9.力を持つもの


 けんじゅつ大会から、あっという間に一週間がった。

 私は変わらず、ナサニエル病院で働くいそがしい日々を送っている。

「……はあ」

 けれど最近の私はなんだかおかしい。常にルークのことばかりを考えてしまうのだ。

 今だってきゅうけい時間一人ろうを歩いていても、ふとおもかぶのは彼のことだった。

『まだ分からないんですか?』

 あの日のルークの表情や声が、頭からはなれない。それからはルークを前にするとそわそわして落ち着かなくなり、ついけてしまう日が続いている。

 このままではいけないと思いつつ、再びいきいた時だった。

「サラ、きゅうかんだ! 休憩中悪いが手伝ってくれ!」

「はい! すぐに行きます!」

 せんぱいに声をかけられ、急いでりょう室へと向かう。大きな馬車の事故があったようで、室内はにんあふれていた。中には、目をそむけたくなるような重傷のかんじゃもいる。

「まずい、もうりょくが……! 多分、数人がかりじゃないと……」

「私が代わります!」

 魔力切れを起こしかけている先輩と代わり、すぐに重傷患者に両手をかざし、ほうを使っていく。数人がかりでなければ治せないと言われたものの、いつもより時間をかければ一人で治し切ることができた。

 その後もせんぱいがたと分担して次々と怪我人を治療していき、数時間後、ようやく全ての治療を終えることができた。

「あー、つかれた。でも、絶対にこの人数じゃ無理だと思ったのにな。サラのおかげだよ」

「ていうかサラ、なんでまだまだ元気なわけ? 魔力量どうなってんだ?」

 先輩方はみな、魔力を大量に消費し疲れ果てて座り込む中で、一番多く治療したはずの私は「ちょっと疲れたな」くらいのかんしょくだった。まだまだいける気さえする。

 私は自身の手のひらを見つめながら、わたびと特典はすごいなあ、なんて考えていた。


 その日の仕事終わり、エリオット様に呼び出された私は医院長室をおとずれていた。

 向かい合うようにお高そうなふかふかのに座ると、彼は慣れた手つきでお茶をれてくれる。とても美味おいしくて、昔から大好きな味だ。

「今日はお疲れ様でした。大変な時に留守にしていて申し訳ありません」

「いえいえ、皆さんが無事で本当に良かったです」

 今日エリオット様は用事があって病院を留守にしており、さきほどもどってきた彼は昼間の事故についての話を聞いたのだという。

「明日はいよいよ団のえんせいですが、魔力残量はだいじょうですか?」

「多分大丈夫です。あまり疲れていないので」

 ぐっとガッツポーズをしてみせると、エリオット様は「なるほど」とつぶやいた。

「最近の貴女あなたの様子を見る限り、その治癒能力はもう国ずいいちですね。次元がちがう」

「えっ?」

「いいですか、サラ。行きすぎた力を持つというのは、いいことばかりではありません。それが知れ渡れば、良くも悪くもその力を利用しようとする人間が出てきます」

 私も最近、自身の治癒能力が高すぎるというのは感じていた。周りの光ほう使つかいと、かなりの能力差があるのだ。それも、あかぼうと大人くらいの差が。

 そしてそれはやはり、私が「渡り人」だからなのだろう。

「サラとの付き合いは長くはありませんが、貴女のことを少しは理解しているつもりです」

「……はい」

「怪我人がほぼ出ない剣術大会ならば問題はないと思っていましたが、遠征となると話は変わってきます。うまく能力をかくした方がいいでしょう。彼らは限りなく王国本体に近い存在です。国にその力がけんした場合、貴女の自由はなくなります」

 国というスケールの大きい話に、心臓がいやな音を立て始める。

 今まであまり考えまいと目をらしてきたけれど、私は自分が思っていたよりもずっと、この世界では重要な人間なのかもしれない。

「貴女の知人のルーク・ハワードもそうです。彼もあれほどの力を持つ限り、一生騎士団から離れられないでしょうね」

「ルークが、ですか?」

「はい。この国はそういう場所だということを覚えておいてください。権力や金にしゅうちゃくがある場合は別ですが、そうでなければつらくなるのは目に見えていますから」

「……分かりました。教えてくださり、ありがとうございます」

「この病院内では、私がいくらでもカバーします」

 そう言って、エリオット様はやわらかくほほんだ。彼が私をわいがってくれていることも分かっている。だからこそ、こうして話をしてくれたのだ。感謝してもしきれなかった。

 今後は渡り人だとバレるのを避けるためにも、自身の行動に気をつけなければ。

 ルークが言っていた通り、遠征に行くのは約束した一度だけにしようと思う。今回もいつまでここにいられるかも分からないのだ、なるべくおん便びんに暮らしたい。

 それでも明日はしっかり仕事をしようと決めて、私は医院長室を後にしたのだった。




***




「おはようございます、サラ」

「あ、ルーク。おはよう、どうしたの? そんなに急いで」

「サラがもう家を出るようだと、使用人から聞いたので」

 翌朝、いつもよりも早くたくを終えてしきを出ようとしたところ、急いで部屋から出てきたのか、少しだけぐせのついたルークに声をかけられた。

 そんな姿も可愛いと思ってしまいつつ、やはり落ち着かない気分になってしまう。

「今朝はやけに早いですが、どうかしたんですか?」

「今日は騎士団の遠征についていく日だから、もう家を出なきゃいけなくて」

「は」

 ルークは切れ長の両目を見開き、信じられないという表情を浮かべている。

「今日だなんて聞いていません」

「今言ったよ」

「事前に教えてください。……最近のサラ、俺のことを避けていますよね?」

「さ、避けてないよ」

「サラはうそつきですね。絶対に避けているでしょう」

 ぐっ、ときょめられた私は、あわててルークから視線を逸らした。

 ルークを避けている自覚はあるし、最近の自分は変だとも思う。けれどそれがなぜなのか、私は分からずにいる。

「サラ」

「と、とりあえず、帰ってきたらまた話そう! 行ってきます!」

 それだけ言うと、私はルークからげるようにして屋敷を出たのだった。




***




 それから一時間後、私はティンカと共に遠征に向かう馬車にられていた。

 彼女とはすぐに意気投合し、おたがいに敬語をやめてねなく話している。彼女はふわふわした見た目の割によくしゃべる子で、色々なことを教えてくれた。

 ティンカは平民出身で、騎士団では遠征や事務仕事を手伝っているらしい。

「それにしても、こないだは本当にびっくりしたんだから。ルーク師団長があんなふうに喋ってるの、初めて見たもの」

「ルークが失礼な態度をとって、本当にごめんね」

「いいのいいの。それよりも、ルーク師団長はどんな美人が話しかけたって、『ああ』くらいしか言わないことで有名なのよ? そこもいい、って言われてるけど」

「えっ、そうなの?」

 ルークがだん、そんなにももくだなんて信じられなかった。むしろ彼はよく喋る方だと思っていた私は、おどろきを隠せない。

「カーティス師団長にあんな態度をとっているのだって、初めて見たもの」

 ティンカはやがて、じいっと私の顔を見つめた。

「ねえ、本当の本当に、ルーク師団長とはこいびとじゃないの? 向こうは絶対、サラのこと好きじゃない」

「そんなこと……」

「あんなの、だれが見たって分かるわよ。で、サラはどうなの?」

「……小さいころから知っているから、ルークをそういうふうに見たことがなくて」

 剣術大会の翌朝の発言から、異性として好かれているのではと私も思い始めていた。

 ずっとルークは姉のようにしたってくれていると思っていた私は、彼の気持ちにさっぱり気づいていなかったのだ。彼を異性として見たことだって、もちろんなかった。

「ルーク師団長はすごく人気なんだからね。うかうかしてると他の人に取られちゃうよ」

「ティンカこそ、カーティス師団長が好きだったりとか?」

「ないない、あの人絶対に性格悪いもん」

「えっ? 友達になってくれたしティンカもしょうかいしてくれたし、やさしい人だと思ってた」

「……サラって、悪い人にすぐだまされそうだね」

 ルーク師団長が不安になるのも分かるわ、と窓の外へと視線を向けたティンカは、どこかあわれむような表情を浮かべている。

 そんな話をしているうちに、馬車は目的地へと辿たどいていた。

「なんだかきんちょうしてきちゃった」

「分かるわ、私も初めての遠征はすごくこわかったもの」

 ティンカはそう言うと、ぎゅっと私の手をにぎってくれる。温かくて柔らかい彼女の手を握り返すと、それだけで緊張がやわらいでいく気がした。

 ──今回はアスリア森林という森にて、きょだいへびというじゅうとうばつをする予定だ。

 名前の通り大きな蛇らしく、想像しただけでもおそろしい。今も昔も市街地から出たことがない私は、一度も魔獣を見たことがなかった。

 巨大蛇は非常に数が少なく、その身体からだからは貴重な薬が作れるらしい。たまに森からしてくることもあるようで、もくげき情報があればすみやかに討伐するのだという。

 魔獣としては危険な部類に入るらしいものの、この人数ならば問題ないとのことだった。

「私はずっとサラの側にいて、危ないと思ったらすぐに王城に飛ぶことになってるから」

「うん、よろしくお願いします。転移魔法って、本当にすごいね」

「魔力消費がすごいから、十日に一回くらいしか使えないんだけど」

 貴重でせんとう能力のないヒーラーには、必ず転移魔法使いがうことになっている。

 ティンカの存在は、とても心強かった。

「サラちゃん、今日はよろしくね」

「カーティスさん、こちらこそよろしくお願いします」

「サラちゃんには後方で、運ばれてくる怪我人をどんどん治してもらうから、お願いね」

「はい、がんります!」

 しっかりと役に立ち全員が無事に帰れるよう、私は気合を入れた。




***




「ルーク師団長、書類をお持ちしました」

「ああ、すまない」

「いえ。他に何かようはありませんか?」

「……今日の第三師団の遠征先は分かるか?」

 書類に視線を落としペンを持つ手を動かしながら、俺は部下にそうたずねた。

 まさか今日が、第三師団の遠征の日だとは思わなかった。最近はサラに避けられているのを気にしていたせいで、そこまで頭が回っていなかったことをいる。

『俺は十一歳の頃からずっと、彼女だけが好きなので』

 彼女の様子がおかしくなったのは、暗に好きだと伝えてからだ。

 最初は、まどわせてしまっただけだと思っていた。けれど時折ほおを赤く染め、俺の目を見られなくなっているサラは、ようやく俺を異性として意識し始めたのだと気がついた。

 サラに避けられ、あまり会話できていないのはさびしいものの、十五年しにようやく意識してくれたのかと思うと、うれしくもあった。

 ──彼女に、好きになってもらいたい。ずっといっしょにいたい。

 たったそれだけが、何よりも難しかった。それでももちろんあきらめる気なんてないけれど。

「確か遠征先は、アスリア森林だったはずですよ。巨大蛇の討伐だとか」

「そうか」

 討伐の難度としては、低くはない。とは言え、カーティス師団長が率いる実力者の多い第三師団ならば、問題はないだろう。

 そうは分かっていてもサラのことが気になって、心配で仕方がなかった。

 今日は元々、午後休の予定だ。急ぎで仕事を終わらせ、アスリア森林にサラをむかえに行こうと決め、俺はひたすらにペンを走らせた。




***




 行きと同じ道を歩いて戻り、森の入り口へと向かう。

 先程この道を通った時には緊張や不安でいっぱいだったものの、無事に巨大蛇の討伐を終えた今は、あん感や達成感に包まれていたはずだったのに。

みんな、どこに行っちゃったの……?」

 不思議な光を感じた私は、気がつけば皆とはぐれてしまっていた。再び不安にさいなまれながら、一人森の中を彷徨さまよい歩いていく。

 見知らぬ森の中に一人でいると、初めてこの世界に来た時を思い出してしまう。

 いくら歩いてもさけんでも誰の姿も見つけられず、疲れ果てた私はやがて近くにあった大きな石の上にこしを下ろした。

「……はあ」

 こんな時でも、やっぱり思い浮かぶのはルークのことで。今朝、逃げるようにして屋敷を出てきた時の彼の寂しそうな表情を思い出すと、罪悪感で胸が痛んだ。

 どうして、こんなにもルークのことを考えると落ち着かなくなってしまうのだろう。

 ついこないだまでは、こんなことも無かったのに。

 そうして頭をなやませていると、ガサガサと木の葉が揺れる音がして、誰かが来てくれたのかもしれないと期待しながら顔を上げた私は、息をんだ。

「────」

 そこには、毒々しい色をした巨大蛇の姿があったからだ。

 先程のものより二回りほど小さいところを見ると、まだ子どもなのかもしれない。それでも私を一口で食べてしまいそうなくらい大きくて、恐ろしい姿をしている。

 きょうで身体がすくみ、のどが詰まったように声が出ない。

 頭が真っ白になり、ようやく逃げなきゃ、と思った時にはもうおそくて。するりと足首を、長いからめ取られる。

「や、やだ、助けて! っルーク!」

 そのまま地面を引きずられていきながら、生まれて初めて死を意識した時だった。

「サラ!」

 聞きちがえるはずのない、声がした。

 それと同時に、足首をつかんでいた尾の動きがむ。

 ──どうして、ここにいるのだろう。

 引きずられていたせいであちこちがけ、痛みをこらえながら起き上がれば、そこには蛇の頭にけんすルークの姿があった。

 耳をつんざくようなうめき声がして、そのきょたいが地面にたおれていく。やがて蛇が動かなくなったのをかくにんすると、ルークは再び私の名を呼び、こちらへとってくる。

 そして目の前の光景が信じられず、ぼうぜんと地面に座り込んでいた私のかたをきつく摑んだ。

「どうして一人になったりしたんですか!」

 ルークがこうして私にるのは初めてで、びくりと身体がねた。

 その悲痛な表情や声からは、よほど心配してくれたのが伝わってきて泣きたくなる。

「っごめん、なさい……にじいろの光が見えたと思ったら、一人になってて……」

「虹色の光……まさかめいこうちょうが?」

 どうやら人を迷わせる効果がある蝶がいるらしく、私がとつぜん一人になってしまったのもその蝶の仕業らしい。数十年に一度現れると言われているとてもめずらしいものだからこそ、皆けいかいしていなかったようだった。あまりにも不運すぎる。

 肩を摑んでいた手がすがるように背中へと回され、き寄せられた。

「サラは悪くないのに、怒鳴ってしまってすみません。怖い思いをしたでしょう」

「ううん、助けてくれてありがとう」

 そうは言ったものの、私の手足はまだ小さくふるえている。本当に、怖かった。

 ルークが助けに来てくれなかったらと思うと、ぞっとする。

 ぎゅっとルークの服を摑めば、彼はよりきつく抱きしめてくれた。ルークの優しい体温に、柔らかないい香りに、少しずつ恐怖が和らいでいくのが分かった。

「サラが心配で、仕事を終えてすぐにここへ来たんです。サラの姿が見えなくなったと聞いてからは、生きたここがしませんでした」

「ルーク……」

 今朝もあんな態度をとってしまった私を、ルークは心配してここまで来てくれたのだ。

 罪悪感や嬉しさで心の中がぐちゃぐちゃになって、視界がぼやけていく。

「お願いですから、もうこんな心配はかけないでください」

「っうん、ごめんなさい。ルーク、助けに来てくれて、ありがとう……」

「はい。俺はサラのためならなんでもしますから」

 ルークは、私に優しすぎる。優しすぎて、怖くなる。いつかルークがいなければになってしまいそうで、怖かった。

「サラが無事で、本当によかった」

 少しだけ泣きそうな顔をして微笑んだルークの顔を見たしゅんかん、私は今まで感じたことのない感情が、身体の奥からげてくるのを感じた。

 ルークの顔を見ているだけでどきどきして、胸がぎゅっとめつけられるように苦しくなるのだ。


 ──この気持ちは、一体なんだろう。

 答えは出ないまま、私は目を閉じてルークの体温にそっと身体を預けた。


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