第一章 命運をかけた舞踏会③

 それから早二週間。

 エリスは約六年間のおくれを取りもどすために、自室でひたすら課題とダンスの特訓をり返す羽目になった。

 勉強だけは引きこもっていたあいだもじよに命令して本を取り寄せてもらっていたため苦ではなかったが、近年で新たに判明した出来事のしゆうに追われ、作法やダンスにいたっては体力がなくてすぐに息が上がってしまった。

 つまり思った以上にできなかったというやつである。

 エリスは自室のソファに寄りかかりながら、深々とため息をつく。まだ日がしずむには早い時間帯だが、クラウィスが席を外しているときしか肩の力を抜くことができない。

(このなんきん生活がもどかしい……!)

 クラウィスはエリスが夜着のまま王宮を歩いたことがよほど目に余ったのか、ちゆうはんな出来で王宮を出歩くことを許さなかった。そこでエリスは少しでも周囲とかかわるためにいろいろと考え、王族は王宮内のしよくたくで共に食事を取っていたことを思い出した。

 そのむねをクラウィスに告げたが、イルミナはぼうの身であるため自室で取ることが多く、また国王は心臓の病をわずらっているため空気がんだテラスで済ませているらしい。それにエリスとイルミナの母親であるきさきにいたってはエリスが部屋に引きこもる前からきようきゆうりようようしていて、まだ戻る気配はなかった。

(自分が置かれた現状はわかってはいるつもりだけど……ままならないわ!)

 王族としての立ち居いが不完全のまま王宮を出ればよくないうわさまんえんし、中にはエリスに表立って悪口を並べてくる大人もいる。今はまんして目の前のことに集中したほうがいいと自分自身に必死に言い聞かせた。

 エリスはちらりとかべぎわひかえる二人の侍女を見つめる。確かクラウィスが部屋を出る前に話しかけていた。

「ねえ、あの人……クラウィスさまが今どこにいるのか知っている?」

 にらんだつもりはなかったが、彼女たちは勢いよく肩をらした。

「え、ええっと」

「宰相さまのもとへ行くとおっしゃっていましひゃ」

 恐怖ときんちようのせいかんでいたが、エリスはなんて声をかけていいかわからず、頷いてから見て見ぬふりをする。

(……ふうん。確かバラシオン家は代々王宮はいしゆつしているおかげで私のお祖父じいさまの代にこうしやくの位をたまわった名家よね。クラウィスさまの母君は宰相のフォルスターきようの妹君だったはず……ということは!?)

 エリスは頭をかかえたくなる。道理で見事なけんじゆつだった。

 レストレア王国の王宮騎士団は王族だけを守る特別な存在であり、衛兵とはまた別の剣術のせいえいが集められた三十人ほどの部隊だった。

 だからこそバラシオン家の男児は王宮騎士になりかつやくすることを最大のほまれとしていたが、クラウィスは幼いころから宰相への道を目指していたというのか。

(いいえ、ちがうわ。当時は興味がなかったからうろ覚えだけど、五年以上前にとある騎士が急に王宮騎士団をめて、当主であるお父君の期待を裏切ったことで相当なさわぎになったと風の噂で聞いたことがあるような)

 それがクラウィスだったのだろう。やはり彼はなぞ多き人物だ。

(あーもう! どうして彼のことでこんなにも頭をなやませなければいけないのよ!)

 心の中で悪態をつくと、とびらからノック音が聞こえてきた。

 エリスはあわてて背筋をばし、返事をする。いつぱく置いてからクラウィスが入ってきた。その手には追加の課題の束が収まっている。

「そろそろきゆうけいを終わりにしましょうか」

「……わかったわ」

 エリスは彼に見えないよう顔をしかめる。さすがに前みたいに激しく言い合いをすることはなかったが、クラウィスに管理されている気がしていらちがかくせない。

 侍女たちもクラウィスには心を開いているようで、笑みを浮かべてから夕食の準備に取りかるために席を外した。それが余計に不満をつのらせる。

(さすがバラシオン家の男ってわけね。闇属性の私のことなんかこわくはないと)

 ほう属性の多くは火・水・風・土という四大自然元素に分けられ、親から遺伝する。魔法属性はひとみの色でわかり、火は赤、水は青、風は緑、土は黄という系統にわかれていた。

 だがその四つとは別に、ごくまれに親から遺伝しないむらさきいろの瞳を持った闇属性や光属性が生まれる。それがエリスとイルミナだった。

 エリスは物心つく前からその時のしようどうに任せてやみ魔法を使わないよう、感情と魔力のせいぎよを繰り返し鍛えてはきたが、それでも上手うまくいかないことがあった。

 エリス自身が否定的な自覚を持っているというのに、クラウィスは全くものじした態度を見せない。見張っているというよりは、見定められているような心地ごこちの悪さだった。

(ほら、今もテーブルに課題を並べながら私の表情をうかがっている)

 最近になってイルミナの命令でお目付け役となったにしては別のおもわくふくまれていることに気づいた。

(まさか、イルミナの周囲でいやがらせなどのいざこざが起きているの?)

 その原因として考えられるのは王位けいしよう問題だろう。

 イルミナとエリス以外に王位に近いのは、三歳年下の従弟いとこだった。男児ということで支持する人も多く、ばつ化していた。その一方でエリスには派閥のきんこうかたむけるほどの力もなく、身の回りを調べられたところで何も出てこない。

(でも疑問はまだあるから! あのしよけいのときの反応は? どうして死刑しつこう人として私の前に現れたのよ!?)

 今の彼に聞きようがないことがもどかしい。エリスが本日何度目かわからないため息をつくと、クラウィスが何をかんちがいしたのか口を開く。

「そんなに不安そうな顔をしなくても、ドレスの制作は順調に進んでいるようですよ」

「え? ああそうなのね、よかった!」

 そう返事をするが、内心では心臓がはやがねを打っていた。

(もう~! し返さないでよ!!)

 実はここ最近で特に大変だったのはドレスの打ち合わせだった。

 通常なら一か月でドレスを仕上げるのは難しい。そこですでに発注済みのイルミナのドレスのしようを参考にすることになった。

 おそろいというだけでも気がるというのに、打ち合わせにはイルミナも姿を見せ、仕立屋の店主である三十代くらいの婦人とお針子たちと意見をわすことになった。

 だが彼女たちの表情は明らかにくもっていて、壁際に控える騎士の数も多く、エリスに対してけいかいしているのは明らかだった。

 エリスは居心地の悪さばかりが気になってドレスの意匠に口出しせずにソファに座っていると、イルミナから『自分のことなのよ、もう少し興味を持ちなさい』と言われた。

『……かざったところで何も変わらないわよ』

 だれにも聞こえないようにつぶやいたが、無言のままだとイルミナのいかりを買うため、かみ色に合わせて黒糸のしゆうを多めに使ってほしいとだけ伝えた。

 あれよあれよと決まっていき、婦人が用紙にドレスの意匠をえがいて色をつけていくが、イルミナのものと対極になるようない紫色のと黒い刺繍レースが相まって不気味な印象をいだかずにはいられなかった。

 みなが頭を悩ませたとき、エリスの背後で様子をうかがっていたクラウィスが動いた。彼はソファしにテーブルをのぞき込んだ。彼ときよが近くなったことにエリスが身をこうちよくさせていると、思い切って生地の色を変えてみるのはどうでしょうという意見が出た。

 そして彼はあろうことか生地見本を指さし『このうすむらさきが似合うと思いました』と言った。

 聞き違いではなかった。確かにエリスに似合うと言ったのだ。

(う、うぁ~!!)

 エリスは当時のことを思い出し、頭を抱えそうになるのを必死にこらえる。

 その後、婦人とイルミナは『なるほど』『前よりもふんやわらかくなったわね』と声をはずませたため、エリスは慌てて積極的に意見を出したが、その努力もむなしく、クラウィスの案が採用された。現在は仕上がり待ちである。

(くぅ、クラウィスさまかんしゆうのドレスを着て人前で微笑ほほえむことなんてできないわよ!)

 しようすいしきった顔でうなだれると、「エリスさま」とクラウィスに呼ばれた。

「一点かくにんをしたいのですが」

「な、何を」

とう会に向けて住まいの警備を増やしませんか? 城下町はたくさんの人が出入りします。いつもと同じ警護はいかがなものかと」

 彼の言いたいことはわかる。エリスはイルミナとは違って専属の騎士を持たない。

 理由は簡単。闇属性は死とかいの印象が強すぎるため、暗殺者すらねらわないと言われていた。今まではそれで事足りていたが、彼はさらにエリスをかんしたいということなのか。

 どうせ何を言ってもくつがえることはない。エリスは「好きにすればいいわ」と告げる。すると彼のけんのしわが深くなった。

「俺はあなたに提案しました。エリスさまの今の答えは正しくはないかと」

「……どういう意味よ」

「警備はご自身にかかわることです。もっとしっかり考えたらどうですか?」

 イルミナに似た説教みた言葉にエリスはうんざりした。どうやら今回も彼といがみ合う運命にあるということらしい。

 だがここでり返せば二のまいになる。大人になってじようしよう、でもなんと言えばいいのか。自問自答に集中してしまい上手く言葉をつむげずにいると、クラウィスが深いため息をついた。

「どうしてそこまで人を遠ざけるのか。あなたは本当に理解しがたい人だ」

 クラウィスの声が一段と低くなった。日差しを浴びた海のような瞳を細め、エリスと目線を合わせるようにかがむ。

「あなたの魔法がどんなに強力だろうと、すきをつけば……」

 彼は「失礼」と前置きしてからエリスの首元に向けて手を伸ばし、れるか触れないかのところでピタリと止めた。

「簡単に手にかけることができる」

 クラウィスはじっとエリスを見つめた。

(──っ)

 心臓をわしづかみされるようなきようがせり上がり、エリスはヒュッと息をむ。

 しばらくして、身におおいかぶさっていたかげはなれていく。

 早鐘を打つどうに耳を傾けながらクラウィスをうかがうと、彼は先ほどの雰囲気とは一変してすずやかな表情でうでを組んだ。

「申し訳ありません。おどかしすぎましたか?」

「へ?」

 エリスはとんきような声を出して何度かまばたきした。彼は今、謝ったのか。そのことにおどろいてほうけていると、彼は幼子に告げるような口調になる。

「でもこれにりたらきちんと自分の意見を細部まで言うように。わかりましたか?」

「はい……て、子どもあつかいしているでしょう!?」

 そう言ってからエリスは両手で口元を押さえた。思わず反論してしまい、クラウィスの気にさわったらどうしようとおびえるが、彼は困ったようにかたをすくめただけだった。

 それを見て、エリスは体の力がけてしまう。ややあって「……警備はしてほしい。でも人の目が増えるのは嫌」と声をらした。

「なるほど、承知いたしました。にはなるべく気配を消すよう指示します」

 あっさり意見が通り、思わず二度見してしまう。

(私の言葉を聞いてくれたの……?)

 今までそんな人はいなかった。国王がやとった教育係たちはみなエリスのごげんうかがいばかりしていたからだ。エリスはうつむくことで前髪の影を利用し表情をかくす。

(どうしよう。胸までチクチクしてきた)

 平常心を取りもどそうと深呼吸をしていると、視界のはしでクラウィスがテーブルの上に並べた課題の束を丸め始めた。

「……ねえ、何をしているの?」

「俺のせいでエリスさまの集中がれてしまったので、ダンスにへんこうしましょう。昨日と同じくワルツで、今日はもう少しかろやかにやりましょうか」

 彼にとっては場の空気を変えるための提案かもしれないが、エリスにとっては命をおびやかす事案だ。至近距離であの青いひとみに見つめられるなんて、心臓がえられない。

(何これ脅しのフルコース!?)

 心の中でそうさけばずにはいられなかった。

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