第二章 幽霊少女(1)

 休日の駅の構内というのは、どこか楽しげな雰囲気に包まれている。

 通勤通学を目的とした利用者が大半である平日と違って、遊びに出かけるという人が大きな割合を占めているからだろう。あちこちでにぎやかな話し声が聞こえ、気合いを入れたお洒落しやれな服を着ている人がたくさんいる。

「えっと、待ち合わせは地上に出たところだったよな」

 いけぶくろ駅の地下通路を歩くりようすけは、みずとのメッセージのやりとりを確認していた。

 今日は二人で買い物に出かける約束をしていたのだ。

 お互いの家に近い繁華街で、コスプレ関連のショップが充実している場所として池袋が選ばれた。ちなみに亮介は知らなかったが池袋では毎月のようにコスプレイベントが開かれているそうだ。

 案内表示板をこまめに見ながら待ち合わせ場所を目指していた亮介だが、そこでとんでもないことに気づいてしまった。

「……あっ」

 集合時刻を見事に勘違いしていたのだった。

 てっきり十一時集合のつもりで十分前到着を目指していたのだが、見返してみると十二時と書かれていた。一時間も勘違いしていたことに気づき、亮介は頭を抱えてしまう。

(うーん、どうしたもんかな)

 最寄駅からここまでは片道十五分くらいだから、一度出直すのはばからしい。池袋なら時間をつぶせる場所も充実しているだろうし適当な場所を見つけるのがいいだろう。

 とりあえず待ち合わせ場所でもある地上口まで出てから考えよう。

 そう考えて亮介は階段を上ってきたのだが、すると驚くことに黒いスーツケースの上にちょこんと座ってそわそわしている瑞穂の姿を見つけてしまった。

 休日だったので私服姿で、ベージュの大きめのパーカーにブラウン系のミニスカートという組み合わせがよく似合っていて可愛らしい。そういえば私服を見るのははじめてなので新鮮だった。

「えっと早いな、さくらみや

 亮介が声をかけてみると、瑞穂はぱっと顔を輝かせてから口を開いた。

「おっ……お、おはようございます」

 そうしてスーツケースを引っ張ってとたとたと駆け寄ってきたのだが──亮介の目の前まで来たところでつまずいてしまった。

 亮介の胸元に倒れこむような形になり、慌てて受け止める。意図せず瑞穂の体を抱きとめるようなかつこうになってしまった。亮介は慌てて体を離したが、ちょっぴり甘くてい匂いのせいでドキドキしてしまう。

「えっと、何というか、ごめん」

「……い、いえ」

 お互いに気まずい空気になってしまったので、亮介は無理やり話を変えてみた。

「そ、それより桜宮。コスプレしてないのに普通にしやべってるな」

 もちろんコスプレをしていた時とは違って声は小さいしたどたどしい喋り方だが、それでもしっかりとおはようございますとあいさつをしてくれた。

 そのことを指摘すると、瑞穂は嬉しそうに口元をほころばせた。

「……は、はいっ。最上くんとちゃんと喋れるように……練習、したんです」

「お、おう。そうなのか」

 満面の笑みでそんなことを言われてしまうと、何だかむずがゆい。

 とにかく目的の店へと向かうことになり、瑞穂の案内で歩きはじめる。

 横断歩道の信号待ちをしているところで亮介は思い出したように尋ねてみた。

「それで、桜宮も集合時刻間違えたのか?」

「えっ?」

「俺、一時間勘違いしてたんだよ。それでしばらく時間潰さなきゃと思ってたのに桜宮がもう来てたから、桜宮も勘違いしたのかなって」

 しかしそうすると瑞穂はぶんぶんと首を横に振った。

「え? それじゃあ何でこんなに早く来てるの?」

「そ、その……笑わないで、くれますか?」

「いいけど、笑っちゃうような理由なのか?」

 すると瑞穂はしゆうしんからか頬を染め、目をらしたまま言い訳するようにつぶやいた。

「ま、待ち合わせの何分くらい前に来ればいいのか、わからなくて」

「はい?」

「そ、その、友達と待ち合わせしたことなんてなかったので……どれくらい早く来ればいいのかなと考えたのですけど、お待たせしてはいけないかなと思いまして」

「はあ」

「一時間前でもまだ心配で、だから一時間半くらい前に来ていれば大丈夫だろうと思ったんです」

「……アホか」

 思わず素でそう突っ込んでしまい、瑞穂はショックを受けたように固まってしまった。ちょっと言葉がきつくなってしまったかなと少し反省しつつも、亮介はぽりぽり頭をかいて言葉を続けた。

「あのなあ、待ち合わせなんて十分前に来てれば十分だよ」

「そ……そう、でしたか」

「何なら俺がよく遊ぶ三人組はまともに間に合うことの方が珍しいくらいだぞ。みんな平気で十分二十分遅れてくるし、待ち合わせ場所に来ないから電話してみたらまだ家で寝てたってこともあるくらいだ」

 瑞穂は苦笑する。もちろん悪い例ではあるのだが、そのくらい相手に気を遣わない関係というのが一番楽だというのも間違いない。

「まあ、そんなわけだから今度から待ち合わせするときはせいぜい五分前とか十分前くらいに来てくれればいいぞ。今日は俺がたまたま時間を勘違いしたからよかったけど、あやうく一時間以上待ちぼうけにさせちゃうところだったからな」

「(こくこく)」

 瑞穂はちょっぴり恥ずかしそうに、二度ほどうなずいたのだった。

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