二章 入れ替わり立ち替わる姉妹 その1
●五女 愛
私は近衛家・五女の愛だべ。
『近衛・R・知佳』における五人一役では、ボランティア活動や、花壇の手入れなどを担当してる。
それに、今日のように部活の応援をすることもあるんだ。
放課後、会長室の屋根裏部屋で、チアの衣裳に着替える。そばでは二女の楓子姉さんが、バランスボールの上で逆立ちしていた。私も運動神経に自信はあるけど、この人は規格外だべよ。
授業を受けていた知佳姉さんが、梯子を登ってきた。
「では愛。応援の方、よろしくお願いします」
「了解だべ」
ヘアピン型カメラを受けとって装着し、会長室へ降り立つ。
体育館の近くへ行くと、小柄な少年──タイガー君がいた。参考書らしき本を読んでいる。ノーブレスに居続けるため勉強しているのだろうか。
その近くを、数人の野球部員が通りかかった。タイガー君を見てボソボソ話しあい、哀れむような視線を向ける。
タイガー君は、悔しそうに唇をかんだが……また勉強に戻った。
胸が痛くなる──彼は日本代表にもなったのに、肩を壊した。野球部からは、特に好奇の目を向けられるのだろう。
決して愉快なものではあるまい。元気づけてあげなきゃだべ。
「おつかれ、タイガー君!」
「おつかれ様です近衛さ……って、わあっ」
タイガー君が私を見るや、頬を染めた。
目をそらして、もじもじと、
「チアのユニフォーム、ですね」
見せびらかすように、タイガー君の視線の先へ移動する。上目遣いで、
「似合う似合う?」
タイガー君は、あたふたしていたが。
声を詰まらせながら、
「あ、あなたは何を着ても、すごく素敵です」
「!」
頬が、カッと熱くなったべ。
『あなた』と言われたからね。むろん知佳姉さんのことを指してるんだろうけど。
……うーん、タイガー君、美少年ということもあってかなりの破壊力。油断すると危険かもしれねえべ。
「照れるべよ……あっ」
口元を押さえる。私は家族と話したり、慌てたときに方言が出てしまう。
頬を熱くしていると、タイガー君がもっと激しい訛りで、
「方言、恥ずかしがる事ねえですよ。オラもホントは方言で喋りてぇけど、学校の奴らに笑われるから標準語使ってるべよ」
気遣ってくれた。優しいなぁ。
私は頭を撫でて『いい子いい子』する。タイガー君の前でなら、方言使ってもいいかも。
タイガー君は嬉しそうな、子供扱いされてちょっと悔しそうな顔をして、
「ところで近衛さん、雰囲気違いますね。いつもの冷静な感じでも、先日のギャルっぽい感じでもない」
「チアやボランティアをするときは、スイッチを切り替えるんだべ。さぁ、今日は女子バスケ部の応援をするよ。応援はやったことある?」
「はい。野球部で何度も」
「おお、頼りにしてるべよ」
私の言葉に、タイガー君はとても嬉しそう。よほど知佳姉さんが好きらしい。
ほっこりしつつ、体育館へ入る。
タイガー君は二階席への行き方がわからないようで、どう進めばいいか迷ってる。まあ応援以外では、あまり使う場所じゃねぇものな。
「お姉さんに、ついておいでー」
手を引いてあげる。私はボランティア活動で、年下と手を繋ぐことが多いんだべ。
タイガー君は一瞬びっくりしたようだが、やがてその口元がほころんでいく。『好きな人』と手を繋いだ喜びでいっぱいらしい。うーん、可愛いなこの子。
でも……
「近衛さんと手を繋いでるの誰?」「あれだよ。悲運のエース」「会長狙いでノーブレス入ったの見え見えだよね」
同じく応援に来ている生徒から、タイガー君へ嫉妬まじりの声が。『近衛・R・知佳』凄い人気だからな……
コートを見下ろせば、両チームがアップをしている。
煌導学院の選手が私達に気付いた。
列になって「応援よろしくお願いします!」と頭を下げてくる。しっかり応えないと。
私は背筋を伸ばし、ポンポンを胸の前で動かして、
「煌導学院、
両腕を大きくスイングさせたあと、足をラインダンスのように高々と上げる。タイガー君も、元体育会系だけあってよく声が出てる。
私は誰かを応援するのが大好き。
(タイガー君の恋路も、応援してあげたい)
このまえ宝来ミサキさんを赦した、心の広さには感動したべ。
(もちろん、知佳姉さんの気持ちが最優先だけど)
いっぽう試合のほうは、うちのバスケ部が一方的に負けてる。
部員が四人しかおらず、他の部から助っ人を借りてる状態。前半終了時点で二十点差は、むしろ健闘といっていいべな。
ハーフタイムに入ると、私達は体育館の外に出て、壁際に座る……日本の暑さはどうかしてるべ。もう夏が過ぎて九月なのに、三十度近いなんて。
私はスポーツドリンクを二缶買い、一つをタイガー君に渡した。
ありがとうございます、と彼は受け取り……何故か左手でプルトップをあける。
「あれ? タイガー君って右利きなんじゃ?」
「確かにそうですが……投手として、万一にも利き手の指を傷つけないよう、缶は左手であけることにしてたんです」
悲しげな苦笑。
ジュースをあおってから、
「そのクセが消えないんです。アホですよね。もう野球はできないっていうのに」
胸が締め付けられる。野球は、この子にとって生きがいだったのだろう。それを、同級生をかばったことで失ったのだ。
(でも)
捨て鉢にならず、周囲の視線にも負けず、血の滲むような努力をしてノーブレスに入った。
私はタイガー君の頭を、両手でそっと掴み──膝枕した。彼が目を白黒させる。
「え……ええっ?」
「頑張ったなぁ。えらいえらい」
柔らかな髪を撫でる。ますます、知佳姉さんとの仲を応援してあげねえとな。
よし、まずは──
「タイガー君、質問」
「は、はい」
「『私』の、どのあたりが好きなんだべ?」
いまヘアピン型カメラを通して、君の愛しの知佳姉さんも見てるべ。
好きな所を伝えて、アピールするべ!
タイガー君は困ったように頬を染めつつも、私を真っ直ぐ見上げてきて、
「人のために一生懸命になれるところです。今日みたいに」
(お、おおぅ)
『今日みたいに』って──だめだべ。知佳姉さんのいいところを言わなきゃ。
「他にも『私』の好きな所、あるべ?」
「チアの応援、まるで妖精のように可憐でした」
(だから、知佳姉さんについて言ってよ!)
怒濤の私への賛辞。
まずい、口元がゆるんでしまう。思わずタイガー君から目をそらし、
「き、今日以外で『私』の好きなところは?」
「恋愛相談も的確なアドバイスで、みごと解決に……」
(それ、光莉姉さんだべ!)
知佳姉さんの好きな個所が今のところ皆無。これはまずいべよ。
慌てる私に、タイガー君はトドメの一言を放った。
「地球上にいる何十億の女性から、ただ一人の貴方を見つけられてホントによかった」
(それ絶対、知佳姉さんに言わなきゃいけない言葉!)
『ただ一人の貴方』って、私に言っちゃったよ。
ま、参ったなぁ。妙な気持ちになってしまうべ。
(これじゃだめだべ……ん?)
スマホが鳴った。発信先は……病院?
私は時々、入院してるお子さんへ絵本の読み聞かせのボランティアに行ってる。たしか今日、仲良くしてる子が手術のはずだけど……
電話に出る。
看護師さんの説明によると、その子がぐずりだし『近衛姉ちゃんがいないと手術をしない』とか言い出したらしい。
(まあ命に関わるような手術じゃないけど)
できれば行って、元気づけてあげたいべ。
幸い、私達は五人一役。応援は楓子姉さんあたりに代わってもらうべ。
「タイガー君、少し席を外すべ」
校舎へ駆けていき、会長室へ。
梯子で天井裏へ登ると、知佳姉さんが一人でノーブレスの事務作業をしていた。大きなモニターには、私が着けてるヘアピン型カメラの映像。
「楓子姉さんはどこだべ?」
「帰宅しましたよ」
学校で『近衛・R・知佳』の役割をする者以外は、秘密の抜け道で登下校することになっている。まあこれは後で説明するとして。
「……ところで愛。何か用ですか」
あれ? 知佳姉さんの声、少しトーンが低いべ。
機嫌が悪いようだ……あ、もしかして。
「タイガー君が知佳姉さんを褒めなかったから、少しイラッとした?」
知佳姉さんがピクッとする。図星か。ほほう。
やたらと早口で、
「仕方ないでしょう。わたくしを好きだ好きだ言っていたのに、愛や光莉ばかり褒めるのですから。……まあ、私たちが五人一役なんてややこしい事をしているのが悪いのですが。お祖母さまは何のためこんな……」
「ふーん」
ニヤニヤしてしまう。知佳姉さんの新たな一面が見えた。
「ところで知佳姉さん、お願いがあるんだけども」
「何ですか?」
「私、急用ができたんだべ。後半からチアかわってくれねぇべか?」
知佳姉さんは、首を横にぶんぶん振る。
「む、無理! 無理です」
私も初めてチアするときは、恥ずかしかったしなあ……内気な知佳姉さんには、余計にキツいべな。
だが離脱する理由を伝えると、しぶしぶ頷く。
「わ、わかりました。ですが念のため……」