◆第五条 開廷機能は、いかなる場所においても行使できる

【本件にふさわしい事件簿を選択してください

 『刑事』『民事』『家事』『少年』『執行』……】


 宙に浮かぶウィンドウは、まるで択一式のクイズだった。

 一口に『裁判』と言っても、その種類は様々だ。

(刑事事件は、検察官とかが起訴して始まるものだ。今回は、民間人が訴えると言っているんだから、民事のはずだ)

「民事を選択」と、言ってみる。正解のように光り輝いた。

「ご主人様、ご無事ですか……」シロが安心したように、「しょぼいところで失敗すると、人間としての力すら喪失しますから」と言う。

(こ、怖ぇ……)

 力の喪失……間違えると、けっこうなリスクがあるようだ……。

「おい番犬、今は僕が訴えるところだ。下手に補佐官に対して喋らないでいただきたい。媚を売って有利にされかねないからね」

「……わかりました」項垂れるシロ。

 スライムストアオーナーの言葉にはトゲがあるものの、正しい。進めるしかない。

「では、民事事件として……」次のウィンドウには、

【 『通常訴訟』 『少額訴訟』 『調停』 『支払督促』 】

 と表示されている。

(通常でいいのか?)

 迷う……そんな時、透過するウィンドウの向こう、姉の妙な動きに気づいた。

 いつの間にか、ぐるっとフロアの向こうに回り込んで、口をパクパクさせているのだ。

 ──昔、俺と姉は、どれだけの距離で口パクを読み取れるかを試したことがある。俺は姉の口パクなら、数十メートル離れていても読み取れるようになっていた。

 裁判官の口の動きは《なにを》《もとめるか》《きいて》と、助言しているようだ。

「オーナーさんは、なにを求めるんですか」

「そうだね……僕としては、二度とイヌ混じりに店内に入って欲しくないんだが、求められるのかい?」

 と、逆に質問を受けてしまう。

(くそ……なんて答えればいいんだ)

 オーナーの声は小さめで、姉には聞こえていない。今、目の前で俺に問いかける彼を越えて、姉に口パクは難しい。それに、昔やった時には、俺がなに口パクしても『お姉ちゃん大好き』にしてきた姉だ。あまりやりたくない。

 そうだ──俺は、自分の中にあった【習得 念話魔法】という文字を思い起こした。

(集中して……シロがやったように……)

 意識を、額のあたりから、姉の方に向けて、強く──

《──ツカ姉っ》気を発した。

《えっ、あっくん? これ、脳内に直接きてる?》

《良かった、念話が通じた》チャンネルが合ったような手応えがある。

《スライムの中に響いたシロちゃんの声に似てる……いつの間にこんな魔法を?》

 おそらくこれが俺の【転移ボーナス 習得】なんだろうと思う。が、説明は後だ。

《今、オーナーから、イヌ混じりを二度と入店できないようにできるか、訊かれてる》

《──なるほどね。あっくん。今から言うことは守って》

 一瞬の間。姉の思考が整理されたのを感じる。

《①裁判所は法律相談所ではない。中立公正な立場であることを明確に。

 ②何を求めるのかは、まず本人に、自分の意思で決めさせて。

 ③その人の言うことを肯定しないで。真実とは限らない。共感も、同情も、禁止。

 ……今回は、形式的に整ったらお姉ちゃんにバトンタッチして。いい?》

 なるほど……自分がどこまでやればいいのか、わかった気がする。

「補佐官、僕の質問はイエスかノーで答えられるはずだが?」

 しびれを切らしたようだ。

「……いえ、法律相談所ではありませんし、中立公正な立場上、できるかできないかは答えられません」こんなところか。

「フン。まあいいさ。こんなトラブルもあるだろうと、法律の勉強くらいすでにしてあるのさ。いいかい、キミは裁判官じゃないから知らないかもしれないけどね、民法709条で、不法行為に対しては損害賠償ができると決まっているんだよ。人の店で、商品にヘンな難癖をつけるのはね、営業妨害……立派な不法行為、民事事件となるんだよ」

「そうですか」

 ③だ。肯定せず、塩対応をする。

「弁護士じゃなくてもわかる! これは勝ち筋だ! 負けるようなことは求めず、スマートに賠償だけ求めよう。100万円の金銭請求。これだ。この場で支払えない金額で、【裁きの文字】を刻み込めればなお良いね! 王家の番犬たるメイド長が、みんなの前で負けたというジジツ! 今後、負け犬たちが入店することはなくなるだろうからね!」

 周囲に聞こえるように言う、オーナーのスライヴン。

 自分の正しさを印象づけ、マウントをとろうとしているのかもしれない。

 姉から教わったことがあるけれど、民事裁判は必ずしも弁護士が必要なわけではない。

 専門家に委任せず、自分でやることを本人訴訟と言うらしい。大きなお店を創業し、経営する彼の自信ありげな言葉は、そのまま裁きの魔法に反映されていき──


【訴状  原告    スライヴン=アァティスト

     被告    加藤シロ

     請求    被告は、原告に対し、100万円を支払え

     紛争の要点 被告は、原告の店内で、商品に難癖をつけた】


 と、ウィンドウ内で、訴状として整理された。音声入力ができるようだ。

「補佐官、これで僕の裁判は、大丈夫かい」

「大丈夫って、どういう意味ですか。そんなお墨付きできませんよ」

《あっくん、その調子! 逆に意思確認して、手数料1万円、簡裁通常訴訟で、『ハ』で立件発番。できたら訴状を見せて。それまでこっちで、調査してるから》

 姉は、グランドフロアの隅に積んであったオーナーの自伝を読み始めた。

 確かに、裁判が始まる前の限られた時間で、この場や人物のことを把握した方がいい。

(俺は俺、姉は姉、役割を分担して立ち回っていこう)

「──この訴状で良いのなら、提出を受けます。あと、手数料が1万円になります」

「そうか、裁判は金がかかるのか。まあいいさ、僕にとってははした金だね」

 オーナーのスライヴンは、ポケットから取り出したマネークリップから1万円を抜いて差し出した。福沢諭吉が描かれたソレは、ウィンドウの向こうに消失していった。

 俺は、ウィンドウの中の、『通常訴訟』をタップし、ついで出てきた記号の中から、『ハ』を選ぶ。すると、

【チヨダ元年(ハ)第1号                 事件】

 と、ウィンドウが変化した。

(整理は、頃合いだろう)

 俺は、ウィンドウに手をかざし、姉の方へ動くように仕向けた。

 スゥゥゥ──

 静かにそれは、周囲の資料を読解している姉の手元へと移動して。

《……事件名は、そうね。カラースライム事件。あとは被告に『謄本』を作成し、『送達』をして、『開廷』をお願い》

 念話とほとんど同時に、事件名が【カラースライム事件】と変わった訴状ウィンドウが手元に届く。『謄本』とはコピーと同じような意味のはずだ。そう思って、念じてみる。

 手元で、『訴状』は二つにコピーされた。一方を、被告となったシロに手渡した。

「……受け取りました」

 受付から、ここまで……申立の手続きが、進んだ時。

 空中に、大きな表示が現れた。


【開廷しますか? YES NO】


(裁きの魔法は……ここからが、本番なんだろうな)

 予感しながら、呼吸を整える。

 裁判、それも魔法を使った裁判に対する、迷い、恐れ、未知。

 被告とされたシロは、裁かれることになるのか。

 スライムストアで出会ったモノや、発言に、残る違和感。

 ファンタジー異世界についてほとんどなにもわかっていない姉。

 幾重にも、疑問が、そして不安も、積み重なっている。

 だがそれでも。

 俺たちが召喚されたその期待に応えるため、今、ここで逃げるわけにはいかない。

(法律は、姉。他のことは、俺が──)

 なんとか、するしかない──


 俺は、開廷に、YESをタップした。


   ◆


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ──


 スライムストアの店内に、地響きのような音が響き、揺れ始め。

 グランドフロアの床面が、湖面のように、液状化し始めた。

「あっくん、これはいったい──きゃあっ!?」

「ツカ姉っ」

 急いで、姉の元へと走り寄る。

 脚を滑らせ倒れた十五歳の身体に、覆いかぶさる。地震国家で暮らしてきた習慣的判断で、落下物から頭部を守るためだ。自分の頭部よりも、姉の頭部を優先した。

 が。揺れは地震とは異なって、落下物はない。かがんだ姿勢の自分のポケットの中で熱を持っていた【裁きの欠片】が、勢い良く跳ね、空中に浮かび上がっていく。

 欠片は──黄金の輝きを発して、大きな天秤を出現させた。

(これが……【裁きの欠片】による、開廷機能なのか)

 周囲、事の推移を見ていた野次馬たちが、「裁きの魔法だ」「始まるぞ、裁判が」「エクスタシア様をお呼びせねば」と呟いている。みんな、恐れがない。危険はなさそうだ。

 足元の液状化は、よく見ると細かいブロックのように蠢いており、物体が壊れたわけではなかった。同じように、天井から下がっていた七色のスライム看板、フロアに置かれていた机が、蠢いて、自動的に脇にはけていく。

 目の前で、モーゼが海を割ったかのように、広い空間が形成され始めた。

(現状を、把握するウィンドウは──)

 と手を巡らせると、先ほどタップした開廷ウィンドウの中に、【法廷自動生成モード】という文字があり、さらにミニマップのような席図が表示されている。

 ──ボテン、ボテッ、ボテッ。

「あっくん。目の前に、バランスボールがやってきた……」

 黒いボールと、グレーのボール。店員が腰掛けるのに使っていたものだ。

「オーナーと、シロにも、ボールが……」

 気づけば、姉と俺は、グランドフロアの奥におり。

 奥側から見て、右手に、カラフルなバランスボールに腰掛けたオーナー。左手に、白いバランスボールに腰掛けたシロがいた。

 ミニマップ上の表示を確かめる。

 黒い裁判官席、グレーの書記官席、七色の原告席、白色の被告席──と。

 それぞれ着色され、配置されているのを見るに──

「ツカ姉、この場に、法廷が生成されたんだ」


【新規所持者 裁きの天秤に向かい 誓約をしてください──】


 天秤の下に、一文が出現する。それは、姉と俺……裁判をする側に向けられていた。

「へぇ……いいわね。こういう魔法なら歓迎だわ」裁判官は立ち上がり、「お姉ちゃん、青空裁判ってやってみたかったの!」と不敵に笑った。

「さすがツカ姉」裁判に対して熱いその姿に、「じゃ、誓うか」俺も伴う。

 俺と姉は、その一文を黙読してから、天秤を見上げて。

 法廷と化したストアの中で、一字一句違わず読み上げた。


「「世界のため 真実と良心に基づき

  嘘偽りを見破り 正しい裁きを行うことを誓います」」


 ──宙に浮く、大きな天秤が、黄金色に煌めいて。

 砂金のような粒子が、二人の日本人の身体に降りかかる。

 それは、姉弟を包むように形を持って。

 裁きの象徴、八咫の鏡の意匠を背負う、ローブとなった。


 ファンタジー異世界で、今──ホンモノの裁判が、始まる。


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試し読みは以上です。


続きは2021年3月25日(木)発売

『チヨダク王国ジャッジメント 姉と俺とで異世界最高裁判所』

でお楽しみください!


※本ページ内の文章は制作中のものです。実際の商品と一部異なる場合があります。

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