第4話

 夕食の後、妹に教えてもらったIDをメッセージアプリの検索欄に入れることにした。

 夕食中も散々妹から、きちんと入れて仲良く話をするように何度も釘を刺された。

 自慢の友達であることは分かるが、兄にここまで押してくれるやつが世の中に一体どれくらいいるのだろう。

 そんなことを思いながら、アルファベットと数字の組み合わさったIDを一文字ずつゆっくりと入力していく。

「お、出た」

 検索すると、凛と言う名前のアカウントがすぐに見つかった。

 シンプルな名前に、動物写真のアイコン。

 タッチして、そのページを開くと「友達追加」のボタンが表れる。

「……」

 すぐに追加ボタンをタッチしようと手が動かない。

 しかし、ここまで妹にもプッシュされているので、登録しないままで誤魔化すことは出来るはずもない。

 ゆっくりと、ボタンの部分にタッチする。

 同時に、友達追加追加したことを知らせる通知が同時に届いた。

 ―追加したよ。よろしくね―

 シンプルな挨拶を一言だけ送る。

 すると、すぐにあちらも友達追加したことを知らせる通知とともにメッセージが届く。

 ―追加するか、迷ったんじゃないんですか?―

 いきなり核心をつくようなメッセージが届いた。

 ―さあ、どうかなー

 ―いやいや、だって散々あの頃から交換の話出したら、はぐらかしてたじゃないですか!―

 適当にとぼけたふりで誤魔化そうと思ったが、しっかりバレている。

 凛ちゃんからは、何度か連絡先を交換してくれないかと言われたことがある。

 その度に、妹にバレたら微妙な感じになるし、何かあれば妹経由で何かなるやろと言って避けてきたが、今回はばかりはどうにもならない。

 ―今回は早紀公認、高校には私達しかいませんから連絡も直接のほうがいいですもんね?笑―

 ―……はい。その通りでございます―

 しっかり今まで避けるために使っていた口実も覚えているようだ。

 ―ここでなら何も気にせずに、やりとりも出来ますよね?―

 ―分からんぞ? うちの妹なら平気で内容見るかもしれない―

 ―……あながち否定が出来ないですね。でもバレたら時は仕方無しです!―

「すっかり遠慮がなくなったなぁ」

 最初の頃は、何をするにしても恥ずかしそうにしていたが、良いのか悪いのか若干妹の性格に影響されつつあるような気がする。

 ―まぁこうしてせっかく交換したし、仲良くしていこうや―

 ―もちろん、そのつもりです。お兄さんにそのつもりがなくてもそうします―

 彼女の意志は固い。

 何度も連絡先交換を避けられても、諦めないところからも分かることではあったが、一度決めたら曲げることがないな。

 ―そうかい。で、高校生活の滑り出しはどうなんだい?―

 ―今日、入学テストがありました―

 ―ほー、手応えはどうだったの?―

 ―お兄さんにたくさん教えてもらったところが多かったので、間違えるはずがありません―

 ―たくさんってほどでもないけど―



 妹が待ち合わせ遅刻常習犯であることから、凛ちゃんは待っている間に勉強することはそんなに珍しいことじゃなかった。

 机に座ってひたすら学習に取り組む姿は、感心させられるものであった。

「頑張るね。はい、飲み物とお菓子」

「お気遣いすいません。少しでも頑張らないと、進みたい高校がありますから」

「そかそか」

 そんな話をしながら、彼女の取り組む学習を見て、その丁寧さに驚かされた。

 それ以来、物音を立てないように彼女の学習への取り組みを、静かにずっと見させてもらったものだ。

「うーん……」

 彼女は、数学の証明問題や国語の文章問題に苦戦していた。

 俺はそれなりに診断テストの点数を取るために、塾の先生とも研究を重ねて勉強して来た。

 その時の事を、彼女に少しずつ教えた。

「まずは、何をするべきかしっかり考えて。時間が足りないと感じるものほどそれは大事だよ」

「はい」

「証明は部分点マイナスとかもあるから、何を絶対に記載するべきなのかよく見てね。後、ここで引かれても良いように他の問題は必ず取る」

 今思えば当たり前のことかもしれないが、こういうことを早くから取り組めばと俺は非常に後悔した。

 それもあってか、気がつけば彼女に色んなことを伝えていた。

 個人的に早くやっていればという、親が子供にやりがちなことである自分の同じような後悔をさせたくないみたいな感情を、ほとんど関係のない子にぶつけてしまったわけだが。

 彼女は嫌がらずに、むしろ信頼して更に勉強の話が広がっていった。

「前回の模試の結果です」

「なるほど。点数はあまり変わってないけど、課題だったところが伸びてきてる。いつも出来てる範囲のところが間違ってるけど、このレベルはみんなきついから特に気にしないで」

「でも……そこは私の得意分野で」

「確かに、得意なとこで上手く行かないことは焦る。でも、弱いところも一定ラインまで伸ばすのが一番点数を伸ばす近道だよ。どんなに得意なところを伸ばしても、一定レベルの公立試験ならあんまり意味無い」

 まだ時間があるとは言え、受験生で毎月のように模試をして点数に一喜一憂で不安が倍増するのはよくわかった。

 だからこそ、自分の言えることをしっかりと伝えながら模試の解説もする。

 基本的に穏やかな時間が多かった中で、少しだけだけど、お互いに真面目に向き合った時間だった。

「……ここに来るのは受験前、今日で最後になりそうです」

「そうか」

「受験前に、あんまり他の人の家とかに行ってインフルエンザとかになってもいけないし、他の人に感染させてもいけないので」

「それはそうだ。これだけ頑張ったのに、体調不良でパフォーマンス不足だなんて一番後悔する」

「はい。これだけ、やってもらったんです。私は結果を必ず出したいです」

 そう言った彼女の顔は、一番ある意味らしくない顔をしていたと思う。

「一つだけ訂正しておこう」

「?」

「受験は他人のためにするものじゃない。親のためでもない。塾や学校の先生のためでもない。自分のためだからな。まぁ、受かれば周りが喜ぶのは事実なんだけどな……」

「……もし、私が志望する高校に受かったら、お兄さんは嬉しいですか?」

「当たり前よ。これだけ俺が好き勝手言ったことを聞いてくれた子が受かったら嬉しいに決まってる」

「なら、お兄さんの言うことを今まで全部聞いてきましたけど、最後だけは守れませんね」

「え?」

「私は、お兄さんに高校が受かったことを喜んでもらいたいですからね」

 彼女はそう笑顔で言って、受験に向かった。



 ―お兄さん、私が受かって嬉しいですか?―

 ―当たり前だ。何だかんだ言って嬉しいに決まってる。頑張った分、楽しく過ごしな―

 ―そのためには、お兄さんがもっと私にオープンになってくれればいいんですけどね―

 ―入学テストがいい結果なら、考えてやるよ―

 そして、今がある。

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