一章 貴方…………もうすぐ死ぬわ①

「朔……だよな? そのかみと目は……てかここ、どこだ!?」

 周囲を見回すと、緑のしばにところどころに野花がいた、のどかなおかの上みたいな場所にいる。

 オレ、車にかれたんじゃなかったっけ? てっきりおおしたと思ったけど、体のどこも痛くないし……。

「あら、壱星。貴方あなたも目覚めたのね」

 オレの呼びかけに、朔はじようげん微笑ほほえみを返すと、手を差しべる。

「おそらくここは『てんの丘』……ほら、『ルクシアの町』が一望できるわ」

 何が何だかわからないままその手をつかんで立ち上がり、朔にうながされるまま、見下ろした先には。

 オレンジの三角屋根に白いかべを持つ石の家が集まった、ふうこうめいなヨーロッパの町並み、みたいな光景が広がっていた。


「ようこそ、アスラグ世界へ」


 ……アスラグ?

「ってさっぱり意味不明なんだが!? オレたち交通事故にったんだよな? それが気が付いたらこんな明らかに日本じゃない場所にいて…………んん?」

 話しながら、ふと一つの可能性を思いつく。

「この状況、もしかして、アニメやラノベでよく見るアレ……『異世界転生』ってやつ?」

 そんなまさか、と信じられない気持ちだったけど、「そうよ」と力強くこうていされた。

「そして異世界は異世界でも、ここは私が前世でしようがいを過ごした土地! 壱星にも読ませたことがあるはずよ。私が書き記した前世のおく……『アスタリスク・ラグナロク─救星乙女おとめ運命録─』、つうしようアスラグ。貴方はすぐに青ざめて表紙を閉じてしまったけれど……」

『アスタリスク・ラグナロク』……?

 ……あー、そういえば、中二の時、朔がノートに小説みたいなの書いてたけど、あれがそんなタイトルだった気がする。

 主人公の名前が『朔』で、なんかカタカナのミドルネームやファミリーネームがついてて、運命のだのあつとう的剣才だのおうを倒す宿命だのと長いモノローグから始まってて、もうそれだけでオレは死にそうになって一ページでギブアップしたんだ。

たましいの近いふたゆえ、私のせいさんな記憶にシンクロして精神に多大なダメージを受けることを無意識にしたのでしょうね……」

「ああ、あのまま読んでたらとうていまともな精神状態は保てなかったな」

「あれから何度たのんでも、貴方はあの書にれようとさえしなかったわ……」

「そりゃ肉親の書いたガチちゆう小説なんて読んでられるか! ごうもん以外の何物でもないっつーの! ──って待て。ここがアスラグ世界って……なんでそうなるんだよ!?」

「この丘もルクシアの町も、私が思いえがいた──もとい記憶によみがえった景色そのものだし、私と貴方のこの容姿も、まさしく前世の『朔=エクリプス=ミッドナイト』と『壱星=ジェミニ=ミッドナイト』そのままだからよ」

「出た、カタカナネーミング! そしてオレも登場キャラだったの!?」

 知らん間に黒歴史に巻き込まれていたとは……。

「オレの見た目も変わってるわけ?」

「ええ、顔や体格はそのままだけど、私と同じ銀髪碧眼にね」

 マジか……そのうち髪染めてみたいとは思ってたけど、いきなり銀髪はハードルが高い──ってとぼけてる場合じゃなくて。

 つまり、なんだ? 何かのひようにアニメやゲームの世界に転生するって話は聞いたことあったけど、オレが異世界転生した先はよりにもよって。


 厨二の姉が創作した、姉が主役の厨二物語世界……ってことか!!??


「……………………しんどい」

「急な事態に混乱するのもわかるけど、これはゆめまぼろしではなく、厳然たる現実よ」

「……………………いや無理」

くしたオタクみたいになってるわ、壱星」

「いきなり事故で死んだらしいとか異世界転生とかいうだけでもショックでかいのに、こんなん受け止めきれねーよ! 完全にキャパオーバー!」

だいじよう、貴方の適応力は常人のそれとはかくにならないもの。すぐにこの世界にも慣れる……貴方のことをだれより知っている、この私が保証するわ」

 やけに頼もしく言い切る朔。いや、おまえこそこの状況にそくみ過ぎだから!

 もう少しどうようしろよ、異常事態だぞ!?

「──あっ、なんだこれ、手に何かまってる。キモッ」

 ふと、自分の右手のこうに、黄色の宝石みたいなのが埋め込まれていることに気付いてギョッとした。よく見ると、ローマ数字のⅡみたいなマークが刻まれている。

 石自体はすごくれいだけど……。

「それは『そう聖』の『ふうせいせき』。あなたが選ばれし『十二聖』の一人であるあかし──」

 そこで、朔がハッとしたように右手を耳にえ、左手の人差し指をくちびるに当てる。

 なんだ? とオレも耳をますと、小さく、馬のいななきのようなものがまくふるわせた。

「その件はまた、順を追って話すわ。今はこっち」

 そう言うと、いつになくひとみかがやかせて、ダッとけ出す朔。

 あーもう、何が何だかわかんないけど、追いかけるしかないか!


「アスラグの物語は、ミッドナイトはくしやく家の双子が天馬の丘で目覚めるシーンから始まるの。薬草をみにきて、きゆうけいがてら日向ひなたぼっこをしているうちにねむってしまったのね」

 走りながら、朔があらすじを話し出す。

 あのもうそうノートのぼうとうは世界観を説明するクソ長いモノローグだった記憶があるが、そこをえたら、ってことか。

「この世界でも、オレと朔は双子……?」

もちろん。──他愛たわいもない会話をわしていたら、馬の嘶きが聞こえてくる。私はそれに不思議なSOSを感じ、壱星とともに森へ向かうと、ペガサスの子どもがものおそわれているの。助けてやったら、ペガサスは私になついて、秘密の場所へと連れて行ってくれるのよ……」

 なるほど、さっきの鳴き声はペガサスのもので、もうシナリオが始まってるってわけか──って一応筋は通ってるけど、気持ち的には全然ついていけない。

 なんだよ、朔の作った世界に転生って! ありえん!

 これは夢だ、夢を見てるにちがいない……って思ったけど、ほおをつねったら痛みはあるし、大地をみしめるかんしよくも、はだき付ける風も、ドクンドクンとペースを上げていくどうも……五感にうつたえる情報すべてが、夢にしてはリアルすぎる。

 えー、オレ、本当に異世界転生したの? うそだろ? 嘘と言ってくれ。

 ひやつゆずって異世界転生を現実だと受け入れるとしても、ここが朔が作った物語の中なんて、そんな鹿なことある!?

 ……しかし、五十メートルを十秒で走る運動おんのはずの朔が、今日はやけに足が速い。とりあえずかみと目の色だけでなく、能力も変化してるっぽいな……。

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