コンビニ強盗から助けた地味店員が、同じクラスのうぶで可愛いギャルだった

一章 再会(5)

    ◇ ◇ ◇


「はぁ……やっぱこうなるよなぁ」

 朝の教室。騒がしい雰囲気に包まれたオレは、自分の席で頭を抱えて嘆いてしまう。

 理由は、やはり陽乃にある。思わず陽乃を見つめてしまうのだ。

 同じ教室に居るとあっては、人間の本能として好きな人に視線が向くのは仕方ないこと。

 まどぎわの一番後ろの席に居るオレは闇のオーラを全開で発していた。

 陽乃の席は廊下側の前から二番目。休み時間になるとクラスメイトの何人かが陽乃の席に群がる。今も三人の女子生徒が陽乃に話しかけていた。

 たまに男子生徒からも話しかけられているが──あ、ちょうどクラスの中心人物である短髪のイケメンくんが、少し恥ずかしそうな笑みを浮かべながら陽乃に近寄っている。

「なあ春風、今日の昼……一緒に食堂行かね?」

「あー、ごめんね。リクちゃんと過ごす予定なのっ」

「そうか……。じゃあまた今度誘うわ」

 あえなく撃沈した短髪イケメンくんは、友達が集まっている自分の席に戻って行く。

 その戻る途中、チラッとオレを見て不服そうな表情を浮かべた。

 まあ気持ちはわかる。気持ちはわかるが、オレの方が不服だ。

「そうだ、陽乃以外の何かを見て過ごそう」

 陽乃ばかり見ていては辛い思いをするだけだ。

 ゆっくりと教室を見回し──教室の中央辺りに居る星宮の姿に目が留まった。

 星宮は同じくギャルっぽい女子と二人で会話をしている。

「……やっぱ全然違うな、昨晩の地味モードとは」

 もっさりの印象がなくなった茶髪はワンサイドアップにされており、可愛らしい顔には派手過ぎない程度の化粧が施されている。どぎつい印象は全くない。雰囲気というかオーラがキラキラしていて見るからにカースト上位という感じだ。話をしている姿もちょこちょこ笑顔が混じっていて目立つ可愛さがある。

 ま、コンビニでバイトしていたときの地味感ははんなかったけど。

「あれで告白されたことがないのか……」

 教室の男たちが星宮について色々しゃべっていたのを何度か聞いたことがある。

 確か星宮は……一年の頃からモテモテだったらしい。

 日を追うごとに星宮を気にかける男が増えていき──そして高二になった現在、星宮は校内でもトップクラスにモテるそうだ。まあ、あの雰囲気でモテないわけがない。

 しかし星宮は告白されたことはないと言っていた…………なぜ?

 星宮と話をしている女子──こちらもギャルっぽい。

 名前はわからない。というより覚えていない。目つきがきつくて怖いな。

 可愛いというよりは綺麗寄りの整った顔立ちをしているが、威圧的な目つきをしていて怖い印象がある。ギャルというよりヤンキーっぽい。

「リークちゃん! なにを見てるのー?」

「──陽乃っ」

 ドクンと心臓が跳ねる。すぐ隣に陽乃が立っていた。

「熱心に彩奈ちゃんを見ていたね」

「……オレが誰を見ていてもいいじゃないか」

「そうなんだけどね……。私がリクちゃんを見ると、いつも目が合っていたから……」

 陽乃の声がどんどん小さくなっていく。最後の方はギリギリ聞き取れたくらいだった。

「私も彩奈ちゃんみたいな格好しようかなぁ」

「…………なんで?」

「んー、なんとなく? よくわかんない」

「なんだよそれ」

 本気で陽乃はわからないらしい。自分の言ったことに対して疑問を抱いている。

 だがオレからすれば理由はわかりきっていること。

 それは──嫉妬だ。

 好きな人が自分以外の異性に目を奪われていたら対抗したくなるもの。

 そのことに陽乃は気づいていない────と、昨日までのオレならそう考えて小躍りしていたに違いない! だが陽乃はオレを幼馴染としか見ていない。さっきの『彩奈ちゃんみたいな格好しようかなぁ』という発言も、本当に何となくの発言なんだろう。

「ねえリクちゃん」

「ん? ────え」

 なぜか陽乃が目を細くしてジーッと見てくる。

 これは怒っている、もしくは怒る寸前の陽乃の顔だ!

「もしかして昨晩……彩奈ちゃんと一緒だったってことは……ないよねぇ?」

「────っ!」

「リク、ちゃん?」

 間違いない。今、オレは──殺意を向けられている!

 答え方を間違えれば今すぐナイフで首をられそうな予感。

 いや陽乃はナイフを持ってないけど。

 でもほらほら、顔には冷たい笑みが張り付いているぞ…………ヤバそうだな。

「ダメだよ。リクちゃんにそういうことは早いもん」

「い、いや……」

「リクちゃんと私は幼馴染なんだからね。家族と同じくらいの時間を過ごしてきた仲だもん…………リクちゃんが変なことしてないか確認しておかなくちゃ」

「変なことって、なんだよ」

「…………彩奈ちゃんね、色んな男の子と関係があるってうわさがあるから……」

 陽乃が申し訳なさそうに言う。何を伝えたいのかわかった。

 しかし、それはないと断言できる。昨晩の星宮とのやり取りでわかることだ。

「その噂、たらだぞ」

「うん、私もそう思ってるよ。でもね、可能性として言うなら……」

「…………」

「もしリクちゃんがそういうことに興味があるなら……幼馴染として私が頑張るから!」

 顔を赤くしながらも陽乃は強い口調でそう言った。

 ……オレは幼馴染としてではなく、恋人として陽乃とそういうことがしたかった。

 なんで陽乃は、そこまでして幼馴染にこだわるんだよ。

 異常なほど幼馴染という関係に執着している気がする。

「そこまで言うなら……オレと付き合ってくれてもいいじゃないか」

「え? 私、リクちゃんには幼馴染に対する感情しかなくて……恋愛感情ないんだもん」

 ドガガガガッ!! 胸をドリルでえぐられた気分だ。

 自分の心を保つため、話を戻すことにする。

「オレと星宮は何もないよ」

 ウソをつくことにした。もし星宮の家に泊まったことを言うなら、その経緯も説明する必要がある。それだけは避けたい。

「ほんと?」

「ああ。オレが星宮を眺めていたのは……星宮は告白されたことがないという話を聞いたからだよ」

「へー、そんな話があるんだね。あ、でも、ちょっとわかるかも。あれだけわいいと逆に告白しづらいのかなー。それにカナちゃんが近くにいるし」

「カナ? あー、あのギャルか」

 星宮のそばに居る目つきの悪いギャルのことだと察する。

「彩奈ちゃんに男が近づかないよう、カナちゃんが威圧的に振る舞っている……みたいな話を聞いたことがあったかなぁ」

 ふーん、と返しておく。納得できる話ではあった。

 昨晩のやり取りからわかったことだが、星宮は男慣れしていない。

 それも全くと言っていいほど。あのギャル姿は見かけ倒し。

 そのことを星宮の友達であるカナは知っており、星宮を守っている……のかもしれない。

「ねえリクちゃん。星宮って名字、覚えてたの?」

「そりゃクラスメイトだし……。なんだか変な質問だな」

「あーうん。あはは、気にしないで」

 何かを誤魔化すように陽乃は明るく笑った。なんだ……?

「陽乃ー! ちょっとこれ見てー」

 陽乃の席でスマホを見ていた女子生徒が、ちょうどオレたちに聞こえるくらいの声量で陽乃に呼びかけた。陽乃は手を上げて「今行くー!」と元気よく返事をする。

「じゃ、また後でねリクちゃん! あ……そうだ、今日のお弁当ね、リクちゃんの好きなミニハンバーグ入れたから!」

 そう言うと陽乃は自分の席に戻って友達と会話を再開した。いつも通りだなー。

 さて、オレは何をしてようか。そう思いながら自然と陽乃を眺めようとした瞬間だった。


「はぁあああああああ!? 彩奈、黒峰を家に泊めたってマジ!?」


 カナの驚いた声が教室内のけんそうをかき消し、シーンとした静寂をもたらす。──え?

 次の瞬間、一斉にクラスメイトたちの視線が星宮とカナに向いた。

「ちょ、ちょっとカナ! 声大きすぎっ!」

「いや、だって彩奈……え、黒峰と付き合ってんの?」

「つ、付き合ってないけど…………」

 静かになった教室に星宮の小さな声が広がる。今のは少しヤバいかもしれない。

 すぐにオレの危惧の念が的中する。クラスの男たちがヒソヒソと──。

「おいマジか。星宮は付き合ってもない男を家に泊めるのかよ」「遊んでるって噂は本当なのか……。絶対にウソだと思ってたのに」「意外とうぶなギャルじゃねーのかよ」「星宮はビッチなんだな」「つーか、黒峰がいけるんなら俺もいけるんじゃね?」「待ってくれ。そもそも黒峰って誰?」

 …………泣いていい? なんでオレに被害が集中するんだよ。

 クラスメイトに存在すら認知されていないオレって……。

 と思ったら別の意味で認知されていたらしい。とある男の声が聞こえてくる。

「黒峰……あぁ、あいつね。俺の陽乃ちゃんにまとわりついてるやつ

 あはは、ぶっ殺すぞお前ー。陽乃は誰のものでもない。

 しかし教室にいる大半の男たちが思ったことは、星宮は恋人でもない男を家に泊める、というもの。もちろんその先のことも想像してしまう。実際には何もなかったとはいえ。

「え、えと…………あぁ…………」

 周囲の視線と思いを敏感に感じ取ったらしい星宮は、見るからにオロオロと動揺する。

 カナも「あちゃー」と言いたそうな表情を浮かべていた。いやお前のせいだろっ。

 ……まずい、これでは星宮がビッチ扱いされてしまう。

 ────どうする。

 経験上、噂というのは広がる前に潰すのが最善となる。

 今、何か手を打つ必要があった。

 星宮はオレの恩人。

 その恩人を何とかして助けたい────あ、そうか。

 今、問題になっているのは、星宮が恋人でもない男を家に泊めたということ。

 ならば、いっそオレが──星宮の恋人になればいい!

 一瞬、陽乃の顔が脳裏に浮かぶが……オレはガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。

 当然ながら教室中の視線を集めることになる……はは、注目しすぎだろお前ら。

「星宮……オレと付き合ってくれて、ありがとう」

「……え、黒峰くん…………?」

「いやー、泣きながら告白したがあったよ。お情けで付き合ってくれるとは思わなかった。でもさ、手をつなぐことも許してくれないのはきつくないか? 昨日、家に泊めてくれたけど……何もさせてくれなかったし…………」

「な、なに言ってるの黒峰くん!? あたし────」

「交際期間一ヶ月って約束だったよな? まあ、一ヶ月……よろしく」

 とにかく一方的にしゃべり倒す。

 どう考えてもみんなの前で話す内容じゃないし、明らかに不自然だった。

 それでも効果はあったらしく、教室の男たちは──。

「泣きながら告白とかヤベー」「星宮はお情けで黒峰と付き合ったのか……」「期間限定で、しかも手を繫ぐのもダメって………星宮はガード堅いのか?」「そりゃ付き合ってないことにしたいよな、星宮からしたら」

 などと好き放題に言い始めた。なんとか星宮の名誉は守られたらしい。

「ちょ、ちょっと待って! あたしと黒峰くんは──」

 椅子から立ち上がった星宮が何かを言おうとした寸前、教室に担任が現れる。勢いをがれた星宮は口を閉ざし、大人しく椅子に座り直した。オレも椅子に座り、ホッと息を吐く。いきなり起きたアクシデントに対しては、我ながら完璧に近い対処ができたのではないだろうか。これは後で星宮から感謝されること間違いなし────え。

「んむむむむっ……!」

 こちらに振り返った星宮が、顔を赤くしながらオレをにらんでいた。

 いや迫力のない睨み方だけど……。なんならハムスターみたいな可愛らしさを感じる。

 でも怒らせているのは確実だった。……なぜ?

「────!」

 再び強烈な視線を感じた。オレは反射的に陽乃の方に顔を向け──頰をパンパンに膨らませた陽乃の顔が視界に飛び込んできた。こっちもハムスターみたいな顔になっているが、目が明らかに怒りに満ちている。ヤバい、陽乃にウソをついたことがバレた。

 …………だから、どうしたというのだ。

 オレと陽乃は、ただのおさなじみ

 そしてオレは陽乃に告白して、振られた。

 ならオレが誰と付き合おうが、本来なら陽乃には関係ないことだ。

 そのことを次の休み時間、はっきり言ってやろう。

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