第4話 明和台高校の恒例行事 その1
明和台高校の春は地味に忙しい。まず一つが今日から始まる新入生の体験入部期間だ。 これは運動部、文化部関係なく全力で部員確保のためにありとあらゆる手を駆使して奪い合う戦争週間。この争奪戦に敗れれば取り潰しもあるのでどの部も必死になる。
そして二つ目は5月の初めに行われる球技大会である。男子はサッカー、女子はバスケと種目が決められており、体育祭・文化祭に次ぐ一大行事だ。学年関係なく抽選で対戦相手を決めて一試合のみ行うのだが、親御さんも観戦できるので毎年白熱した戦いとなる。ただ一日ではすべての試合を消化しきれないため、数日にわたって開催されるのが難点だ。
「まぁこの球技大会の狙いは新クラスの団結と新入生との親睦を深めるのが主な目的なのはみんな知っていると思うが、どうせやるなら勝ちに行こうじゃないか!」
拳を掲げながら教卓から身を乗り出す勢い訴える藤本先生。
ちなみに去年は、俺達男子勢はサッカー部の先輩が複数いる三年生と当たって敗北。女子は二階堂の活躍もあって上級生相手に勝利を収めた。
「男子は吉住と日暮がいるからな。それに野球部の茂木もいるし、運動神経が高い男子が揃っている。女子もバスケ部不動のエースの二階堂と一葉もいるからな。しっかり作戦を考えれば上級生と当たっても勝てると思うんだが、どうだ?」
いや、どうだって聞かれても困るよ先生。
「勇也君、勇也君」
「ん? なに、楓さん」
左隣に座る楓さんがそぉっと机を近づけながら小声で話しかけてきた。どうしたの?
「私は勇也君のカッコいい姿が見たいですっ。全力で応援しますっ」
耳元で囁かれた。えへっと蕩けるような天使の微笑みに魅せられて、俺のやる気スイッチがオンになった。楓さんが応援してくれるならやる気を出さないわけにはいかない!
「……おい、伸二」
俺は前に座る親友の椅子を軽く蹴る。どうやら伸二も大好きな彼女に何か言われようで振り返った伸二の口角は吊り上がっていた。その瞳は燃えていた。なら、決まりだ。
「先生! 俺と伸二はやる気マックスです!」
「お、おぉ!! そうか、吉住と日暮はそう言ってくれるか! 他はどうだ!?」
俄然テンションが上がった藤本先生が俺達以外の男子に発破をかけるが、去年から引き続いて同じクラスになった野球部の茂木を含めていまいち乗り気ではない。
「皆さん、球技大会頑張りましょう! 私も全力で応援します!」
楓さんが応援する、その言葉一つで男子生徒の心に火が付いた。拳を天に掲げて「やってやるぜぇ!」と絶叫している。俺が言うのもなんだか、みんな単純だ。
「どうせやるなら男女ともに勝ちましょう! ね、二階堂さん!」
「え、私? まぁ私もやるからには勝ちたいけど……一葉さんも出てくれるの?」
「もちろんです。やるからには全力で勝ちに行きましょう」
フフッと不敵に笑う楓さん。自身に満ち溢れているようだが大丈夫か? 二階堂の運動神経は正直ずば抜けている。俺も体育の授業で見かけたときは度肝を抜かれたぞ。
「そうか、一葉さんが全力を出してくれなるら願ったりだ。そこに吉住の応援があれば完璧かな?」
頬杖をついて爽やかな王子様スマイルを向けるな。ドキッとするだろうが。それはさておき、楓さんが全力でバスケの試合に臨むというのなら俺は声が枯れるまで声援を送るさ。そんなの当たり前じゃないか。
「勇也君の応援があれば百人力です! 120%の力で頑張ります!」
「頼もしいね。この調子なら今年も勝てそうだよ。よろしく頼むね、吉住」
「俺の応援でよければいくらでもするさ。二階堂も頑張れよ」
二階堂のバスケをしている姿はつい見惚れてしまうくらいカッコいいからな。それが楓さんとタッグを組んで全力プレーをしたらどんな化学反応が起きるのか今から楽しみだ。
「……このすけこまし」
「……勇也君の浮気者」
楓さんのフグ顔に二階堂のジト目のダブルパンチを食らった。どうしてだよ!? というか浮気者!? その発言はおかしいと思うよ楓さん!
「フフッ。まだ少し先ですが、勝利を目指して頑張りましょうね、勇也君!」
「そうだね。楓さんに応援してもらって負けるわけにいかないからね。全力で勝ちに行くよ」
「カッコいい勇也君をたくさん写真と動画に収められます……ぐへっ」
*****
「楓ねぇ! お昼時間ですっ!」
元気印もとい嵐のような一年生、結ちゃんが俺達の教室に押しかけてきた。
あの金髪の美少女は誰だと驚くクラスメイトの視線を一手に浴びるが、気にしたそぶりは一切見せずに俺達の元へとやって来ると当然のことのように楓さんの背中に抱き着いた。それを苦笑いしながらも受け入れる楓さん。
「結ちゃん。来てくれるのは嬉しいですけどクラスのお友達と一緒に食べなくていいですか?」
「いいの! 今日は楓ねぇと再会のお祝いがしたいの! 話したいことたくさんあるし、イケメンな彼氏さんに聞きたいこともたくさん……あれ?」
結ちゃんが俺の隣に座る二階堂を見て言葉を失った。この一年でこの事態に慣れている二階堂はすっと立ち上がって固まっている結ちゃんのそばに寄って、
「初めまして、私の名前は二階堂哀。れっきとした女だよ。君の名前は? なんて呼べばいいかな?」
「あっ……はい。宮本結です。呼び方は……その、お任せします」
「フフッ。そうか。なら結ちゃんかな? 可愛い名前だね」
二階堂は爽やかに微笑んでいる。あれは幾多の女子生徒を虜にしてきた魔性の顔。少女漫画の王子様のごとくアゴくいでもしようもなら卒倒すること間違いなし。現に結ちゃんも顔を赤くしてあわわとしている。
「え、あっ……えぇと……その……楓ねぇ、助けて!」
パニックの末に結ちゃんが選んだのは楓さんを矢面に立たせることだった。仕方ないですねと苦笑いを浮かべながらヨシヨシと頭を撫でる楓さん。
「アハハ。びっくりさせちゃったかな。ごめんね、結ちゃん」
下手人の二階堂は謝るが、結ちゃんは楓さんの背中に隠れたまま警戒を続けている。やりすぎたかなと頭を掻きながら反省しているが全くもってその通りだ。
「初対面の後輩なのに刺激が強すぎるんだよ。少しは自重しろよな? 新入生の女子をみんな虜にするつもりか?」
「そんなつもりはないけど……ねぇ、吉住。私ってそんなにイケメンかな? 女の子に見えない?」
ショボンとして俺の肩に手を置きながら尋ねてくる二階堂。どうしてそこに自信がないのかわからないが二階堂はどこからどう見ても美少女だ。
バスケで鍛えられた身体に無駄な肉はないのに胸部装甲だけはしっかりしているという矛盾。眉目秀麗で中世的な顔立ちとハスキーな声音をしているが、むしろそれが二階堂の魅力だと俺は思う。
「そっか、そっか! 私は美少女か! 吉住がそういうなら間違いないね! やっぱり持つべきは友だね!」
「まぁ楓さんには負けるけどな! ってこら、くっつくな! 離れろ、二階堂!」
男同士がするように気さくに肩を組んでくる二階堂。引き剥がそうにも何故か力を入れて抵抗するし、バシバシと背中も叩いてくる。地味に痛いのだがそれ以上に痛いのは楓さんの視線だ。ぷくぅと頬を風船のように膨らませて無言の抗議。
「これ以上の密着はダメです、二階堂さん!」
だが風船の空気はすぐに破裂した。拘束から抜け出そうと足掻いている俺の手を強引に引っ張って救出すると勢いそのまま抱きしめられた。自分がぬいぐるみになったような気分だ。
「ごめんね、一葉さん。ついこれまでの癖で……今後は気を付けるね」
アハハとあっけらかんと笑う二階堂に対してガルルルと警戒心をむき出しにする楓さん。だけどいい加減は離してほしい。楓さんの胸に顔を押し付けられているので呼吸ができない。このままでは幸せを感じながら窒息死する。助けて!
「フフッ。大丈夫だよ一葉さん。獲ったりなんてしないから。吉住の隣は一葉さんだけのものだからね。でも、そろそろ離してあげたほうが良いと思うよ?」
「い、嫌です! 離しません! 勇也君は私が絶対に幸せにするんだもん!」
あぁ、楓さんの〝だもん〟はいつ聞いても可愛いなぁ。あれれ、なんか視界が真っ白になって来たぞ。
「いや、それはいいんだけど……このまま抱きしめていると吉住は息が出来なくてヤバイと思うよ?」
「……え? あぁああああ勇也君!? 大丈夫ですか!? 息していますか!?」
ようやく俺の状態に気付いた楓さんが解放してくれた。空気は美味しいがあの感触にもっと包まれていたかった。幸せだった。
「フフッ。その蕩け顔を見るに大丈夫そうだね。それはさておき。早く移動しないと昼休み終わっちゃうけどどうする? 今からでもカフェテリアに行く?」
二階堂に指摘されて時計を見るとまだ昼休みの時間は残っているが今から行って席は空いているのだろうか。しかも今日は結ちゃんもいるから六人分。加えて去年の俺達がそうであったように新入生も多く集まるはず。そう考えると絶望的だな。
「ちょうど秋穂から連絡着て、席は六人分確保できたみたい」
「マジか。大槻さんいつの間に移動していたんだ?」
「一葉さんに勇也が抱きしめられて窒息しそうになったあたりかな? 甘くて耐えられないって言って先に出ていったよ」
伸二は苦笑しながら立ち上がった。甘かったかどうかについて議論をしたいところではあるがとりあえず今は移動をしなければ。待たせれば待たせるほど、大槻さんが泣きわめくことだろう。
「そういうこと。僕は先に行っているから勇也たちも早く来てね」
「わかってるよ。楓さん、そういうわけだから行こうか?」
伸二は早足で教室を後にした。それに続くように二階堂も出て行ったが、その直前に口元に笑みを浮かべてウィンクを飛ばしてきた。そして口パクで『ごめんね』と。楓さんをあおるためにわざとやったな。
「勇也君と二階堂さんが目と目で通じ合っています……うぅ……私だって勇也君と以心伝心出来るもんね! 負けないもんね!」
対抗心をメラメラ燃やしている楓さん。二階堂は口を動かしていたからわかっただけであって、以心伝心できるのは楓さんだけだと思う。なんて言っても今の楓さんには聞こえないと思うんだけど。
「あの……吉住先輩。楓ねぇはいつもこんな感じなんですか?」
姉と慕っていた人が自分の知らない誰かに思えたのか、結ちゃんがこそっと耳打ちで尋ねてきた。
「うん、いつもあんな感じだよ。むしろ結ちゃんの知っている昔の楓さんはどんな感じなの?」
「フッフッフッ。しょうがないですね。先輩がどうしてもっていうなら聞かせてあげますよ! 私の秘蔵コレクションをお見せしながらたっぷりと!」
「おぉ……それは良い! 近いうちに聞かせてほしいな」
「もちろんですとも! 楓ねぇは私の楓ねぇですが、魅力に憑りつかれた同志でもありますからね!」
どうやらまだライバル心を抱かれているが警戒心は薄まっているようだ。そうでなければ耳打ちで顔を近づけてはくれないだろう。
「結ちゃん、勇也君との距離が近いですよ? 二人で何をコソコソ話していたんですか? 私にも聞かせてください」
若干涙目になりながら楓さんが間に割って入ってきた。そんな彼女の頭をポンポンと撫でる。心配しなくても俺は楓さん一筋だよ。楓さん以外に靡かないから安心してくださいな。
「えへへ……私も勇也君一筋です。もっとナデナデしてください。なんならハグとかチューでも可です!」
「そ、それはほら……家に帰ったらと言うことで。早くカフェテリアに移動しようか。待たせたら大槻さんがなんて言うかわかったもんじゃないからね」
はい、と頷いて楓さんは俺に腕をぎゅっと絡めてきた。柔らかい感触と柑橘の爽やかな香りで極楽気分を味わいながらカフェテリアへと歩を進めようとした時、至極当然の疑問を結ちゃんがぶつけてきた。
「ねぇ、楓ねぇ。もしかして吉住先輩と一緒に住んでたりするの?」
どうやら宮本さんは俺達のことを結ちゃんに話していなかったようだ。