◆四首目 親友の家に招待されると困る

「じゃーん! ここがボクの新居だ! どうだ奏治、ボロいだろ!?」

「いや、別に胸張って自慢することじゃないと思うんだが? ……まあでも、話には聞いてたけど確かにボロいな……」

 別の日。電車に揺られ十五分、途中寄り道はしたが駅から歩いて十分ってところだろう。

 俺は今、桃亜の新居となる『諸井アパート』へとやって来ていた。

 俺たちはお菓子や飲み物がパンパンに入ったスーパーの袋を一つずつ持っており、二階へと上がる。

「さあ奏治、遠慮せずに入ってくれ。さっそく再会パーティー始めようぜっ」

 桃亜がわくわくした面持ちで二階の隅にある家の鍵を開け、俺を中へと促す。

「はは、そのつもりだが……。桃亜、お前って本当俺に対しては警戒心ゼロだよな」

 先日の様子を見て桃亜が俺を友人と見ていることは分かったので、誤解しそうな行動や言動をされても俺は変に意識しなくなった。だが正直もう少し躊躇して欲しかった。じゃないと家に上がった後、警戒心ゼロ故に色々問題が起こりそうな気がしてならない。

「んぁ? 何の話?」

 桃亜は意味を理解していないようで首を傾げてみせるため、俺は噛み砕いて説明する。

「いや、だから……年頃なんだし、俺を家に上げたら襲われるんじゃないかとか、少しは心配しなくて大丈夫なのかよって言いたいんだ」

「ボクが奏治に襲われる?」

「あくまで例え話だからな」

「……」

 念を押すと、桃亜はぱちくりと瞳を瞬かせ、まじまじと俺を見つめる。

 しばし気まずい時間が流れた後、桃亜がふいにからっと笑った。

「ボクは別に、奏治になら襲われてもいいけど?」

「やっぱり俺相手ならありだよな、うんうん…………って襲われてもいい!?」

 今や可愛い女子と言っても過言ではない桃亜からまさかの返答をもらい、俺はぎょっとして仰け反っていた。

「うんっ。だって絶対楽しいじゃん!?」

「楽しいって、お前……っ」

 立派な女性の膨らみをたぷんっと弾ませながら近寄られ、俺は混乱を禁じ得ない。

 桃亜のやつ、俺に襲われて楽しいって……何考えてるんだ?

 いや待て。まさかこいつ……昔から俺のことを異性として見ていた? だから今まで飽きることなく毎晩電話して、襲われても楽しいだなんて発言を……。

 ──……ドクン、ドクン。

 俺は桃亜が自分を友人と思っていると理解しながらも、昔なら考えもしなかった思考を抱き、この後に起こるかもしれないピンク色のイベントを妄想してしまうのだが──

「あん? どうしたんだよ奏治、ぼーっとして。ボクを襲うって、昔みたいにプロレスごっこするってことだろ? 昔はよく技かけあって楽しかったよな~。ま、奏治が仕掛けてきたら遠慮なく返り討ちにしてやるぜい!」

 桃亜が楽しそうに八重歯を見せ、わんぱくにガッツポーズを決めていた。

 俺は面食らった後、自分に呆れるように溜め息を漏らしながら頭を振る。

 ──そうだ、そういう意味以外にありえないよな。

 昔なら疑いもなくプロレスごっこのことを言ってると理解できたはず。なのに邪な勘違いをしてしまうのは、俺がまだどこかで桃亜を異性として意識してるからに違いない。

 異性との友情が崩れるのは、相手を異性として見ることから始まる。

 桃亜はご覧の通り、俺を友人として見ている。つまり、こいつとの友人関係を維持できるかどうかは俺にかかっていると言っていい。

(……男女の友情は成立する。いや、させてみせる。桃亜は俺の友人なんだっ)

「それよりほら奏治! 遠慮しなくていいから入った入った~♪」

「──ちょコラ、引っ張るなって!」

 桃亜のやつ、本当に無警戒すぎるし、絶対俺が困るような何かが起こる気がする!

 楽しいイベントを前に悪い予感を覚える俺だが、待ち受けていたのは意外なものだった。

「よーし奏治、じゃあさっそく今からお菓子を広げてカンパイを……………………あっ」

「ん? …………桃亜、お前これ」

 間取り1K8畳ほどの古びた和室は未開封の段ボールで足の踏み場もない状態だった。

 俺の手を引いていた桃亜が振り返り、照れ臭そうに笑う。

「でへへ~。数日前に越してきたばっかだから、まだ整理終わってなかったや。奏治、悪いけど手伝って?」

「はぁ……仕方ないな」

 その後、片づけが苦手な桃亜に代わり、俺が仕切る形で整理を始めた。

 何をどこに置いたらいいかを聞き、時々懐かしいアイテムを見つけてはサボるという整理あるあるムーブをかます桃亜の首根っこを掴んで効率重視で片付ける。

 そして数時間後、部屋はパーティーができるまでに綺麗になっていた。

「おおっ! どっから手つけていいかわかんなかったのに、奏治の言うこと聞いてたらいつの間にか片付いてた。さすが奏治だ、すんげぇー♪」

 桃亜がさっきまでの状態と比較して丸っこい目を子供のように輝かす。

「ふん、こんなの頭を使ってやれば朝飯前だっ。そんじゃあ桃亜、適度に動いたせいで腹減ってきたし、さっさとパーティー始めようぜ」

「おうっ! あ、でも待ってよ奏治。ボク今けっこう動き回ったから汗でベトベトだし、シャワー浴びてきてもいい……?」

「お前、昔から部屋は適当なのに、生身の衛生面においてはしっかりしてるよな……。分かった、行ってきていいぞ。準備はしとく。今日の主役は戻ってきたお前なんだしよ」

「さんきゅー奏治っ。ほんじゃボク、ちょっとひとっ風呂行ってくる。んっしょと」

「俺も少し休みたいし、気にせずゆっくりでいいぞ。しっかり綺麗に──ンッ!?」

「ぷはっ。やっぱベトベトで気持ちわりぃ~……さっさとスカートも脱いじまおっと」

 ──ファサッ。

 セーターを脱いだ後、なんと桃亜は躊躇いなくスカートもキャストオフしていた。

 ワイシャツのおかげで下着はぎり見えていないが眩しい腿の付け根までが丸見えだ。

 さらに桃亜は自然な流れでシャツのボタンもぷちぷちと外していき、すぐに柔らかそうな眩しい膨らみがぷるんと露わになって、

「あああああああああもうお前は────っ!!」

 ぺしーん!

 俺は赤面した後、すかさず桃亜の頭をはたいていた。

「いっでえええええー!? 急に何すんのお前っ! 親から離れたらゲンコツとかされないって思ってたのにーっ!」

「知るかボケーッ! お前な桃亜、脱ぐなら場所を考えろよっ!」

 俺は吠えながら指の隙間から桃亜を確認する。

 あいつは両手で頭を押さえ、若干涙目になりながら動揺しきった表情を浮かべていた。きっとなぜ殴られたのか分かっていないんだろう。

「は、はあ? 昔から家に泊まった時、風呂入る時は目の前で脱いでたじゃん。何ならその時、裸だって見てる仲だろっ。奏治、今さら何言ってんだよ!」

「基本的には昔と同じでいいけど、あの時とまんま同じことやってたら色々とまずいだろうが! 多少は節度を持て、多少は!」

「……むー。やっぱり奏治も、他の男子と同じでボクのこと変に女扱いするんじゃん」

「は? どういう意味だよ?」

 桃亜がワイシャツを脱ぎかけたままの状態で、むすっとそっぽを向いて語る。

「ボク、転校してからも男子からはオトコ女扱いされてたんだ。でも中学に上がって胸がでかくなり始めてからころっと態度が変わってさ。オトコ女とか言われなくなった代わりに、変な目でじろじろ見られるようになったんだ。別に男子のことはどうでもよかったからそれで構わなかったけど、奏治にまで距離置かれると……なんかつまんない」

 俺はまず、親友が自分と離れた後も酷い扱いを受けていたことに胸が抉られる想いを抱く。

「……桃亜」

 腕組みしてふてくされたように俺と目を合わさない桃亜を見て考える。

 一番離れて行って欲しくない俺が他の男らと同じように自分と距離を置いている。

 こいつはそれが嫌で(もしかしたら不安で)怒っているんだろう。

 もしかしたら大好きなかるたをやる際にも影響が出ると考えているのかも。

 何となく気持ちは分かるし、昔のまま振る舞うのを許してやりたいところだが、今回のこれはハグなどという優しいイベントとはわけが違う。

 俺は桃亜が相手とはいえ、言い辛さを覚えつつも本音を口にする。

「……あんまりお前を異性と思いたくないんだよ。遠い存在になってくみたいで怖いっつうか。だから、せめてもう少し控えて欲しい。あとな桃亜、お前だって女の子なのは間違いないんだ。友人として、もっと自分を大事にして欲しいって思っちゃ悪いかよ?」

「………………奏治」

 はっとした様子で桃亜の両目が大きく見開かれ、俺の顔をまじまじと見つめてくる。

 俺は気まずさを覚えてわずかに視線を逸らす。

 するとあいつは、照れ臭そうに若干赤らめた両頬を抱えて目を閉じて。

「っ♪」

 言い知れぬ喜びに悶えるように、わずかに体を左右に揺らして微笑んでいた。

(きっとこんな風に前向きに女扱いしてくれるやつは周りにいなかっただろうし、それが嬉しくて仕方ないってところか)

 俺が柔和な表情で見守っていると、桃亜は急にハッとする。

「あれ? なんかボク、一人でよく分かんないゾーンに入ってた! 何だ今の? うん、考えてもわかんないし……ま、いっか! わははっ。でも奏治、ボクのこと気遣ってくれてありがとな。変な感じだったけど嬉しかったよ!」

「気にすんな。それより、急にぶって悪かった。まーでもそういうことだから、これからはさっきみたいな真似は控えて──」

「やだ」

「は? おい待て、お前は俺の話を聞いてなかったのか……?」

「聞いた上でやだって言ってんの。奏治はボクが女だと思うと不安になるんだろ? だったらそんな不安はボクがぜんぶ吹き飛ばーす! 女だってこと忘れちゃうくらい、とことん昔のまま接してやるよ! ほら、今まで通りの方がぜったい楽しいじゃん? だから奏治、ぜんぶボクに任せとけっ!」

 八重歯を見せて自信満々に胸を叩く桃亜から、男子のような逞しさが溢れ出ていた。

 俺はこのシチュエーションにデジャヴを覚えながら呆れたように苦笑する。

 強引で真っ直ぐで、他人の意見なんて聞きやしない。いつも俺の手を引き、ブルドーザーみたいに突き進む男友達のように力強い存在。それこそ俺が知っている巴桃亜という友人だ。外見はともかく、もうここまで中身が変わっていないと笑いが込み上げてくる。

(こいつは本当に、俺が大好きだった桃亜のまんまなんだな。やっぱりこいつは友人だ)

「そんなわけだから奏治、後よろしくー」

 桃亜はどこかご機嫌な様子で適当に着替えを見繕うと脱衣所へと消えていった。

「はぁ……やれやれ」

 どこまでも奔放な桃亜に振り回されるのには慣れている。今日からまたそんな日々が始まると思うと面倒だが、反面喜んで既に受け入れてる自分がいた。

「るんるんる~ん♪ あしびきの~やまどりのおのしだりおの~」

 だからその後、風呂場から聞こえる鼻歌を耳にしながら準備をしていた俺は、とんでもないお願いをされても驚きこそすれど無闇に拒絶したりはしなかった。

「ごめん奏治ー。悪いけど着替えのブラと下着忘れた。衣装ケースの一番上に入ってるから取ってくんね?」

 声が反響してるので、桃亜が風呂場の扉を少し開けて呼びかけてるのが分かった。

「はあ!? 取れってお前な、そもそもそんな大事なもんを忘れるなよっ」

「だからごめんってばー。奏治が持ってきてくれないとノーブラノーパンで服着ることになるんだって。……あ、その方がいいとか言うんだったらそうするけどぉ? ぷふーっ」

「あーもう分かった! 扉閉めて待っとけ、今持ってくから」

 さっきの脱衣に続いて、思春期に仲の良い女友達を持つと次から次に難題が起こるようだった。そんなことを思う最中、俺はふと先程のあいつの言葉を思い出す。

 ──ボクが女だってことを忘れるくらい、とことん昔のまま接してやる。

 既にその約束通りに動こうとしている意志を感じる俺は、嫌そうにしながらも内心そこまで悪い気はしておらず、自然と頬が緩んでしまう。

「えーと、一番上だからここか。……っ」

 俺は少し緊張を覚えつつも、宝箱を扱うように慎重にケースを開けた。

 下着のチョイスというのは本人の性格が出るのかもしれない。

 桃亜のさっぱりした性格を表すように、中は白と黒の下着で満ちていた。

「……あ、でも青もあるな。そういえばあいつ、アトミックレオのイメージカラーが青だから好きだったっけ。……つか、何色を持っていったらいいんだ? 桃亜は特に何も言ってなかったし……。くぅ、全くそんなことはないんだろうが、試されている気がする」

 俺は数学の難問を前にしたように、顎に手をあて考え込む。

「今のあいつの気分的に黒は違う気がするな。じゃあ、やっぱり好きな青か? 普通に考えればそのはず。よし、ここは無難に青で行くか。…………いや、でも待て。今はまだ入学シーズン……あいつの単純な性格からして、もしかしたら──」

 考えた末に一色を選んだ俺は、脱衣所へと持っていった。

 そして数分後。

 パーティーの準備をしながら「にしても桃亜のブラでかかったな。まあ、あれだけ立派なもんを持ってたら当然か」などと落ち着かずに悶々としていると桃亜が戻ってきていた。

「待たせたな奏治!」

「お、おう。お帰り」

「ふぅ、汗流したらさっぱりした~! 体を綺麗にするとテンション上がるよなっ。あー、あとそうそう、今は高校生活が始まって真っ新な気分なのもあって下着は白がいいって思ってたんだ。偶然、奏治が白を選んでくれたから余計に気分いいぜ。わっはっはー!」

(よし、予想的中!)

 長年の付き合いがなせる業だった。

 何かゲーム的な達成感を覚える俺は小さくガッツポーズを決める。

 しかし、そういう余裕はあったものの、正直俺はあの色気あるデザインの下着を桃亜が身に着けていると思うと、どうしても異性であることを意識して落ち着かなかった。

「ほ、ほら桃亜、もう準備はできてるし座れよ。はやく始めようぜ」

 そそくさとテーブルの前に腰を下ろす。

「うーん…………。あっ」

 桃亜は明らかに変な様子の俺を見て、何が原因か気づいたのだろう。

 つんつんと後ろから俺をつつき、悪戯げな声色で言う。

「ねえねえ奏治、ちょっとこっち向いてよぉ」

「今度は何だ? 言っとくけど桃亜、俺を慣れさせるためとはいえさっきみたいな過剰なお願いは──」

 しないで欲しいと言いかけて振り向いた瞬間だった。

「くらえ奏治! 昼夜逆転の術・高校生Ver!」

「ぶはあああっ!?」

 俺の顔全体が何かにすっぽりと覆われていた。

 おまけに顔にふっくらした何かが強く押し付けられる。

 一瞬何が起こったか分からなかったが、桃亜の言葉を思い出して理解する。

「桃亜! まさかこれ!?」

「わははははっ! どうだ奏治、成長したボクの昼夜逆転の術は!? 余計に視界が真っ暗で何も見えないだろ!」

 やはり俺の想像通り、昔よく桃亜にふざけてやられた自分の着てるTシャツで俺の顔を覆う昼夜逆転の術で間違いないようだった。

 本人は楽しそうなので全く何も気にしていないっぽいが、久々にふざけた術をかけられた俺はたまったものじゃない。

(お互い思春期なのに、なんてことしやがるんだこいつはー! こんなことされたら、いくら友人と分かっていても──つか、犯罪的なまでにでかくて柔らかすぎるうう……!!)

 桃亜はだぼっとした大き目のTシャツの裾を伸ばし、しっかり蓋をしている。

 おかげで俺は逃げられず、押せば弾き返す弾力を持ったふくらみに熱烈な歓迎を受けて心拍数が急上昇していく。

 昔から俺は胸部に密着するこの術に苦手意識が強かったが、当時桃亜はぺたんこだったのでやられる度に徐々に慣れていっていた。けど今は昔とは全く状況が違うためそういうわけにはいかない。

(息苦しいはずなのに、それを苦にも思わないほどの柔らかさ! しかも風呂上りのせいでしっとりしてるし、ボディーソープのいい匂いや、さっきの清楚なブラ生地から漂う柔軟剤の上品な香りまでして……このままじゃ友人と分かってるのに桃亜のことを──)

 顔が茹だる俺は危機感を覚えて焦りながら叫ぶ。

「やめろ桃亜! いい加減はやく出せええ!」

「暴れてもムダムダぁ! 奏治には早く女っぽくなったボクに慣れてもらわなきゃだかんね。じゃないとかるただって一緒にまともにできそうにないし。そのためにはこれくらいの荒療治は必要さ。ほらほらガマンガマン~」

「バカ! 逆にトラウマになるわっ! 何事も順序が大事だろ!? いきなりラスボスレベルのもの持ってくるやつがあるかあああー!」

「ぎゃははははっ! 奏治ってばこれくらいでアホみたいに焦ってて腹いてぇ……!」

「て、てめぇ……俺が本気で言ってるのに楽しんでやがるな!?」

「ボクは友人のために心を鬼にして体張ってるだけだって~。別に奏治の反応を見て楽しんでなんか……っ……ぷく……ぶふううううううッ! や、やっぱダメだ! 昔と同じことしてるのに奏治の反応違いすぎておもしれー! ぎゃは、ギャハハハハッ!」


 数分後。

「かんぱーいっっ♪」

 頭にたんこぶを作り、俺と楽しげにグラスを打ち鳴らす桃亜がいた。

 さっきの件は悪意だけではないことは理解していたので、俺も軽く説教した後は「桃亜は友人」と自身に言い聞かせ、気持ちを切り替えて再会を祝う。

 まあ、一つ気掛かりなのは説教した際「ぶぅ……奏治から見てやりすぎなのは分かったけど、ボクは今後もやるからな? 奏治は友達だから今まで通りに接したいんだっ」とムキになって方針転換しない宣言をされたことだ。

 頑固な性格なのを知ってるだけに、今後の学校生活が気掛かりだった。

「んくんく……ぷっはー! コーラうっめ!」

「大げさすぎるだろ桃亜。天井へ向かってシャウトするほどか?」

 俺がテーブルに頬杖をついて苦笑すると、桃亜はぐっとサムズアップを決める。

「ああ、そのレベルのウマサさ! 奏治と久々に再会して飲むコーラなんだから、最高に美味しいに決まってんじゃん。大げさでも何でもないって」

「そーかい、そりゃ光栄だね。しかしお前、昔から本当コーラ好きだよな。他にも桃亜の好きなハンバーガーや肉もあるぞ。どんどん食え食え」

「おお~! そうだったそうだった! いただきまーす! ……まぐまぐまぐっ」

「お前、そんな一気に口に入れたら詰まらせて──」

「……!? ンッ、ングウウウウウッ!」

 桃亜がとんでもない顔で胸をばんばん叩いていた。

「言わんこっちゃない! そら、コーラ注いでやったから早く飲め!」

 すると桃亜は口を「ω」こんな風にして。

「むふ~……うっそーん。悪いな奏治、注いでもらって!」

 ずびしっ、と俺は桃亜の頭に軽くチョップをかましていた。

「ウソはやめい。普通に心配しただろうが。はぁ……にしてもお前は、昔から相変わらず悪戯好きのまんまだな」

「へっへーん、奏治と一緒にいると楽しいからついやっちゃうんだよね~。ま、とにかくさっ、今日はめでたい日なんだし、じゃんじゃん食って飲もうぜいっ♪」

 俺たちはその後、昔話に花を咲かせながら飲み食いした。

 そしてしばらく経った後、桃亜が肉を頬張りながら話題を変える。

「でも奏治、部活はやくしたいよな。体験入部って来週からだっけ?」

「ああ、予定表では週明けからになってた。入学直後は他に色々やることあるからな。でもまさか、昔みたいにまたお前とかるたできる日が来るなんて夢のようだよ」

「わはは。これも全て、半年前にボクの部活動推薦が決まったおかげだよね~。奏治、もっと感謝してもいいよ?」

「調子に乗るなって言いたいところだが、さすがにこればかりは桃亜に感謝だな」

 別れてから五年、まさかこんなに早く再会してかるたができるなんて……。

 本当に夢のようで今でも信じられない。

「俺が勉強特待生として推薦勝ち取った後に龍国からお前に話がくるとか、こんな上手い話ってあるもんなんだな」

「ボクは日頃の行いがいいからね~。ほら、やっぱりボクのおかげじゃん? あ~なんか急に肩凝ってきちゃったな~。ねえ奏治、はやく肩揉んでよ」

「だから調子に乗るなっつの。……はは、でもお前と一緒に過ごせると思うと色々楽しみだよ。昔みたいにかるた以外の遊びも一緒にやろうぜ。そうすれば気分転換にもなる。つまり──」

「んあ? つまり?」

 俺は意気揚々と立ち上がり、拳を握りながらテンション高く語る。

「つまり、いい気分転換になって勉強の効率が上がる! 学業優秀で高校の推薦を得られれば大学だって学費免除で行けるし、一石二鳥ってわけだ! ふははははははっ!!」

 都内最難関との呼び声が高い進学校『私立・龍国学園』──『当代無双』の教育理念を掲げる実力至上主義の学園に推薦入試で受かり、今や学費免除の勉強特待生である俺は、桃亜との再会でさらなるいい未来しか想像できず柄にもなく高らかに笑う。

「わははっ。奏治、お前って本当昔から勉強大好きのガリ勉マンだよな~」

「ぐ……仕方ないだろ。うちは貧乏で高校だって推薦枠とらないと厳しかったんだし、そりゃ勉強漬けの日々にもなるっての」

「なんか奏治、どうせ高校の推薦決まった後も、あとのこと考えてフライングで高一の勉強ガリガリ進めてそうだよな~」

「っ……お前、さすがに俺のこと分かってるな」

「そりゃ当然だろ。だって親友じゃん♪」

 桃亜はそう言ってコーラを呷り、氷を口に含んでボリボリかみ砕いて、

「でも奏治さ、そんな生活送ってたんなら色々たまってそうだよね。よおし、しょうがないからボクがガス抜きしてやるよ! てわけでプロレスごっこしようぜ!」

「プロレスって……あれけっこう密着するだろうが! 今のお前とできるわけないだろ」

「にひひ~ん。なに照れてんの奏治? 昔よくやったことだし、今さら恥ずかしがることなくね? ていうか、既にやる気になってるボクが逃がすと思ってる~?」

「──!」

 次の行動を読んだ俺がすぐさま立ち上がると、桃亜は間をおかずに襲い掛かってきた。

「ぐう……相変わらず頑固だな、お前はっ」

「へへーん、ボクはやりたいことはすぐやる主義だからね!」

 がっつり組み合う俺たちは視線を逸らさず睨み合う。

「つうか、どうせ遊ぶんなら、昔からずっと一緒にやってきたかるたでいいだろうが!? お互い、長いことあおずけくらってたから、まずやりたいのは試合だろう……?」

「仕方ないじゃん。ここの大家さんはボクのことよく知るかるた関係者で、部屋で素振りやったりするのも禁止って言われてるんだから」

「そういえば、前にそんな話してたな……変なとこで素直なやつめ……」

「ボクだって今すぐ奏治と試合したくてたまんないって。だけど大家さんとの約束でできないからむしゃくしゃしてるってわけ。そんなわけで、そろそろ本気出すけどいい?」

 まずい。桃亜が友人という認識は変わらないが、もし密着して今より異性と認識してしまえば、友情がゆらぐ原因となりかねない。俺には逃げる選択肢しかなかった。

「あ、こら待て奏治~!」

「誰が待つか! お前の技をくらってたまるかよ。大体加減だってしないだろ桃亜は!」

「なんでも本気じゃなきゃ楽しくないじゃん! いいから奏治、はやく技かけさせれー♪」

 狭い家の中をドタバタと逃げ回る俺だったが、すぐに脱衣所へと追い込まれていた。

「いい加減にしろ桃亜! 場所を変えてのかるたなら大歓迎だからそっちでいいだろ!?」

 桃亜は不敵な笑みを浮かべ、十指をうねうねさせて俺へとにじり寄りながら言う。

「でもやる場所なくね? 昔はよく奏治の家でもやったけど、妹が今年受験生だとかでかるたの練習すらさせてもらえないって言ってたじゃん」

「確かに家はそうだけどよ……じゃあ、近所のかるた会にでも……って、ダメか」

 実は……桃亜は事情があって自分の母親か俺としかかるたを取らない。

 そういう状況もあって、恐らく学校の部室でしかかるたは取れないだろうと以前話をしていたことを思い出す。

「ふっふっふ~。じゃ、覚悟はいい奏治? 今日のために磨きに磨いた技、ボクが今からたっぷり味わわせてやる!」

「く、くるな……頼むからやめろおおおー!」

 そして桃亜が飛びかかろうとした時だった──ぴんぽーん、どんどんどんっ。

 誰かが訪ねてきたようで、いささか手荒く玄関の扉がノックされていた。

「お、引っ越してきて第二号の客人だ! 今いきまーっす!!」

 俺は何となくどういう客かは分かっていたが、止める間もなくあいつは行ってしまう。

 十秒も経たない内、桃亜は怯えた表情でダッシュで戻ってきていた。

「うわああああ! 奏治、熊みたいな雰囲気のおっさんに『さっきからうるさい』って怒られた! しかも、次うるさくしたら大家さんに言いつけるだって!」

「はぁ……今の鬼ごっこに関しては完全にお前のせいだぞ。……つか、放せよ」

 桃亜が抱きつくせいで、俺の鳩尾あたりで餅のように柔らかい膨らみが潰れていた。

 俺は桃亜の首根っこを掴んで離れさせた後、うるさくなる鼓動を必死に抑え込んで言う。

「こほん。しかし、あれだな……俺たちが騒いでる音でさえ聞こえていたようだし、ここでかるたをやるのはやっぱり無理そうだな」

「うん、残念だけどそうみたい……。ちぇ、つまんないや。お互いの家もダメで、かるた会もボクが無理だから、奏治と試合できるのはやっぱり学校の部室だけってことになる。あーもう、はやく一緒にかるたやりたいっ!!」

 よほど我慢しているのか、桃亜がその場で地団太を踏むようにする。

「落ち着けって。あとしばらくの辛抱だ。……それより桃亜、お前は学校であんまり俺にベタベタし過ぎるなよ。問題になれば、最悪俺の特待生権限が剥奪される可能性だってある。そうなったら俺は退学一択だ。マジで頼むぞ?」

「……わかった。気をつける」

 理屈というより本能で理解しているんだろう。桃亜は俺ともう二度と離れ離れになるのはごめんなようで、神妙な面持ちで珍しく素直に頷いていた。

 けれど桃亜はどこまでいっても桃亜だ。すぐに明るい表情を浮かべて両手を広げて言う。

「それはそうと! ドタバタできないんだったらボクとゲームしようぜ! 今日奏治とやるために買ってた最新ゲームがあるんだ! ほらほら、はやくこっち~!」

「あーわかった。行くから慌てるなって」

 昔と何一つ中身が変わらない桃亜に引っ張られ、俺はされるがままだ。

 でもこの平穏な時間が愛おしくて堪らない。桃亜との学校生活を思うと不安でしかないが、また二人で楽しい時間を紡いでいけると思うとワクワクして仕方がない状況だった。

 なにせ週明け、ついに桃亜と待ちに待ったかるたができるんだ。

 あれからどれくらい桃亜が強くなったのか、あるいは自分がどれだけ桃亜に追いついたのか、ようやく試せる機会に恵まれる。

 俺は心の高まりが収まらず、待ち遠しくて仕方なかった。


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試し読みは以上です。


続きは2021年4月24日(土)発売

『大親友が女の子だと思春期に困る ようこそ1000分の1秒の世界へ!』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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