第一章 規格外の少年 5
――アッシュ! アッシュ!
ああ、声が聴こえる――と彼は思った。
それは遥かな過去。もう、おぼろげにしか覚えていない光景。
かつて、自分が瀕死の重症に陥った事があった。里付近の魔物に襲われ、シャルナを庇った時。アッシュは胸を貫かれて瀕死となった過去。
――アッシュ! だめ……っ!
懐かしい響きが呼び起こされる。彼を心配している、幼なじみの声だ。あの窮地を、自分はどのようにして回避したのだろう? 思い出せない。真実は闇の中。
アッシュは、過去の夢の中で意識を失い、その光景から離れ――。
――起きたら、なぜか膝枕されていた。
どういうことだ?
と思う暇もなかった。
鼻と鼻がくっつきそうな距離で、白い少女、聖剣シルヴァリガが顔を覗き込んでいた。
「うお!? ちょっと待て! 近い近い!」
「ああ、すみません。まだ人の距離感に慣れていなくて。許していただければ」
長い銀髪を風になびかせ、白い少女は謝罪した。
麗しい容姿の少女だ。艶めいた銀髪も白亜の衣装も、白いヴェールも様になっている。
全体としては、剣を携えた騎士という印象だ。けれどフリルのついた袖や深いスリット入りのスカートのおかげで、踊り娘のような華麗さも持ち合わせていた。
「……ひとまず、助けてくれてありがとう。俺の名はアッシュ。えっと、君は」
「聖剣シルヴァリガと言います。――貴方の
「……は? 転生? ま、待て」
アッシュは目を見開いた。
「
「はい。窮地に立たされた貴方は、
「擬人化、だと? それは一体、何だ……?」
「擬人化とは、無機物を人間に変える力です。他の多くの方も見ていたので、後で聞くと宜しいでしょう」
白い少女、聖剣シルヴァリガが淡々と説明する。アッシュが戸惑いに声を震わせる。
「……すると何か? 俺の
「はい。繰り返しになりますが、擬人化スキルとは、無機物を人間に――正確には『少女』に変える力です。――そしてその外見は、持ち主の好みにある程度左右されます。つまり、咄嗟に擬人化した場合、それが我が主の欲望ということに……」
「違う! ちょっと待て! それは色々誤解だ!」
アッシュはげほげほっと、咳き込みながら抗議した。
「ああ、我が主、そんなに叫ぶと傷口が開きます」
「主にお前のせいなんだがな! ……まあ、助けてくれた事には感謝する、ありがとう」
銀髪の少女は、にこりと笑みを返した。
「光栄です。……ただ、擬人化スキルに関してですが、詳細まではわたしも判りません。わたしは聖剣として、英雄のスキルの知識を得ていますが、その中でも擬人化は極僅か。少なくとも今は、無機物を少女に変えられる事しか判りません」
「そう、か。なら仕方ない」
アッシュは首を振った。知りたいこと、知らなければならない事は山積みだ。ひとまず命の危険だけは去ったことを再確認し、安堵する。
「――そうだ、シャルナは?」
「彼女なら疲労のため、別の場所で休ませました。ロス神父をはじめ、亡くなった方々は、わたしや一部の里の者たちで埋葬しました。帝国軍は総司令官ゼーレハルトを失ったため撤退。現在、動きはありません」
「それは、助かった……」
周りに戦闘音などがないことから、それは分かっていたが、それでも口に出されると安心する。
ただ、里の被害は甚大だ。ロス神父、ダスト、ガート、ベルズ。それに、数多の人々。
好きだった人や、嫌な人、様々だったが、死んでいい人たちではなかった。シャルナを守れたのは幸運だったが、アッシュは瞑目し、神父らの冥福を祈った。
「――アッシュ? 起きたのね、アッシュ!」
その時、やや離れた木の影からシャルナが顔を覗かせた。一目散に駆けてくる。
柔らかい感触と安堵の声と共に抱きついてくる。
「良かった! 無事で……っ! 本当に……っ! 痛いところとか、ある?」
「いや、特には……この治療は、シャルナが?」
「ええ。
シャルナは沈鬱そうに顔を伏せた。
「……仕方ない。力は尽くしたんだ。俺たちは後悔すべきじゃない」
見渡せば、周囲では休んでいる者や、武器や道具の確認をしている者達が何人かいた。
ここからは見えないが、見回りや今後の対策を図る人たちもいるのだろう。命は助かったが、これからが大変だとアッシュは思った。
「それで、アッシュさま。落ち着いた所で時間を頂きたいのですが、一つ提案が」
「なんだ?」
聖剣シルヴァリガが語った。
「現在、我々は帝国の東方制圧軍、その総司令官を撃破しました。しかし、帝国は『軍』であり、奴隷を必要としている以上、いつまでもここは安全ではないと警告致します」
「それは……そうだろうな」
総司令官ゼーレハルトは撃破した。しかし所詮は一軍の将だ。態勢を立て直せば司令官を変えてまた帝国は襲ってくるだろうし、それだけの理由もある。
帝国は、魔王の対策に人材を欲している。このままアッシュたちが山にいても捕まるだけだろう。
だから選ばければならない。撤退か――抗戦か。
「現戦力で、帝国の手勢を退けるのは不可能と断言致します。アッシュさまやシャルナさまだけを守ることは可能ですが、それでは他の皆様を見殺しにしてしまいます」
「……シルヴァリガ、それを防ぐ方法は?」
「擬人化スキルの活用です」
聖剣の乙女は即答した。
「我が主さまの能力は、帝国に抗せる唯一の力。わたしが聖剣だった時の記憶でも、過去に類を見ない強力さです。――そこで、擬人化スキルを使い、わたしのような『擬人化娘』を増やし、帝国へ対抗すべきです」
「……それは」
擬人化スキルは稀有な能力だ。数ある
聖剣を擬人化するだけで一軍の総司令官を打ち破った。つまり擬人化娘を増やせば戦力として対抗出来るかもしれない。
「……いや、それだけでは、多分足りない」
「それは、どういった理由で……?」
アッシュは一拍だけ目を瞑ってから応えた。
「相手は、軍なんだろう? 戦いの素人がいくら増えてもたかが知れている。一つ聞くが、シルヴァリガ、お前は剣技の他に何が出来る?」
「……多少の斥候や、指揮くらいは……」
「それではとても国に対抗出来るとは言えない。例え、お前レベルの聖剣や聖槍を擬人化したとしても、似たようなものだろう。兵士としては優れていても、軍事力としては不足だ」
「つまり……?」
アッシュは一旦目を伏せ、顔を上げてから静かに言った。
「俺は――ここに『国』を造るべきだと思う」
その言葉に、シャルナと、シルヴァリガが目を見張った。
「本気、ですか我が主……?」
「ちょっと待って、アッシュ! なぜ国を? それにまず逃げるべきじゃない?」
「大所帯で逃げても限界がある。敵は大国だ。追撃もお手の物。それに、ここは昔住んでいた隠者の魔道具が残っている。地理も防衛に向いている。建国には有利だ」
「でも、数も資材も少ないし……それに国を造るのって簡単なことなの……?」
「簡単ではないだろう。だが、やるしかない。帝国に対抗するには、俺達も国で対抗するしかない」
アッシュは数秒の間瞑目し、考えをまとめる。
「どこかの王国に逃げ込む事も考えた。――けれど現状、世界最強はヴォルゲニア帝国だ。無事な場所などない。だから自分たちで安全地帯を造る。これしかない」
「それは……そうかもしれないけど」
シャルナが困惑と感激の表情を浮かべた。
「幸い、帝国軍はしばらく混乱が続くだろう。何しろ司令官が倒されたんだからな。その間に、俺はこの山を要塞化し、規模を拡大させる」
「その前に攻められたら?」
「聖剣シルヴァリガの戦闘力なら当面は戦える。それに――俺にはいくつか策がある」
「どんな策……?」
シャルナの声にアッシュは地面に図を描いた。
「帝国には、いくつかの要塞があるだろう? そこをシルヴァリガで奇襲し、聖剣や聖槍、伝説級の武具をかっさらう。――単騎とは言えゼーレハルトを打倒した剣技だ。一度や二度なら通じるだろう。その奇襲で有用な武具を奪い取る」
シルヴァリガが驚いた。
「まさか……それで擬人化娘を増やし、ゆくゆくは国家に?」
シルヴァリガが驚き、シャルナが目を見張る。アッシュは頷いて続ける。
「ああ。――国の定義を知ってるか? 国土と国民があれば誰でも主張出来る。ここは、どの国も手を出していない未開拓地だ。百年前、隠者が住み着く前からな。そこで俺が建国宣言をし、擬人化娘を揃え、誰にも負けない軍を――いや国を造り上げる」
「……それは、簡単な道じゃないわよ?」
「判っている」
シャルナの後に、シルヴァリガが問いかける。
「覚悟はありますか?」
「無くともやるべきだろう」
アッシュは、周りに広がる血溜まりを見た。
ゼーレハルトに敗れ、帰らぬ人となった神父や、ダストたちの死の光景。
「……俺は、自分や、自分に親しい人を失いたくない。奪われるのはもう沢山だ。来るというのなら、こちらも武装して叩きのめす。――シャルナ、シルヴァリガ。逆に問おう。――俺の国に加わり、帝国に反抗する気はあるか? 奪われたものを奪い返し、平穏を勝ち取る覚悟はあるか?」
シャルナは、戸惑い、一瞬だけ目を瞑った。
「――あるわ。神父さまや、他のみんな、里の人のために」
シルヴァリガは即答した。
「当然です。我が剣は主のもの。わたしは貴方の剣ですから」
「ありがとう。なら、お前たちが、最初の国民だ。――そうだな、さしあたっては」
アッシュは、その辺にあった木の棒に、自分の服の一部分を破いたものを巻きつけた。
そして即席の旗とする。
「相手が帝国なら、こちらも相当の大国家にしよう。強く、猛々しい国。――挑発も込めて永世皇国はどうだ? 正式名は――そうだな、『永世アッシュルナ皇国』」
それは、アッシュとシャルナとシルヴァリガ――三人の名から取った国家名。
奪われ、絞り尽くされるのを良しとしない少年が生み出した、反逆の証。
世界で最悪の帝国に対抗するため、アッシュは高く旗を掲げる。
「俺は、お前や、亡くなった神父たちのために誓おう。――国土を奪い、軍隊を送り、平和を踏みにじる帝国へ、目に物を見せてやると」
「ええ、わたしも、協力するわ!」
「我が主の往くところ、どこまでも参りましょう!」
アッシュは頷き、一瞬だけ不敵な笑顔を見せた。
「色々と忙しくなるな。何しろ俺の能力は擬人化。選定から防備までやることは山積みで時間が足りない。仲間も欲しい」
「そうね、考えるべきことは一杯だわ」
「戦があれば遠慮なくお使いください、我が主」
「ありがとう。――ああそうだ。話は変わるが、シルヴァリガ。お前、『名前』を変えてみてはどうだ?」
「名前を変える……ですか?」
「そうだ、せっかく女の子になったんだ、もっと可愛らしい名前にすべきと思うぞ」
「あ、いいわねそれ! わたしも賛成だわ!」
シャルナが手を叩いて同意する。
アッシュがあごに手を当てしばらく考えて――。
「そうだな……シルティーナ。昔の女英雄の名だ。これからお前はそう名乗ってくれ」
「シルティーナ……はい! 素晴らしい名前です! 未来の后妃として、ありがたく頂戴致します」
「違う! 后妃とかそこまで言ってねえ!」
銀髪の少女は、柔らかに微笑んだ。
シルヴァリガ――改めシルティーナは、嬉しそうに胸に手を当てる。
「ふふ。では、最初の活動は何に致しましょう? 我が主――いえ、皇帝陛下」
「全くお前は……そうだな、剣は得られた。だから次は『盾』だ。――手始めに、一番近い要塞に攻め込もう。情報を集め、機を見計らい、一気に奇襲する」
「了解です!」
「長い闘いの、始まりね」
シルティーナとシャルナが毅然と頷く。
そうして、アッシュたちの戦いは始まりを迎えた。
不安はある。恐れはある。だが退けない。失ったものを無益にしないためにも、彼の大切なものを守るため――アッシュ達の叛逆譚が幕を開けていく。
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