序章
ある日、普通の高校生こと、この俺、
老人は言った。
「ワシは未来から来た、お前自身だ」
老人は更に言った。
「ワシの財産を使って、JCとメシを食ってこい」
老人はどんどん言った。
「JCとメシを食って食って食いまくれ」
俺は思った。
『ヤベえの来たな……』
その老人は、突然やってきた。
俺が公園のベンチで、商店街でも評判のクレープの買い食いをキメていた最中だったので、てっきりキレッキレの動きで『女子高生か!』とツッコミに近づいてきたのかと思ったら、違ってた。
まあ、いちいちそんな年寄りも現れないとは思うが、今時の暴走老人は正気を疑う奴が交ざってたりするからな……。
しかし、蓋を開けてみたら、想像の更に上を行くヤベえのが来た訳だが。
仕方がないので、俺はため息交じりに老人に言い放った。
「お爺ちゃん、ドコ病院? お水飲む?」
「『どこ住み? LINEやってる?』みたいなノリで人をボケ老人みたいに扱うな!」
「徘徊老人だよ?」
「一緒じゃ!!」
何か知らんがめっちゃ怒ってるな……。
「……いや、つーか、ボケてないにしても、今の話を信じろって方が無理があるんじゃ」
「なら、これでどうじゃな」
と言いつつ、爺さんは万札を束で渡してこようとする。
「いや、金で解決しようとすんな!? そういうことじゃなくて、説得力を持たせろと言ってるんだ」
「そう言いつつ、金は持っていこうとするな!?」
金に罪はないからな……。
「とにかく! 頼む!! JCとメシを食いに行ってくれ!! この通りじゃ!!」
「土下座!?」
頭がおかしいとはいえ、お年寄りに土下座されると引くわ〜……。
「土下座はやめてくれよ、爺さん……」
「では!?」
「ああ、やめてくれたら、さっきの金は貰っておくからさ」
「だから、金だけ持っていこうとするな!?」
どうにかして、金だけ持っていけんものかな……?
あと、爺さんが必死すぎて、寧ろヤバさしか感じなくなってきたぞ……。
「むぅ……どう言えば、信じて貰えるのか……」
腕を組むジジイだが、正直、その内容の出来事を信じさせるのは言語では無理では……?
という俺の心の内を読んだのか、ジジイは、何か決断した様子で『うむっ』と頷いた。
ので、俺も、『うむっ』と頷き返した。
「いや、何でじゃっ!? 何に対する頷きじゃっ!?」
そんなことは知らん……。
と、爺さんはふと真顔になって、真面目な声を出す。
「……お前さんは、“今”に満足か?」
「どういう意味だ?」
「今を変えられるとしたら、怪しい爺さんの言うことでも聞くか、ということだ」
「そりゃ、今、怪しい爺さんに声をかけられて変なこと吹き込まれている現実は変えたい気はするが……」
「そーゆーことじゃない!!」
いや、どう考えても、そういうことだろ……。
大体、メシ食って、今変わるのは腹が膨れるかどうかぐらいじゃねえか。
「……。そうまで真面目に聞かんなら……、これは言うまいとも思っておったが……、やむを得ん」
ジジイが今度は少し愁いを帯びた表情で言う。
「……お前さんの、ワシの出生に関わる秘密、だ」
「俺の出生の秘密……?」
「そう。今、ワシの口からは言えん。歴史が変わってしまうからな。だが、JCとメシを食いに行けば、その秘密が明らかになる」
JCとメシを食うと判明する出生の秘密って、なんだそれ……。全く意味が分から
ん……。
ていうか、そんなことで判明する出生の秘密、ヤバすぎだろ。どんな生まれなんだよ、俺は。
そんな感じで胡散臭く俺が眺めていると。
「と、とにかく!! ワシが開発させたこのアプリをスマホに入れろ!」
搦め手で来ることに失敗したと感じたのか、強硬手段に転じたジジイが二次元コードを差し出してきた。
二次元コードっていうのは、平ぺったい電気配線のことではなく、何かスマホで読み取る黒くてちっちゃいブロックが集まってる感じの四角いやつのことだ。
「えー、俺がジジイになる歳でも、まだ携帯端末スマホなの……?」
「デジタル機器の進化に絶望するあたり、ワシの若い頃っぽいな! ……アプリ自体はこの時代で開発させたものだ。未来のデジタルデバイスは……もっと、こう……AR的な感じになっとる」
「ほう!」
「今までで一番食いつきがいいな……」
未来のデジタルデバイスに敬意を表して、アプリ入れてやるか……。二次元コード読み込みアプリって、何でカメラ機能にデフォルトで入れておいてくれねえんだろな? いるもの入れずにいらないもの入れるの何だろうな。いらないんだよな、変なキャラ出て来て使い方のアシストしてくれる機能とか。誰が使ってるんだ、あれ?
と、心の中でデジタルデバイス業界に一石を投じながら、アプリを登録する。
「そのアプリを通じ、JCとお前に連絡が行く」
「随分ピンポイントなアプリだな……」
「指定された場所に行けば、JCと会える。そこで指示される店に行け。先方には事前に事情を話して、ワシに請求が回るようにしてある」
控えめに言って胡散臭い。
何て言うか、怪しい宗教の勧誘か、怪しいマルチ商法の勧誘か、怪しい店の勧誘に等しい。
もうちょっと、如何わしくない感じのシステムにならんもんか。
たとえば、アプリでガチャを回して……いや、違う。より一層、駄目なシステムになってきた。ガチャは悪い文明だからな……。
とか、考えている間に、いつの間にか、老人は姿を消していた。
まるで、最初からそこに居なかったかのように。
しかし。
老人の存在を肯定するかの如く、俺の手にしたスマホには、先程登録したばかりのアプリが残されていたし、俺の手には万札が一束握らされていた。
「……」
ので、俺は無言でアプリを削除した。
「なんでそんな酷いことするの!?」
「うわ、ビックリした!?」
いなくなったと思った老人が背後から出て来たので、思わずビクッとなった。思わず、パクッとなった場合は何かを食べている可能性がある。何を食べているのかな?
「何でアプリ消したんじゃ!?」
「いや、大体こういう怪しい経緯で入れられた怪しいアプリって、消してもいつの間にか、またインストールされた状態になってるじゃん? それをやってみたくなって」
「怪しくないから、消したら消えっぱなしじゃよ! また入れ直しになるじゃろーがっ!!」
老人はブツブツ言いながら、もう一回二次元コードを読ませてきた。
ところで、カメラアプリにデフォルトで二次元コードを読む機能を付けて欲しい話はもうしなくてもいいな?
俺は誰に確認しているのかな?
「消すなよ! 今度は絶対消すなよ!?」
「前振りだな?」
「ちっが─────うっ!!」
「あと、メシ食いに行く時は、一人で行けよ!? 絶対だぞ! これだけは、絶対だからな!!」
「前振りだな?」
「だから、ちっが─────うっ!!」
何かめっちゃキレてんな……。
流れ的に、絶対、アプリ消す前振りだと思ったのにな……。
そして、この後2回アプリを消すやりとりをしたら、お爺ちゃんは本格的にブチ切れてきたので、いい加減諦めると同時にその熱意に負けて、アプリはそのままにして帰ったが、帰り際の俺の背中を尋常じゃなく睨んできていた。こわい。
「てなことがあってさー」
「……」
その日の夜。
俺は、幼馴染みであるところの少女、原見桃に、夕刻あった出来事の顛末を語って聞かせる。
原見は、俺を唐揚げにレモンをかける人を見るみたいな顔で見た後、言った。
「ちょっと何言ってるのか分かんないよ……」
「まあ、そう言いたい気持ちも分かる。俺も何言ってるのかよく分からんからな……」
「未来から自分がやってきて都合良く愉快な提案してくるって、頭ドラちゃんだよ」
ドラちゃんが提案してきた訳じゃねえけどな、あれ……。
「そんなこんなで、明日、JCとメシ食いに行くことになってるんだよなー」
「え!? 行く気なの、渚ちゃん!?」
「行ったり来たりする気だよ?」
「落ち着きないよぅ!!」
俺はウロウロするのが割と好きだからな。
「やめなよー。幼馴染みとして忠告するけど、絶対怪しいやつだってば。行ったら、怖い輩が出てきてエラいことになっちゃうんだよ」
「もっと、悪役っぽく忠告してくれ」
「……。ククククク、……って無理だよぅ、そんな怖い役、私にはー」
「いや……あるだろ、『どうしても行くというのなら、貴様の指を全てへし折ってやろう』とか『もし行ったら、貴様の歯を全てへし折ってやるわ』とか」
「なんですぐへし折ろうとするのぉ!?」
そういうのはダメだよぅと、俺の頬をぎゅうぎゅう押し潰してくる。
何だ、こいつ、可愛いな……。
まあ、俺の方が可愛いけどな。
妙に人懐っこく、甘ったるい声を出し、そして、小動物のような愛らしさを持ちながら、世話好きで何かと俺の世話を焼いてくる幼馴染みだ。
声同様、甘い印象の垂れ目の童顔。
比較的小柄でありながら、圧倒的な質量のおっぱい。
短く切りそろえた髪の前髪を上げて留めているのは、お気に入りの牛柄のカチューシャだ。
そんなに太い訳ではないのに、そこそこむっちりして見える脚を覆うのは、同じく牛柄のピンクストッキングで、それをガーターベルトでホールドさせている。
明治時代から続く、由緒正しい八百屋さんの娘であり、なんか、世界中からすげえ三つ星シェフの人々が原見んちの八百屋さんの目利きを見込んでやってくるらしい。
原見は、八百屋さんの看板娘として店の手伝いをしつつ、一人暮らしの俺をあれこれ気遣ってくれる。
子供の頃は、俺の背中に隠れてるような、よわいいきものだったのにな……。
ただ、初対面の人間が抱く、こいつの印象は草食系愛玩動物で、その辺は昔と変わってないともいえる。
そして、その印象はある意味間違ってはいないんだが……。しかし……。
いや、まあ、ともあれ、そんなミニサイズ巨乳幼馴染み、それが原見桃、その人だ。
原見は、はふぅ〜とやりきれないため息を吐いてから、俺に何かを言おうとする。
やりきったため息を吐くと、全国大会で優勝した人になってしまうからな。
「これで終わりじゃない。これからは追われる者になるんだ。二連覇への道は険しいぞ、原見」
「どゆこと?」
そういえば、こいつはまだやりきってないんだった。
「全国大会優勝の話だよ」
「何の大会!? どっから来たの!?」
「そりゃお前……全国からだろ……」
「そういうことじゃないよ!?」
「そういうことなんだよ」
「なにが!?」
「全国大会というものがだよ」
物わかりの悪い奴だな……。
「全国大会の話はいいんだよぅ!」
「ああ、なんだ……いいのか……」
「そうだよ! 最初からしてないでしょ、全国大会の話!?」
「俺はしていたが……」
「私はしていなかったんだよぅ!」
そういえば、そうだったかもしれん。
「とにかく、あれだよ! どうせ、行かないように言っても、渚ちゃんは聞き入れないんだから、それなら、いっそ、私も行くよぅ。こんな調子で、人様とご飯食べに行くなんて、心配すぎるし」
「そうか、行くのか。まあ、俺は行くなと言われると行きたくなる性分だからな」
「だからだよ。もうどうせ行くのなら、私も行った方がいいかなって」
「心配性だな……原見」
「誰のせいでそうなったと思ってるんだよぅ。……行かないで家でやきもきしてる方が心の健康に悪いんだよ」
そういうことであれば、こいつに健康を害されると、俺としても生活に実害を被ることにはなる。
とはいえ、爺さんに一人で行けとか言われてたような気もするが……まあ、人数が増えるとその分、食費が嵩むからな……その危惧はやむなし、という気もするが、そこはもう必要経費として割り切って貰おう。
割り切った関係の食事だ。
「普通に生きてても大騒動を起こす渚ちゃんを、普通じゃないシチュエーションに1人で放り込んで何事もなく済む訳ないんだもん」
「つまり、2人なら、2倍の騒動が起こるんだな?」
「渚ちゃんの起こす騒動を抑えに行くんだよぅ、私はっ。『女子校友情連続破壊事件』や、『
女子校友情連続破壊事件や、渚私物連続窃盗事件というのは、俺があまりに可愛かったため、俺を巡って女子校の女子達のコミュニティが壊滅状態に追い込まれたり、この辺の近所の小学生からOLまで幅広い層から俺の私物がクンクンペロペロされる目的で盗難に遭うという普通にオカルト染みた出来事が発生したという一連の恐怖体験だ。
1つ疑問があるとすれば、原見が来たからと言って。何かの抑止力になるとは全く思えない点だな……。
まあ、原見が来なかったからと言って、事態が好転する訳ではないので、来ても別にいいけど。
「じゃあ、来てもいいよ?」
「何で、しょうがないなあ、みたいな感じのリアクションなの!?」
「しょうがないにゃん」
「可愛く言った!!」
俺は本当に可愛いからな。
「よし、じゃあ、どっちが現地に早く着けるか勝負だな?」
「なんの勝負!?」
などと原見とやり合いつつ、流されるように行動を決めたのだが……その実、ちょっと気になっている話題もある。
『出生の秘密、ねえ』
というのも、年に1度、俺の誕生日にどこからか分からない装飾品が届くのだ。
指輪、ブレスレット、ネックレス……それも、目玉が飛び出るほど高価な物から、全く価値のないデザインだけ凝ったようなものまで。
霊感があったという母親が、『どれも悪い由来の品ではないけれど、普通の装飾品からはほど遠い』と言ったらしい代物ばかりだという。
未だにそれらは届く。
だから、出生の秘密、とまではいかないにしろ、俺の誕生に何らか、思う所のある人間がどこかにいるってことではある。
それを知りたくはあるが……。
『JCとメシ食って分かるってのが、全く意味が分からんのだよな』
ともあれ、こうして、俺は半ば老人に言われるがまま、JCとメシを食いに行くことになった。
それが、世にも奇想天外な放課後寄り道メシ三昧の日々への始まりだとは知らずに……と思ったが、メシを食いに行けと言われて行くのだから、メシ三昧の日々であることは分かっていたな……。最近は適当なことを言うと、炎上するから気をつけんといかん。俺は誰に言い訳しているのかな?