両親の借金を肩代わりしてもらう条件は 日本一可愛い女子高生と一緒に暮らすことでした。3

第3話 会いたかったよ、楓ねぇ!

 翌日は入学式を終えた新入生の初登校日でもある。宮本さんの娘の結ちゃんと会えるかもしれない。楓さん大好きっ子と言うから敵対視されなければいいのだが。

「そこは大丈夫です! 私がきっちり説明しますから!」

 申し訳ないけど楓さん。それを聞いてむしろ不安になった。

 最寄り駅から楓さんと手を繋いで歩いているといつも以上に視線を感じた。その要因は間違いなく新入生だ。みんな日本一可愛い女子高生に選ばれた楓さんに見惚れて息を飲んで立ち止まっている。

「…………」

「どうしたの、楓さん? キョロキョロしているけど誰か探しているの?」

 隣にいる楓さんがまるで何かを警戒するかのように忙しなく視線を動かしている。見えない敵に追われているスパイ映画の主人公でもあるまいし。

「いえ、そういうわけではないんです。勇也君は誰にも渡しませんという私なりの警告を飛ばしているだけです」

「……はい?」

 思わずアホな声で聞き返してしまった。この状況でどうしてそんな発想になるのかわからない。視線の矛先は俺ではなく楓さんに集中しているからそのセリフは俺が言うべきものだ。

「勇也君、前にも言いましたがあなたはもっと自分の魅力に気付くべきです! その証拠に、新入生の女の子の視線は勇也君に向いているんですから」

 腕に組みつきながら上目遣いで楓さんが言った。いやいや、俺のことを新入生の女子が見ている? ハハハ、そんな馬鹿な。仮にそうだったとしても楓さんの隣にいるあの男は何だっていう意味じゃないか?

「違います。私にはわかります。あの目は私と同じ目をしています。そして聞こえてくるんです。『うわぁ……あの男の人カッコいい……』という彼女たちの心の声が!」

 残念ながら俺には道行く新入生たちの心の声は聞こえないので楓さんの言っていることがいまいちピンとこない。

「自分で言うのもなんだけど、俺はそんなモテたりしないからね? まぁモテたい欲ももうないんだけど」

「んぅ……きっと今日から始まる部活勧誘できっと大変なことになると思います。勇也君目当てにマネージャー志望の女子が殺到です」

 人の話を完全に無視して一人で唸る楓さんだが、果たしてそんなことが起きるだろうか。と言うか俺や伸二の所属しているサッカー部に女子が集まっても困るだけだ。むしろ男子に来てもらわないと困る。

「今日も朝から見せつけてくれるね、吉住」

 ポンと肩を叩かれて振り向くと笑顔を浮かべた二階堂がいた。相変わらず朝から爽やかだなぁ。彼女の登場により周囲がさらにざわつき始める。

無理もない。日本一可愛い女子高生の楓さんに『明和台の王子様』なんて呼ばれている男子よりイケメンな二階堂が加われば漫画みたいな世界になるよな。

「変わらず仲睦まじいのは良いことだけど、ほどほどにしておかないと新入生の目には毒だよ?」

「確かに、もし俺が新入生の立場でとんでもなく可愛い女の子の先輩が男と一緒に並んで歩いていたら殺意を抱くな」

「……それは女子の立場からしても同じことが言えるんだけど……一葉さん、もしかして吉住の奴、わかってない?」

「そうなんです。二階堂さんの言う通り、勇也君は自分のことを過小評価している節があって……」

 それは難儀だね、と苦笑いをする二階堂とため息をつく楓さん。いや、だからどうしてそういう話になるんだよ。二人して俺をからかっているのか?

「大変だろうけど頑張ってね、一葉さん」

 それじゃまた後で、と言い残して二階堂は走り去っていった。鞄を肩に担いでさっそうと駆ける後ろ姿は美しいの一言に尽きる。写真に収めてコンテストに応募すれば優勝賞を獲得できるんじゃないか? もちろん最優秀賞は楓さんの笑顔だけど。なんちって。

「もう……勇也君てばいい過ぎですよ。それに私の笑顔は勇也君だけのものですよ? なんちゃって」

なんて我ながらあほな会話をしながら歩き、ようやく校門が見えてきたその時───

「───楓ねぇ!!」

 響き渡る透き通った声で楓さんの名を呼びながらこちらに駆け寄ってくる一人の女子生徒。朝の陽ざしを浴びて瞳に浮かべた水滴が輝きを放っている。勢いそのままに楓さんの胸に飛び込んだ。

「やった会えた……やっと会えたよぉ……! もう一生会えないかと思ったよぉ!」

 楓さんの胸の中で涙を流す女子生徒。新入生だと思うが、楓さんのことを知っていてここまで親しいということはもしかして彼女が例の───?

「もう。相変わらず結ちゃんは大袈裟ですね。私を訪ねて三千里でも歩いてきたんですか?」

 苦笑いをしながら可愛い妹分を撫でる楓さん。やっぱりそうか。この子が宮本さんの一人娘で明和台高校に入学した結ちゃんか。楓さんに頬ずりをしている様はまるで子犬のようだ。

 ハーフアップのツインテールにまとめているにも関わらず柔らかさが見て取れる金砂のような髪が、太陽を浴びて眩しく輝く。染料では決して再現できない本物の黄金がそこにあった。ビスクドールのような可愛らしい顔立ちで年相応の少女の可愛らしさがある。

 楓さんと比べると背が低く、まだ幼さが残っているがそれは楓さんがすでに完成された女神様なだけであってこれが普通だ。決して彼女が幼児体型というわけではない。

「えへへ。楓ねぇに頭を撫でてもらう久しぶりで嬉しいなぁ。そしてこの胸は最高だよねぇ。たまらねぇぜ」

 おや、外見から感じ取るイメージはどこぞの国のお姫様だと思ったが違うのか? まるで酔っぱらいの中年オヤジのような発言をしているが大丈夫か? しかも口元がかなりだらしない。

「ところで楓ねぇ。気になることがあるんですがいいですか?」

「いいですよ。でもその前に私の胸に頬ずりするのをやめてください」

「えへへ……ごめんごめん。だって楓ねぇのおっぱい柔らかくて気持ちいいんだもん」

 ポリポリと頭を掻きながらいったん離れる結ちゃんと頬を若干赤くしながらゴホンと咳払いをする楓さん。まぁ頬ずりしたくなる気持ちはわかる。あれは人をダメにする最高級のクッションのようなものだからな。一度埋もれたら抜け出すには鋼の意思がいる。

「では改めて。楓ねぇ、そちらにいらっしゃるイケメンさんは誰ですか?」

 こら、人を指差すんじゃありません。それをしていいのは名探偵だけです。

「ダメでしょう、人を指差したら。この超絶カッコいいイケメンな男性は吉住勇也君。私の彼氏で未来の旦那さんです」

 楓さん、その紹介はどうかと思うよ!? あとカッコいいとイケメンでは意味が被っているからどっちかにしてくれ! ただ未来の旦那さんっていうのは嬉しいけどね。

「そして勇也君。もうお気づきかと思いますがこの子は宮本結ちゃん。宮本さんの一人娘で私にとっては妹のような子です」

「は、初めまして! 宮本結です! 楓ねぇには小さいころからと───ってもお世話になっていて本当のお姉ちゃんみたいな人です!」

 満開の桜のようなはじける笑顔で楓さんの腕に抱き着く結ちゃん。だが気のせいか、表情は笑っているがその瞳は笑っていない。むしろ殺意のようなものを感じる。

「だから結ちゃんにとって勇也君はお兄さんのような存在になります。これから仲良くしてくださいね?」

「わかってるよ、楓ねぇ。楓ねぇの未来の旦那さんなら私にとっては義理のお兄さんみたいなものだし? な、仲良くするよ!」

 すぅと俺の前に立った結ちゃんは右手を差し出してきた。俺の感じた殺気は勘違いだったのか?

「これからよろしくお願いします、吉住先輩!」

「あ、あぁ。こちらこそよろしく」

 ぎゅっと握手を交わしたのだが、心なしか力を込めて握っていないか? 女の子の握力なので全然痛くないから気にならないけど。などと思っていたら結さんは顔を真っ赤にして歯を食いしばっていた。

「むぐぐぐ……これは手ごわい……だけど私は負けませんからね」

「……はい?」

「楓ねぇは私だけの楓ねぇです。絶対に渡しませんっ」

 殺気増し増しで睨みつけながら楓さんには聞こえない小さな声でそう宣言すると結ちゃんは俺の手を解放した。そして再び楓さんの腕を取るとふにゃっとした顔になる。なんだよ、その早変わりは。変面師か。

「えへへ。楓おねぇと毎日一緒だぁ! 嬉しいなぁ!」

「こ、こら! 結ちゃん離れてください! 私は勇也君と手を繋ぎたいんです!」

「いいじゃん! 私だって楓ねぇと密着したいの! 中学の時まったく摂取出来なかった楓ねぇ成分を補充しないといけないだもん!」

 楓さん成分ってなんだよ、とは問うたりはしない。なぜなら俺もその気持ちが痛いほどわかるからだ。課外合宿の時に数日間楓さんと一緒のベッドで眠れなかっただけで寂しかったからな。一度楓さんに包まれながら眠るとそれがなくてもはもう駄目な身体になってしまう。そういう魔力を秘めている。

「ゆ、勇也君! 助けてください!」

 グイグイと結ちゃんに引っ張られていく楓さんは空いている手を俺に向けて伸ばすが救いの手を差し伸べることはあえてしなかった。久しぶりの再会なんだ。今日くらいは許してあげるのが大人の対応と言うやつだ。それに教室に行けば隣の席だしな。

「むむむっ。なんて余裕綽々な態度。やはり手ごわい」

「え? 結ちゃん何か言いましたか!? というかそろそろ離れてください! 一年生の教室は三階でしょ? 私達とは階が違いますよ!」

 さすがに新入生だけでなく在校生の視線も厳しくなってきた。結ちゃんは笑顔で楓さんのことを教室まで連行しそうだな。俺は楓さんの手を取って半ば強引に引き寄せたら勢い余ってぽすっと俺の胸に抱き寄せる形になってしまった。やっちまった。

「もう……勇也君てば大胆ですね。お家まで待てませんか?」

「いや、そういうわけではないんだけどね。というかしだれかからないで。さすがに恥ずかしいから」

 楓さんを離そうとしてもしっかり腰に腕を回して離れようとしない。何が悲しくて新入生の教室近くでおしくらまんじゅうをしないといけないのか。

「あぁ、それじゃ結ちゃん。一日頑張ってね。そろそろ行くよ、楓さん」

 この場は強引に引きずってでも歩き出すのが最適解である。楓さんの柔らかい身体と柑橘系の爽やかな香りを手放すのも勿体無いからな。その代わりに羞恥心を犠牲にしなければならないがまぁ今更だな。

「もう……もっと優しくしてくださいよぉ。あっ、それじゃ結ちゃんまた後でね! 高校生活楽しんでね!」

 結ちゃんに手を振る楓さんをズルズルと力まかせに引きずりながら俺は教室目指して階段を上る。

「ねぇ、楓さん。くっついているのはいいけどそろそろ自分の足で歩いてくれませんか?」

「えへへ。だが断る!」

 ドヤ顔で名台詞を吐く楓さんがあまりにも可愛かったのでしょうがないなぁと思ったが、その誘惑を断ち切り、頭にポンと手刀を落とす。

「……可愛いけどダメです」

「てへっ。わかりました。ここから先は自分の足で歩きます」

 そうは言うものの、教室に着くまで楓さんが俺の手を放すことなかった。そのせいで偶然登校が被った伸二と大槻さんに朝から盛大にからかわれることになった。

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