コンビニ強盗から助けた地味店員が、同じクラスのうぶで可愛いギャルだった

一章 再会(6)

    ◇ ◇ ◇


 休み時間になった瞬間、二人の女子生徒がオレの下にやってきた。

「リクちゃん! どういうことなの!? ちゃんと説明して!」

「黒峰くん!? さ、さっきの……どういうことかなぁ!?」

 陽乃と星宮だ。顔を真っ赤にさせた二人が殴り込みの勢いでオレに強く詰め寄ってくる。白旗を揚げて降伏したい気分だ。あと顔を赤くさせている理由が二人は違う気がする。

 陽乃の場合は怒り、星宮の場合は羞恥の方が強そう。

「ごめん彩奈ちゃん。先にリクちゃんを借りてもいいかな?」

「あ、でもあたしも────」

「借りるね」

 陽乃は星宮の返事を待たずしてオレの右腕をつかむと、オレを椅子から立ち上がらせた。

「行くよリクちゃん!」

「あ、あぁ……」

 すさまじい剣幕の陽乃に逆らうこともできず、腕を引っ張られるオレは大人しく連行されることにした。


    ◇ ◇ ◇


 連れて行かれたのは特別棟の最上階。今はひとがなく内緒話をするには相応ふさわしい場所だろうか。いつもなら陽乃と二人きりになれることに喜ぶオレだが、今回は冷や汗が止まらなかった。なんせここまで怒っている陽乃を見るのは初めてのこと。

 なぜ怒っているのか全く理解できない。

 むしろオレが怒りたいのだが、陽乃の荒々しい雰囲気にまれて何も言えないでいた。

「リクちゃんどういうこと!? 昨晩、やっぱり彩奈ちゃんと居たんだよね!? それも泣きながら告白までして……意味わかんないよ!」

「それは……」

「いつからなの?」

「……なにが?」

「いつから彩奈ちゃんと付き合ってたの?」

「……付き合って……ないよ」

「さっき付き合ってるって、みんなの前で言ってたじゃん! リクちゃんのウソつき!」

「────っ」

 陽乃から本気で怒鳴られ体が萎縮してしまう。じわっと目に熱いものがこみ上げてきた。

「彩奈ちゃんと付き合ってから私に告白したの?」

「いや、それは…………」

「リクちゃん!」

「……陽乃に、告白してから…………」

 否定するつもりでいたが、陽乃の剣幕に押されて思わず星宮と付き合ってることを認めてしまう。本当は付き合ってないのに。

「女の子と付き合えるなら誰でもいいんだ。知らなかったなー。リクちゃん、そんな不誠実な男の子だったんだー」

 誰が聞いてもわかる皮肉だった。とっに否定してしまう。

「ち、違う! オレは陽乃一筋だ!」

「言葉と行動が一致してないよ! よりにもよって相手が彩奈ちゃんだなんて……っ」

 よりにもよって彩奈ちゃん……? どういう意味だ。

 それよりも気になるのは陽乃がどんどんイライラを募らせていることだ。

「……関係、ない」

「なにが? ねえ、なにが関係ないの、リクちゃん」

「そ、そもそもの話……。オレと陽乃は、ただの幼馴染で……陽乃はオレを振ったんだから……オレが誰と付き合おうと関係ない……」

 ビビりながら言ったので小さな声になってしまったが、それでもついに言ってやった。しかし陽乃はすぐに言い返してくる。

「関係あるよ! 幼馴染だもん!」

「だから、幼馴染程度ならオレが誰と付き合おうと関係ない…………そうだろ?」

「程度じゃないもん! 私とリクちゃんは小さい頃から一緒に居て……お互いのこと何でも知っていて…………! ん───! そう、そうだよ!」

「……なにが?」

「ウソ! ウソをついたことが許せないの! 幼馴染にウソをつくなんてひどい!」

 今、自分がイライラしている理由がわかったと言わんばかりに、陽乃はオレがウソをついたことを責め立ててくる。

「リクちゃん、今まで私にウソついたことなかったよ! いつでも私を見ていて、私以外の女の子とは話もしなくて…………いつだって、私の後ろについてきたのに!」

「そう、だったな……」

 悲痛を感じさせる陽乃の叫び声が、むなしく廊下に響き渡る。

 オレはうつむくしかなかった。

「「…………」」

 お互いに何も言わない。無音の場において、陽乃の視線だけを感じていた。

「リクちゃん。彩奈ちゃんはダメだよ」

「……なんで?」

「理由は言えないよ。でも彩奈ちゃんはダメなの」

「……意味、わかんないって」

「リクちゃん、お願い」

 さっきと打って変わって、陽乃の声は落ち着いていた。

 わずかな沈黙を経て少し冷静になったらしい。それはオレも同じだ。

 だからこそ、これはオレなりのあらがい方。

「陽乃には……関係ない」

「……あっそ! もうリクちゃんなんて知らない!」

「陽乃──」

「話しかけないで!」

「っ!」

 完全なる拒絶。咄嗟に口を開いてしまう。

「オ、オレと星宮は何もない! これは本当だ!」

「…………」

 陽乃はオレに背を向け、怒りを発散するような荒々しい足取りで去っていった。

「あー、くそ……泣きそう…………」

 陽乃には関係ない、そう言ったのはオレだ。なのに、オレ自身が傷ついた。

 そして最後、拒絶されることを恐れて、本当のことを言った。

 どうしてだろう。陽乃との縁が切れることを想像するだけで、言い表しようのない恐怖と不安が胸の中に満ちていく。


    ◇ ◇ ◇


 放課後までどのようにして過ごしていたのか覚えていない。

 気づくと自分の席でボーッとしていた。

 窓から差し込む夕日が、オレの机をオレンジ色に染め上げている。

「あ────」

 ふと窓に映る自分の顔に気づく。今にも泣きだしそうな子供の顔をしていた。

「帰るか…………」

 いまいち体に力が入らない。心も虚しい。無気力だ。

 陽乃とオレの間に明確な溝ができてしまったことを実感し、なにもやる気が起きなくなっている。自動操縦のようにフラフラとした足取りで昇降口に向かった。そして──。

「もう、遅いよ黒峰くん。今まで何してたの?」

「……星宮」

 星宮が壁に寄りかかってオレを待っていたらしい。

 スマホをカバンに仕舞うと星宮はオレに近づいてきた。

「なにかあったの?」

「…………とくに」

「ふーん」

 興味なさげな反応をする星宮。ま、どうでもいいことだよな。

 そう思った次の瞬間、なぜか星宮がオレの両頰を軽くつまみ──優しくムニムニとこねくり回してきた。痛くない。むしろ気持ちいい。

「……星宮?」

「今朝のこと、これでチャラにしてあげる」

「まだ怒ってたのか。でもオレのおかげでビッチ扱いされないですんだだろ?」

「そういう問題じゃないしっ。今日は本当に大変だったんだから! 色んな人から色んなこと聞かれて…………!」

 その時のことを思い出したのか、星宮はげんなりとした顔で乾いた笑いを漏らした。

「黒峰くんは良かったの? みんなから勘違いされて」

「別に。まあ星宮は校内で一番モテるギャルだからな、悪い気はしないよ」

「まーた変なこと言ってる……。あたし、モテないけどなぁ」

 校内で一番モテるかはともかく、星宮はガチでモテる。モテないのが異常だろ。

「それで、どうしてオレを待っていたんだ?」

「え? とくに理由はないけど」

「なんだよそれ」

「う〜ん。黒峰くんと帰りたいから、かな?」

 ヤバい、ドキッとした。オレには陽乃という心に決めた女の子が──と思ったけど振られたんだった。そして今日、完全に溝ができたのだ。

「確かにオレと星宮は付き合ってることになったけどさ、そこまで気にしなくていいんじゃないか? 一緒に帰る必要、ないと思う」

「なんか勘違いしてない? 付き合ってるとか付き合ってないとか関係なく……あたしが黒峰くんと帰りたいの」

「…………」

「迷惑?」

 星宮が不安そうに尋ねてくる。

 胸がつまる思いになったオレは言葉を発することができず、首を横に振って『迷惑じゃない』と伝えた。すると星宮は「にししっ」と無邪気に笑う。

「そうだ。今日さ、あたしバイト遅いんだよね。ちょっと付き合ってくれない?」


    ◇ ◇ ◇


 オレが連れて来られた場所は、駅近くの小さな広場に展開されたクレープ屋台だった。

 広場内にはテーブルとイスも用意されている。下校中の中高生から人気があるらしく、制服を着た若者たちでにぎわっていた。とくに女子の方が多い。

 他にも男女の組み合わせが──付き合ってるのか。普通に恋人っぽい。

 …………なんだろう、無性に電柱を殴りたくなってきた。

「黒峰くん? はんにゃの顔になってるけど大丈夫?」

「大丈夫だ。今すぐ人類が滅べばいいのにと思っただけ」

「まったく大丈夫じゃないね! 今すぐカウンセリングが必要だよ!」

 キッチンカーの前まで来たオレたちは注文を伝え、程なくしてクレープを渡される。

 星宮はチョコバナナクリーム、オレはキャラメルクリームだった。

 星宮のおごりである。ありがたい。

 オレたちは空いていた席に着いて黙々と食べ始める。とくに会話はない。

 いや、星宮が何も言わなかった。クレープに夢中だ。

 それも顔をほころばせ、本当に美味おいしそうに食べている。

 美味しそうに食べる女子って、なんかいいな。

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