第一章 姫と古の魔女 その8
『おい、何が起きたって言うんだよ!』
頭の中でエイトは訊ねる。
『今のが王の力なんだ』
『答えになってねーよ!』
そうヴィノスに文句を返したところだった。
ドンッ、ドンッ! と、激しく音を立てて、祠の扉が揺れる。
続けてバンッ! と、大きな扉が弾け飛んで、
「げっ……」
エイトは頬を引き攣らせた。ダラダラと涎を垂らして殺る気満々、戦闘モード一〇〇パーセントの巨大な猪型の魔獣が、祠の中へと飛び込んで来たからだ。
それに困惑しているのは、もちろんエイトだけではない。
「くそっ、こんな時に……!」
歯噛みしているルーファスはもちろん、他の帝国兵たちもかなり狼狽していた。
『やったね、エイト! これはちょうどいいや』
『ちょうどいいって、何がだよ』
『エイトが手に入れた王の力――左目に宿された魔眼の力を使えば、あの魔獣とアイツらを戦わせて、ここから逃げ出すことが出来るってことさ。さっきボクが力を使っていたのを、エイトは見ていたでしょ?』
『……つまりその魔眼の力ってやつを使えば、他人に言うことを聞かせることが出来るってことでいいんだよな?』
『そういうことだね。相手の目を見て命じるんだ。やってみて』
天井を見上げるように頭を上げた魔獣は、高らかに咆哮した。これから襲い掛かる相手を、竦ませようとしているように思える仕草だ。
考えている暇ははない。
この場を切り抜ける方法はそれ以外にないだろうと、ルーファスたちに右手の人差し指を向けて命じてみる。
「おい、お前ら!」
なんだ? と振り返るルーファスたちを左目で捉えて、
「その魔獣を倒せ!」
真っ白に染まった視界に浮かび上がったのは、先ほどと同じ紋様だ。
ちくりと、左目に微かな痛みが走る。
「承りました、我が主よ」
戻ってきた視界に映ったのは、ルーファスを含めた帝国兵たちが揃ってエイトに向けて膝をつき、忠誠のポーズを取っている姿だ。
続けてルーファスは、周りの兵士たちにも威勢よく声を掛ける。
「行くぞ、お前たち!」
「うおおおおおおおおおおッ」
意気揚々と声をあげて先陣を切ったルーファスに続いて、帝国兵たちもそれぞれ武器を構え、魔獣に襲い掛かっていった。
その姿を見て、ほっと胸を撫で下ろすエイト。
どうやら成功したようだ。
そこに、ヴィノスが声を掛けてくる。
『落ち着いてる場合じゃないよ。早くここから脱出しよう。ボクが道案内するからさ』
『脱出って……』
この状況なら、と声に出して返したところで、天井からパラパラと砂の粒が落ちてきていることに、エイトは気付くことになった。
『なんだ、これ……?』
『ボクがあの祭壇から解放されると、この迷宮は維持出来なくなる仕組みになっていたんだ。だから、急いで逃げた方がいいよ』
『――っ、なんだよそれ……!』
どのみち逃げるつもりだったとはいえ、まさかそんな状況に陥ってしまうだなんて。
もちろん崩壊に巻き込まれるわけにはいかないので、すぐにエイトはリリシアのもとへと駆け寄っていく。
「起きろ、リリシア! ほら、ご主人様! 起きるんだ!」
両肩を揺らしながら声を掛けると、リリシアはゆっくりと瞼を開いて、
「エイト? ここは……」
目を覚ますなり左右を見て周囲を確認。
それで、状況を理解したようだ。
ぱっと大きく目を見開き、驚きながら訊ねてきた。
「ちょっと、これってどういうことなの!? 何がいったい、どうなってるっていうのよ!?」
その反応も当然のことだろう。
崩壊の兆候がある迷宮の中、ルーファスたちが魔獣と戦っている光景なんて、いきなり見せられたら混乱するに決まっている。
とはいえ、
「説明はあとでちゃんとするから、とりあえず逃げよう……立てるか?」
「立て……あっ……!」
手を引いて立ち上がらせようとしたエイトだったが、すぐにリリシアは膝から崩れ落ちてしまう。
「仕方ない。背中に乗ってくれ」
リリシアはカッと頬を赤く染めて、
「な、なんでわたしが、あなたの背中なんかに……!」
「そうやってここまでだって連れてきたんだ。それに奴隷がご主人様を背負うなんて、当然のことだろ?」
「うぅ、屈辱だわ……」
不満を漏らしながらも、そうするしかないと判断したのだろう。
屈んだエイトの背中に、リリシアは身体を預けた。
「絶対に落とさないでよ。落としたら許さないんだから!」
「わかったわかった」
――って。
ぎゅっとリリシアがしがみついてきたものだから、ふにゅりとしたおっぱいの膨らみを、エイトは背中に感じることになってしまう。
とても嬉しい感触だ。
そして甘くてふんわりとした、いい匂いもする。
もちろんその指摘をしたら、すぐにリリシアは下りてしまうだろう。
だから、そうすることはなかった。
状況も逼迫している。
「んじゃ、行くぞ」
声を掛けて走り出す。
(って、なんだこれ?)
すぐにエイトは自分の身体の変化に気付いた。
めちゃくちゃ身体が軽いし、これまでに絶対に出なかったような速度で走ることも出来れば、出来なかったような動きだってすることが出来る。
『どういうことなんだ? 俺の身体能力が上がってるのか?』
『王の力の一つさ』
エイトの変化には、背中のリリシアも気付いたようだ。
「どういうことなのよ? どうしてあなたが、こんな動きを……」
「その話も、後でちゃんとするから」
そうとしか今は答えようがないし、なによりまずは脱出だ。
そこは右だとか次は左だとか、道を知ってるらしく、ヴィノスが指示を飛ばしてくる。
それに従ってエイトは、迷宮の出口へと突き進んでいった。
☆ ☆ ☆
『もう少しで外に出られるよ』
ヴィノスが声を掛けてきたのは、地下二階を抜けて、地下一階に辿り着いたところでのことだった。
崩落の兆候があった遺跡だったが、地下一階に上がってからは、さっきまでの出来事がまるで嘘だったかのように静まり返っている。
ただ、このフロアには光がない。
すでに深夜のようで、周囲を照らすのは天井の隙間や入り口の方から漏れ出してくる月や星々の明かりくらいのものだ。
なのでエイトは速度を緩め、周囲の気配を探り、足元にも気をつけながら、出口へと向かって進んでいった。
「なんとか抜けられたか」
問題なく、出口に辿り着く。
広大な森の中のひときわ高い場所にある古代遺跡。
入り口の階段を上り切ると、ゴールに相応しいとびきりの星空が目に飛び込んでくるのだろうと思っていたのだけど――。
「え……?」
最初に瞳に映ったのは、想像通りの綺麗な星空だった。
問題はそのあとだ。
続いて視界に飛び込んで来たのは、広がる森のその先の景色。
「嘘、だろ?」
喉元からこぼれ落ちて、エイトの全身から力が抜けていく。
「どうしたのよ、って――」
棒立ちになっているエイトの耳元でリリシアが訊ねた。
直後、彼女も気付いたようだ。
「……嘘、でしょ……?」
信じられないというような声がリリシアの口からこぼれ落ちる。
二人の視線が向けられているのは、リリシアが生まれ育った国、ラングバード王国の王都がある方角だ。
その景色といえば、いつもとは違う様相を呈している。
リリシアの生まれ育った城が。
ラングバード王国の王都一帯が。
全てが真っ赤に――。
真っ赤に燃えていた。
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試し読みは以上です。
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※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。
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