第一章 命運をかけた舞踏会⑤

 エリスたちのファーストダンスが終わると、割れんばかりの拍手がき起こった。

(よかった。上手うまくできたわ)

 エリスは小さく呼吸を整え、周囲を見回す。みんなめんらったような複雑な表情を浮かべていたが、今やおののいている者はいなかった。

 ちらりとクラウィスを見つめると、彼は青い瞳をなごやかにして頷きかけてくれた。

「お見事でした」

「あ、ありがとう」

 思わずドキッとしてしまい、エリスは顔をらす。

(きっとあなたが相手だったから……死に物ぐるいでがんれたの)

 この一か月の出来事を思い出して心の中で涙する。彼と過ごした時間のおかげではがねの心臓が出来上がった。今なら何を言われてもこわくはない。

 ただクラウィスはいつもよりエリスの仕草や動きに沿うようにリードしてくれ、今までで一番おどりやすかったのも事実だ。そこは感謝しなければならない。

 このあとはほかの参加者たちが踊りを楽しむため、エリスは彼らのじやにならないようかべぎわに向かう。その際にちらりと横目でイルミナたちの様子をうかがうと、彼女は同世代の男性からダンスを申し込まれているところだった。

 するとけを許すなといわんばかりに令息たちが取り囲む。

(まさか全員と踊るつもり……!? 少しは断りなさいよ)

 だが近くでアルフリートが目を光らせていたため、ころいを見計らって彼が切り上げてくれるのだろうと察した。

 イルミナはこの世界でもめずらしい光属性の王族であることから、他国とのあつれきを生まないようにレストレア王国内にこんやく者候補がしぼられている。そうとわかっていても他国からもえんだんを望む声が多く、大臣たちは未だに損得を考えて頭をなやませているのだ。

 一方でエリスに縁談はなく、ましてやこの場でダンスを申し込む猛者もさはいない。このじようきように心の中でこぶしき上げる。

(さて待ちに待った情報収集の時間ね!)

 大広間の中央には人の輪ができていて多くの人がダンスの順番を待っているが、壁際では貴族の当主同士や夫人同士でかんだんり広げられていた。そのそばできゆうたちが白ワインを配り歩いている。

 またはしに用意されたテーブルには王国中の料理が並べられ、エリスの好物であるカルモというかんきつ系のタルトもあった。あとで絶対にいただきたい。

(誰からあいさつをしようかしら)

 エリスは目をえる。真犯人のとくちようや動機はぜんとして不明のままだが、エリスを利用してイルミナをき者にしたいと考えていることはわかっている。

(もし私がイルミナとの関係の修復をにおわせたとき、不都合といわんばかりの反応を見せた人があやしいわね)

 しよけいの場に居合わせた人だけではなく、王位けいしよう問題をかかえるばつの人たちとも会話をしておきたい。そのためにもエリスはクラウィスを見上げて言う。

「クラウィスさまは私以外の方とダンスを踊りませんの?」

 会場には多くの衛兵や王宮騎士が控えているため安全は保障されている。さりげなく一人になりたいことをほのめかしてみると、彼は困ったように微笑ほほえむ。

「エリスさまに悪い虫がついてはイルミナさまに顔向けできませんので」

 うそおっしゃい、と内心でののしる。エリスは横目で周囲の様子をうかがう。先ほどから女性じんの視線が痛かった。

「周囲にはれいな花がたくさんあるというのに。見る目がないわね」

 わざとちようはつするように告げると、クラウィスは身をかがめてエリスにささやく。

「花は一輪あれば十分ですから」

 お前を野放しにするわけがないだろうという意味にちがいないが、ドレスコードのせいで色っぽい台詞せりふに思えてしまう。予想外の不意打ちに頭がくらくらとしてしまい、エリスはそれをかくすように「じゃあ挨拶回りに行くから」ときびすを返した。

(まあいいわ。クラウィスさまがいつしよにいればイルミナとの関係の修復というていが説得力を帯びるもの)

 そう思いながら、エリスは近くにいたかんきよう大臣とはくしやくに挨拶をしていくが、彼らは引きつった顔をして二言くらい言葉をわしただけで会話を早く切り上げようとしてくる。

「あ、あなたの近状はいかがかしら? ほら、何か変わったこととか」

 もっと歓談を楽しみましょうよという意味を込めて発言してみるものの「特に変わりはありませんでした」「みな息災です!」と返ってきただけで、心のきよだけではなく物理的な距離もはなれていく。

(待って、お願い行かないで)

 彼らの仕事ぶりや領地運営の仕方もクラウィスからの課題でしっかり学んできた。それを生かしたいのに、上手くいかない。

 そのときだ。

「そうそう、お聞きしましたよ。お二人とも新事業が上手くいっていると。イルミナさまも興味を持っておられました」

 なめらかに会話に入り込んできたのはクラウィスだった。イルミナ、という名に二人とも反応し、環境大臣がわずかに表情をゆるめる。

「もうイルミナさまの耳に入っているのですか?」

「ええ。期待値の高い情報をお伝えするのがわたくしの仕事なので」

 クラウィスはいちにんしようを改めた。さいしよう官としての本領発揮というところか。言葉を選び、ぐっと彼らの心をつかむ。

(すごい……)

 いや、感心をしている場合ではない。エリスは必死に考え込む。環境大臣と伯爵はどうきようだった。伯爵の領地は海に面していて、海産物が有名だ。

「もしかして……はいされるかいがらを使って別の物に作りえるという?」

 おそる恐る声に出すと、二人がはじかれたようにエリスを見た。

「エリスさまもご興味があるのですか?」

 環境大臣にたずねられ、エリスはぎこちなく頷く。

「廃棄されるものに魔法で手を加えて、家のがいへきちようこくの材料に使おうとするやり方は、その、昔から海の環境について考えているお二人らしい政策で、尊敬します」

 私としてはそんの貝殻のランプやアクセサリーといった工芸品も気になるところですけど、という言葉も付け足すと、この場にいる誰もが目を見張った。そして大臣と伯爵の顔つきが先ほどよりもやわらかいものに変わった気がした。

 その後はとどこおりなく会話ができ、エリスはしやくをして彼らから離れる。

(なんかいい感じに終わったけど、おそらく二人はシロね……よし、次!)

 エリスはこの勢いに乗って次々と気になっている人たちに声をかけていく。彼らのけいかいしんを解くことは難しかった。だがクラウィスが意図してくれているのか、自然な会話の糸口を切り開いてくれ、予想以上に会話が続いたこともあった。

(ふうん。やるじゃない)

 クラウィスへの称賛をいだきつつ、そろそろイルミナと対立している派閥の人たちのもとへとつにゆうしようとしたとき、周囲にいた人々が道を空けるように左右にけた。

 エリスはその先に視線を向けて表情をこおらせる。

(……お父さま)

 第十四代国王であるウィルトスは今年で四十八歳となるが、心臓の病をわずらっているせいでほおがこけていて、こくしよくかみには白髪しらがの束がいくつもあった。だが土属性をつかさどる『ほうじようの神』のしようちようであるはくいろひとみは未だに力強さを感じさせる。

 そのとなりには宰相と大神官もいた。

 エリスは小さく息をくと、気持ちを切り替える。この三人はエリスの処刑の場に居合わせていた重要人物だ。

(私の様子を見に来たというわけ?)

 ここ数年でまともに会話をしたのはあの処刑のときくらいだった。仕方がない。ここは悪徳のむすめと対面したご感想をうかがうとする。

 エリスもまたゆうな足取りで彼らに近づき、ドレスのすそを持ち上げておをした。

「いかがお過ごしですか。国王陛下、フォルスターさま、ハインツさま」

 この一か月でエリスの立ち居いは洗練された美しい所作となった。息をんだ三人にたたみかけるように心からのみをかべる。

「ああそうですわ。改めてお礼を。私とイルミナのためにこのようなせいだいとう会を開いていただき、心より感謝いたします」

 国王は小さくうなずくと、真顔で「ああ」と返事をするだけだった。

 もっとくどくどと文句を言われると思っていたため、二の句を待ったが続かない。

(すでにかける言葉もないの……?)

 エリスと国王のあいだの空気が張りつめた。それをふつしよくしようとしたのか、灰色の口ひげをたくわえたフォルスターきようが口を開く。

「先ほどのファーストダンスはらしいものでしたよ。見ているこちらまで気持ちがはなやぎました」

 それに同調するように大神官のハインツも頷く。

「ええ、きっとこの祝いの場を見守る神々も喜んでおられることでしょう」

 彼は礼服ではなく神官の特徴である純白の立ちえりの祭服を着ていて、ボタンまわりの前立てには銀糸のしゆうほどこされていた。しん殿でんに仕える神官たちはみな光属性で構成されているため、エリスは彼らに対してどこか苦手意識を持っていた。

(イルミナとの仲を強調してもフォルスターさまもハインツさまも顔色にどうようはない)

 もともと彼らはエリスに対してきよう心を見せたことがあまりなかった。としが離れているのもあるが、フォルスター卿は王国の行政をになう宰相であり、ハインツは光属性を束ねるだいな聖職者だ。そう簡単にすきを見せない。

 エリスはがんって国王に話題をるが「ああ」「そうだな」としか返ってこなかった。

(時間のね。今は様子見しましょう)

 そろそろ切り上げようとしたとき、国王がぽつりとつぶやいた。

「ユーリスに似てきたな」

 エリスは笑みを絶やさないまま手のひらにつめが食い込むくらいにぎゅっとこぶしにぎった。

 ユーリスはきさきの名前であり、エリスとイルミナの母親にあたる。

 彼女の髪はくせのないプラチナブロンドであり、雪ウサギのような赤色の瞳を持っていた。さらに彼女は居るだけで場が華やぐほどの話術と気配りを見せたと聞く。母親ゆずりなのはどう考えてもイルミナのほうだ。

(いつだって私のことをちゃんと見てくれないのね)

 取ってつけたように言葉を並べないでほしい。いやみに聞こえてくる。

 エリスはクラウィスを連れてこの場を離れた。その際にフォルスター卿からは「慣れないことはひかえるように」と言外に羽目を外すなとくぎされ、ハインツからは「今度は神殿にもおしください」と今後は王族としての公務もサボらないようにと念押しされた。

(て、手ごわい……!)

 どっとつかれが出たため、どこかで一息つきたかった。そこでエリスはクラウィスを見上げ、大広間のはしに用意された食事のほうを視線で促す。彼は頷くと付いてきてくれた。

 エリスは小皿に野菜のけやジャガイモのチーズ焼きや白身魚と海老えびのパイ包みをよそっていき、こわばった顔のきゆうから水を受け取った。しぶとく生きていくためには食べることも大切なのである。

 ちらりとクラウィスの横顔をうかがうと、彼は口角を上げてかもにくのローストやラム肉のこうそう焼きといった力がつきそうな料理ばかりに手をばしていた。

(……意外)

 もっといろどりのよい野菜が使われたおしゃれな料理を好みそうな印象を抱いていた。見過ぎていたのか、クラウィスはまゆをピクリと動かした。

「エリスさま、カルモのタルトが無くなりそうですよ」

「え、本当!? 確保してくるわ!」

 エリスはあわててデザートのほうへ向かい、オレンジ色のつぶだつ果実のを確保する。ほっと胸をでおろすが「ん?」と首をかしげる。

(どうしてカルモのタルトをねらっていたことを知っていたの?)

 そんなに表情に出ていたのか。急にずかしくなって、エリスは耳元のピアスをらすようにうつむく。自分をづかってなんの得があるのか。そう思いつつ料理を口に運んでいく。好物のタルトもいつもよりほろ苦く感じた。

 一度しよう直しをしてから、エリスは改めて大広間にいる参加者たちの様子を見回す。遠くのほうからかんせいが聞こえてきた。どうやらイルミナがダンスを終えるようだ。

 彼女がかがやかしい笑みを人々に向ける姿が離れていてもかくにんできた。

(魔法で足のふらつきをごまかしているのかしら?)

 あれだけおどり続けられるなんて、つうではありえない。『』の魔法は便利でいいわね、と悪態をつきたくなる。エリスは先ほどよりも人の声が大きく聞こえて落ち着かなくなってきた。長いあいだ人目を避けていたせいでひとみが苦手になっているのかもしれない。

 わずかに顔をしかめたとき、視界の端に深い紫色の髪が見えた。

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