3.二度目の出会い


「ごほっ、もう、ほこりがひっどい……」

 おぼん休み、実家に帰省していた私は朝から晩までごろごろしていたところ、見かねた母に物置のそうたのまれてしまった。

 三食ひる付きの生活をさせてもらっているため、掃除用具を手に大人しく物置へとやってきたものの、長年放置されていたようですがすがしいほどによごれている。

 逆にやる気が出てきてしまい、うでまくりをした私は張り切って掃除を始めた。

「……あれ、この時計」

 小一時間ほどったころ、重なった段ボールをのぞき込んだ私は、祖父の遺品の中に見覚えのあるマークのついた箱を見つけた。ボロボロの箱を開けてみたところ、中には祖母からもらったものと同じ時計が入っていた。どうやら二人は、おそろいで持っていたらしい。

 祖母に貰った時計は、異世界に置いてきてしまったままだ。

「もう、三年も経つんだ」

 この世界にもどってきた後、異世界に行っていたと言ったところで、だれ一人ひとり信じてくれなかった。当然と言えば当然だろう。私だって絶対に信じない。

 当時就職活動中だった私も今では無事に再就職が決まり、へいおんな暮らしをしている。

 就活でいそがしいと周りに言ってあったおかげで一ヶ月の間れんらくがつかなくても、さほど心配されることもなかった。しっそうあつかいといった大事になっていなくて、本当によかったと思う。

「ルーク、元気かな」

 十一歳だった彼はいまごろ、十四歳になっているはず。テレシア学院でいっしょうけんめいほうを学んでいる頃だろう。そんな姿を想像するだけで、思わずみがこぼれる。

 彼も私のことを、たまには思い出してくれているだろうか。しっかりとご飯を食べてよくねむり、健康的に成長しているだろうか。

 ルークは今、笑っているだろうか。

 彼くらいの年頃の子どもを街中で見かけるたびに、ルークやあの異世界で出会ったやさしい人々に思いをせる日々を送っていた。

「……会いたい、なあ」

 ルークは、どんな大人になるんだろう。できることなら、そばで成長を見届けたかった。

 そんなかなわない願いをいだきながら、埃まみれの時計を手に取ってみる。

「またりゅうを回したら異世界に行けたり、なーんて」



 そうして、あの日のようにふざけて竜頭をくるりと回した時だった。

 とつぜんぐにゃりと、目の前の景色がゆがんだ。

 自身の身体からだが、まばゆい光とゆう感に包まれていく。なつかしい感覚にまさか、と思った時にはもう、目の前の景色は変わっていて。

 気がつけば私はうすぐらい路地裏のような場所で、見知らぬがらの悪い男達に囲まれていた。

「……あれ? ええと」

「なんだコイツ? いきなり出てきたぞ。魔法を使ったのか?」

「お、なかなかわいいじゃん」

 ――お願いだから、ちょっと待って欲しい。

 何が起きたのかはよく分からないけれど、自身が今、良くないじょうきょうにあるということだけはなんとなく理解した。

「なあ、俺らと遊ばねえか?」

「け、結構です!」

 とにかく危険を察知した私は、全速力でその場から走り出していた。

 待て、という声が背中しに聞こえてくるけれど、がむしゃらに走り続ける。

「ほんと、なんなの……!?」

 追っ手の声がすぐ後ろまで来ていて、あせが止まらない。私は一体どうして、こんな目にっているんだろう。

 必死に走り続けているうちに、路地裏をけた先にひとかげを見つけた。その服装はそのもので、さきほどから感じていた予感が正しかったことを知る。

「た、助けてください!」

 顔も見ず、すがりつくように騎士男性の背中にかくれる。

 なんとなく状況を飲み込んだのか、騎士の男性は追いかけてきた男達へ視線を向けた。

「……お前達、何をしている?」

「べ、別にただ声をかけただけだ」

「チッ、騎士様のご登場かよ、行こうぜ」

 すると予想通り男達は騎士の姿を見るなり、ばつが悪そうにあわてて去っていく。

「あの、いきなりすみませんでした。とても助かりました」

 ほっとあんした私は顔を上げて、お礼を言いながら男性に向き直る。

 その顔を見た私は、思わず息をんだ。

 彼は同じ人間とは思えないくらい、れいな顔をしていたからだ。

「――――」

 そして彼もまたなぜか、私の顔を見たしゅんかんひどくおどろいたような表情をかべていた。

 思わずれてしまっていた私は我に返ると「あの」と口を開いた。


「もしかしてここって、リーランド王国ですか?」

「はい、そうです」

「やっぱり……」

 先程感じたあの感覚は、やはり異世界と元の世界を行き来した時のものだったようで。

 どうやら私は、二度目の異世界へと来てしまったらしい。

「ええと、リリンスって港町はこの辺りにありますか?」

 とにかく、まずはモニカさんのところへ行こうと決める。

「ここがリリンスですが、何か用事でも?」

「はい。私、ハワードさんという人のところへ行きたくて」

 そう答えたたん、目の前の男性は切れ長のひとみを驚いたように見開いて、なぜか思い切り私をきしめた。

「やはり、サラなんですね……!」

 いきなり見知らぬちょうぜつイケメンに抱きしめられたことで、まどってしまう。けれどすぐに、どうして彼は私の名前を知っているんだろう、という疑問を抱いた。

「あ、あの、すみません。どちら様でしょうか?」

 以前この世界に来た時にも、彼と知り合った覚えはなかった。こんな美形、一度会えば絶対に忘れないはず。


 そんな彼はほんの少しだけはなれると、至近きょで私を見つめた。美しいがねいろの瞳は、はっきりと分かるくらいに熱を帯びている。

「俺のこと、忘れてしまいましたか?」

「えっ?」

 やはり私を知っている口ぶりで、どこで知り合っただろうと首をかしげる。そしてふと彼の耳元で光るピアスへと視線を向けた瞬間、私は自身の目を疑った。

 ――だって、あれから三年しか経っていない。そんなこと、あるはずがないのに。

 そんな私の考えをすかしたように、彼は誰よりも綺麗にほほんでみせた。

「久しぶりですね、サラ」

「……もしかしてルーク、なの?」

 はいと深くうなずいた彼の表情は、今にも泣き出しそうなものへと変わっていく。

「どうして、ここに」

「この十五年、毎日のように貴方と過ごしたこの街へ来ていましたから」

 当たり前のようにそう言うと、彼は金色の瞳をやわらかく細め、いとおしそうに微笑んだ。

 彼は今、十五年と言ったけれど、私が戻ってきたのはちがいなく三年ぶりだった。

「やっぱり、時間の流れが違う……?」

 前回のことを考えると、やはりこちらの世界と元の世界では、時間の流れが違うのかもしれない。五倍ほどこちらの世界の世界の時間が早いとするのなら、つじつまが合う。

 ――本当に、この人がルーク、なのだろうか。

 そんな疑問を胸に、私は目の前の男性を見上げた。その耳元では、私が三年前にこの世界に来た時につけていたものと、色も形も全く同じピアスがかがやいている。

 私の知っている彼は、守ってあげたいと思うほど小さくて細い、十一歳の子どもだった。

 けれど目の前にいる彼はすでえているだろうし、たけだって私よりも頭ひとつ分は高い。その上、細身ながらまった身体つきをしていた。

 それでも、深い海の底のような青いかみはちみつ色の瞳だけは、あの頃と変わっていない。

 この世のものとは思えないくらいに、目の前の彼は綺麗だった。

「……どうして」

 戸惑う私の口は、先程と同じような問いをつむいでしまう。

 すると誰よりも美しい笑みを浮かべた彼は、まるで王子様のようにその手を私に差し出して、答えたのだ。

貴女あなたに、会いたかったからです」と。




***




 それから私達は、大通りに向かって歩き始めた。いまだにとなりにいる彼があの小さくて可愛かったルークだなんて、信じられない。

「ねえ、ルーク」

「はい。なんでしょう、サラ」

 さっそく名前を呼んではみたものの、やはりかんしかなかった。その上、名前を呼ぶだけでいちいちうれしそうにするものだから、なんだか落ち着かない。

「本当に大きくなったね。びっくりしちゃった」

「俺もサラが何も変わっていないので、とても驚きました」

 今頃、三十五歳になっているはずの私の姿は、あの頃とほとんど変わっていないのだ。ルークが驚くのも当たり前だろう。

「今、何歳になったの?」

「二十六歳になったばかりです」

 十一に十五を足せば二十六になる。そんなことは小学生でも分かるし、聞くまでもないことだった。けれど改めて彼の口から聞くと、かなりのしょうげきで。

 弟のように思っていた存在が、突然年上になってしまったのだ。正直、今後どういう立ち位置で行けばいいのか、私は分からなくなっていた。

「すみません、サラ。女性にねんれいを聞くのは失礼だと分かってはいるんですが、サラは今、おいくつになられたんですか?」

 ルークよりも年下になってしまったのはかなりショックで、あまり年齢は言いたくなかった。けれどうそをつくわけにもいかず、私はしぶしぶ口を開く。

「……二十三歳に、なりました」

 そう答えた瞬間、金色の瞳がひどく驚いたように大きく見開かれ、やがてルークは口元を押さえうつむいた。

 姉のようにしたっていた女性が、突然年下になってしまったのだ。やはり、ルークもショックだったのかもしれない。

「ごめんね、ルーク。やっぱり変だし、いやだよね」

「いいえ、そんなことはありません。俺はむしろ」

「ルークが、三個上か……」

 まさかルークと年齢差が逆転する日が来るなんて、想像すらしていなかった。再会できた喜びを感じつつ、幼い日のルークを思い出しては少し切ない気持ちになってしまう。

「……あれ」



 そんな中、ぴりっとした痛みを感じて視線を向ければ、先程げている最中にこすったのか、ひざから少しだけ血が出ていた。

 本当に異世界に戻ってきたのなら、魔法も使えるのかもしれない。そう思った私は、右手を膝に向ける。三年ぶりに治れと心の中で念じれば、いっしゅんで元通りになっていた。

 魔法が使えたことで、一気に戻ってきた実感が増していく。

「本当に、サラ、なんですね」

 その様子を見ていた彼も、そんな感想を抱いたらしい。

「ふふ、そうだよ。ねえ、モニカさんは元気?」

「変わらず元気ですよ。……ところで、モニカの家に行った後はどうするんですか?」

「モニカさんが元気で良かった! 実は私は、ついさっき戻ってきたばかりだから家もお金もなくて、まずはモニカさんをたよろうと思ってたの。十五年も経ってるし、さすがに私の家なんてもうないよね……?」

「そうだったんですね。あのアパートなら、サラが消えた日からずっとそのままです。掃除もこまめにしてありますから、安心してください」

 まさかのまさかで、ルークはまだあの部屋を借りたままらしい。

「えっ? だって、家賃とか」

「俺がはらっています。大切な場所ですから」

「ル、ルーク……!」

 彼は私といっしょに暮らしていたあの部屋を、ずっと大切に思ってくれていたようで。嬉しくてなみだが出そうだった。

「良かったら、そこにまってもいい?」

 そうたずねるとなぜかルークはとても嬉しそうな、輝くような笑みを浮かべた。

「サラ、どうか俺の家に来てください。あの部屋はこまめに掃除をしてあるとは言え、生活用品などはないですから。不便なはずです」

「そんな、でもめいわくをかけるわけには」

「俺はサラに、返しても返しきれないほどの恩があるんです。一生、めんどうを見ても足りないくらいですよ」

 どうかお願いです、とうように何度も言われてしまい、私は結局お言葉に甘えてルークの家でお世話になることにした。

 もう日も暮れ始めており、モニカさんを訪ねるのは明日にしようとルークに提案された。

ちょうど彼は明日、仕事が休みらしく連れて行ってくれるらしい。

 それにしても、一生面倒を見ても足りないなんておおだ。なんてがたい子なのだろう。嬉しいけれど、あまり重く考えないで欲しかった。

「近くに馬車を待たせてあるので、行きましょう」



「うん、よろしくお願いします」

 そうして私達は再び歩き出したけれど、ひとつだけ気になることがあった。

「あの、ルーク、手が」

「手がどうかしましたか?」

 なぜか彼の左手は、しっかりと私の右手をからめ取っていたのだ。あまりにも自然すぎて、反応がおくれてしまった。ルークはと言うと、変わらずにすずしげな顔をしている。

「ルークはもう大人なんだし、手はつながなくても……」

「十五年ぶりなんですよ? 本当はもっとれたいくらいです」

 ルークは繫いだ私のこうにキスを落とすと、まぶしいくらいの笑みを浮かべた。

「ちょ、ちょっと!ルーク!」

「っはは、ほら、行きましょう?」

 急に現れたイケメン男性に思わずドキッとしてしまったものの、悪戯いたずらっぽく笑う顔は、あどけないあの頃のルークを思い出させた。

 見た目は成長したけれど、ルークはルークなのだ。変に意識する方がおかしい。

 そう思うと、こうして手を繫ぐことにも違和感がなくなっていく。当時だって、いつも仲良く手を繫いで歩いていたのだ。ルークはきっと今もそんな感覚なのだろう。

 私の見た目はほとんど変わっていないのだから、なおさらだ。

「ふふ、ルークは変わってないね」

「いいえ」

 つい嬉しくなってそう言ったものの、なぜかルークはぴしゃりとそう言ってのけた。

「先は長そうです」

「…………?」

 そんな会話をしながら向かった先にあったのは、ごうで大きな馬車だった。これもルークの所有物らしく、また驚いてしまう。

 どれだけ出世をしたら、こんな馬車を買えるようになるのだろうか。

 彼のかんぺきなエスコートを受けて馬車へと乗り込み、向かい合う形で座る。こうして改めて見ても、ルークは驚くほどに格好いい。ながめているだけで視力が上がりそうだった。

 ルークの住む家は王都にあるらしく、着くまでの間、私はひたすら彼の話を聞いていた。

 私が消えた後、モニカさんのところへ行ったこと。テレシア学院の入学まで、食堂で手伝いをしながらあのアパートで暮らしていたこと。

 それから六年間学院で魔法を学び、首席で卒業後、騎士団に入ったこと。前線でじゅうと戦い続け、今では国一番の水魔法の使い手になったこと。その結果、騎士団では師団長になったこと、先日だんしゃくの位を貰ったことを一気に聞いたのだけれど。


 あまりにもすごすぎて、アニメの主人公か何かかと思った。ゆうしゅうの域を超えている。

「すごくがんったんだね、本当に本当にすごいよ!」

 そんな彼の姿を見ることができて、心の底から嬉しかった。

「全て、サラのお蔭です」

「えっ?」

「サラがいなくなって初めて、どれほど貴女が俺のためにじんりょくしてくれていたかを知りました。そのお蔭で今の俺がいます。いくらお礼を言っても足りないくらいです」

「ううん、そんなことない。全部ルークが頑張ったからだよ」

「そもそもサラがあの日助けてくれなければ、俺は死んでいました。貴女は俺の恩人だ」

 ルークは両手で私の手をぎゅっと包むと、しんけんまなしをこちらへと向けた。

 こうして感謝してくれるのは、もちろん嬉しい。けれど全て私が勝手にやったことなのだから、あまり気にしないで欲しかった。

 なおも向けられる熱い感謝の視線が落ち着かなかった私は、話を変えてみることにした。

「そうだ、もう二十六歳なんだし、今はこいびととかい」

「いません」

 私の問いとかぶるほどのそくとうだった。それにしても、意外すぎる。

「ルークはこんなに格好よくて、なんでもできるんだもの。それはそれはモテるでしょう?」

「……サラから見て俺は、格好いいんですか?」

 信じられないといった表情を浮かべる彼に、質問に質問で返されてしまう。

 一体どこに驚くポイントがあっただろうかと思いながらも、「もちろん」と私は頷いた。

「格好いいと思うよ。すっごく格好いい」

 私が二十三年間生きてきた中で、今の彼は間違いなく一番のイケメンなのだ。

 思ったことをそのまま伝えると、ルークの整いすぎた顔は、はっきりと分かるくらいに赤く染まっていた。照れ屋さんなのも、今も変わっていないらしい。

 それから彼はしばらく何かを考え込むような様子を見せた後、形のいいくちびるを開いた。

「俺は、格好いいんですよね」

「それはもう。昔から綺麗な顔をしてたけど、びっくりしちゃった」

「今は身長も百八十五センチあります」

「わあ、そんなにびたんだ。牛乳、たくさん飲んでたもんね」

「テレシア学院も首席で卒業しましたし、国で一番の水ほう使つかいになりました。騎士団の中でも上位の強さです」


「頭も良くて強いなんて、本当に本当にすごいよ! ルーク、頑張ったんだね。国で一番だなんて、なんだか遠い人になっちゃったみたい」

「金も、かなりかせぎました。これからも稼ぎます」

「さすがだね、頼もしいよ。お金はいくらあっても困らないからね」

 そしてなぜか突然、自己アピールタイムが始まったのだ。

 初めはどうしたのだろうと不思議に思ったけれど、気づいてしまった。

 もしかするとルークは、ただめられたかったのではないだろうか。彼のことを家族目線で褒める人など、モニカさんと私しかいないのだから。

「これだけでは、まだですか?」

「まさか。理想の男性像って感じだと思うよ!」

「……それなら、良かったです」

 そうつぶやくと、ルークは照れたように視線を窓の外へ向けた。やはり、褒められて嬉しかったのだろう。相変わらずルークは誰よりも可愛いと、笑みがこぼれた。

「明日はモニカのところへ行った後、街中で色々と生活に必要な物も買い揃えましょう」

「うん、ありがとう」

 モニカさんに会えると思うと、本当に嬉しかった。私を救ってくれた人であり、第二の母親のような人なのだから。

「そうだ、お金は今はないけどまた稼いだら返すから」

 そう告げれば、ルークは「サラ」と名前を呼び、責めるような視線を私へ向けた。

「サラが俺に残してくれたお金、いくらあったと思ってるんですか? そんなことを気にするのはやめてください」

「ご、ごめんなさい」

「はい、分かってくれればいいんです」

 にっこりと微笑んだ彼に、ついつい小さく頭を下げる。なんだか早速、立場が逆転しているような気がしてならない。姉のきょうはどこへ。

「これから、俺は人生をかけてサラに恩返しをしますから」

「あ、ありがとう……?」

 本当にルークは大袈裟だなあと思いつつも、こんなにも義理堅い子に育ったのだと知り、私は親のような気持ちで嬉しく思っていたのだった。




***




「サラ、着きました。お手をどうぞ」



「ありが……ええっ?」

 ルークにエスコートされて馬車を降りた私はその場にくし、言葉を失った。

 そこにあったのは、驚くほどに大きなおしきだったからだ。

「……こ、これがルークの家? こんな大きな家に、一人で住んでるの?」

「はい。これからはサラと二人ですけど」

 ルークは私の手をにぎったまま、屋敷へと歩いていく。すぐにむかえてくれたしつらしき男性は、私達を見た途端、あっにとられたような表情を浮かべた。

 主人が見知らぬ変な服の女と手を繫ぎ帰ってきたのだ、当然の反応だろう。

「ルーク様、お帰りなさいませ。そちらの方は……?」

「俺の一番大切な女性だ。手厚くもてなすように」

「かしこまりました」

 さらりと「一番大切な女性」と言われたことに驚きつつ、屋敷の中へと通される。

 屋敷内もそれはそれは立派で、昔一緒に住んでいたアパートの部屋が、何十個も入りそうな広さだった。貴族になったとは聞いたけれど、なんだか不思議な気分になる。

 広すぎる広間にてルークと向かい合うようにして座ると、美人メイドがすぐにお茶を出してくれた。なんというか、すごく貴族という感じがする。

「ルーク、本当にすごいんだね。びっくりしちゃった」

「この屋敷も、知人に安くゆずってもらっただけですよ」

「こんな広いところに一人なんて、さびしくない?」

「今日からはサラがいてくれるので、寂しくありません」

 先程からルークはやけに、これからは私と一緒だということを強調していた。

 思い返せば彼はいつも、あのせまい部屋の中で私の後ろをついて回っていたのだ。元々、寂しがり屋なのだろう。やはり可愛い。

 もちろん私も、これからルークと共に過ごせるのは嬉しい。けれど今回は、いつまでこの世界にいられるのだろう、ということが気がかりだった。

「ルーク様、レイヴァン様よりお品物が届きました」

 美味おいしいお茶をいただきながら、今度は私が元の世界に戻ってからのことについて話していたところ、執事さんがルークに声をかけた。

 やがてメイド達がぞろぞろと持ってきたのは、色とりどりのお高そうなドレスだった。

 とう会にでも出られそうなものから、ワンピースのような着やすそうな形のもの、のようなものまである。思わず見惚れてしまったくらいに、どれも美しい。

「全て買い取ると伝えてくれ」

「えっ?」

「かしこまりました」

 さっと軽く目を通しただけで、ルークはそう言ってのけた。目の前には、確実に何十着という数があるのだ。それを全部買うなんて大人買いが過ぎる。

「サラ、どれにえますか?」

「……待って、これ全部私のなの?」

「他に誰がいるんですか」

 ルークは小さく笑って立ち上がると「これもサラに似合いそうだ」「いや、これもきっとよく似合う」なんて呟きながら、ドレスを見ていく。

 つうそれは買う前にするのだと、誰か彼に教えてあげなかったのだろうか。

 それよりも、これ全てが私のものだなんて信じられない。総額を想像するだけで、眩暈めまいがしてしまう。先程、お金のことについては気にするなとおこられてしまったものの、これはさすがにやりすぎだろう。

「ねえルーク、気持ちは嬉しいけど、こんなにたくさんは必要ないよ」

「服なんて毎日着るんです。いくらあっても困らないでしょう? 明日は直接、店でも一緒に選ぶつもりです」

「いや、これ以上は本当に……」

 全く聞く耳を持たないルークから「今日はこれにしましょうか」とわたされたのは、着やすそうな細身の青いドレスだった。

 いつまでも適当な服でいるわけにもいかず、私はお礼を言った後、メイドに案内されて別室へ移動する。そうして自分で着替えようとしたところ、止められてしまった。

「あの、自分で着替えられますよ」

「ルーク様のご命令ですから、やらせてください。私どもが怒られてしまいます」

「……じゃあ、お願いします」

 これが貴族というものなのだろうか。私のせいで彼女達が怒られてしまうのは、もちろん困る。けれど人に着替えさせてもらうなど、子どもの時以来でずかしい。

 それからは数人がかりで、あっという間にドレスを着せられ髪もわれて。胸下まであった髪は、綺麗なアップヘアになっていた。

 すぐ近くにあった全身鏡へと視線を向ければ、先程とは別人のような姿をした自分と目が合った。まるで貴族のおじょうさまのようで、つい胸がはずんでしまう。

「ルーク、どうもありがとう。こんなにてきなドレス、初めて着たから嬉しい」

「――――」

「ルーク?」

「すみません、とても良く似合っています。世界一綺麗です」

 やがてたくを終えてルークの元へと戻れば、一瞬固まったように見えたものの、彼はすぐにこちらが恥ずかしくなるくらいに褒めちぎってくれた。

 お世辞だと分かっているものの、世界一綺麗だなんて言われてはさすがに照れてしまう。

「残りの服は、サラの部屋に運ばせましたから」

「えっ? 私の部屋なんて、いつの間に……?」

「いつサラが来てもいいように、あらかじめ用意していたんです。でも、サラに部屋が必要ないのなら、俺のしんしつを一緒に使ってもいいんですよ」

「ふふ、ルークったら」

 確かに昔は小さなベッドで毎日一緒にていたけれど、今はもう大人なのだ。ルークのじょうだんに思わず笑っていると、彼は私の手をそっと握り、縋るような視線を向けてきた。

「もう、一緒に寝てはくれないんですか?」

「……もしかしてまだこわい夢を見るの? 眠るまで一緒にいようか?」

 もしかすると、ルークのあのトラウマはまだえていないのかもしれない。そう思い心配し始めた私を見て、ルークは「サラは本当に変わりませんね」と子どものように笑った。

「そういう意味で言ったんじゃありませんよ」

 そんな眩しい笑顔を見た私は、心の中でほっとしてしまう。

 これからもルークが笑って過ごせますようにと願いながら、あの頃よりもずっと大きくなった手のひらを握り返した。


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