1 第三迷宮高等専門学校(5)
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返された満点の迷宮基礎学のテストをカバンに突っ込む。明日は終業式でこの授業で今年度のカリキュラムは全て終了になる。授業も進級試験が終わった今は、一年間の復習のようなものだ。
教段の上にかけられた時計からアラーム音が鳴る。ダンジョン内施設である校舎にはチャイムのような設備はついていない。大音量を響かせればモンスターの動きが活発化するからだ。
「ん、時間か。今年度の授業はこれで終了になる。来年度のクラス章とネクタイの配布を行うので、受け取ったものからかえってよし。明日は終業式だが、寮生で帰省する者は外拍届けを寮監に提出するのを忘れないように」
教師から順に名前が呼ばれ、ネクタイとクラス章が入った箱を受け取ると、クラスメイトはそれぞれの目的のため、急足で教室を出ていった。
迷高専の校舎はダンジョンの中にあるが、寮は外にある。外施設ではなく少し離れていて徒歩で二十分くらいの場所にある。
制覇済みのフィールド型ダンジョン内に各種施設を作るのは、日本だけでなく世界中で行われている。
それは「スキルがダンジョン内でしか発動しないなら、ダンジョン内で事足りるようにすればいい」と言った初代
迷宮内施設化プロジェクトはJDDSに引き継がれている。
サポート職の業種に必要となる施設を、制覇済ダンジョンに建設する││簡単なようで簡単ではなかったとダンジョン学の教科書には記載されている。
まず施設が建設可能な広さがあるかどうかで、候補ダンジョンが限られる。
ダンジョンは制覇された後もモンスターのリポップはあるので、それも懸念の一つだったが、モンスターを殺さず生捕にすることで、リポップを極力減らすように試みた。またスライムを使った汚物処理方法が考え出されたことで、一階層にスライムが出現するダンジョンが優先的に制覇候補となり、迷宮内施設化プロジェクトは飛躍的に進んだのだった。
迷高専の校舎もダンジョンの中に作られているが、事務関係とか教室以外はほとんどダンジョン外施設にある。
大三校ダンジョンは学校だけじゃなく、治療院とかJDDSの施設もあり、内外ともJDDSの事務所と共同になっている部分が多い。
最初の探索者育成学校はダンジョン外にあったが、現在日本に五校ある協会立の迷高専は全て、ダンジョン内施設だ。
大阪にある日本探索者協会立第三迷宮高等専門学校は、フィールド型と洞窟型の複合ダンジョンで一階層にはスライムしか出なかった。
一階層から三階層までが施設建築可能な高さのあるフィールド型で四階層から六階層までが洞窟型だ。最終の三十階層までこの二種が混在する。また浅階層の出現モンスターの驚異度が低く、生徒を指導するにの向いたダンジョンだった。
ここは一般探索者は使用できないけど、数キロ圏内にいくつかダンジョンが存在する密集地で、周辺には探索者向けの格安の賃貸物件が豊富だった。
特に五大ダンジョンと呼ばれるうちの一つである大阪ダンジョンが近いおかげでもある。未制覇の百階層越えダンジョンだけど昇格試験もやっている。
日本探索者協会立の探索者育成校で、高校卒業資格が取れるのは全国で五校しかない現状では必然的に他府県から生徒が集まる。通学範囲に住んでいる生徒は指で数えられるほどしかいない。
寮はあるが生徒全員の部屋数を確保できないので、抽選に漏れた者はJDDSが借り受けている探索者むけ賃貸の住居を、寮代わりに生徒に貸し出している。寮費は基本無料なので、学校が斡旋する賃貸物件は寮の代わりということでいくばくかの援助金も出る。
俺は入学時から寮に入っていたけど、今学期で寮を出ることにした。
寮は二人部屋だったせいで防犯面に不備が出た。いや不備というのはちょっと違うか。
いじめによる嫌がらせが、校内だけでなく寮内でも起こったんだ。私物が隠されたり壊されたりが起こった。俺が鍵をちゃんとかけても、ルームメイトが犯人を部屋に入れるので防ぎようがなかった。
ルームメイト自身が犯人じゃあないけれども「鍵をかけ忘れた」と言い、犯人を引き入れたと思しき疑いがある。信用できないルームメイトと同室で暮らせるわけがなく、寮を出てアパートへ移ることにした。
申請のタイミングが悪く、卒業生の引っ越しを待たないとアパートの空きがないと言われ明日の終業式を終えての引っ越しとなった。本来は四月の始業式前に入居予定だったのをちょっと前倒ししてもらった。
終業式が終わるとその足でアパートの鍵をもらいに、学校事務室の担当部署へ向かった。
事務室で手続きと説明を受けていたため、寮の自室へ戻った時にはルームメイトはすでに帰省したようで、部屋は閑散としていた。
この寮の部屋で二年過ごしたが、今のルームメイトとは一年間だけの付き合いだった。後半は付き合いというほど交流はなかったけどな。
引越しのために自分の荷物を段ボール箱に詰めていく。
机の引き出しを開けると、小物入れがわりに使っていたうなぎパイの箱が目に入った。
一年の時に同室になった渡辺は俺と同じ探索者志望で、愛知県から来たと挨拶しながらうなぎパイを土産に差し出してきたんだった。
渡辺は親友というほどでもなかったが同じクラスになったこともあり、一年の時は授業でも何かと連んで行動していた。お互い一流の探索者を目指そうと、切磋琢磨しあったあの頃のことがふと蘇った。
だけど楽しかった日々は、渡辺が探索者コースに進学できないと決まった時点で終わりを迎えた。
渡辺はサポートコースへも商業コースへも進むことを拒否し、地元の普通高校へ転入することを選び迷高専を去っていった。
「大和は一流の探索者目指せよ」
そういって寮を去っていった渡辺は、今の大和と似たような気持ちだっただろうか。いやもっと悔しかったはずだ。
携帯番号を変えたのか、いつの間にかメールは届かなくなり、渡辺とはそれっきりだ。
小物入れがわりに使っていたうなぎパイの箱を、ぐしゃりと潰しゴミ箱に放り込んだ。
家具は備え付けだし、寝具もレンタルだから大きな荷物はない。壊されたり隠されたりの対策に私物を必要最小限にして、殆ど置いていなかった。
引っ越しの荷物は段ボール二つに入ってしまった。
下着類は三着を洗濯して使いまわしていたが、時々無くなるのでその度にコンビニで購入する羽目になったけど。
私服は季節ごとに実家に送って入れ替えていたから、冬物が二、三着しかないが、これは帰省した時に春物と交換するからボストンバッグに詰めればいい。
引っ越しパックを頼むほどでもないので、荷物を宅配で送ろうとネットから集荷依頼を申し込んだ。
「明日は午前中に試験だけど集荷は朝一でも大丈夫かな」
試験は十八歳の誕生日当日の一ヶ月前から受験できる。合格すれば一週間後以降で免許を受け取ることができる。受け取り日に十八歳になっていないといけないけど。
探索者免許はモンスターとの戦闘行為を許すものだが、一方で命の危険を承知したうえでダンジョンに入るのだからと、日本は民法で成年とと認められる〝自己決定権を持つ十八歳以上〟としている。
免許を取るということは、死傷した場合の責任は自身にあることに同意したという証明でもあるし、同意書にサインも求められる。
日本の普通探索者免許は、日本探索者協会が国から委託を受けたという形で試験を代行している。
この近くだと大阪ダンジョンの外施設、大阪ダンジョンビルで平日に試験が行われていた。
急遽申し込んだけど、誕生日に受け取れる日程で試験日が取れたのはよかった。
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バスで大阪ダンジョンビルにやってきたが、春休みということでけっこう混んでいた。
探索者免許は運転免許のように、その技術があるかどうかは関係ないので、実技はなくペーパーテストのみだ。
迷高専で二年間ダンジョン学を学んでおいて、一般試験で落ちるようでは期末試験は赤点だ。
問題なく筆記試験に合格すると、午後からの説明会を受けることになる。
すでに学校で習った内容なので、真剣に聞くには退屈すぎた。ペーパーテストに出題されていたのに、ここでもう一度抗議する必要があるのかと疑問に思う。
「次にランクアップについてですが……」
ランクアップ基準は国によって様々で、日本の場合ランクアップ条件は戦闘力ではなく、納税金額によって算出されている。
アメリカじゃコモンモンスターを倒せる、レアモンスターを倒せるという風に戦闘力でランクアップするみたい。
ダンジョン税はダンジョンができたことによって生まれた税制だ。探索者が最初にJDDSや企業にドロップ品を売る際、消費税は発生しないがダンジョン税が発生する。
買う側じゃなく売る側が払うから最初は色々揉めたらしい。消費税だと課税売上高が一千万円を超えないと徴収できないが、ダンジョン税は十円から徴収できるからな。一応確定申告で保健や年金と同じようにダンジョン税控除があるらしい。
「Eランクに上がる際には実技試験があります。ここ大阪ダンジョンはEランクの昇格試験も行っております。昇格試験は各都道府県に必ず一箇所はありますので、詳細はホームページをご覧ください」
一応資料にもホームページのアドレスとQRコードが掲載してあった。
「あと、EからDランクに上がる条件も納税額になりますが、Eランクになれば税額は8%になりますから、みなさん頑張ってランクアップしてくださいね」
実技試験で合格しないと上がれないEランクからが、世間ではいっぱしの探索者として見られるとはいえ、この職員は安易に煽るのは良くないと思う。
けれど世の中には金にものを言わせ、姫プや接待プレイと呼ばれる「強い探索者」に寄生してダンジョン探索をしたり、ドロップ品を闇で買い取ったりして納税額をわざと高額納めて探索者ランクを上げる者もいるとネットで見た。
それでランクを上げたところで、レベルアップをしていないからEランクの実技試験をクリアできないと思うけど。
そんなことをして楽しいのかと思うが、短期間でランクアップできたことを自慢したり、ナンパのネタにする者もいるらしい。俺には理解できないけど。
一般探索者はHランクからだが、迷高専の探索者コースは三年課程卒でFランク、四年課程卒業でEランク、五年課程を優秀で卒業するとDランクになる。
商業コースは三年課程しかないため、卒業するとGランク、サポートコースでは三年課程卒でG、四年課程以上を卒業すればFランクになるのだ。
学びながら低ランクをスキップできることも、迷高専が人気の理由だ。決して納税しなくて良いからだけじゃあない。
そうして上の空で聞いていた講習が終了し、免許用の写真撮影が終わる。あとは一週間後に免許を受け取るだけ。
無事試験を終えて寮に戻るが、段ボールは宅配便で送ってしまったので、荷物は今晩過ごす分だけを残してある。
アパートに配達されるのは明日の夕方だから、ここで寝るのは今日が最後になる。