シーン1 派遣カップル始めました その5
「ふっふっふ、私にはナイスなアイデアがあるんだよねー。えーっと、きみ、比奈森くんっていったねー? きみねー、うちで派遣カップルとして働かないかい?」
「はっ!? な、なに言ってんですか所長!?」
「え? 派遣カップル、ですか? 私が?」
「そーそー。さっきも言ったと思うけど、この鳴瀬くんはこれからうちの事務所で派遣カップルとして働くんだけど、実はカップルの相手役がいなくてどうしようって思ってたんだよねー。でもきみがその相手になってくれるとちょうどいいと思ってねー」
「そうだったんですか」
「そしたらきみたちはカップル役なわけだから、晴れて鳴瀬くんはきみの『彼氏役』になるってわけだよー。こっちとしては仕事さえちゃんとしてくれれば、オフでもカップルとして活動しても何の問題もないからねー。きみの望みもかなうってわけだよー」
「なるほど、それはすごく助かります」
「きみもハッピー、パートナーができる鳴瀬くんもハッピー、そしてうちとしても所員が増えてハッピー! まさに一石三鳥! どうだい、素晴らしいだろきみー?」
「そうですね。みんなにとっていいことなら、それは素晴らしいと思います」
「じゃあここに所属契約書があるから、早速記入しちゃってねー」
「はい。わかりました」
所長の差し出す契約書に、比奈森さんはサラサラとペンを走らせ――
「って、ちょっ! ちょっと待ってくださいよ!」
それまで二人の会話を黙って聞いてた俺だが、そこでついに耐えきれず声を上げた。
「なんだい鳴瀬くん、こんなところで発声練習なんてしちゃダメだよー」
「違いますよ! なんでこんな話がトントン拍子に進んでるんです!? っていうか、話が無理矢理すぎでしょ!? 比奈森さんをいきなりスカウトするとか強引な……!」
「いやいやー、別にこれは無理矢理でも強引でもないんだよきみー。実はねー、私は比奈森くんを一目見た時からピンッと感じてたんだよねー。この子には光るものがあるって感じでー。だからこういう流れならスカウトするのはある意味で当然というかねー」
「な、なんですと……!?」
さっき比奈森を無遠慮に見てたのは、そういうことだったのか……!?
「い、いやしかしですね……。というか、比奈森さんはいいの? こんな、いきなり派遣カップルをやるなんて話……」
「うん、私には彼氏役がどうしても必要だから、そのためにできることなら私はどんなことだってがんばるつもりだよ」
わなわなと手を震わせる俺に、比奈森さんはすんなりとそう答える。
……そ、そんな。なんでそんなことまでして彼氏役なんかが……?
「鳴瀬くん、もしかして私を心配してくれてるの?」
「え? い、いや、そういうわけじゃ……」
「鳴瀬くんは優しいね。ありがとう」
俺は比奈森さんの考えがさっぱりわからなかったが、そう言ってニコリと笑みを向けられたことで、それ以上何も言えなくなってしまった。
確かに所長の言う通り、比奈森さんがパートナーになってくれれば全員にとってメリットがある。俺はすぐに活動ができるようになり、比奈森さんも彼氏役とかいうのが手に入ることになる。事務所としても所員が増えるのは利益だろう。
まさにウィンウィンウィンのマル得展開――……なんだけど、その内容といえば派遣カップルとかいう意味不明なものだ。つまり俺と比奈森さんが『役』とはいえカップルになるわけで、それをあんな抵抗もなく即決できるもんなのか……?
「書けました。これからよろしくお願いします」
「いやー今日はラッキーだなー、一気に二人も有望な所員が増えちゃったからなー」
俺が頭を悩ませていると、比奈森さんが所長に契約書を手渡した後に、なぜかジッとこちらを見つめているのに気がついた。
「鳴瀬くん」
「な、なに?」
やがてそう呼びかけられて、俺はドキリとしながら答える。
「鳴瀬くんは、もしかして私が相手だと迷惑かな?」
すると、そんなわけのわからないことを言ってきたので、俺は「え?」と焦った。
「そういえば、ずっと自分の都合のことばかりで鳴瀬くんのことは考えてなかったなって今気づいたの。ごめんなさい。もし私の彼氏役が迷惑なら無理しないでほしいから」
「い、いやいや、いやいやいや!」
俺はそれを聞いて、思いっきり狼狽する。
何を言ってるんだ比奈森さんは。いやマジで、何言ってるんですかあなたは。
「そ、そんな、迷惑だなんてあるわけないだろ!?」
俺は即答した。実際、比奈森さんがパートナーで迷惑とか嫌なことなんて何一つない。
「本当に? よかった。私は彼氏役を鳴瀬くんにお願いできてうれしかったから」
「え!?」
「クラスメートだし、全然知らない人が相手じゃないからね」
「あ、ああ、うん、そういう……」
「それに、今までは鳴瀬くんのことをよく知らなかったけど、こうやってちゃんとお話してみたら鳴瀬くんがいい人だってわかったから、安心してるんだ」
「…………」
「私、やっぱり派遣カップルのお仕事ってよくわからないけど、でも鳴瀬くんには迷惑をかけないようにがんばるよ。だから鳴瀬くんも彼氏役として、これからよろしくね」
そう言ってニッコリと極上の笑みを浮かべる比奈森さんに、俺は何も言えなかった。
正直に言うと、俺はその笑顔に見とれてしまっていたんだ。
今までも、実はうっすらと感じていたことがある。でもそれは、あえて意識に上らせてこなかったことだ。しかし、もうこうなった以上は認めるしかないだろう。
比奈森さんって……、実はかなり可愛いのでは……?
「……こ、こちらこそ、よろしく……!」
そんな事実を認識してしまった俺は、赤くなっているであろう顔を俯いて隠しながら、かろうじてそう返すことしかできなかった。
……ひ、比奈森さんとカップル……。比奈森さんが、俺の彼女――いや、あくまでも両方『役』だからな!? なに考えてんだ俺は!?
「あっはっは、いやーよかったねー。これで無事新ユニットの成立だよきみー。きみ達二人の場合は、やっぱり王道の高校生カップルということになるだろうねー」
そんなことを考えていると、所長がそう言って笑いながらまた俺の肩をバシバシと叩いてくる。痛いしウザいが、今のこの茹だった頭にはそれが逆にありがたい気分だった。
「さて、とー。……じゃあ、早速始めようかー」
「……え? 始めるって何をです?」
だが続けてよくわからないことを言ってきたので訊き返すと、所長はニヤリと怪しい笑みを浮かべてこう言ったのだった。
「決まってるじゃないか。新人研修だよきみー」