経験済みなキミと、経験ゼロなオレが、お付き合いする話。

第一章(5)

「そうだけど、でも、今はあたしの彼氏じゃん?」

 ここで白河さんの上目遣い……ヤバいヤバい、めっちゃ可愛かわいい!

「だ、だとしても……まだ俺がどんなやつかもわからないのに、いいの? もし、しょうもない男だったら?」

「は?」

「それどころか、めちゃめちゃ変態とかだったら……」

「え、なに言ってんの? リュートってヘンタイなの?」

「ち、違うけど! もしもの話。だって、白河さん的には、俺がまだどんなやつか、わからないわけだし……」

「ええー? なにそれ? テツガク?」

 白河さんは困惑している。

「……それはそれで、しょうがなくない? 彼氏なんだから。どうしてもムリだと思ったら、その時点で別れるしかないじゃん」

 なるほど……。

 とりあえず、白河さんと俺の「交際」に対する意識の違いがわかった。

 白河さんは「とりあえず付き合って関係を進めてみればいい」と思っている。

 でも、俺は彼女との関係を……おそらくもう一生訪れることのないだろう、ずっといいなと思っていた美少女との恋愛を、段階を踏んで、大事に育てたいと思っている……。

 そのことに、今気づいた。

「え、リュートはあたしとヤリたくないの? 男子って、彼女と二人きりになったらエロいことしか考えられないんじゃないの?」

 白河さんは困惑を通り越して、いぶかしげな表情で俺を見つめている。かと思うと、急に深刻な顔になって「もしかして……」と視線を下げ、俺の制服の股間ファスナーあたりに注目する。

「……いや、違うよ!」

 毎朝ビンビンだから心配しないでください!

「そうじゃなくて……二人の関係を大事にしたくて……。白河さんは俺の……かっ、彼女なんだろ?」

 またも大事なところでんでしまった。言い慣れていないのが丸出しで恥ずかしい。

「だったら、そういうことは、ちゃんとしたタイミングでしたいっていうか……」

「ちゃんとしたタイミング……って?」

 白河さんは眉間にしわを寄せている。

 なぜ!? そんな顔になる場面か?

 というか、これって、普通は男女が逆じゃないか? 関係性を大事にしたい女の子と、とにかく早くヤリたい男の構図なら、ありふれすぎてしっくりくる。

 そう思ったとき、ふと、ある疑念が心によぎった。

「……あの……さ。白河さんは、そんなに……したいの?」

 彼女が男以上にエッチ好きな女の子だったらと想像して、胸の奥がムラッと燃えた。俺の彼女は淫乱ギャル……どうしよう、身がつかな……と鼻息が荒くなりかける。

 だが、俺の妄想に水を差すように、白河さんの眉間の皺は深くなった。

「え? うーん……?」

 その顔は、何か悩んでいるように見える。

「あたしがしたいかなんて、考えたことなかった。どうなんだろ? ギムってゆーか……付き合ったらするもんだと思ってたし。彼女がヤラせてあげなかったら、他の子に行っちゃうかもしれないじゃん?」

 それを聞いた瞬間、ヨコシマな気持ちがちょっとしゅんとなる。

 そして、先ほど彼女が言っていたことを思い出した。

 ──男子って、彼女と二人きりになったらエロいことしか考えられないんじゃないの?

 それから、二人で道を歩いているときに言っていたことも。

 ──あたしが飽きて捨ててると思ってる? それ逆だから! あたし、付き合ってる間はめっちゃいちだし! 他の男子に告られてもすぐ断るし。

 あのときは聞き流してしまったが、それって、白河さんの方が彼氏に飽きられて捨てられてきた、ってことだよな?

 そんなバカな……と一瞬思ったけど。

 同じ男として、白河さんの元カレたちの気持ちが想像できないわけではない。

 付き合ったその日に、こんなに簡単にヤレちゃったら、すぐに飽きて他の女の子へ目移りしたりすることはあるかもしれない。罰ゲームでもなく白河さんに告白できるくらいの男だから、俺と違って、自信満々の陽キャイケメンなんだろうし。

「…………」

 なんか腹が立ってきたな。

 白河さんはエッチが好きだからエッチしたいんじゃなくて、彼氏にそんたくしてエッチさせてくれる女の子なんだ。少なくとも、今までの彼女はそうだった。

 それにホイホイ乗っかって、挙げ句、すぐに飽きて捨てるなんて、そんなのカラダ目当ても同然じゃないか。

「……つまり、今日はエッチしないってこと?」

「え?」

 いろいろ考えていた俺は、白河さんに話しかけられてはっとした。

「ええっと、いや……」

 したい。

 正直それはしたい。絶対にしたい。

 でも、今ここでしたら……。

 俺も結局元カレたちと同じだよな……。

 いや、でもやっぱりしたい!

 こんなチャンス、二度と来るかわからない。明日、白河さんの気が変わって「やっぱ別れよう」と言われるかもしれないのに。

 したいしたい、エッチなことがしたい!

 でも、俺初めてだし、上手うまくできるかどうか……。ここまで引っ張ってエッチに持ち込んで、いざってときにもたついたら、元カレと比べてガッカリされるよな。鼻で笑われたりしたら立ち直れない……いや、白河さんはそんな女の子じゃないと思うけど……。

 こうなったら、もう最後までなんてぜいたくなことは言わない、白河さんは服を着ててもいい、少しお手を拝借いただければ……って違う違う! 何を考えてるんだ俺! 思考が性欲に乗っ取られておかしくなってきている。

 俺は元カレたちとは違う。

 それを行動で示したいんだろ?

 だったら、選ぶ答えはもう、一つしかないじゃないか……。

「……そうだね……今日は、しない……でおこう……」

 心で血の涙を流しながら、そう言うしかなかった。

「ふーん?」

 不思議そうに小首をかしげる白河さんがまた最高に可愛くて、俺は言ったそばから自分の決断を激しく後悔したのだった。


   ◇


 五分後、俺は白河さんと散歩をしていた。

 部屋にいると、どうしても二人きりなのを意識してしまって普通に話せないから、彼女を誘って外に出たのだ。

 二人で家の周りをブラブラ歩いていると、白河さんがふとつぶやいた。

「リュートって、マジメなんだね」

 彼女の心情を読み取ろうと顔を見ると、そこに失望や嘲りの色は表れておらず、そのことにとりあえずほっとする。

 ただでさえエッチできなかったことを悔やんでいるのに、彼女からも冷ややかな目で見られたら弱り目にたたり目だ。

「リュートみたいな彼氏、初めてかも」

 独り言のように呟いた彼女に、俺はおそるおそる口を開いて、尋ねる。

「……それって、悪い意味?」

「ううん」

 白河さんは、俺を見て首を振る。

「そういう男子もいるんだなって思った」

 口角を上げてほほんだ顔は、薄暗くなってきた夕方の戸外でもやっぱり可愛い。

 そんな彼女を見ていたら、やっぱりさっきの俺の決断は間違っていなかったのではないかと思う。

 いや、そりゃ、本当は死ぬほどヤリたかったんだけど……。

「あの……白河さん。その、俺、実はさ……」

 黙っていても時間の問題でバレると思ったので、思いきって打ち明けることにした。

「女の子と付き合うの……初めてで」

 白河さんは、ほんの少し目を見開いた。やはり、歴代元カレにはいなかったパターンなのかもしれない。

「他に仲いい女友達もいないし、ヤラせてくれなかったら別の子に行く……とか、そういうことは絶対ないから。だから……」

 内容が内容だけに、屋外で話すのがはばかられて小声になる。

「これから先、そういうことするときには、白河さんの方にも、俺と『したい』って、ちゃんと思っててほしいっていうか……」

 童貞全開だと笑われるかもしれないけど、彼女とは、心からの好き同士で結ばれてイチャイチャしたい。

 いつか大好きな女の子とそんな日を迎えられることを、心の奥底でずっと思い描いて、夢見てたんだ。

 さっきは我を忘れて暴走しかけたけど、踏みとどまれてよかった気がする。

「少なくとも、義務とかそういうふうには、思っててほしくないんだ」

 言えた。

 さっき部屋でちゃんと言えなかったことを、今伝えられた。

「……そっか。そういうことね」

 しばらくして、白河さんはそう言って俺を見た。その顔は、心のモヤモヤから解き放たれたようにすっきりして見える。

「ご、ごめん……。白河さんは、俺のために……してくれようとしたのに」

「いーよ。リュートの考えてることはわかったから」

 気さくに言って、白河さんは前を向く。と思うと、前方から買い物袋を提げて歩いてきたおばさんに自分から「こんにちはー」なんて声をかけていて、隣人の顔もまともに見たことがない俺は感心してしまう。

 つくづく、いい子なんだなと思う。きっと、ご両親やおばあさんに愛されて、のびのびと育ったんだろう……なんてことまで想像して、勝手に和んでしまう。

 ああ、こんな素敵で可愛かわいい子と、やっぱりエッチしたかった……いや、もう悔やんでいてもしょうがないんだけど……。

「じゃあさ、もしあたしがリュートとエッチしたくなったら……」

 白河さんがそんなことを言い出すから、俺はドキッとして背後を確認する。まだおばさんとすれ違ったばかりだ。

 そんな俺の反応を「ビビリすぎ」と面白そうに笑って、白河さんは上目遣いで俺を見つめた。

「そのときは、リュートに言えばいいってことだよね?」

「う、うん、そうだね……」

 願わくは「そのとき」があまり遠い先でなければいいなぁと思うけれども、かしてまた気を遣わせるといけないから口にはできない。

「りょ!」

 白河さんは明るく答えて、上機嫌に笑った。

「そのときって、もしかしたら、うちらの関係がもう『薄っぺらな好き』じゃなくて『本物の好き』になってる頃かもね」

 そう言われて、ドキッとする。俺はもう充分白河さんにれてるけど、彼女の方も俺を大好きになってくれて、カップルらしくイチャイチャできる……そんな日が来るって、信じてもいいのだろうか?

 生きててよかった。

 白河さんからこんなことを言ってもらえる日が来るなんて、生まれてきて本当によかった……!

 家の周りを三周したあと、改めて白河さんを家まで送ると、玄関の前で彼女は微笑んで言った。

「すぐエッチしないのも、いいかもね。こういうワクワク、初めてかも」

 そして、ドキドキして何も言えないでいる俺に向かって、白河さんはとびきり可愛い笑顔で手を振った。

「今日からよろしくね。あたしの彼ピッピ!」


   ◇


 そして、夢心地のまま家に帰ったあと。

「やっぱりヤッときゃよかった〜〜うおおおおお─────!」

 激しい後悔の念に襲われてベッドの上でもんぜつしたのは、白河さんには秘密の話だ。

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