1章 箱庭②


 かつての私は日本在住の女性であった。きょうねん二十歳はたち前後。多分学生だったと思う。友人は多い方ではなかったが、一人だけ短いしょうがいを共に過ごした子がいた。

 彼女の名前はなぜだかどうやっても思い出せないけれど、サバサバした性格の、可愛いふんの女の子。家がとなりようえんから大学までたまたま同じだった悪友。

 好きではないが、きらいでもない。いいやつだとは思うけど何分私に当たりが強かった。正直と言えば聞こえはいいけれど、あれは他人に気を使えないだけだ。

 でも、そうは言っても私たちは常に二人だった。

 隣にいるのが当たり前。がんでプライドが高いせいで周りからりつしてしまう彼女を何かと気にかけていたのは確かである。今思えば私も彼女に結構な思い入れがあったのかもしれない。本音を言うなら、もう少し私に優しくしてくれてもよかったとは思うけれど。

 さて、そんな彼女にしつれんなぐさめとしてすすめられて始めた乙女おとめゲームが、これである。

『君とかなでる交声曲カンタータ

 略して『キミかな』。

 たいはヴェルメリオ王国。ほうを使える唯一の一族としてヴェルメリオ家が治めている大国であり、王都には大きな学園がある。その名も聖ポリヒュムニア学園。

 聖ポリヒュムニア学園には通常貴族が教養のために通うが、しょみんでも入学できる制度があった。

 例外に適用されるのは特別な物事にひいでた者。料理が上手うまいとか、歌が上手だとか。ちなみにこの上手のレベルは王宮に仕えられる水準のものである。はんない。

 主人公であるヒロインはばんにんりょうするとうわさされるほど音楽の才能にすぐれていた。

 その才に目をつけたプラータしゃくの当主は庶民の彼女を養子に迎え、学園に入学させる―― そこから物語は始まる。

 そんな物語の導入は正直どうでもいい。このじょうきょうにして最も問題視されることは、私がこのゲームのこうりゃく対象者を二人しか知らないことだ。

 ハマりにハマったゲームだったが、中でも私がどハマりしたのは、攻略対象であるヒロインの幼馴おさななじみ様、アスワド・クリルヴェル様である。むしろアスワド様しか攻略していない。

 アスワド様は、つややかな青みがかったくろかみと青緑の瞳をもつ好青年イケメンけんじゅつに優れ、幼馴染のヒロインをいつも気にかけるお兄さん的な存在。容姿はもちろんのこと、アスワド様には欠点がない。しに対する欲目かもしれないが、けんじつで優しくてしんなお方。ヒロインにいちな姿には心打たれた。

 前世でのれんあいがあまりにひどかったことも関係しているだろうが、私はとにかく一途で誠実な性格のキャラクターにかれる。

 うわされて破局だの、重いと言われて別れるだの。くしすぎる性格のせいで過去の恋愛では自分ばかり損をしている気になった。友人と浮気された時にはさすがに殺意がいた。

 傷つく恋愛をそこそこ経験してきた私の行きつく先は、当然ながらアスワド様であった。

 ちなみに悪友の推しは第二王子。

 だから第二王子は名前程度の浅い知識しかなく、私はほかにだれが攻略対象なのかすら知らない。悪友に第二王子のらしさを語られたけれど、もはや記憶にございません。

 知らないものはこの際仕方ないが、最重要こうはそこではない。

 重要なのは、ヒロインのライバル……ライバルというか彼女のこいじゃする人物がべルティーア・タイバス―― そう、現在の私であるということだ。

 ヒロインをいじめにいじめたおす自尊心のかたまりである、いわゆる悪役令嬢と呼ばれる奴。

 ――それが、私。

 絶望だ。どうして私がこいの当て馬役をしなくちゃならないんだ。というか、そこはヒロインに転生させるところだろう。訳が分からない。

 しかも、ベルティーアはハッピーエンドでもノーマルエンドでもバッドエンドでも、必ず消えて終わる。

 しょうさいが描かれず『それからベルティーアの姿を見た者は誰もいなかった』というよく分からない最後を迎える。少なくともアスワドルートではそうだった。

 じょうだんじゃない!

 悪友いわく、ベルティーアの悪行が最も輝くのは、彼女の婚約者である第二王子をヒロインが攻略しようとする時らしい。アスワド様のルートではただのいじめっ子として立ちはだかるから、王子ルートで彼女が何をしているかなんて知るよしもない。

 だけど、正直私はベルティーアが嫌いではなかった。ベルティーアが出てくるイベントではアスワド様の好感度が五割増しで上がるので。

 ちなみにベルティーアは王子を見た瞬間にひとれをし、必ず婚約者になろうと金と権力をフル活用して無理やり王子の婚約者になる……らしい。

 悪友の話なんて半分以上聞いていなかったから、合っているかは分からないけど。



 そのことを思い出した時はさすがにヒヤリとした。実際、お見合いの場面で私は彼に一目で心をうばわれていた。危ない。

 ともかく、ベルティーアは自分から婚約にけたようなので、これから私が何もしなければ、王子の婚約者に選ばれることはないはずだ。

であれば、物語も変わってくる。

 なんだ、なにもこわいことはない。どうせならこのぼうでアスワド様と恋愛しちゃおうか。



 そんな風にニヤニヤしたのはつい昨日のことだったと思う。

 何がいけなかったの? 翌日、そう思わずにはいられない状況に私はおちいっていた。

 目の前にはきんぱつへきがんの美しい方。

「こんにちは、三日ぶりだね。ベルティーア」

「あの、殿下。なぜ我が家に?」

「なぜ? ベルティーアは僕の婚約者になったんじゃないか。婚約者の家を訪れるのは当たり前のことだろう?」

「こ……婚約者? 私がですか!?」

 思わず大声で聞き返す。

 私は何もしていないはずだ。お父様は帰ってきて早々に寝込んだ私を見て心配そうにしていたし、お母様も状況を察して静かに見守ってくれていた。

「そうだよ。今日から君が僕の婚約者だ。あれ? うれしくないの?」

「無礼を承知でおうかがいしますが、なぜ私なのですか? 正直に申しますと、私が特別何かをしたような覚えは全くないのですが」

 そうたずねると、王子は少しだけ目を見開いた後、金色の髪をさらりとらしてそれは それは美しく微笑んだ。

「そうだねぇ……。いて言うなら、おもしろそうだったから、かな。君といると退たいくつしなさそうだ」

「面白そう……退屈しない……」

「うん、なにか不満?」

 面白いって。まるで少女まんのイケメンだけに許される台詞せりふのようだ。

 まぁ、面白いだろうがなんだろうが、王子が私を好きではない時点でゲーム内容とはさほど変わらない。王族の婚約者というやっかいかたがきを背負っただけだ。

「いいえ。光栄ですわ。殿下」

「うん、よろしくね。ベル」

 いきなり私の名前をあいしょうで呼んだ王子に、さすが攻略対象者だとうならずにはいられなかった。



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