらしてない」

「まだ……私にウソつくの?」

「ウソじゃない。信じてくれ」

「……じゃあ、どうしてみんなの前で、あんなこと言ったの?」

「星宮の評判を守るためだ」

「……でも、彩奈ちゃんの家に泊まったのは本当なんだよね?」

「…………」

「やっぱり。付き合ってないのに、どうして彩奈ちゃんの家に泊まったの?」

「それは……言えない」

 きっかけは陽乃に振られて自殺しに山へ行ったこと。

 でも、それだけは言っちゃいけない。言いたくない。

「説明してくれないと、わかんない……」

「ごめん。でも星宮と何もないのは本当なんだ」

 オレがそう言うと、陽乃は数秒の沈黙を経てから言う。

「……事情はわかんないけど、リクちゃんのこと信じる」

「陽乃……」

「彩奈ちゃんとは、なにもないんだよね?」

「ないよ」

「……わかった」

 これで確認したいことは終わったらしい。それ以上質問してくることはなかった。

「ねえリクちゃん、今から私の家に来て。久々にね、二人で過ごしたい」

「……ごめん。今日は、やめておこう」

「あ……うん、そうだよね……。じゃあ、またね……」

 その言葉を最後に通話を終える。

 こうしてオレと陽乃は、あっさりと以前の関係に戻ってしまった。

「…………はぁ」

 どうしようもない自分だと思う。

 仲直りできてうれしい。陽乃のそばに居ることができて嬉しい。

 陽乃を見るのがつらいと思っているはずなのに──。

 それでも嬉しくて、安心するのだ。

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