序 落ちなければ始まりません!

 もし、あたしがヒーローだったら。きっと、手からビームを出したり、すごい怪力を発揮したり、そしてなにより、自由に空を飛び回ることだってできるんだろう。

 全身が震えている。十メートル近い高さにいるこの身体を支えているのは、上下に張られた二本のロープをつかむ腕と、バランスをとっている両足。その両手両足も、朝からの激しい運動でぷるぷると頼りない。

 なにより怖いのは──数秒後には、この支えすら、自分の意思で手放さなければならないこと。

 腰には、ぎちぎちと痛いくらいに巻かれたロープ。両手を放して、もしこの腰のロープまで切れたら、外れたりしたら──あたしはこの高さからまっ逆さまだ。

 ちらっと下を見ると、迷彩服に身を包んだ隊員たちがこちらを見上げているのが分かった。そのうちの一つが、やけに涼しい目をしていて。「あなた、跳べないの?」って訊かれているみたいで。妄想かもしれないけれど、ぎゅっと唇を噛んだ。

 大丈夫。あたしは、できる。やれる。

 やらなくちゃ、いけない。


「レンジャー小牧こまきっ! 女性初のレンジャーとなるため、命かけてやり抜きますッ」


「フォール!」という声が、下から聞こえてきた。あたしも叫んでいた。背中から頭をぞくりと駆け抜ける、しびれるような悪寒と、優しい浮遊感。目の前は、青い青い空。

 ほんの、僅かな一瞬だけれども。あたしは、たぶん。重力からすら、自由になった。


 あるいは──自分から望んで踏み込んだ「地獄」に向けて、ただただ落ちただけかもしれないけれど。

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