四章 パラダイムシフト その2

 こ、混乱してきたぞ。

 姉妹の会話は続く。

『アタシもタイガー、気になってるぜ』

 楓子さんが、よだれをぬぐい、

『ああ、可愛い恰好させて愛でたい。半泣きで上目遣いで見られたら、たまんねーだろうなー』

 前も言ってたが、僕の容姿は楓子さんのドストライクらしい。 

 舞姫さんがスナック菓子を食べながら、

『私も、タイガーは気になる存在なのだ。先日カルメンの稽古で見せたホセの演技、只者ではないと見たのだ』

 男として、って事ではないのね。

 楓子さんが立ち上がり、愛さんを後ろから抱きしめて、

『うりうり。愛はどうなんだー?』

『私は……別に』

 愛さんは両手を合わせて、もじもじする。

『もともと、タイガー君は知佳姉さんが好きなわけだから、他の姉妹が割り込むのは違うんじゃねぇべか』

『愛はいつも遠慮深いなぁ。それはお前の美徳でもあるけどさ』

 楓子さんが、愛さんの柔らかな髪をくしゃくしゃして、

『遠慮ばかりだと、本当に大事なものは掴めねぇ。そこがおねーちゃんは心配だぞ』

 愛さんは反論できないのか、うつむいている。

 楓子さんは苦笑したあと、知佳さんを見て、

『じゃあ、アタシと光莉、それに舞姫でタイガー取り合うけど、いいか?』

(取り合われちゃうの!?)

 ものすごい結論が出ようとしている。

 知佳さんは立ち上がり……口元に手を当てて、部屋をウロウロした。考え込んでいるようだ。

 固唾を呑んで見つめていると、知佳さんは、 

『……わたくしもタイガー君のことが、気になっています』

(うおお!)

 僕はガッツポーズする。

 知佳さんは恥ずかしそうに、内股をすりあわせて、

『ただきっと、この感情は好きとかではなく、貴方達がタイガー君を褒めるから、心理学でいうとバンドワゴン効果というもので』

『うわー、めんどくせー』

 楓子さんが顔をしかめて、

『素直に認めちゃえよ。知佳ねえ、タイガーに「脚がむくんでる」って言われてから、脚の引き締めストレッチ始めたじゃねえか』

(なにそれ可愛い)

『それにタイガーの中学全国大会の動画、頬を染めて見てただろ』

(むはー! 滅茶苦茶気にしてくれてる!)

 歓喜に踊り狂う僕。

 続いて楓子さんは、何故か芝居がかった口調で、

『……でもやっぱ、知佳ねえが本命かなー。タイガーのヤツ、ノーブレスの初日、姉貴の横顔ウットリして見つめてたもん』

『ふぅん、そうですか』

 興味なさそうに髪をいじる知佳さん。

 そこへ楓子さんが、たたみかけた。

『姉貴、嬉しいと髪をいじるクセ、相変わらずだな』

『!』

 知佳さんが瞬時に真っ赤になった。そんなクセがあったんだ。覚えておこう。

 続いて光莉さんが、知佳さんに見せびらかすように、すらりとした脚を組む。

『でも勝負はこれからだよ──誰がタイガー君をモノにするか、のね』

 姉妹たちが視線をぶつけあう。愛さんが『仲良くするべよぉ』とオロオロしている。

(とんでもない状況だぞ! これからどうなってしまうんだ)

 楓子さんが首をかしげて、

『でもさぁ。タイガーは、アタシらを同一人物だと思ってるぞ。「誰か一人選ぶ」なんて不可能じゃねぇか?』

『その通りなのだ。五人一役をカミングアウトするには、まだ早い気もするし』

 うーん、と顔を見合わせる姉妹。

 議論が煮詰まり気味のようだ。

 流れを変えるように、楓子さんが豊かな胸を張って、

『ま! モノにするのはアタシだけどな! さっきタイガー、アタシのショートパンツ姿に釘付けだったし』

『さっき?』

『ああ、さっきZoomズームでやりとりしてたんだけど──』

 まずい!

 まだ接続中な事に気付かれるかも。慌てて回線を切った。

 部屋が静かになる。

(……とんでもない、ものを見た)

 僕の好きな人、近衛・R・知佳さんは五つ子で。

 しかも五人一役をすることで、完璧な生徒会長を演じている。

 それだけでも驚天動地だが──

(姉妹のほとんど、僕が気になってるって!)

 どういう奇跡!?

 しかもさっき光莉さんは言った。


『でも勝負はこれからだよ──誰がタイガー君をモノにするか、のね』


 姉妹はこれから僕を取り合うらしい。実に幸せな状況ではあるが……

(誰を選べばいいんだ!?)

 知佳さん、楓子さん、光莉さん、舞姫さん、愛さん。

 みんな、好きなんだ。

「どうすれば……」

 頭を抱えてうずくまり、唸った。


         ☆         ☆         ☆


 苦悩のあまり一睡もできず、朝を迎えた。

 ふらふらと学校へ向かう。今日は残暑が特に厳しく、寝不足の身にはキツい。

 すると……

 曲がり角で、バッタリと近衛姉妹の誰かに遭遇した。驚くのを必死で我慢し、

「おはよう、ございます。近衛さん」

「おはようございます」

 敬語だから、知佳さんか。

 僕の顔を、心配そうに見つめてきて、

「ひどい顔色ですよ?」

「ちょっと眠れなくて」

「全く。ノーブレスの一員ならば、体調管理はしっかりしてください」

 誰のせいですか。

 その言葉を飲み込み、こう尋ねる。

「今日の全校集会、近衛さんが挨拶するんですよね」

「はい」

 原稿を書くのは知佳さんで、壇上に立つのは舞姫さんらしい。『天才若手女優』がやるのだから、皆が感動するわけだ。

 ちょっと揺さぶってみるか。

「どうしたら『近衛さん』みたいに、全校生徒の前で堂々と話せる度胸が身につくんですか?」

「それは──」

 知佳さんは目を泳がせて、 

「数々の舞台に立ってきましたから、慣れです」

 なるほど。たしかに舞姫さんは、そうやって慣れている。嘘は言っていない。

 僕は『さも感心した』という風に、

「さすが近衛さん。貴方をますます尊敬してしまいます」

 うつむいて黙り込む知佳さん。

 昨日までなら『奥ゆかしいなあ』とか思っただろうけど、これ後ろめたいだけだな。

(……あ、そういえば)

 知佳さん、珍しく黒スト穿いてないぞ。さすがに今日は暑すぎるんだろう。

 昨日得た情報では、知佳さんは最近、脚の引き締めストレッチをしてるとか……

「近衛さん、脚のむくみがすっかり取れましたね。ほっそりして綺麗です」

「……なぜタイガー君。わたくしの脚のコンディションに、そんなに詳しいのですか?」

 言われてみればそうだ。寝不足のせいか変なことを口走ってしまった。

 知佳さんは、ゴミを見るような目で、

「気持ち悪いです」

 うう、嫌われたかな……

 と思ったら、知佳さん、金髪を指でいじってる。昨日得た情報によると、嬉しいときのクセだ。

(僕に『脚きれい』って言われて嬉しいんだ!)

 やっぱこの人、可愛いなー。

(初志貫徹! 僕が五姉妹で好きなのは、やっぱり知佳さんだ)


 ……そう決意した僕であるが。

 全校集会で、名演説をする舞姫さんに惚れ直し。

 授業中の窓から見えた、体育で大活躍する楓子さん──僕に気付くと、笑顔で手を振ってくれた──にウットリし。

 YouTubeユーチユーブで、光莉さんのモーニングルーティンを視て美しさに震え。

 愛さんに膝枕されたのを思い出し、悶えて……

 心は揺れに揺れた。

 昼休みになると、一人で考えたくて屋上へ行き、自分で作った弁当をモソモソ食べる。

 校内放送で流れる、光莉さんの軽妙なトークを聞いて惚れ直しながら、

(だ、だめだ。選べない……そうだ)

 試しに、知佳さんとくっついた未来をシミュレーションしてみよう。明確に想像することで、見えてくるものがあるかも。

 時期は──大学を卒業したあたり。同棲している。クールな知佳さんが、僕だけに見せる柔らかな笑顔で起こしてくれる。

 

『仕方ないお寝坊さんですね』


 うんうん。幸せそう。やっぱり知佳さん好き。

 ──シミュレーションを続けよう。

 いざ、知佳さんと結婚することになる。

 式で、姉妹たちと一堂に会する。みんな魅力的だから、既に結婚しているかも……


 楓子さんは、いかにもスポーツマンなデカい外国人と肩組んでて。

『おう、タイガー。こいつ旦那のマイケル。連日連夜、離してくれなくて困るぜ』

 光莉さんは、垢抜けた男と手を繋いでて。

『ウチの旦那はユーチューバー。最近カップルチャンネル始めたんだ。おすすめは「一時間いろんなキスし続けてみた」だよ。見てね☆』

 舞姫さんも結婚してる。

『役の幅を広げるために夫を作ってみたのだ』

 愛さんは優しいから、ヒモっぽい男とくっついてて。

『この人、私がいねえとダメだからさぁ。ほら、パチンコ代』


(ぐぁあああああ!!)

 シミュレーションによって、見たくないものが見えた。

(す、好きな女性五人のうち、四人も寝取られるなんて耐えられない……!)

 ゲス極まりない苦悩をしていると、僕のそばで弁当を食べてる二人の男子の会話が聞こえてきた。

 話題は今期のアニメらしい。


「お前に勧められたアニメ、オタっぽいから敬遠してたけど面白かったわ」

「だろ。俺の好きな原作なんだ」

「でも女の子出すぎじゃね? 主人公、誰とくっつくの?」 

「いやあれ、ハーレムものだから全員とくっつくよ」


(ハーレムか。フィクションはいいよな)

 現実はアニメやラノベとは違う。みんなと愛し合うなんて不可能……

(あれ?)

 本当に、そうか?

 不可能なんて、誰が決めたんだ?


 ──姉妹全員と結婚すれば、万事解決じゃないか?


 それはまさに……コペルニクス的な発想の転換であった。

(日本では重婚は禁止だが)

 たしか一夫多妻制が認められてる国は、いくつかあったはずだ。

 スマホで『一夫多妻 現代 国』と検索。

(意外と多いぞ。サウジアラビア、ドバイ、オマーン……アラブの国では結構認められてる)

 つまり……

 姉妹五人と一夫多妻制の国に移住し、国籍を変え、全員と結婚すればいい。

(無論そこには、問題が無数に立ちはだかっている)

 姉妹全員が僕を愛してくれるか? 軋轢が起こるのでは? 親にどう説明する? 妻五人を養う金は? 言語は? などなど……

 だが──一つ一つの課題と向き合えば、解決できるかもしれない。

 不可能といわれている事でも、正しい努力で達成の確率を上げられる。僕はそれを、尊敬するアスリート達から学んできた。

 イチローは『更新不可能』と言われた、メジャーのシーズン最多安打記録を破った。

 僕がハーレムの一つや二つ、作れぬ道理があるものか。

(五姉妹全員を僕の彼女に──そしていずれは、妻にする)

 素晴らしい結論が出た。

 いまもハーレムアニメを語っている男子二人は、僕の大恩人である。


「へー、女の子全員とくっつくのか!」

「うん。負けヒロインがいないのが嬉……」


 僕は二人の間に飛び込み、両手をひろげて肩を組んだ。 

「ハーレムエンドについて、教えてくれてありがとう!」

「へ!? 君そんなに、あのアニメのファンなの?」

 そういう訳ではない。

 ただ、これだけは断言できる。

「ハーレムっていいよな!」

「お、君もわかるか。ヒロイン全員を幸せにするって最高だよ」

「全く同感だ……君は、僕の人生の師だ!」

「そんなに!?」

 僕の言葉に、目を丸くしている。

(これから僕は、あくまで現実的に、五姉妹ハーレムを目指すぞ!)

 とりあえず……アラブ圏に移住するときに備え、アラビア語を勉強するサイトを探そう。

 僕は準備を欠かさない男。どんなに荒唐無稽な夢だろうと、コツコツ努力して叶えてみせる。


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試し読みは以上です。


続きは2021年7月21日(水)発売

『五人一役でも君が好き』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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