第2話 運命のクラス替え その1
ついに始まる高校生活のセカンドシーズン。一年前、入学したときには考えられなかったが、満開の桜並木の下を俺は恋人と一緒に手を繋いで歩いている。
「どうしたんですか、勇也君? そんな満足そうな顔をして。あっ、私と手を繋いで登校できることが嬉しいとか!? そんなこと言われたら私、照れちゃいます!」
往来の真ん中でほんのり頬を朱色に染めて身体をくねくねとさせる楓さん。俺は別に一言も嬉しいとは言っていないのだが、口にしていないだけで概ね事実だから否定はしない。その代わりに頭を撫でることで答えとしよう。
「───!? ゆ、勇也くん!? い、いきなり何ですか!?」
「そんなに驚かなくても……単に楓さんが可愛かったから頭を撫でたくなったんだけど、ダメだった?」
「だ、ダメじゃないです! えぇ、もちろんいいですとも! どんとこいです!」
えっへんと胸を張る楓さん。そして撫でろと言わんばかりに頭をグイグイと俺の胸に押し付けてくる。もしここが家ならば愛い奴めとぎゅっと抱きしめて撫でまわすのだが、残念ながらここは通学路。こんなことをしていたら───
「相変わらずのイチャイチャぶりだね、吉住」
当然のことながらクラスメイトに遭遇することになる。しかも俺や楓さんに呆れた声で話しかけてくる奴は数えるくらいしかいない。
「げっ……二階堂……」
「クラスメイトに向かって随分な反応だけど、休み明けの第一声がカエルが潰れたような声ってひどくない?」
俺に話しかけてきたのは二階堂哀。目鼻立ちのしっかりとしたきりっとした端麗な容姿。適度に鍛えられた引き締まった健康的な肢体にしっかりと自己主張している双丘を併せ持っているわがまま美人。楓さんが可愛い系の代表だとすれば二階堂は綺麗系の代表だ。
ちなみに俺と二階堂は昨年同じクラスで、しかも隣の席で一年間を過ごした所謂腐れ縁だ。楓さんや大槻さんと馬が合うらしく、春休み中も三人で女子会を何度か行っていた。
「おはようございます、二階堂さん」
「おはよう、一葉さん。ラブラブなのは羨ましい限りだけどほどほどにね?」
俺に対する態度とは180度異なる朝の挨拶に俺は抗議の声を上げたかったがグッと堪える。ここで反抗的な態度をとれば倍返しで何を言われるか。
「フフッ、わかっているじゃないか。吉住にも学習機能があったとは驚きだよ」
「ねぇ、二階堂さん。少し辛辣すぎやしませんかね? 俺の知能を何だと思っているんだよ!」
「そうだね……お猿さんと同レベルかな?」
ひどい! 春休み明け早々にどうして同級生からこんな言われようをしないといけないんだよ! 泣いていいかな?
「あはは……ほんと、二階堂さんは勇也君には厳しいですね」
「いいんだよ。無差別に砂糖をまき散らす吉住には、誰かがちゃんと言わないと被害者が増えるだけだから。それに負った傷は一葉さんが癒すんだからプラスマイナスゼロだろう? むしろプラス?」
「いや、いくら楓さんに慰めてもらったとしても簡単に傷は癒えないからな!? というか被害者ってなんだよ!?」
「やれやれ……この期に及んでまだそんなことを言うのか。この調子だと今年も糖分過多で苦しむ生徒は多くなりそうだね」
そう言ってわざとらしく肩をすくめながらため息をつく二階堂。糖分過多ってあれか、伸二や大槻さんがよく言う『ストロベリーワールド』のことか? そんなの俺と楓さんに限らず世のカップルはみんな形成しているじゃないか。
「……ホント、いい加減にした方がいいよ? って吉住に言っても無駄だよね。それじゃ、一葉さん。私は先に行っているからそこの朴念仁は一葉さんに任せるね」
「はい、任されました」
それじゃ、と二階堂はひらひらと手を振って足早に去って行った。楓さんは手を振り返していたが俺にそんな元気はなく、その代わりに盛大にため息をついた。
「元気出してください、勇也君」
「……ありがとう、楓さん。ハァ……クラス替え発表を見るのが憂鬱なってきた。これで楓さんとまた別のクラスで二階堂と同じになったら立ち直れないかも……」
大袈裟な、と楓さんは笑うが俺は至って真面目だ。
今日の登校のメインテーマはこの一年を過ごす新クラスの確認だ。この結果次第で今年の高校生活が天国にもなれば地獄にもなる運命の一大決戦。だというのに幸先が悪すぎる。
「大丈夫ですよ。私と勇也君の絆は誰にも引き裂くことはできませんから!」
グッと力強く拳を握り締める楓さんの表情は何故だか自信に満ち溢れている。もしかして彼女には俺と同じクラスになれる確信でもあるのだろうか?
「フフッ。勇也君だけじゃありませんよ? 日暮君や秋穂ちゃん、二階堂さんも含めてみんな同じクラスになれるって確信しています!」
「……どこにそんな自信があるのか聞いてもいいかな?」
「フッフッフ。私は勇也君と同じクラスになるためならいかなる手段であっても講じる覚悟があります。その成果をお見せしましょう!」
鼻息荒く俺の手を取って走り出す楓さん。急に走り出したら危ないよ、って言っても聞く耳を持つ状態ではないので俺は苦笑いを浮かべながら一緒に走ることにした。
どうか楓さんと同じクラスでありますように。