【7月16日(金)発売!】公女殿下の家庭教師9 英雄の休息日

第一章 その1

「う~ん……やっぱり、上手くいかないな……」


 ソファーに腰かけ、新しい魔法式を浮かべ実験していた僕は独白を零した。

 ――今、僕がいるのは東都最大の病院、その特別病室。

ベッド脇の椅子には魔剣『篝狐』と魔杖『銀華』が立てかけられている。

 オルグレン公爵家を首魁とした貴族守旧派の叛乱劇が終息してから三日。

僕は未だ入院中だけれど、東都は少しずつ平穏を取り戻しつつある。

教え子達や妹、両親は半壊した新旧獣人街の復旧作業をお手伝いしていて不在。

 膝の上では紫リボンを首に結んだ幼狐――八大聖霊の一柱『雷狐』のアトラがすやすや。魔力を回復中で人型になれないのだ。優しく撫でると、嬉しそうに獣耳と尻尾を動かした。

 開け放たれた窓からは心地よい夏の風。明るい声も聞こえてくる。

「……僕も手伝いたいんだけどなぁ」

「ダメですぅ~♪ 『当分入院させて、強制的に休ませる!』が、全員の総意なので、アレンさんは、大人しくお休みするのが御仕事です☆」

 扉の開いた入口へ視線を向けると、そこにいたのは、長く美しい紅髪を黒のリボンで結い、前髪に花の髪留めをつけている美少女。洗濯物の入った籠を持ってニコニコ顔だ。

 ――この人の名前はリリー・リンスター。

 リンスター公爵家メイド隊第三席にして、リンスター副公爵家の御嬢様。

 僕の相方で、今は診察を受けているリディヤ・リンスターや、リディヤの妹で僕が家庭教師をしているリィネ・リンスターの従姉でもある。

 服装は、淡い紅を基調とした矢の紋様が重なっている大陸東方の衣装に長いスカートを革ブーツ。似合ってはいるけれど、メイドには見えない。

 リリーさんは病室へ入って来るとベッド脇のテーブルに籠を置き、右手の人差し指を立て、注意してきた。

「いいですかぁ~? 私はアレンさんよりもお姉ちゃんです。そして、お姉ちゃんの言うことは聞かないとダメダメです♪」

「……初めて会った時、お姉ちゃんは迷子になって泣きべそをかいていたような?」

 僕とリリーさんの出会いは今から五年前の夏。王立学校の生徒だった頃。

 リディヤに南都へ招かれた僕は、駅で途方に暮れていた二つ年上の少女と出会い、一緒に冒険したのだ。髪留めもその記念で僕が贈った物だったりもする。

 なお……夕刻、満足して屋敷に辿り着いた際、リディヤが恐ろしく不機嫌だったのは言うまでもない。

 劇的にリリーさんの表情が変化し、動揺しながら反論してくる。

「あ、あれは……私は、副公領にずっといたから南都に慣れていなくて……。う~! お姉ちゃんには優しくしないとダメなのに、もうっ」

 唇を尖らせながら、僕の隣に腰かけて来た。

 ――懐かしい南の花の香り。

「でも……凄いですね。本当にメイドさんになるなんて。夢を叶えたじゃないですか」

 さっきまでの不機嫌は何処へやら。リリーさんは胸を張った。

「ふっふ~ん♪ 当然ですぅ~。目指すはメイド長ですっ!」

「頑張ってください――その前にメイド服を貰わないといけないと思いますけど」

「はぅっ!」

 年上メイドさんは豊かな胸を両手で抑え、上半身を倒した。面白い反応。

メイド隊の人達にも愛されているんだろうなぁ。メイド長のアンナさんには特に。

 ほんわかしていると、リリーさんが、がばっと身体を起こしポカポカ腕を叩いできた。

「アレンさんはぁ! ほんとにぃ!! 意地悪ですぅ~!!!」

「痛い、痛いですって」

「……ふんだっ!」

 腕組みをし、リリーさんはそっぽを向いた。変わられていないようで何より。

 僕は右手の人差し指を倒し、さっき展開しておいた魔法式を虚空へ浮かべた。

「わぁ~綺麗ですね~。それは~?」

「『炎魔』……いえ、【双天】リナリア・エーテルハートの魔法式。その簡易版です」

「⁉」

 ――リナリア・エーテルハート。

 人類史上最高の剣士にして魔法士。そして……最後の魔女の末裔。

 四英海上の遺構で出会い、アトラを僕へ託してくれた古の大英雄。

膝上の幼狐の頭を撫でながら、静かに告白する。右手薬指の指輪が赤く光った。

「僕は彼女と約束をしました。『アトラを守る』と。けれど……それを破ってしまった。この子が帰って来てくれたのは、リディヤの中の大精霊『炎麟』とティナの中の大精霊『氷鶴』が力を貸してくれたからです。二度はないでしょう。強くならないと」

「アレンさん……て~ぃ」

「わっ!」

 いきなり、リリーさんが僕の腕を引いた。そのまま、頭を膝上に。

 優しく優しく撫でられる。大人びた口調。

「――……大丈夫です。アレンさんは頑張りました。頑張り過ぎています。そのことはみんな知っています。だから、焦らないでください。一人じゃ無理でも、みんななら、どうにかなります。メイドさんになった最強無敵で可愛いお姉ちゃんもいますし♪ 分かりましたか? 分かったら、返事! です」

 アトラも起き、もぞもぞと僕のお腹の上へ移動。円らな金の瞳で見つめてきた。

「…………心に留めておきます」

「――よろしいです。アトラちゃんも覚えておいてくださいね?」

 可愛く一鳴き。尻尾をパタパタ。リリーさんはアトラと仲良しだ。

 上半身を起こすと、年上メイドさんは文句。

「あ~!」

「……女の子は膝枕を簡単にしてはいけません。リリー・リンスター公女殿下?」

「『公女殿下』禁止ですぅ~!」

 年上メイドさんが駄々をこねる。

 ――ああ、そうだ。

「リリーさん」

「……何ですか? 意地悪な家庭教師さん」

「有難うございました」

「…………へぅ?」

 年上メイドさんは大きな瞳をぱちくり。

「リィネから話を聞きました。僕がいない間、リディヤを支えてくれたんですよね?」

 ――僕の相方は『剣姫』の称号を持つくらい強い。

 けれど、心は年齢相応。強がっていても、脆い部分もあるのだ。

「貴女がいなかったら、あいつの心は保たなかったでしょう。感謝を」

「――……アレンさん」

 リリーさんが僕の両手を握ってくる。

「そんなの当たり前です。だって、私はリディヤちゃんが大好きですから。それに、私やリィネちゃんだけじゃありません。メイド隊や屋敷のみんな。奥様も見守っていました。何より――……アレンさんがいました」

「……僕は何も」

「いいえ! リディヤちゃんは叛乱の報が届いた後、懐中時計とリボンを片時も離さず持っていました! アレンさんはリディヤちゃんの心を守ったんですっ‼」

 普段の様子と異なり、真剣そのもの。

――これが『リリー・リンスター公女殿下』本来の姿なのかもしれない。

視線を合わせ、穏やかに笑みを返す。

「……そうだと嬉しいですね。今、話したことは内緒で」

「……はい♪ 私とアレンさん、二人だけの秘密です☆」

 頷き合う。知られるのは恥ずかしいし、墓場まで持って行こう。


「――……何を、しているのかしら?」


「「!」」

 極寒の声が耳朶を打った。僕等は恐る恐る、病室の入口を見る。

 そこにいたのは、僕の白シャツを羽織り、調子が悪い懐中時計を持った寝間着姿の痩せている美少女。短くなった紅髪は未だ切り揃えられていない。

 ――リディヤ・リンスター。

 『剣姫』の称号を持ち、王国南方を統べるリンスター公爵家の長女にして、王立学校入学以来の僕の相方だ。

 リディヤが射殺さんばかりに僕を睨み、ポツリ、と一言。

「…………手」

「え? ……あ」

 リリーさんと手を握りっ放しだったのを思い出し、慌てて離す。

「あ~……」不満そうな声が微かに聞こえた。

 リディヤは冷たく年上メイドさんを一瞥し、口を開いた。

「……リリー、紅茶を淹れてきて」

「はぁ~い。……んしょ」

 リリーさんは立ち上がり、少し考え――アトラと僕の頭をぽん。

「! リリー‼」

「うふふ~♪ では、行ってきま~す」

 嬉しそうに年上メイドさんは逃走していった。

 残されたのは僕と膝上でうとうとなアトラ。そして、むくれているリディヤ。

 ……さて、どうやって言い訳しようかな?


「……この浮気者ぉ。何時か刺されるんだからね」

「冤罪だと思う」

「口答え禁止!」

 頬を少しだけ膨らませ、紅髪の少女は僕の隣へ腰かけ、肩と肩をぶつけてきた。

「まったく、あんたは私の、私だけの下僕だっていう――……」

 リディヤが僕に顔を近づけ、匂いを嗅いだ。目を細める。

「……ねぇ? どうして、リリーが使っている香水の香りがするの?」

「あ~……隣に座って」「嘘ね」

 断じられ言葉を喪う。リディヤは瞳で何かを要求。

……こういう時、下手な言い訳が逆効果なことを僕は学んできた。

 アトラに浮遊魔法をかけ、膝を空け、手でぽんぽん。

 我が儘少女はすぐさま頭を載せてきた。早口。

「この程度で埋め合わせが出来た、と思わないでよねぇ……御主人様が望むことをしたのは及第点だけど」

「あ、望んではいたんだ」

「はぁ⁉ 当たり前でしょうっ!」

「ええ……僕が怒られるの……?」

「自覚が足りないのよ。……ねー」

 リディヤは再び視線で要求してきた。公女殿下の仰せのままに。

 くすんだ紅髪を手で梳く。

「診察、どうだった?」

「異常無~し。退院はあんたと同時だけどね」

「……そっか」

 『異常がない』。それは『異常を見つけることが出来ず、原因不明』という意味。

 ――いや、原因を僕は知っている。

 叛乱の最終盤。聖霊教異端審問官レフは魔獣『針海』に変異し、東都大樹を襲撃。

 僕は、リディヤ、そして、この場にいないティナ・ハワードと魔力を繋ぎ、大魔法『閃雷』で『針海』を撃ち――東都を救った。

 戦後、ティナには問題がなかったものの、無理を重ねた僕は心身の疲労で要療養。

そして、リディヤは……手を伸ばし頬に触れてきた。

「そんな顔しないで。大したことないわよ」

「……………」

 僕はその手を無言で握り締める。


 ――現在、リディヤは著しい魔力減衰の状態にある。


 使えるのは僅かな身体強化のみ。魔力量は平均以下の僕よりも少ない。

 医師の診察では、極度の魔力酷使による一時的な症状、ということだったけれど……。

 診断後、一番動揺したのは本人――ではなく、ティナや、ティナの専属メイドであるエリー・ウォーカー。そしてリィネと、僕の妹のカレン。

 僕やティナの姉であるステラ・ハワード公女殿下は、みんなの姿を見て平静を保てた。

人は他者の姿を見ることで冷静になれるものなのだ。

 もしも、リディヤが魔法を使えないままなら――……軽く頬を摘ままれた。

「バカね。私、嬉しいのよ? だって――やっと、やっと、あんたと同じになれたんだもの。確かにちょっと大変ね。でも、私の隣にはあんたがいる。なら、何の問題もないじゃない? …………アレンは、魔法を使えない私なんて嫌い?」

「……その質問は反則だと思う」

「こーたーえーてーぇー」

 リディヤが膝上で子供みたいに身体を揺する。

 アトラも起き、空中で真似っ子。……まったく。

 上半身を倒し覗き込み、囁く。

「――魔法が使えなくてもリディヤはリディヤだし、嫌いになんかならないよ」

「うふふ……よろしぃー♪ あ、でも、治癒魔法を使えないのは困るわね……」

「……確かにね。君は前衛だし」「そーいうはなしじゃーなーい」

 リディヤは起き上がり額をぶつけ目を閉じ、右手を両手で包み込んできた。

「あんたが怪我した時、すぐに治せないでしょう? 無理無茶ばっかりするから……」

「それは君だってそうじゃないか」

「あんたと一緒なら、私はこの世界の誰にも負けないし、怪我することもない。例え、私が魔法を使えないままでも、これは変えられない! ――そうでしょう?」

「あ~…………うん。そうだね」

「ふっふっふ~♪」

 少女は花が咲いたような満面の笑み。頬を掻く。

「退院したら、懐中時計を父さんに見て貰おう。髪も整えた方が良いね。折角――綺麗なんだから」

「そうね~。また、伸ばさなきゃ……何処かの誰かさんは長い髪が好みだし? あ、髪はあんたが整えてよね☆」

「いや、それは」「やってくれなきゃヤダ」

「我が儘な公女殿下だなぁ」「あんたにだけよ」

 どうも不利だ。話題を変えねば。

「……そう言えば、南都へ届けてもらったリボン」

「あーあーあーあー! ……い、いじわる、いうなぁ。あ、あんただって、私の杖、なくしたでしょぉ?」

 リディヤが大声で僕の言葉を遮る。燃やし尽くしてしまった罪悪感はあるらしい。アトラが僕達の膝に着地。間で丸くなった。

 二人で撫でながら気になっていたことを尋ねる。

「――ティナ達と戦って正気に戻るまで、暴走したってと聞いたけど、本当なのかい?」

「…………半分くらいはね。もう半分は」

 リディヤが右手の甲を見せてきた。そこに大精霊『炎麟』の紋章はない。

アトラに尋ねてみたところ――深く深く眠っているらしい。

「女の子の、ね……必死な声が聴こえたのよ。『大丈夫。愛し子は生きている。貴女なら感じ取れる』って。凄いわよね? その言葉だけで、真っ暗闇に光が……一筋の光が差すのをはっきりと感じたの。あの感覚は生涯、ううん。生まれ変わって忘れないと思う」

「……それって、やっぱり『炎麟』は君をずっと助けようと――」

「はい! 難しい話はおしまーい。そういうのは、全部退院した後にしなさい! ララノアの魔短銃と聖霊教の印も御母様へ渡したんでしょう? なら、今のあんたが為すべきことは――私を甘やかす。ただ、それだけよ! ……その指輪、外せないわけ?」

 リディヤは身体を寄せてきて、指輪を忌々しそうに見つめ弄り始めた。

 そんな少女のくすんだ紅髪を手で梳きながら、僕は懸念事項に想いを馳せる。

 教え子のティナとステラの母上、ローザ・ハワード様の呪殺疑惑の件は、遂に突破口が開けそうだ。アトラを鎖に繋いでいたのは……対『エーテルハート』用のそれだった。

八つずつの大精霊と大魔法。名前が判明した程度で詳細は不明。

けれど……膝上のアトラを見つめる。僕はこの子達と約束をした。『必ず助ける』と。

僕のことらしい『欠陥品の鍵』。多少前進したかな?

アトラを鎖に繋ぎ、リナリアと交戦したという『賢者』とレフが叫んでいた『聖女』。

 どちらも剣呑だけれど……特に『聖女』の存在は不気味だ。

叛乱劇の陰で聖霊教は、王都から魔獣『針海』の亡骸や王都大樹の何か、東都の文献を略奪した。それが主目的だったのだろう。

だからこそ、レフは自分に大精霊『石蛇』の力が自身に埋め込まれ、『針海』へ変異したことを心底疑問に思っていたのだ。

――もしかしたら、あれは相対した僕だけに対する。いや、まさかな。

リディヤが指輪を弄るを止め、頬を膨らました。

「う~……とれない。ねぇ? 斬っていい?」

「……駄目です」

「ケチ。バカ。……何処にも行かない?」

「行かないよ」

「……えへ♪」

 幸せそうに、少女は僕へ身体を寄せてくる。

 ……『忌み子』の話はリサさんから聞いた。

リディヤが『悪魔』に堕ちかけていた話も気にかかる。

僕がいる限り二度目はないし、させやしないけど……情報は必要だ。

これ以外にも、ステラが遭遇したという骨竜や、使徒を名乗る存在、ララノアの関与、リナリアの日記改竄疑惑、彼女とアトラがいた蒼翠グリフォンが住まう場所、『流星』の墓所の場所等々、問題は山積み。

一歩一歩進むしかない。後で調査要望書をまとめておかないと。

 でも今は――……窓の外から、遠くで何かが倒壊する音と強大な魔力。

 ステラとカレンはともかく、ティナ達、ちゃんと復旧のお手伝い出来ているかな?

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