一章 アオいハルの憂鬱 その8
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人々が逃げ惑う姿を竜巻の内から高みの見物。アポトーシスに支払う分はすでに手中に収めてあり、これ以上ヒトの命を巻き上げる必要は今のところはない。
こうして竜巻を発生させている間は、成瀬の命もまた失われている。命を賭けて命を稼ぐという基本原則に従い、寿命を指し示すクロックはガリガリと高速ですり減って逝く。
だが、それすらも気にならないほどに、今の成瀬は命を持て余していた。
銀色に
後先考えずに散財するのは実に気持ちがよかった。なにせ遣った分以上の命が
初めからこうしていればよかった。成瀬は自身が歩んできた十八年の人生を
成瀬は幼少の頃から今日に至るまでイジメの標的にされ続けてきた。理由は分からないが、そういうものだと自分でも諦めていた。自尊心は日ごとに摩耗し、暴力と嘲笑の渦に
しかし今では違う。卵の殻を破り、生まれ変わったような気分だった。
生きているという実感が腹の底から湧いてくる。成瀬は大仰に腕を広げ、叫んだ。
『さあ、もっと
「そうはさせない!」
不意に、太陽が正面で光を放った。
沈みゆく落日とはまた別の、人の意志で黄金に輝く太陽が天へと昇って来るのだ。
高速で空を
『──ッ!』成瀬は、ブレイズマンに押し出される形で竜巻から
全身を道路に
苦痛に
『ブレイズマン……、やはりお前が最大の障害となるか』
「そして最強の
『少年?』上から目線の一言が、成瀬の闘争心に火をつけた。『
成瀬は二柱の竜巻を左右に出現させ、両腕を正面に振り切った。
右車線と左車線とを平行して突き進む二柱の竜巻は、まさに
『ブレイズマン、お前の命は一滴残らず
成瀬は自分こそが強者なのだと優越感に浸っていた。ブレイズマンの肉体からごっそりと命が
「やらん!」と一喝。そして一蹴。ブレイズマンは両腕を振り払った。
たったそれだけの動作で、龍の顎が砕かれ、二柱の竜巻はただの風となって霧散した。
「
『お前の相手は俺だろう。どうせお前はここで死ぬんだ、教える道理もない』
「そうか。ならばキミが奪ったその命、天に
『それも断る!』
成瀬はありったけのチップを砕き、
しかしブレイズマンは迎え撃つでもなく、真正面から向かって来るのだ。
ブレイズマンは竜巻の合間を
太陽のマスクに
その時、成瀬は理解した。
……ああ、俺は、俺達じゃあこいつには勝てない。
「
ブレイズマンの突き放った掌が、成瀬の心臓を
『……ごぼ、ッ……!』
異形と化した
手のひらを見下ろすと、指の先からチップへと変換されていくのが分かった。
『ああ、待て、駄目だ……それは駄目だ』
成瀬は
『助けてくれ、ブレイズマン。いや、助けてください。こんな、こんなことになるなんて俺は……僕はただ、蜜を運んでただけなんです……』
「だとすれば、命の味など覚えるべきではなかったな」
『……それは……ああ、そうか……僕が……』
そこにはもう、成瀬の姿はなかった。『
ブレイズマンはその成れの果てを片手に拾い上げると、そっと胸に抱いた。
「憂いに暮れた魂に、また朝日が昇らんことを」
パリン、と仮面はささやかな音を立てて、拳の中で灰となって消えた。
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試し読みは以上です。
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