第1章・後編(2)

 閑話休題。

 俺ですら、そこそこ腹が膨れつつあるのだが、それでも上等な肉の焼けた美味しそうな匂いには勝てない。

 ので、早速お出しされた新たなシャトーブリアン食べ比べセットを頂く。

「あ。A5ランクじゃない方のが、さっぱりしてて美味しいですね」

「口の中、脂っこくなってるから、いっぱい食べるとそうなるんだよね。A5はやっぱり脂身が豊潤に含まれているし」

 うんうんと原見が頷いた。

「じゃあ、ここまで来たら、全制覇いっちゃおうか! 国産牛赤身肉ロース&ヒレと、黒毛和牛ロース&ヒレも……!!」

「ちょ、ちょちょちょ……ちょっと待って下さい!! 全部は無理です!! 全部でどれだけ食べることになるんですか、それ!?」

「プラス700だから、1・4㎏だな」

「キロ!? 1キロ万円!?」

「お前の世界の通貨どうなってんだよ……。グラムだっつってんだろ」

 どうにか、雛鶴を異世界から連れ戻し、共に肉を食う。

「美味い……」

「美味しいですね……」

 美味い……のは美味いんだが、しかし。

「腹が……膨れてきたな……」

「そう……ですね」

 苦しげに呟き、苦しげにテーブルの上におっぱいをばむんっと載せる。

「乳を食卓に載せるな、乳を」

「乳って言わないでくださいっ」

 と怒った瞬間。

 ばつん!!と破滅の音がして、テーブルの上に置いた為に横方向へ過剰な力が加わった可哀想なブラのホックが破壊されたらしく、制服の上からでも分かるぐらい、押さえつけられていた分のおっぱいのボリュームが急激に膨れあがった。

「一気に乳に栄養が行き過ぎたか……」

「だから……!! もういいです! ちょっと直してきます!!」

 そう言って、雛鶴は零れそうな……というか既に何か零れている胸を抱えるようにして、トイレへ駆け込んでいった。


 ……そして、少し時間を置いて戻ってくる。

「直したのか……パワーオブパワーでねじ曲げ戻したのか、ホック?」

「何で、ホック壊れたって分かるんですか!? ていうか、パワーオブパワーってなんですか……?」

 分かるわ、そんなもん。原見で見慣れているからな。

 パワーオブパワーは直訳すると、力の力で、意味はよく分からんがとにかく力強い。

「スペアのホックを持ち歩いているので、お裁縫で付け直したんです……、……いいじゃないですかっ、そんなことどうでもっ!!」

 恥ずかしいことを言わされた感溢れる感じに途中で気づいた雛鶴が、顔を真っ赤にしてガオゥッと吠えた。


 てな具合のインターバルを挟み、目の前の肉を改めて見る雛鶴。

 雛鶴はこの追加時点から既に、俺に至っても、1㎏超えた辺りから、段々苦しくなってきた。

 ……が。

「んーっ! やっぱり、シャトーブリアンの後だと、普通の黒毛和牛はデザート感覚でサッパリ食べれるね」

「正気ですか!?」

 原見の大胆すぎる発言に、雛鶴がファッ!?となっている。

「ちなみに言うと、お前いない間、原見は『お肉冷めちゃうから、これは食べちゃうね。あ、すみませ〜ん、新しいお肉、追加で焼いておいて貰えますか?』とか言って、さっきのお前の分、食ってたからな?」

「渚先輩、原見先輩のマネ無茶苦茶上手くて気持ち悪いですね……」

 口の悪い奴め……。

 とか話している俺たちの前には、厳然として肉が焼かれておいてある訳で……。

「……」

「……」

 そして、何度か自分の皿の上の肉と、原見を見比べた後。

 ささっと、原見の皿に自分の肉を移す。

「わんこ肉だね!!」

 お前のその感性と胃腸が羨ましい。

「……メチャクチャ大食漢ですね、原見先輩」

「いや、こいつ、肉以外だと、サラダランチ半分で満腹になる外苑前OL並みに小食だからな……」

 何で肉だけそんな食えるのかよく分からんが、野菜を消化出来ない生命体なのかも

な……。

「前世はライオンかなんかの肉食獣だったのかもしれん」

「なるほど……」

「いや、チーターかな」

「チーター……」

「或いは、スマトラトラかもしれ……」

「どれでもいいですっ!」

 肉食獣にこだわりがないとは、草食系女子め……。


 既に草すら食えなくなっている雛鶴を余所に、俺と雛鶴の分の残りの肉も食い、2㎏は食っているであろう原見に、シェフが嬉しそうに尋ねてきた。

「まだ、お肉召し上がりますか?」

 商売上、いっぱい食ってくれた方が儲かるというのもあるだろうが、何より、よく肉を食う奴は見ていて爽快なのだろう。

 原見は目を閉じ、しばらく何かを考えてから言った。

「いえ、もうお肉は結構です」

「お腹いっぱいになりましたか?」

「いえ、腹六分目ぐらいがいいと思うので」

「腹六分目!? ろく!?」

 八分目ですらないのかと雛鶴は驚くが、俺は大体そんなもんだろうな……と幼馴染みとしての経験上、普通に受け入れていた。

 シェフも一瞬すげえ食うな!という顔をしたが、すぐに営業スマイルに切り替え、こう言った。

「〆のガーリックライスをお作りしてもいいですか?」

「しめ……!?」

 この上まだあるのかと雛鶴は目眩を覚えているらしかった。

「す、少なめで……なんなら、1口ぐらいで……」

「では、少なめでお作りして、皆さんで分けられる感じにしましょうか」

「そ、それでお願いします……」

 消極的な雛鶴。

「あ」

 そこで、原見が短く声を上げた為、雛鶴がビクゥッとなる。

「ど、どうしたんですか、原見先輩……」

「〆のガーリックライスはお肉にはなりませんかね?」

「まだお肉を!?」

「いや、ガーリックライスは肉にはならねえだろ……」

 米だよ、米。

「じゃあ、私も、もうあんまり入らないかな。1口ぐらいしか」

「お肉は食べようとしてたのに!?」

「お肉は別腹だからねえ」

「お前、さっきから肉しか食ってねえじゃねえか……」

 雛鶴と俺が交互にツッコミをさせられる羽目に陥っている。


 大体の事態を把握したらしき切れ者シェフが、『でしたら……』と微笑んだ。

「1人前分を皆さんで分けられますか?」

 一も二もなく、3人で頷いた。

 そして、俺は雛鶴を見る。

「な?」

「え……何が、『な?』なんですか?」

「こうやって、分け合える喜びを得る。それが人生、それが鉄板焼きなんだよ」

「いえ、中華料理でも、イタリアンでも、分け合うじゃないですか」

「あれは奪い合いなんだよ!」

「えぇ……」

 と非難めいた視線を送ってくる雛鶴であるが、最初に会った時に比べると、格段にその表情は柔らかい……というか、感情に満ちていると思える。

「……何か、ちょっと吹っ切れたか?」

「……」

 俺が尋ねると、雛鶴は少し戸惑うような困ったような、自分でもまだ解を得ていない様子でやや考えた後で口を開いた。

「先輩と話していると……。……何て言うか、伝えようとしてくれることがあるのかないのか、そこがよく分からなくなってきますし。何より……」

 はぁ、と雛鶴がため息を吐く。

「先輩の言動が基本的に適当過ぎて、何がどこまで真面目で本気なのか……いえ、そんなこと考えるのも馬鹿馬鹿しくなるぐらいで」

 そして、呆れにも似た表情は、微笑みに変わる。

「そんな素敵にいい加減な生き方、ちょっと……見習ってもいいかな、って。……ちょっと、ちょっとだけですけど!」

 先っちょだけだな。

「後進の育成に尽力出来て何よりだよ。……んっ! 美味いな、ガーリックライス!」

 ガーリックライスの上に、焼いて押し潰して薄焼き煎餅みたいにしたガーリックライスが載せられ、それがまたパリッとして良い感じだ。

「お肉の方が美味しかったけどね。……つまりは、あれだよ」

 一口分のガーリックライスを一口で食べた原見はピンと立てた人差し指をくるくる回して、俺の言葉を継いで誇らしげに言った。

「やっぱり、お肉は人を成長させるんだよ」




 〆を食べて、食事が終わったところで、人心地ついていると、店員さんがやってきて、『あちらで食後のデザートをどうぞ』と告げてくる。

「あちら……?」

 と戸惑っている雛鶴を伴い、戸惑っている俺と原見が戸惑いながら、店員さんについていく。

 俺達戸惑いすぎ問題である。


 移動先は、食事をしていた場所に来る途中、脇にあった小さな部屋だった。

「こちらは、バーなんですよ」

「え! でも、私達、未成年で……」

「はい、お飲み物とデザートだけお出ししますので」

 と、ドギマギする雛鶴に、店員さんが微笑ましげに言う。

 が、雛鶴の挙動不審は留まることはなく、周囲をキョロキョロと見渡しまくる。

「気をつけろ、雛鶴。突然、バーカウンターの裏から、シャカシャカする人とか出てくるからな」

「普通にバーテンダーでは!?」

「いや、仏教関係者だよ」

「釈迦!!」

「ふう、下らない会話をすることで、雛鶴の緊張をほぐせた」

「いえ……特にほぐれてはいませんが……」

 おかしいな……。

「何かをほぐさせたら、県内でも屈指のレコードホルダーなのにな」

「何かをほぐすことって、そんなにありますか……?」

 何かって何なんだろうな……?


 とか話している間に、テーブル席に案内される。

 カウンター席の方がバーっぽいが、あんまりバーっぽい所へ行くと、雛鶴が挙動不審すぎて、通報される恐れがあるからな。

 何しろ勢い余って、俺が通報しそうなんだ。

 俺は勢い余らせたら、県内でも屈指のレコードホルダーだからな……。

 テーブルに座るとコーヒーか紅茶かを聞かれ、程なくして、上品な皿に盛られた昔ながらの固めのプリンとバニラアイス、それにフルーツと、生クリーム&フルーツソースが可愛くデコレーションされた、堅実に美味しいのが分かるビジュアルのデザートと飲み物が個々の前に運ばれてきた。

「デザートこそ別腹ですよね!」

 さっきまで肉詰めにされて死にそうな顔をしていた雛鶴が、急に瞳をキラッキラ輝かせ始める。

 女子中学生だな、雛鶴……。

「甘い物かー……」

 雛鶴とは裏腹に、テンションダダ下がりの原見。

 お前は本当に女子高生か?

「そりゃ甘い物だろ……逆に聞くが、肉が来ると思ってたのか?」

「それはだって、鉄板焼き屋さんだもん」

 何に対しての『だもん』なんだ……?

 今度は原見がほとんど手を付けずに、雛鶴にデザートを与え、紅茶だけを啜る感じだが、こんなにもデザートが別腹になるものか、女子中学生。

 甘い物ですっかり緊張が解け、挙動不審だったことなど忘却の彼方に押しやった雛鶴は、俺の差し出したのも含め、3人分のデザートを平らげて、満足げだ。

 4人分平らげている場合は、誰か知らない人がデザートを押しつけていった可能性が高い。知らない人怖いな……。




 しかし、それにしても……。

「さて、じゃあ、コース食べきったし、そろそろ帰ろっか?」

「ですね」

 原見と雛鶴が席を立つ。

「……」

 これで良かったのか?

 少し。

 少しだけ。

 ほんの少しだけ、ひょっとしたら、未来の俺だという爺さんが強力かつ強引に進めてきた、このJCとメシを食うだけの会合は、『だけ』ではないんじゃないか、と。

 そんなことを思ってもいたんだが……。

「先輩?」

 雛鶴がジッと見下ろしてくる。

 数時間前には、目を合わせてもすぐに逸らすぐらいだった奴が、俺の目の奥を見つめてくる。

「……ま、それはそれで悪くはない、か」

 意味を求めるのも、求めないのも、全ては人生という鉄板の上での出来事に過ぎないんだからな。


 お見送りをしてくれるお店の人に礼を言って、エレベータに乗り、駅まで歩く間。

 雛鶴は何だかたまに俺の方をチラチラと見ては、気まずそうに前を向く、というような仕草を何度かしてきていた。

 ……告白だな?

 いかんな……あんなに原見が危惧していたのに、またいたいけな少女の心を惑わしてしまった。

 まあ、原見は危惧していただけで、実際には肉食って肉の説明してただけだからな……何しに来たんだ、原見。

 そうこうするうちに、駅に辿り着いてしまった。

「……あの、先輩」

「ごめん、俺、雛鶴のことはまだ友達としか思えないんだ……」

「何で告白を断るみたいな感じの返事をしてくるんですか!?」

「告白を断る感じの返事だからだよ?」

「告白してません!! しません!!」

「してもいいのにな……断る感じの返事をするけど」

「じゃあ、しても意味ないじゃないですか……」

「やっぱりする気だったのか」

「ええい、ああ言えばこう言うんですから……!」

 何だか、雛鶴、メッチャ怒ってる。

「……」

 はぁ、と雛鶴はやりきれないため息を吐いた。

 割とよく俺が原見にやられるやつだ。

 半面、俺はよくやりきったため息を吐く。

「はぁ」

「何ですか、そのやってやった的なため息……?」

「?」

「……先輩、ちゃんと真面目に生きて下さい」

 説教された。

 と思ったら、急にモジモジし出す雛鶴。

「あの……っ、えと、今日は、その……な、悩みとか聞いて下さって、あ、あり……」

「何だ、礼を言いたかったのか、可愛い奴め」

「っ!!」

 俺が頭を撫でてやると、元々赤らめていた雛鶴の頬が、一気に顔ごと真っ赤になっ

て……。

 弾けるように、雛鶴はその場からダッシュして改札をくぐって……。

 そして、くるんと身を翻して、まだ紅潮の余韻が残っているものの、輝くような笑顔で手を振って言った。

「ごちそうさまでしたっ!!」


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試し読みは以上です。


続きは2021年6月25日(金)発売

『肉の原見さん』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。


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